ボンボヤージュ |
「おや、中々お似合いですね」 「てめっ何勝手に入ってんだ!」 お早うそしてさようなら。 朝、起床するとベッド(そりゃもうピンクでガッチリ固められてぬいぐるみもクッションわんさか置いて有って凄まじくチッカチカする部屋で。唯でさえ久々のベッドで妙な感じなのにこれは酷い)の傍らに制服が置いて有った。 何だ、確り用意してくれたのかと感心。 箱から取り出しながら、昨日は着馴れない服で寝た所為か凝った肩やらを解した。 冒頭の暴言が飛び出したのは、ベッドから降りて着替えを始め、最後にスカートをと腰辺りまで上げた時の出来事だった。 普通着替えてる人間の部屋にノックもせずに入るだろうか。非常識にも程が有る。 しかも悪びれた様子も無くもう見慣れたにやけ面で部屋の中へずんずんと入ってくる。 「もう少し丁寧に扱って頂きたいものですな」とか言いながら私が先程脱いだばかりの洋服を回収して、此方を向いた。 即座にスカートの側面に有るチャックを上まで引き上げ、留め金を引っ掛ける。 「まだお着替え中でしたか、失敬」 「見れば分るかと思いますが。…何か用ですか変態紳士」 「やれやれ昨夜のしおらしさは何処へやら」 「馬鹿にしてんのか」 「とんでも無い。…朝食を、と思いまして」 「朝食。…もんじゃとか言わないよね」 「もんじゃがお好みでしたか」 「いやもんじゃはもう良いです」 「そうですか、其れは残念ですねぇ…もんじゃでは有りませんよ、私のキ」 「もんじゃで」 「…悉く人の心を踏み躙りますね貴女は。まだ最後まで言ってませんよ」 「お腹が減っているのでお不戯けに付き合うつもりは無いです。ええ、まったく。あと一文字だから良いじゃないかどうだって」 はあ。想像以上に疲労した溜め息が零れた。 真面目かと思いきや信じ難い程の冗談を飛ばしてくる。 お陰で朝から疲れてしまった。調子が狂う、と言うのは正にこう言う事だ。 しかも結局朝食が何なのか分からないままだ。 まさか本当に…いや、其れは本気で冗談じゃない。 そんなもので空腹が満たされると思ったら大間違いだ。 螺子の抜けまくった人間なら未だしも、私は普通の人間だし(悪魔だけど)。 着終えた制服の上から黒のパーカーを羽織って、髪を頭側面の高い位置に纏めた。 其れを、元々纏っていた服の胸元に結ばれていたリボンで、しっかりと括る。 「支度は済みましたか?」 「…ん」 「では、参りましょうか」 部屋を出ると、一人ではとてもまともに歩けない、忽ち迷子になり兼ねない程長く入り組んだ廊下が続いていた。 昨夜はご丁寧にメフィー自ら案内してくれた(てっきり使用人が居るのかと)。 そのお陰で、当然ながら迷う事も無く一夜を過ごした部屋へと無事に辿り着いたのだ。 コツコツとメフィーの足音だけが響く中、裸足の私は延々と続く廊下に並んだ扉をひたすらに見ていた。 こんなに沢山部屋が有って、一体何に使われているのだろう。 愛人?友人?それとも、全部自室?書斎? メフィーの本性が分からない今、其の中身は想像も付かない。 今度探検させてくれるだろうか。しかし、行ったきり戻って来れる自信も無い。 高い身長を更に高く見せている奇抜なデザインの帽子へ視線を移しながら、着いて行く。 コツ。と、メフィーが立ち止まった。 何処で朝食を食べるのかと思えば開かれた扉の先は、昨日と全く同じ場所だった(そう見えるだけかも知れないけれど)。 別に異論も文句も無い。 ただ、こんな大きな豪邸にリビングキッチンは無いのか。そんな疑問が浮かんだ。 一日掛っても全ての部屋を見て回る事は出来ないのだろう、と思う。 弾力の有る、と言っても低反発らしい椅子に腰掛けた。 「アインス、ツヴァイ、ドライ☆」 ポン、と現れたのはやや大きめの机。それから数様々の洋食、食器。 思わず小さいながら歓声が口から洩れた。 それを耳にしてか、メフィーは酷く満足げに笑みを深めて自らも椅子に腰掛けた。 「どうぞ召し上がれ」 「…いただきます」 料理は、どれも食べた事の無いものばかりで舌鼓を打った。 まともに食事をしていなかった事も有ってか、手も口も止まらずただ食べ続けた。 気付いた頃には完食しており、其れに気付いたのはフォークが皿を打つ音がしてからだった。そっと食器を置いて、ナプキンで口を拭う。 傍らに置かれたカップを両手で持って、落ち着かせる様にゆっくり啜った。 生まれてこの方紅茶など飲んだ事が無かったものだから、その味に感動したのは秘密だ。 「御馳走様、でした」 「食欲旺盛で何より」 「…美味しかった」 「当然です。…ゆっくりしている暇は有りませんよ、貴女は正十字学園に転校する手筈になって居ますから。つい先日入学式が有ったんですがね、少々タイミングがズレましたな」 「…転校」 「…今日は初日ですから、不慣れな部分も多いでしょう。何か有れば私に訊いて下さい」 差し出された小さなメモ用紙には、つらつらと並べられた…携帯番号、とアドレスだろうか。指先で摘む様にして受け取る。 しかし生憎携帯を持っていない事を思い出し、口を開き掛けると続いて黒と赤を基調としたどちらかと言えば格好良い部類に入るだろうデザインの携帯が手渡された。 幾度か瞬きを繰り返して、尋ねる代わりにメフィーを見上げた。 「差し上げます。無いとこれから不便でしょう」 「…え、いいの?」 「勿論。そうで無ければ私としても連絡手段が有りません」 「あ、ありがとう…」 登録は後にしよう。 受け取ったばかりの携帯を開閉させ、感触を確かめる。 私くらいの年齢になれば携帯を持っているなんて当然なんだろう。 けれど私はそんな環境に無かったのだから、仕方無い。 何と無く嬉しいやら悔しいやらで、どうにもならない言い訳を浮かばせる。 メフィーはどうして此処まで世話を焼いてくれるのだろう。 新たな祓魔師を作る為?其れにしてはやり過ぎだ。 意図が全く、読めない。元来人との交流が無かったのだから、尚更。 メフィーはただ笑みを浮かべるばかりで、真意を紡ぐ事は無い。 「さあ、学園まで送りましょう」 ボンボヤージュ (私の人生の、第一歩) 無駄にNAGAI☆ ええ、済みません。 おかしいなあ祓魔塾まで進めるつもり…で…ん? 相変わらずメフィスト卿は出しゃばり続けます。 ボンボヤージュ:良い旅を。 2011.01.03 |
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