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「#総受け」のBL小説を読む
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長靴で殴られた



 わたしは絶句する。
 いや絶句するというか、わなわなしたのだが。何故そうなったかと言えば、単純に頭のキャパシティを破壊するような光景が眼前に広がっていたからである。

「その、あまり、見ないで頂きたい...」

 気恥ずかしそうにする成人男性が、おずおずと頭────いや、耳。きゅるんきゅるんの猫耳と、ピコピコする尻尾を隠した。

 ▽

 張遼。張遼止啼、泣く子も黙る遼来来。
 勇剽若豹蛟...勇剽なること豹蛟の若しなんて曹植様にも詠まれるくらい、名将と頻繁に評される勇将である。
 
 赤ちゃんも泣き止むなんて噂されるが、実際はそんなに怖い人ではない。寧ろ物腰は紳士的でスマート、女子供には非常に優しいとわたしは記憶している。
 
 それに本人からしても「私は子どもを泣かしたりはしていない。泣かしていないのだから、泣き止むと揶揄されるのは間違いだ」とのことである。
 加えて、「躾に人の名を使うのは手抜きではないか?」とも文句を言っていた。
 時折り、彼の武勇を称えた兵士がそれを口にするけれど、張遼殿は決まって「やめよ」と言っている。彼が通り名を非常に不服だと思っているのは間違いない事だった。
 
 つまり、わたしが何を言いたいかといえば。
 張遼殿は単に武人然とした態度が妙に迫力あるだけの心優しい人であり、それを自分で気にしてるくらい割と可愛いところのあるお人である。

 そんなお方に、獣耳が。
 衣装も変更されているのだが...普段と大して変わらないというか。元から張遼殿はフリルの意匠を好んで着用し、なんだかモダンでオシャレな軍帽を被っていらっしゃるので別にと言った感じだ。
 突然西洋の騎士のような、童話の登場人物のような、なんとも言えない衣装を召されていても別段違和感などは無い。...いや、肉球ベルトは少しメルヘンすぎるか。

 わたしはなんと声を掛けていいか、思案したが言葉が出ない。
 しかし彼方も非常に居心地が悪そうで、どうにかこうにかフォローの言葉を絞り出した。

「ほら、呉とか、もっと大変なことになってましたし...周郎とか、鈴の甘寧とか、張遼殿と似たようなものでしたから、まあ...
 あ、曹仁殿も獣耳でしたから!寂しくないですよ!」

「あまり助け舟になっておらぬのだが...」

 一人で大変なコスプレ衣装になっていたらそら気も狂うが、他の連中も同じ様な事になっているので別段問題はないと思うが。張遼殿は中々気恥ずかしさが消えないらしい。
 まあ確かに、それはわかる。わたしも朝起きたら突然萌えキャラのような姿にされていて、耳も尻尾も取り外せないと来たら気が狂って死ぬだろう。憤死だ、憤死。

 だが張遼殿はそもそも立派なお顔立ちのお方なので、猫耳が生えたくらいで格好良さは損なわれない。
 他の将兵だってそうだ。並の人間ならば厳しいスタイルも、お顔がよろしいので絵になっているのだ。
 
 西洋風の意匠も様になっており、長靴を履いた猫のコスプレをした成人男性としては、これ以上ないくらい決まってはいるだろう。
 だから堂々としてればいいのにとわたしは思ったが、当人が恥じているのだから余計な一言だなと閉口した。
 そして、元より疑問に思っていたことを尋ねる。

「それで、何故わたしの執務室を訪ねて来たんですか?
 その姿を晒すのが嫌なら、自室にて人払いをすればよい話でしょう」

「それはだな...」

 カチャンカチャンと鎧の鳴る音がする。この程々に重い感じは、李典殿だろうか。足音はわたしの部屋の前で立ち止まり、軽快にノックを鳴らした。

「おーい。用事って訳じゃないんだが、ちょっと顔貸してくれねえか?」

「はあい?待ってて下さい、今開けま、」
 
 張遼殿にしては、分かりやすく“拙い!”という顔をした。
 敵に挟まれようが、籠城を任されようが、それこそ合肥の戦いだろうが渋い顔以上をしなかった張遼殿が、本当に心底困ったような、“マジで嫌で無理”という顔をしたのである。
 そうして少し思い悩み、言うか言わないか迷った様な仕草をして、おずおずと言い出した。

「匿って頂きたい」

「えっ」

「隠れさせて頂きたいのだ!李典殿から!」

 単に焦って語調が強まっただけなのだが、確かにこの迫力を眼前で食らったら子供は恐怖で固まるだろう。
 大人のわたしでも、張遼殿の人となりを知らなければ余裕でちびるかもしれんと失礼ながら思ってしまった。

 わたしの返答を待たず、張遼殿はすごい速さで机の下に身を隠す。
 趣味で敷いていた布が良い感じに身体を覆い隠し、奥まで歩み寄らなければ決してその姿を見ることは出来ないだろう。

 わたしが「こんなに焦ってる張遼殿、めずらしー」と呑気に思っている間に、李典殿は焦れたらしい。
 勝手に扉を開けて、いつも通りの天然パーマが頭を出す。普段と違う点を挙げるならば、李典殿もめちゃくちゃな格好をしているということだろうか。

