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夏!海!浜辺!ビーチ!砂!
浮かれポンチが沸き立ち踊る!

葉子もまた、華の女子高生。その浮かれチンパンの輪に入るのもまた一興。平成の夏は今しか無い。JKの青春も今しか無い。シンバルをアホみたいに叩く猿のおもちゃのように、脳みそかなぐり捨てて夏の日差しで輝いてしまおう!と柄に無くエンジョイサマーバケーション計画を立てたは良かったのだが。

「おいヨーコ、おまん正気か?こんな布キレで外出る言うがか?」

コラコラコラコラ。セイバーは水着を指でつまみ、怪訝そうに見ている。やめろ。公道で人の水着を広げるな。聖杯から常識を貰い損ねたのか?

梅雨が明け、じりじりと焼け付く日差しの季節になった。太陽とコンクリートの反射熱でミディアムレアに焼かれる季節になってしまった。

セイバーとの暮らしも所帯染みて来たところは否定できない。最初は何をするにも照れっ照れ。今日のご飯はどうですか?と聞いて「...悪うない」と言わせるのも、褌はやめて、現代社会に生きて、と必死で懇願して渋々止めてくれるのも、洗濯物を一緒に洗うのも、もう一枚布団買うのをケチって川の字で並んで雑魚寝するのも、照れ隠しの長い前口上込みでないと出来なかったセイバーだったが、人間は慣れるものである。

「だって夏だよセイバー。海行くでしょ、泳ぐでしょ」

セイバーから取り上げた水着をナップザックにしまう。道路で広げるのは流石にやめろ。と目で訴えたが、既に此方を見てなかった。葉子への対応が雑になっているところも否めない。いや元から割と雑だったな。

「海は好きじゃ、涼しくてえい。魚も美味いしな。行くっちゅうこと自体は賛成しちょる。家は暑くて敵わんからのう」

じゃがの〜、と間延びした声はいつも通り馬鹿にした風であるが、気乗りはしているようだ。というか、そもそも葉子は同級生と海に行くつもりで水着を買ったのである。海行く、と報告をしたら「急じゃのう...まあえい」と一言。五分後外に出たら玄関で待ってた。

可愛いやつだなあ!当たり前のように付いて来たなあ!とか色々思うところはあったが、葉子も葉子だ。同級生たちに「ごめん海パス」とメールしたのがさっき。予定を急遽変更して、別の海岸を目的地にしたのもさっき。

予想外の出費になるが、適当にセイバーの水着も買わねばあるまい。放っておいたら絶対褌一枚で泳ぎだすぞ。顔が良いから許されるとは思うが...身内だと思われる葉子の方が耐えられない。

「この水着ちゅうのはどうにかならんがか?なんも着ちょらんのと変わらんぜよ」

「大事なところは隠れてるじゃん」

「面積が足らん」

「褌もお尻丸出しじゃん」

脳天にチョップが降ってくる。理不尽。セイバーは「平成の世がおかしいんじゃ。女の露出が多過ぎる。慎ましさが足りん。じゃから開国じゃなんじゃ言いゆうのは好かんがよ」と無茶苦茶な平成ディスを始めた。この人に開国どうのこうのという思想が無いのは知ってる。大好きな先生が尊攘派だったから流れで倒幕反対だっただけだろうに。

はいはい天保天保と流せば、見るからに機嫌を損ねたらしいセイバーがもう一度チョップを落としてくる。言葉に詰まるとすぐ暴力に走るところはダメだぞと思うのだが、結局優しい男であるのは変わりないので全然痛くない。そのまま腕を取って歩き出せば「暑い」と文句を言いつつも振りほどかないのだから、やっぱり優しい男だと思う。でもマジで暑かったので、すぐに葉子から離れた。愚かな真似だった。



バスから降りて、海岸に歩く。セイバーは本当に海が好きなのだろう。波の音が大きくなるにつれ、足取りが軽くなっているように感じる。やはり地元が恋しいのだろうか。そうなのかな。いつか高知に旅行へ行こう。今決めた。絶対いつか連れて行ってあげよう。
と、前方に白い人影が見える。夏なのに随分と暑そうだ、と思えば此方に向かった手を挙げた。知り合いらしい。

「以蔵さん、葉子さん。海水浴かい?」

相変わらず単独現界してるらしい坂本龍馬だった。実体の無い英霊は暑い寒いの概念が無いから羨ましい。しかし海に居るとはどういう要件なのか。相変わらずの白スーツであるが、足元は若干湿っている。水遊びにしては、向かない格好だと思うが。

というか、セイバーは大丈夫だろうか。嫌な予感と共に振り向けば、一瞬で出来上がっている。やっぱり。ちゃき、と鍔鳴りの音を拾った坂本さんと葉子の「本気でやめてね」という諌める声が重なった。

いやしかし、これはどっちもどっちだ。坂本さんはあんなに敵意バリバリ向けられてるのによくもまあ話し掛けに来たな。葉子もセットだから平気だと思っているのか、葉子が不仲に思っているだけで別にそこまで致命的に仲が悪いわけでもないのか。葉子には測れないところである。「葉子さん、ありがとう」と坂本さんが感謝をして来た。いえいえ、と返す。

「おいリョーマ!おまんなに人のマスター馴れ馴れしく呼ん、」

「坂本さんは?一人で海水浴、ってのも違いますよね」

「少し、人探しをね」

「海の底で待ってる人が居るんだ」と坂本さんは言った。随分ロマンチックな物言いだが、船でも探してるんだろうか。ポエマーの言葉は九割理解出来ない。
へえ〜と、流そうとすれば、セイバーの様子がおかしい。ぐぬぬ、と聞こえて来る錯覚さえ感じるほど可愛い怒り方をしている。な、なぜ...と疑問に感じる前に後頭部に衝撃が走った。割と痛い加減で叩かれた。今の流れに何の不満があるのか。

