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夏休みは夏休みなんて名前のくせに、夏が終わる前に終わってしまう。
いや、訂正しよう。ゆとりド真ん中世代はきっちり秋まで休めたそうである。正真正銘に夏休みだった筈である。だが葉子たちの年では既に失敗政策、唾棄されるべき愚策として処理されてしまっている。だからこうしてクソ暑い中、学校にゆらゆらと登校しないとならないのだ。

これから本格的に授業が始まると思うと死ぬほど怠いが、初日は始業式だけで直帰出来るのが有難い。出来れば九月に入るまでは休みにしておいて欲しかったが。
「今から暇?みんなで駅前行くけど」なんて声を掛けてくる同級生を適当にかわして、葉子は真っ直ぐ家に帰るつもりだ。用事あるから、と返そうとすれば、別の同級生が「止めなよ、葉子誘っても最近ノリ悪いじゃん」と口を挟む。もう二時間もすれば一番暑い時刻で、そんな時間に外に出てるのは自殺行為に等しいわけで、断らずとも適当に流して貰えるのはありがたかった。

家に帰れば最早置物と化してしまったセイバーが板の間に転がっていることだろう。断ったことを詫びつつ、それを想像して少し笑ってしまえば「葉子は彼氏と仲良いもんね〜」と茶化されてしまった。いや、彼氏じゃないんだけど。訂正すれば余計に面倒になるのも分かったので、そんなんじゃないってば〜とだけ返す。

クラスメイトと別れて家に帰れば、意外なことにセイバーは居なかった。時計を見れば一時に差し掛かるところで、コンクリートはさぞ熱を帯びていることだろう。涼しくなってきたら買い物に出るとして、そうめんでも適当に茹でようか。



なんで、なんで、どうして。
一直線の路地は短いはずなのに、どこまで走っても終わらない。

少女は地元の高校生である。ついさっきまで同級生たちと楽しくお喋りなんかをしていて、カフェで買った季節限定のフラペチーノなんかを歩きながら飲んじゃって、何事も無く別れたはずだ。

それが崩れ去ったのは数分前で、友人たちと別れて帰路に付けば、ざっ、ざっ、と一定の音で布擦れが聞こえる。驚いて振り返れば、時代錯誤な着物と酷く虚ろな赤が少女を射抜いた。「お初にお目にかかります」なんて掠れた声が聞こえて、片手には鈍く光る銀色が輝く。恐ろしくなって狭い道に入れば、それは失敗だったのだと思い知った。どこまでも、どこまでも、薄暗い路地は続く。こんな道あったっけ、なんて思っても遅い。

走る、走る。やがて行き止まりに辿り着いても、刻まれる一定の音は止まらない。整わない息のまま対面すれば、鋭い痛みが腕に走る。ぬるりとしたものが指の間に触れて、息も出来ない。
はは、と男の声が笑った。笑ってるくせに、何も楽しそうな声では無い。恐ろしくて目を背ければ「女」と酷く凍えた声が問う。

「あるじゃろ、言うこと」

とんとん、と刀を肩に当てた男は、少女にそう言う。だが、少女は彼を見たのは初めてだった。知らない。わからない。必死で頭を回しても、なにも浮かばない。恐怖で真っ白になる。
その様子を暫く眺めていた男は、やがて深く深く溜息を吐いて「まあえいわ」と刀を下ろした。

少女は助かったのか、と息を吐いて、肩を下ろして、男がにっこりと笑う。「それじゃあ、」

「死ね」

ちゃき、と鍔が鳴る。少女の喉は乾いて、音を発することすら困難だった。じりじりと後退りしても、後ろは壁で、思わず目を閉じる。しかし思っていた痛みはやって来なくて、代わりに聞こえたのは人の走る足音である。
恐る恐る目を開ければ、そこに居たのは同じ制服を着た女子高生、というか、見知った同級生で。そして少女は気付く。この男は着ているものこそ違うが、先日の花火大会で見た顔だった。

「セイバー、なに、してるの」

慌てて走ってきたらしい。息も絶え絶えの彼女は、男と少女の間に身体を滑り込ませた。
ヨーコと呟き、しまったと言わんばかりに渋い顔をした男が「今から斬るっちゅうとこぜよ。見て分からんがか?」と答える。やはり、少女は殺されるところだったらしい。

震える足を起こせば、鋭い眼光が少女を抑える。「逃げるな」と暗に言っているらしいし、走ってきたクラスメイト────葉子も庇うように立ってはいるものの、逃す気は無いようだった。少しだけ怒った声で「セイバー、三歩くらい下がって。怖がらせたでしょ」と責める。
怖がるもクソも、その男に殺されかけたというのに、何を言っているのか。だからこの女が嫌いなのだ。ズレたことばかり言うのに、輪を乱すのに、誘っても来ないくせに、当たり前のように仲間に入っている。

