Melt refrain | ナノ

真っ暗闇のラブソング





「いや、だから此処の公式は…ココ、展開」

「……てんかい」

「杉島、展開どうやってやるか分かる?」

「あ、当たり前だろ。…えーっと」


安田宅、現在俺と安田は来るべきテストに向けて勉強中だ。
美作たちと勉強しようと思ったら既に先約が有った為断られたらしい。
面子は聞いた所によると美作、藤、明日葉、鏑木ちゃん。正直、羨ましい。
どうやら頼みの綱らしい本好に助けを求めるとか、何とか。
因みにこの情報源は藤だ。安田は相変わらず藤とメールするのが気に入らないらしい。
一体何が気に入らないのか俺には全く見当も付かない訳だが、其れについて質問する勇気は無い。何故なら安田がそんな風に行動制限する事なんて、滅多な事だ。
だから怖い。何か隠している気がする、と言うのは俺の確かな勘。
シャーペンを握る手が動かない事を安田に問われる前に、暗記した文字の羅列を思い浮かべた。公式なんてこの世に必要無いと思う訳だ。でも所がどっこい、この世の化学やらを支えているのはこの憎たらしい公式。だから一応は勉強しておくべきなのかなあとか俺の思考はまた路線を外れて突き進んでいく。
ぼんやりとしている事に気付いたらしい安田が、俺の額を叩く。おい、痛いんだけど。
でもそんな文句を言う前に、羅列の中から恐らくは使うべき公式を選んで、何とか紙に並べられた式を展開した。俺は数学が苦手だ。文系なんだよ、典型的な。


「…良く出来ました。と言う訳で俺からのご褒美をくれてやろう」

「お前のご褒美とか碌でもねーだろ」

「んな訳ねーよ…」


おや、何か痛い所を突いてしまったらしい。
安田に数学を教わると言う何とも屈辱的…いや、それは流石に可哀想か。決して頭が良い訳では無いけれど、俺の破滅的な数学の出来に比べれば遙かに(は、言い過ぎだな)出来る。安田は馬鹿だ。でもそれは、勉強とはまた別の話。
そんなフォローをしては見るが、コイツの得意教科は保健である。
やっぱり馬鹿じゃねーかと沈む安田を見た。…ご褒美、か。そうだ。


「茶ァくれ、お茶。喉乾いた」

「茶?あー、いいけど」


集中していた時には全く気にならなかったけど、そう言えば一滴も飲んでいない。
集中?誰が?とかそんな質問は受け付けない。上の空でも俺は集中してたんだ。
取り敢えず少し休憩するか、とクッションをずらしてその上に頭を乗せる。
安田は何か教わりたい教科とか、無いんだろうか。さっきから俺が教わってばかりで、何もしてやってない。もしかしてお前に教わるほどじゃねーよ、と言う意思表示なのか…いやいやいや。俺だって国語とか古典くらいなら出来るよ?うん。あ、でも国語とかってどうやって教えりゃいいんだ…?駄目だ、俺にしてやれそうな事は無い。
目の奥で光が明滅する。どうやら疲れたらしい、ので俺は目を閉じた。下手をしたら寝そうだ。でもそうしたらきっと、安田が起こしてくれる。多分。
肩の力を抜いて、眠りに就く体勢を取りながら安田を待つ。遅いな、アイツ。
いつもだったら速攻帰ってくんのに。早くしないとマジで俺寝ちゃうよ。いいのか?
早く、早く。
俺の唇はそう模ったけれど、意識はもう途切れていた。








「…おい」


ちょっと便所寄ってくか、と杉島と二人きりの空間から抜け出した俺はゆっくり気持ちを落ち着けていた。それが済んで、漸く部屋に戻って見ればこれだ。
また寝てるよコイツ…どんだけ俺に無防備な姿を晒したいの。しかもまだ勉強途中だよばかやろう。寝るな、起きろ。とそう言いたいのは山々だが正直なところ、コイツを起すのはかなり気が引ける。と言うのも、何というかこう、凄く気持ち良さそうに寝ているから、起こし難くなる。ふわ、と。髪の毛に触ったら、以前とは違う感触がした。
前は梳いても引っかからない、感じだったのに今日は羊とかそんなのを想像させる感触だった。でもどっちにしても、杉島の髪だっていうのが俺にとっては重要な訳で。指に巻き付けては、梳いて。そんなのを繰り返していたら、薄らと目を開けた。虚ろな寝起きを思わせる目で、俺を映す。こんな時に何度も思うのは、コイツと恋人だったら、って事だ。そんなに幸せなことがあって良いんだろうか。藤みたく女子に囲まれんのも幸せだろーけど、そんなんより、ずっと。俺にとってコイツは一番で、何にも代えられなくて、何でこんな大事なのかも良くわかんねーけど、これが好きって気持ちなら間違いない。あああ俺、ほんと気持ち悪い。最初は良かった。見てるだけで十分で、友達って言う立場が大事だった。だけど最近じゃ飽き足らず、もっと近くに居たくなった。

やっぱおかしいよなあ。変だよなあ。
分かってるけど、理解できねーんだよ。


「…やすだ…俺、ねてた?」

「おう、寝てた。もう休憩終わりな」

「えー…お前いつも休憩どんどん伸ばすじゃねーか」

「今日は駄目、マジで。だって俺、今度単位落としたら熱子のグッズ全部燃やされるし」

「うわ、何つー…けどさっきから教えてるだけじゃん」

「あ?…良いんだよ教えながら復習してんの!」

「ふーん…何か最近お前おかしいな」


目を覚ました杉島は起き上がって、コップに口を付けた。
一口飲んでから、俺にそう問い掛ける。ね、寝起きの威力半端無いなコレ…ごくり、と思い切り唾を飲み込んだのはバレなかったらしい。良かった。器用にペンを回した杉島が、俺に視線を向けながら呟く。コイツから見て変だって事は、相当おかしいんだな、俺…。そんな事ねーよと誤魔化しつつコップを手に取ろうと思ったら、掴んだのは空気だった。あれ、さっき此処に置いた俺のコ、ップ…恐る恐る杉島の手元を見ればそこには異様に量の少ないコップが握られていた。机に置かれたままのもう一つは、並々とお茶が注がれている。え、コレまさかの、か、か……、…間接キス、というやつ、では。杉島は気付いた様子も無くまた一口お茶を飲む。いやいや、落ち着くんだ俺。ここであからさまな動きを見せてみろ。益々アイツに不審がられるだけだ。すう、はあ。静かに深呼吸をする。それから、これは不自然過ぎたと咳払い。何か俺さっきから墓穴掘りまくっている気がしてならないんだが、気の所為だよな?


「…なら良いけど…何かあったら俺に言えよ?」

「ああ、さんきゅ」


そうは言ったものの、言える訳がない。
悩みの原因はお前だとか、それが世間一般ではおかしい事だとか。
ああ、どうすればこの悩みは解消されるんだよ。
俺の無い頭じゃ解決策なんて、見付からねーって、本当に。






真っ暗闇のラブソング
(気付いて欲しい、気付け、気付け)


(でも気付かれたくない、気付くな、気付くな)
(矛盾に俺の足が繋がれる)














いま一つ進歩しない安田。
間が空いた所為で若干作風が変わってしまった…
申し訳ないです。






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