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「#寸止め」のBL小説を読む
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結局勝つまで仕切り直した葉子とセイバーは、かなり強引に勝利をもぎ取った。

正直なところ温泉に願い事とかはどうでもよかったのだが、ここまで来たら勝たねばならないという謎の義務感に突き動かされていたからである。

そうして部屋に通されて、タオルと着替えを手にいざ温泉へ────!
というところで、致命的な案件が浮上した。

「混浴しか無いんですか!?」

従業員はこくこくと頷く。油の足りないブリキのようにセイバーを見遣れば、セイバーもまた反応に困っているようだった。しかしよく考えれば、天保は混浴銭湯当たり前の時代である。困った風であるのは多分、葉子のことを気にしてくれているわけで、そんなところが大変好きだと思った。
ここまで来るのに死ぬほど労力を注いだのだから、願いは折角だし何か叶えたい。しかし、しかし、混浴!どうすっかなあこれ!

葉子はまだ卒業前の学生であるし、セイバーも現代日本の年齢感を理解している。清く正しく恋人というより同居人のような人間関係を構築しているわけで、一緒にお風呂です!とか突然言われても困るわけである。

着替えとタオルを抱えて風呂場に来てしまったが、脱衣所に入る勇気が出ない。終始無言のまま歩いているわけだが、ハタから見たら“あのカップルなんでお通夜ムードなの?”と言った感じだと思う。
先に沈黙に耐えかねたのは葉子だった。

「うわーん!セイバー!どうしよう!」

「そがいなことわしに言うてどうする」

正論(マジレス)だった。
バッサリと切られた葉子がそれもそうだよなと正気に戻ったところで、セイバーは深く深く溜息を吐く。

「...ヨーコが嫌じゃ言うなら、わしは後でえい。好きに決めえや」

葉子は己の思慮の浅さにハッとする。なんてことを聞いてしまったのか。これじゃ暗にお前と混浴は嫌だと言っているようなものではないか!

「違うんだよセイバー!嫌とかじゃないんだよ!世間体だよ!だって耐えられないよ!近所の人にセイバーが学生に手を出したロリコン変態ヤカラニートって言わ」

ぱこーん!猛威を振るう卓球ラケット!

ぐだぐだ時空で毒されすぎて居たのかもしれない。思えば、最初から妙なテンションに包まれていた。まるで、中身が変えられたかのような...まるで、インキャの葉子とヨウキャの葉子がシャッフル...この話はやめよう。何も生まない。仮にそうだったとしても、葉子にそれを知覚する術はない。そういう欠陥技能だからこそ封印指定されていないわけであるし、深く考えないのが吉である。

まあ例え変わっていたとしても、葉子は葉子だ。セイバーならば、きっとそう言う。だからなんだっていい。そう思えば、なんだか全て馬鹿らしくなってきた。一番馬鹿らしかったのは花札だったが、そこは触れないでおこう。
てゆうか風呂上がり卓球しよ。さっき見たけど隣の部屋オダ様だったし逆側はシンセングミ様だったよ。

「セイバー!」

「なんじゃ」

葉子はセイバーの手を握る。選挙の街頭演説のように、しっかりと。いつも支援してくれてありがとう。そんな清らかな気持ちで掴めば「気味が悪い」と苦々しげな顔をされた。ひどい。

「お風呂に入ろう。これは私たちの勝利だから」



岡田以蔵は口ではボロクソに言うくせに、身内には心底優しく気遣いが出来る男である。

何度言った言葉だろう。しかしながら、やはりそれに尽きるのである。
更衣室に入ったセイバーは、一切葉子を見なかった。掛け湯の際も全く見なかったし、湯船に入っても葉子を見なかった。寧ろガン見をしていたのは葉子の方である。すげえよ流石セイバー!最高にクールだぜ!葉子は言い掛けて閉口した。

五臓六腑に湯が染み渡り、僅かな水音だけが静寂を切る。

「...ヨーコ」

「なに」

振り向かないまま、セイバーは声を投げ掛ける。悩んだような声色で、伺うような言い方だ。

「願いはどうするんじゃ」

葉子には知り得ない話であったが、以蔵はずっと疑念に思っていたことがある。彼女の願いについてだ。
聖杯戦争中のあの時、彼女は「特に無い」と言った。聖杯に掛ける願いは無いと。死にたくないから欲しいだけであると。だが、今は特に何も無い。保身に走らずとも、命の危険は無い。だから、その状態でならば願いがあるだろうと思っていた。それが叶えば、以蔵にとって喜ばしいことであるとも。

