Fiat eu stita et piriat mundus | ナノ


途切れたロゴス


「はて。どうしました?」

「…どうしたも、何も…どうして私を助けたの」

「いえ、お加減が悪いようでしたので」

「あなたは…悪魔でしょう?」


ふっ、と空気が覚めた、そんな気配がした。冷める、では無く。
何故だか異様にピンクの多いポップな部屋の空気は暖かいままで、暖炉がパチパチと音を立て延々と静かな部屋に沈黙を降ろすことを許さない。
目の前の、名も知らぬ紳士を自称した男の口元から笑みは絶えず、何処か楽しげにすら見える。
物質界に悪魔が居る事は、おかしい事では無い。
菌類に憑依した魍魎は暗い所に行けば目の前が覆われるくらいに、居る。
けれど私の目の前に居るこの男は、そうじゃない、もっと上級の悪魔―――そんな感じが、した。気の所為じゃあ無い筈だ。
そしてもっと驚きなのは、迎えに来た人間には一切咎められなかったこと。
あの背格好からして、祓魔師だと思ったのに…見間違い、だったのかも知れない。
男は問い掛けにただ愉快そうに口角を吊り上げるだけで、肯定も否定もしないまま、そう言えば、と次いだ。


「そう言う貴女は…どうやら」

「言うな!!!」


我ながら大きな声が出たと思った。やってしまった、と口を塞いだ頃にはもう遅い。
パリン、と小さな音から始まった窓の裂傷は見る見る内に広がり、終いには全て砕けて暖かかった部屋は急激に室外温度を取り込んでしまった。
先程までにやにやと始終笑みを絶やさなかった男も、目を瞬いて驚いた様子を見せている。しかし、ひとつ瞬きをすれば口元はまた同じ様に歪んでいて。


「おやおや、やってしまいましたねぇ…」

「ご、ごめんなさ…」

「いえ、別に。こんなものは直ぐに直りますから、お構いなく。それよりも貴女は矢張り、」


あっけらかんと答えて見せた男は大仰に肩を竦めてそれから、パチンと軽快に指を鳴らして「アインス、ツヴァイ、ドライ☆」と唱えた。
馬鹿らしい呪文だと口を開き掛け、しかし忽ち窓が再生する様を目にしてその口は音を発する事も無く閉じられてしまった。
さて、と。男は何事も無かったかのように、大きく膨らみのある椅子に腰掛ける。
冷え切る前にまた暖かい空気で部屋は満たされていく。
こんな胡散臭そうなのに、どれだけの力を持っているのか…人はつくづく見た目で判断出来ないものだと的外れな事を考える。
無駄な思考を断って、改めて現実へ眼を向けた。
そうか、私はまた…やってしまったんだ。
目の前の男が何であれ、力を使ってしまった事に変わりはない。


「セイレーン…ですか。其の美しい歌声で人々を魅了し、次々殺して行ったと言う……私でしたら速効殺されてしまいますねえ☆」

「………私は、純血、じゃない。人間と悪魔…セイレーンの間に産まれた子供です」

「ほう。それはそれは…ご両親は?」

「……それは、」

「失敬、お辛い事を思い出させた様ですな。質問を変えましょう。…貴女は、これからどうするおつもりで?」

「どう…?」

「例えば…」


ふむ、と男は顎に指を滑らせる。
思案している…風に見せているのかはたまた本当に思案しているのか。
胡散臭さが全面に出され、見る者が疑わしくなる様な雰囲気が醸し出されている。
例えば、を幾度も繰り返す男を眺めて、暫く。
パチンとまた軽快な音が響いて、長い人差し指が私に真っ直ぐ向いた。


「正十字学園に通うと言うのは如何ですか!」


名案!とでも言いたげな笑みと共に放たれた言葉に、私は思わず言葉を詰まらせた。あの学園に、私が通う?悪魔の私が?
純血で無いとは言え、残虐なセイレーンの。


「…本気ですか。頭、おかしいんじゃないですか」

「ふっふっふ、良く言われますよ。…身の上を案じて居られるのならばご安心を。先程貴女が仰った様に私も悪魔…ですが、正十字学園の理事長をしています」

「りッ…冗談でしょう?そんな、悪魔が…」

「悪魔、悪魔とそんなに仰らないでください。一部の人間だけですよ、その事を知っているのは―――ご内密に、お願いします」


くつくつと喉奥から堪え切れないのか笑いを溢しながら優雅な所作で立ち上がった男は、ヒールを響かせ私に近付いて来る。
理由も無く後退したくなるのは、一体何故か。
コツ、コツ。眼前で止まった男は其の人差指の先を自分の唇に押し付けて、更に片目を静かに閉じて見せた。


「さて、どうします?」










途切れたロゴス
(其れはまるで、"悪魔の囁き")













あれっ名前出てこないぞ…?←
おおおかしいなー紳士の癖に名乗らないぞコイツ…あれっ…?
2011.01.01

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