それならば、と少女は思い切り葉子の背を押した。勢い良く。容赦も無く。どん、と強く叩けば、華奢では無いが年相応の女の子と言った体型の葉子は前のめりによろけた。
驚いた顔の男はパッと刀を捨てて、葉子を抱き止める。好都合なことに、彼女ごと尻餅を付いた...というより、葉子のことを余程大事にしているらしい。自分ごと倒れ込んで衝撃を殺したように見えた。
なんにせよ逃げる絶好のチャンスで、少女は痛みも恐怖も忘れて一目散に駆け出す。振り返らずに、速く速く。

転倒した彼らは絶対に追い付けない。路地から出れば、すぐに人通りの多い道だ。だから、一心不乱に走って、灯りが見えて、安堵して、後ろを見てしまった。

転げたままの葉子は男の肩口から顔を出して、此方を酷く冷たい目で見据えていた。その双眼は恐ろしく澄んだ色の筈なのに、何処か濁った赤色と似たような光り方をして─────そうして、ぱん、と軽い音がした。



良い予感は外れるもので、嫌な予感は当たるものだ。帰りが遅過ぎるセイバーは珍しい。心配で外に出て魔力を追ってみれば、慌てた顔で駆けていく同級生とセイバーの後ろ姿を見た。

仕方なく葉子は自身が半ば魔術工房として利用している路地に足を踏み入れて、面倒くさい場面に出くわして、咄嗟に拳銃を握ってしまって。もうどうしようもなくって溜息を吐くことしか出来ない。
夕暮れはまだなのに酷く薄暗い袋小路は、微弱な結界によって管理されている。外からでは視認すらままならず、通りに道があることすら分からないのだ。

「あのさあ、セイバー」

「...なんじゃ葉子」

バツが悪そうにするセイバーは怒られるのが分かっているんだろう。普段は酷く強気で威圧的なくせに、なんだかんだ葉子に弱いのだと思う。肩をすぼめて小さく縮こまったような姿になるのは、正直少し可愛いがそんな場合では無い。

そしてこの体勢では威厳に欠ける。慌てざまの無理な射撃のせいで、葉子はセイバーの頭に胴を押し付ける形で抱き着いてしまっていた。恐ろしくバランス感覚の良い彼は、座ったままで葉子をしっかりと支えている。さっさと離れて立ち上がれば、遅れてセイバーも腰を上げた。支えてくれてありがとう、と礼を言えば「貧相な体でも出て無いよりマシじゃのう」と返される。クソほど失礼だったし、葉子は別に貧乳じゃない。脱線しかけた怒りを軌道に戻し、問いただす。

「なんで殺そうとしたの」

殺そうとしたの、と聞いた理由は簡単だ。結果的に殺したのは葉子である。痛め付けたのはセイバーだが、肝心の一撃を見舞ったのは葉子の放った弾丸だ。頭をブチ抜き、クラスメイトだったものは赤い水溜りを作っている。
アホみたいな話だが、梅雨の一週間は葉子から良識を奪ってしまったらしく、人の命が失われたことよりもセイバーが無茶苦茶な行動に出たことの方が問題に思える。限りなく一般人のつもりで生きてる葉子にとって、この自覚は結構ショックだった。八つ当たり半分に強く睨みあげれば、そりゃ、と呆けたような声が短く紡ぐ。

「おまんを笑うたから」

は、と思わず声を零してセイバーを見上げれば、先程までのしおらしい態度は何処に行ったのか、さも当然のような顔で葉子を見下ろしている。その赤色は一点の揺らぎもなく、いつものように濁った仄暗い色を称えているだけだ。

「あの女、ヨーコを馬鹿にしよった。やき、殺すじゃろ」

先程まで感じていたじめっとした暑さは、何処かに吹き飛んでしまった。四肢の隅まで酷く凍える錯覚と、時が止まったかのような緩慢さが葉子の頭を同時に叩きつけたようだった。

忘れていたわけじゃない。何度も葉子が言ったことだ。セイバーは、人斬り。人殺し。わるいひと。それと同時に、葉子を守ってくれる剣であると。ただ、葉子に対するセイバーがあまりにも優しかったから。過ごした夏が、あんまりにも穏やかだったから。
自分たちは普通の生活をしていると、普通の境遇だったと、思い込みたかっただけなのかもしれない。酷く痛む頭を抑えれば、セイバーは少しだけ顔を歪ませる。ほら、優しいのだ、この人は。酷く優しくて、不器用で、だから、そう。葉子のために葉子を笑った同級生を殺そうとしたのだと、理解してしまった。