元来、岡田以蔵という男は“尊敬し依存できる誰か“の力になることに喜びを覚える性質である。主従がこりごりなのは本当であるが、それはそれとして葉子が好きである。大切である。
つまるところ、以蔵自身は最初から願いを掛ける気などは無く、彼女のために使えるのであればそれが良いと思っていた。

しかしながら、やはりこの少女は無欲である。遊んで暮らせる金が欲しいとか、もっと力が欲しいだとか、根源に辿り着きたいだとか、人間であれば、ましてや魔術を使うものであれば欲深いものだと思うのだがと以蔵は思っている。

「そうだなあ、どうしようね。特に無いんだよな、願い事」

典型的な崇拝体質(推しマジすごい)である彼には知り得ない話であるが、葉子が無欲に見えるのは単に一番欲しいものを持っているからである。岡田以蔵という男は、自分に向けられる好意に対しては大変鈍く卑屈な男であったので、気が付く筈も無い。
多分、死に際とかじゃないと分からない。庇って瀕死になられたりしないと分からない。生前の経歴のために仕方ないところであるが、人間関係に臆病な男だった。

その点、葉子は手放さないために努力するし、それこそ文字通りなんでもするだろう。例え手放すことになったとしても、庇護し幸福であるように影から支援する。葉子では無い別の誰かの元に居るのが一番だと思えば、すぐに送り出す。それは以蔵が知らない話なだけだ。

「セイバーは無いの、願い事」

涼やかな目が赤を捉える。純粋な興味のようで、”叶えてあげたい“という欲が滲んでいる。これに気が付かないから、サーヴァントはマスターを勘違いするのである。

言われて思案した以蔵であるが、困ったことに特に思い浮かばなかった。きっと、別の場所であれば、生前であれば、金一択だったと思うのだが。彼女と過ごす内に、随分と日和ったものだと苦笑する。

「特に思い浮かばん。ヨーコが好きにしたらえい」

思考の放棄。丸投げ。悪い癖である。気付いた葉子は困った顔をしたが、すぐになんでもなかったように取り繕った。
そうしてぼんやりと最善を考える。どう身を振るべきか、考える。やがて辿り着くのは、葉子が消えた後の話。

幸福な瞬間でさえ、終わりを考えてしまうのは人間の悪いところである。だがそれも致し方無し。終わりの無い物語などは存在しないからだ。

いずれ破滅すると、少女は理解っている。
遠の昔に終わっていた筈の物語を、遠の昔に消えていた筈の命を、みっともなくも続けていただけだと知っている。

例えばそれは、最初の死だったり。
例えばそれは、協会の忠告だったり。
例えばそれは、愛しい人の凶行だったり。

足場が崩れ落ちていることに気付かないほど、少女は馬鹿ではない。
ただ、梅雨の先の夏の日を、ちょっとだけ夢見てしまっただけなのだ。それが終わって欲しく無いと、少し望んでしまっただけなのだ。

夢のような夏休みだった。
当たり前にセイバーが居て、当たり前に葉子が居る。

出会いの運命があるように、別れもまた───必然であるわけで。

袂を分かち、離れること。それは別にいい。だが、遺されたセイバーが幸福で無いのは困る。葉子はいいのだ、なんでも。この人さえ、優しい世界で生きられたならば。

「じゃあそうだなあ...幸せになれますように」

無邪気に笑って茶化せば、なんじゃあそれとセイバーは怪訝な顔をした。

「もうちっくと他に無かったんか。ヨーコがおまんのことを願っちょるんはえいけど、漠然としすぎじゃろうが」

当たり障りないことを願ったと思っているセイバーは、不満気である。
その実その願いは、馬鹿でかく馬鹿広い自分勝手すぎる願いだったわけであるが、葉子は訂正しない。勘違いを理解しているくせに笑ってみせる。わざわざ自分の幸福は以蔵が幸福であることで、葉子は含まれていないと教えない。それが最善だと思う彼女は、酷い女であった。

「聖人君子のつもりか?欲が無さすぎてつまらんわ」

呆れた声が掛かって、聞きなれた溜息が聞こえる。そういう人だからこそ、他でもなく葉子は願うのだ。

「違うよ、そんなんじゃない」