ガタンゴトンと揺れる電車に身を任せるセイバーは、いつもより大分機嫌が悪い。それもこれも、葉子のせいと言えば葉子のせいだし、葉子のせいじゃないと言えば葉子のせいじゃない。 時期は盆。帰省ラッシュのシーズンだ。 普段はアパートで一人暮らしをしている葉子も例外では無く、実家...というか、本家に顔を出さなくてはならない。西洋文化の強い魔術師の家系なのに、盆という概念はあるのだ。但しそれは世間一般の盆では無く、親戚同士の顔合わせ、というか、今回の呼び出しは葉子のことだろう。実家の跡取りが選ばれるはずの令呪は葉子が引いてしまって、しかも勝ち残っちゃったとかいうから今頃家は大荒れだろうという予想は易い。 しかも、葉子の実家はちょっと特殊で、祖父の父...曾祖父さんの代で潰えているのだ。元々直系の子孫であった曾祖父さんの息子、つまり葉子の祖父は全く適性が無く、その息子の葉子の父も才能が無かった。 だから、曾祖父さんは血縁の無い一番弟子に魔術回路と肩書きを継がせていたのだが、世代を置いてバリバリ適性のある葉子が産まれてさあ大変。 直系の隔世遺伝で跡取れるやつが出て来てしまったから、慌てたのは葉子の従兄弟に当たる次期当主...一番弟子の孫である。本来なら彼がすんなり家督を継ぐはずで、葉子は魔術のまの字も知らないまま生きる筈だったが、曾祖父さんの弟子たちは恐ろしく義理堅く、葉子に増田の家督を戻そうとした。 しかし色々あって跡取り息子が「こんなやつに継げる筈がない。戦える筈がない」とゴネてくれたので、葉子は無罪放免、本家に何かがあった時のスペアとして野放しにされている。 魔術の腕だけはそれなりに磨くことが条件でもあったが、父も母も増田の家が魔術師の家系であると知らない。ので、こうして離れた土地で一人暮らしているというわけだ。そして隠匿されてた葉子が聖杯戦争に勝ち残った魔術師として名を上げてしまったものだから、放任主義の実家も放任しておけなくて招集されている...ということ。 葉子に令呪が出た時点で次期当主は怒り狂っていたし、すぐ渡せすぐ寄越せ出来ないならリタイアしろと言っていたので、プライドが傷付いたことも想像に易い。 という話を聞かされたセイバーは耳をほじりながらどうでも良さそうな顔をする。 「長いわ。一行で言え」 「実家に帰る」 ▽ やったらデカイ門を叩けば、一人でに扉が開いた。無駄なコスト使いやがって、と悪態を吐きながら入れば、霊体化出来ないセイバーも付いてくる。こういう時、ちょっと受肉させたことを後悔する。霊体化はなんだかんだ便利だったから。 記憶の中の応接室に入るまでもなく、踊り場に書籍上の親戚が集合している。血縁は無いが、曾祖父さんの義理の息子という肩書きを持っているので、親戚というカテゴリーになる。よく見れば、教会の監督役も居るらしく、葉子は内心来なきゃ良かったなあと悪態をついた。 まるで裁判か何かでもされるように、葉子は椅子に座らせられる。セイバーの分の椅子が無いのが気に食わないが、魔術師とは元来そういうものであった。使い魔に人権は無い。必要以上に肩入れしてる葉子が異端なのだ。 荘厳な雰囲気を纏って階段から降りて来た従兄弟...もとい次期当主は「お前には家に入って貰うし、母体になってもらう」と簡潔に告げた。まあそんなとこだろうな、と思っていた葉子は特に驚きもない。 もはや隠すことの出来ない名前は、本家に統括するしかない。葉子と彼が書面上の夫婦として跡取りを製造すれば、血縁上は直系になり、家督の問題もすっきり全てが丸く収まる...というか、葉子に魔術師の才能があった時点でその話は遠の昔に決まっていたのだ。改めて確認したという感覚が正しい。 嫌な顔をしたのはセイバーだ。「おまん、物みたく扱われちょるが」と馬鹿正直に言わなくていいことを言う。宥める間も無く、次期当主に睨まれたセイバーは「なんじゃあ、事実じゃろ」と半笑いで煽る。 痛む頭を抑えつつも「要件はそれだけじゃないですよね」と葉子が問えば、帰って来たのは肯定だ。「サーヴァントを廃棄してもらう」は、と零したのは葉子だ。 「どうしてですか」と矢継ぎ早に言葉を続けた瞬間、斜め後ろに下がっていたセイバーが地面に伏せる。ハメられた、と気付いた時には遅く魔力で出来た檻が彼を囲っていた。セイバーは葉子の最優のサーヴァントだが、こういうところで対魔力が無いことを痛感せざるを得ない。どこかで何かの機会があれば、その辺どうにかしとこうと思った。 次期当主である自分を差し置いて、跡取りでもなんでも無い女が兵器を持っているのは面子に差し支える、と彼は言う。更に不慮の事故でお前が死んだら此方が損をする、と続けた。 それは正論だ。だが、葉子が彼らの所有物として存在する以上、葉子の物も彼の物であるということが逆説的に言えるはずだ。意味分からない。理解できない。 管理者である教会の人間が歩いて来て、葉子の腕に触った。バチバチと痺れるように熱いそれは、紛れもなく令呪の移植である。きっちり三画。念入りだ。「使え」と次期当主は言う。 「嫌です」 はっきりと断る。葉子は弱いが、不意打ちだけは得意だった。