というか、元はと言えば此処に転がる彼女が葉子を笑った...というか、陰口でも叩いたんだろう。セイバーは見知った集団の中から葉子を探そうとして、何かしらの拍子で聞いてしまったのだろう。それの原因も葉子である。セイバーだけにかまけまくって適当にあしらってた葉子も悪いのだ。だからと言って、殺していい理由にはならないわけだが。
となるとセイバーだけを詰るのは御門違いでもあるわけで、セイバーがそういう真摯で実直で尽くしすぎるタイプなのは葉子も知ってたわけで、ここまでしてしまうような環境を揃えた此方も悪いのだ。

「...今度は相談してね」

悩んだ末に、葉子はそう返す。やめろと言うのは簡単だ。感謝するのも簡単だ。葉子は止むを得ない場合以外の殺人は好まない。しかし怒ろうにも、セイバーの倫理観を考慮しなかった葉子も悪い。
苦肉の策に近い返答だった。セイバーはそれが分かるのか分からないのか「覚えちょったらな」と言う。この人の致命的にダメなところは、道徳が欠けているところだ。それ以外は何処までも人間味のあるひとなのに、人殺しに対する態度だけは、恐ろしいほど真っ当じゃない。非道かつ冷徹。命の重さなど微塵にも感じていない。

の、割にやはり甘い男である。先程まで刀を握っていた大きな手が、人を斬り捨てようとしていた手が、葉子の頭に滑る。ぐしゃぐしゃと掻き回され「...もうちっくと、考えてから斬っちゃるわ」と小さく続けた。おねがいしますよ、と茶化して笑えば「おーおー、任しちょれ」と雑にあしらわれた。これは多分、忘れて斬ったあとに反省するタイプのやつだ。
葉子のダメなところは、分かってて堕落の道を選ぶところだ。たったそれだけで許してしまう。とゆうか最初から怒る気なんて殆ど無い。セイバーの好意が見えたら、舞い上がってしまう。甘いのはお互い様なのだ。

いつかきっと、葉子もセイバーも破滅する。ロクな死に方出来ないはずだと何度も思う。そんな末路が読めてるのに、見えてるのに、知らないふりをして幸せを噛みしめるのは。なんと、愚かなことだろう。

「それにしても。おまん、腕は悪うないのう」

リョーマに比べれば見劣りしゆうが、とクラスメイトの死体を蹴る。「ほれ、頭蓋のド真ん中じゃ。無駄撃ちもせんしな」と無邪気に笑う。葉子のことであるのに、まるで自分のことのように自慢気であるし、誇らしげである。色々と倫理に問題がありすぎるのだが、そうも嬉しそうだと諫めることも出来ない。
蹴るのはやめてねと最低限の注意をすれば「どうせ跡形も無く消すんじゃろうが」と返された。確かにそうだが、そういう問題じゃないのである。死体蹴りをしないのは、マナーとか行儀の観点だから、と反論を考えたところで、葉子も大分染まって来てるなと頭痛が痛んだ。胃痛も痛む気がする。

葉子に歩み寄ったセイバーが現代に馴染もうとするように、セイバーに歩み寄った葉子も段々と常識から外れて来てる気がする。それも悪くない気がしてるのだから、もう誰にも彼にも葉子たちは救えない。

このまま何処まで行くのだろう。葉子はきっと、彼のためならなんでもしてあげてしまうだろう。なんでもしてあげようとするだろう。今回はクラスメイトは一人で済んだ。次はと考えて、思考を振り払う。起きてもいない話を考えたって仕方がない。

悪いことはこれっきりにしようと葉子は思った。セイバーを叱るのが嫌だったから。彼の好意を無碍にするのは辛いから。でも野放しでは葉子が死んでしまうから。そうしたら、セイバーが離れていってしまう。

一も十も百も千も変わらないだろう。そんなことはない筈だ。彼以外は些細な問題なのに。些細な問題も積み重なれば大きくなってしまう。静かに幸福に暮らしたいだけだ。そうだ、セイバーが幸福に暮らせれば、それだけでいいのだから。
だけれど、ひとつ。もうひとつくらい、我儘を通したっていいだろう。

だって、一も十も百も千も同じだろう。
細く短く潰えるならば、太く長く作り変えるのが良いだろう。
愛のためなら、世界だって変えるのが少女だろう。

「セイバー、あのね」

私を知らない貴方も好きだよ。
そう告げれば、ハア?と怪訝そうに顔を背ける。相変わらず好意を向けられ慣れていないセイバーは「そんなこと言うちょる場合か」と文句を言った。
手を取って歩き出せば、恐る恐る握り返してくれる。人を斬ったくせに、然程熱くも無い手が愛おしい。葉子の手は、遠の昔に冷えているというのに。