「とっととどっか行けリョーマ!ヨーコを巻き込むのは忍び無いき、見逃しちゃるわ!ほれ行け!はようせい!」

「え、え、セイバー、なんでちょっ、いた、いたた」

「喧しいわ!ヨーコは関係ないじゃろ!ちっくと黙っちょれ!」

「どう考えても関係あるよね!?」

炎天下の中で叫び合うのは中々に体力を使う。焦げ付きそうな日射がビーチサンダルに乗せられた足を蒸し焼きにしていく。収集が付かなくなるのを理解したらしい坂本さんは「それじゃあ、僕は行くよ」と手を振った。気を遣わせてしまってる。
申し訳無さを胸に抱きつつ手を振り返せば「裏切り者なぞ無視でえい」とセイバーが憎まれ口を叩いた。...割には、捨て台詞を送ったわけだが。言及したら酷い目に合うのは想像に易い。

すっかり機嫌を悪くしたらしいセイバーは、最悪じゃなんじゃと文句を連ねている。こうなると暫く持ち直さないだろう、と適当に相槌を打っていれば「第一、ヨーコもヨーコじゃ」と突然葉子に対する非難が始まった。葉子が何をしたというのか。聞き返せば、もごもごと何かを言いにくそうに呟く。

「...わしは南蛮人じゃないき、ずうっとせいばあ言いゆうは不自然じゃろ」

「なるほど、そうだね龍馬さ、」

すぱこん、と良い音で頭を叩かれる。これは痛い。割と本気のやつだ。冗談だってば。冗談だから。

「分かったよ、鉄蔵さ、」

ビーチサンダルが葉子のスニーカーを踏みにじる。「おまん、えい根性しちゅうよにゃあ」確かに今のは悪い冗談だった。嫌なことを思い出したらしいセイバーは渋い顔をしている。京都での逃亡生活はロクな思い出がないらしい。

「ご、ごめんね以蔵さ、」

もう一発、すぱんと良い音がした。照れ隠しだ!これは照れ隠しだ!分かり易すぎる。面倒臭すぎる。急に名前を呼ばれたら動揺するって、ちょっと。もう結構な期間一緒に住んでるのに、未だにそんなことで恥ずかしがるのか。可愛すぎやしないか。

「でもなあ、急に呼び方変えるって難しいよね。セイバー、私のセイバーだし」

叩く手が止まる。赤い瞳が陽光に煌めいた。ぼうっとした顔のセイバーが、葉子を見る。

「...やっぱえい」

それで、と消えそうな声が続く。セイバーはこちらを見ない。もう長らく軍帽は被っていないのに、鍔を撫でようとした手が空を切った。チッ、と舌打ちの音が響く。
彼は照れ隠しをするとき、帽子の鍔を触ろうとする。それは、要するに。

(私のセイバーって言われるの、嫌じゃないのか)

というか。今更、いまさらな話であるが。もしかしてセイバー、妬いてたんじゃないか。
坂本さんは葉子さんと呼ぶ。葉子は坂本さんを坂本さんと呼ぶ。セイバーは葉子をヨーコと呼ぶ。葉子はセイバーを名前で呼ばない。だがそんなことでは人の親しさは測れない。そもそも、坂本さんが葉子に親しげなのは親友のマスターだからだろうに。以蔵さんありきでの葉子さんだと思うのだが。
てゆうか葉子のセイバーという言葉の意味は、特別な思いは、彼にも伝わっているのだと思っていた、というか。いま冷静になったからこそセイバーで良いと言ったのだろう。それで余計に恥ずかしがってるのか。あ〜ほんとに、

「好き!」

夏のクソ暑い日差しを無視して飛び付く。汗ばんだ体が気持ち悪い。馬鹿なカップルだと思われるのが死ぬほど気色悪い。だけど、どうでもいい。

「なんじゃあ!?」

大声を出して振り返ったセイバーが真っ赤な顔で怒鳴る。恥じらいを持て、慎みが足りん、女ちゅうのは三歩後ろを歩くもんじゃろうが、と天保男全開の罵りが飛んでくる。
ここは平成だぞ。郷に入っては郷に従え。聖杯から知識と共に常識を得ているはずだが、従えるかどうかは別。なので相変わらずセイバーの倫理観は硬い。古い。埃っぽい。絶対叩かれるから言わないけど。

聡いけど未熟な人だ。人のことが見えてるくせに、熱くなりすぎて見えなくなる人だ。今朝から水着に対してやけに突っかかって来たのもそういうことなのだろうか。それは自惚れすぎか。いや、そういうことにしよう。素直に言わないセイバーが悪い。葉子は、都合良く勘違いすることにする。

「セイバー、セイバー。やっぱ海行くのやめよう。海水浴シーズン終わって人居なくなったら行こう。クラゲは魔術で避ければいい。そんときに水着着るよ。だからね、今日はアイスでも食べて帰ろう」

「お、おう...?」

えいけんど...と、イマイチ葉子の心を理解出来ないらしいセイバーは、葉子をべりべりと引き剥がしながらも承諾した。例え意味が分からなくても「ヨーコがそう言うなら」で納得してしまう人なのだ。押しに弱い男である。身内に甘すぎる人なのである。
折角海まで来たけど、仕方なし。セイバーが好まないならやりたくない。だから、今日はダブルソーダ半分こして帰ろう。生産中止になる前に食べ収めよう。夏はまだまだ続くのだし、こんな日があっても悪くはない。サマーバケーションは始まったばかりであるのだから。