指を真上に向けてガンドを撃ち出せば、シャンデリアが揺れる。もう一発正面に撃ち出せば、次期当主の頬に擦り傷が付いた。そのまま頭に指を当てれば、彼の顔が歪む。今まで従順にはいはいと話を聞いていた葉子の反抗に、驚いたようだった。だが、止める気は無い。これは警告だった。 元より、葉子が次期当主に勝てるとは思っていない。昔っからそうだ。お前は弱い、家に居ろ、外に出るな、戦争なんて出来ない、月末は顔を出せ、母体として飾りになればいいと散々言われて来た。その通りだし、言う通りにしてきた。だが、葉子の命は彼にとって価値がある。血筋だけは葉子が無くてはどうにもならない。ここで死なれては、困るのはあちらだ。 まともに彼の顔を見たのはいつ振りだろう。 苦々しげに呻いて、好きにしろ、とっとと出てけ、年末は顔を出せと次期当主は吐き捨てた。いつの間にか檻は消えていたので、そうさせて貰う。セイバーに声を掛ければ、だるそうに欠伸が帰って来た。どちらかと言うと葉子よりセイバーの方がピンチだったくせに、図太すぎる。 ▽ 帰りの電車にガタゴトと揺られるセイバーは、意外なことに呆れた顔で葉子を見ている。 怒っていると思っていたので拍子抜けすれば「おまん、まっこと酷い女じゃのう」と馬鹿にされた。 「なんでさ!」 「あいつは気に食わんけんど、気の毒とは思うきの」 デコピンが額を直撃した。意味が分からなくてセイバーを見やれば「ヨーコはもうちっくと人の好意に向き合った方がえい」と大変機嫌が良い。セイバーらしからぬ正論だったが、ミリも理解出来なくて余計に苛立ちが募った。 「意味分からない」と正直に言えば「それでえい」と益々ご機嫌だった。今日は珍しく、セイバーが上機嫌だが葉子のテンションは右肩下がりだ。セイバーを捨てろと言われて機嫌が良いわけない。寧ろなんで当人は怒ってないんだと一周回って別の方向に怒りが飛びそうだ。そう責め立てれば、にやにやと笑ったセイバーが平然と言う。 「おまん、裏切らんじゃろうが」 「そうだけどさ!」 「あの男が何言うちょるかも分からんのじゃろ」 「分かんないけど!」 「年末は帰るんか?」 「絶対帰らない!」 ほうかほうか、とセイバーはニコニコしている。そんな良い笑顔をしているのが珍しくて驚いたが、正直死ぬほど頭に来る。葉子は誰のために怒ってると思ってるんだ、と言いたくなったが、鼻歌でも鳴らしそうなほどに浮かれたセイバーを見てるとそんな気も無くなってきた。 「セイバーの外道、非道、人斬り」 「なんとでも吠えちょれ」 本当に機嫌が良いらしい。八つ当たりに等しい罵倒に顔を顰めることもなく、笑って流しやがっている。「はいはい、どうせ私はスペアの母体ですよ」と投げやりに言えば先程までのテンションは何処に言ったのか「は?」と短く低い声が当てられた。ジェットコースターの如き急降下だった。 「何言うとるがか?」 「えっ、なんでそこに食い付くの」 チッ、と舌打ちを鳴らしたセイバーは、恐ろしいほど一瞬で落ちた機嫌を隠すことなくそっぽを向く。葉子は困惑しかない。何がそんなに気に食わなかったのか。 それなりの期間をセイバーと過ごしているが、こういう波の激しさだけは本当に読めない。仕方なしに口を噤めば、あーあーあー、と頭をかいたセイバーが「まっこと鈍い女じゃのう!」と大声を出した。人の居ない電車に、セイバーの怒声だけが響く。 「おまん、わしの女じゃろ」 「そうだね」 「誰の母体じゃ、誰の」 「増田の家の」 「ヨーコは誰にでも股ァ開くんか?」 必要があれ、ば、と言おうとした口が思いっきり引っ張られる。イタタタタタと訴えれば「おまん誰の女じゃ誰の」ともう一度投げ掛けられる。セイバー、セイバーのと言えば「よし」と離された。ドメスティックバイオレンスと零せば「おまんが悪い」と責められる。 「なに、セイバー、私が結婚するの嫌なの?」 は、誰が、と憎まれ口を叩こうとしたセイバーは、すぐさま口を噤んで、躊躇うように視線を逸らした。暫く黙りを決め込んで、困ったように唸ってから、掻き消えそうな声で「...悪いか」と呟く。驚いて聞き返せば、頭を叩かれた。DVだ。 「喧しいわ!嫌じゃ言うとるがよ!察せんのか普通!そんくらい分かっちょれよ阿保!」 魔術師である葉子とセイバーの価値観は結構相違がある。跡継ぎ製造して勤めを果たしたら速攻で家を出る気満々だった葉子が驚いてセイバーを見やれば、照れたらしいセイバーは頭を掴んで反対方向に回す。痛い。めっちゃ痛い。そっかー、嫌かあー、そっかーと煽れば益々頭を握り潰す力がこもった。洒落にならない痛みになったところでギブアップすれば、手を離されてさすられる。撫でるくらいならやらなきゃいいのに、セイバーは酷く不器用だ。 電車が止まって、いつもの街に着く。さっさと降りれば、機嫌が悪いままのセイバーも付いてきた。 「セイバーが嫌なら、とっとと逃げちゃおうか」 笑って手を引けば「酷い女じゃのう」と彼は呆れた顔をした。あがいに囲われちょるのに、と言った言葉の意味は分からない。訳分からないけど、セイバーの機嫌が持ち直したので良しとしよう。やっぱり、葉子は彼が一番大切なのである。 |