「よー、わたし。こっちに張遼来なかったか?」

 李典殿はなんというか、一昔前...いや、三國に於いて一昔前もクソも無く、強いて言うならば最新の向こう側なのだが...まあ御託は良い。
 とにかく、一昔前のドラマのような、古めかしい風貌をしていた。元々の顔立ちも相俟って、なんだか終盤で撃たれて太陽に吠えそうである。

「来てないですね。何か用事でも?」

 わたしは机の下の張遼殿を隠すように立ち上がった。自然に扉へ近付いて、李典殿が外へ目を向けるような位置へと足を運ぶ。
 自称感の冴える男は目的の人物が此処に居るとは思っていないらしい。特段怪しむこともなく、わたしと同じ方角を向いた。

「そうなんだよ。今、どこの将兵もみんなこんなになってるだろ?」

 李典殿はブーツカットのスーツを指差した。わざわざサングラスを正しい位置に戻して、余計にデカっぽい。...デカと書いて、刑事と読む感じだ。
 前述の通り、どういう訳か何処の国も全ての将兵が謎の衣装に強制変更されており、どの国もイカれコスプレ集団となっている。

「そんで今朝から張遼の姿が見えないもんだから、俺は思ったわけだ。なにか、とんでもない姿になってるんじゃないかって、な!」

「李典殿、貴方はそういうことをなさるから張遼殿と不仲なのですよ」

 張遼殿は答えられなかったが、「全くその通り」と言いたいような雰囲気をわたしは感じている。
 李典殿は基本的に気の良い方なのだが、張遼殿が絡むとすぐこうである。気に食わないのは分かるのだが、もう良い歳なんだから態度に出さずにどうにか出来ないものだろうか。
 
「魏に降った以上、同じ志で労働する間柄だというのに」

「そうだけどよー」
 
「表面上だけでも良い顔をすればいいではないですか。わたしだって、気に食わない方の一人や二人や十人...超おりますが、日頃こうして真摯に対応しているのですよ」

「あんたそれ他のヤツに絶対言うんじゃないぞ!」

 李典殿はわたしを見て「まさか俺のことも...!?」と言い出した。
 そんな訳ないだろうと思ったが、特に訂正する必要もないため笑顔を返す。李典殿は益々焦った顔をしている。何故?

「ところで、何故わたしの元に張遼殿が居ると思ったのですか?
 普通に考えて、逃げ込むならもっと別の方が居られるでしょう。それこそ、徐晃殿や于禁殿辺りが妥当ではないですか。御二方であれば、怪しい衣装を纏わされる恥ずかしさも共有できましょうに」

「まあそりゃそうだよな。あの張遼があんたのとこに逃げ込むなんて、絶対にありゃしないだろうからな」

「ええ?そう言われると気になりますね。なんでですか?」

 張遼殿が「何故聞き返されるのか...!?」と動揺した空気を感じる。
 わたしも別に聞く気は無かったのだが、そう言い切られると気になるのが人情だろう。

 李典殿はフフンと鼻を鳴らして「これは俺の勘なんだけどな」とお決まりのセリフを吐いた。

「アイツ、あんたの前で猫被ってるだろ?」

「猫?そのような事は感じませんが...」

 猫になっていたけれど、猫被ってるとは感じた事ない。わたしは率直にそう思った。
 しかし李典殿は、強い確信を持っているらしい。自信に満ち溢れた顔で、そう考える理由を述べた。

「被ってんだよ!俺に言われたら嫌な顔する癖に、あんたに言われたら困った顔するだけなんだぜ?」

「李典殿がわざわざそういうことを言うから嫌な顔をされるのでは?」

 李典殿は悪口を本人が居ても言うタイプだ。この発言は、張遼殿が居たとて────いや、まあ居るのだが。仮に李典殿から目視できる位置に張遼殿が居たとて、彼は平然と今と同じことを言うのだろう。
 そういうところだぞとわたしはじっとり見たが、李典殿はどこ吹く風である。

「あと、張遼はあんたに甘い!」

「ええ... そんなん日頃の態度の差じゃないですか...」

「いーや!違うね!俺や楽進には“命令であれば、異論を唱えるべきではない”なーんて言う癖に、あんたが提言した時にゃ、“一理ありますな”だぜ?」

「それは李典殿が直感故だと根拠無く主張するからで、楽進殿も一番槍のことを真っ先に述べられるからですよね」

「あんたそういう態度だから左遷されるんだぞ」

「合肥に居たのは左遷ではありません。趙嚴殿が“あの三人は絶対揉めるから、貴公も行くように”と仰られたのです」

「そういうこと言っちゃうから貧乏くじ引かされてんだっつうの!」

 わたしは別に貧乏くじを引いている気は無いので不服に思ったが、李典殿からしたら「俺だったら、不仲なヤツが集まってる籠城戦に仲介役として派遣されるとか...いやー、笑えないっすわ」らしい。
 あんたらが仲良ければ、その笑えない状況というのも存在しなかったのだが...とわたしは思ったものの、別に嫌味を言うほどムカついている訳でもないので閉口した。

「やっぱあいつにゃ、あんたに格好悪いとこ見せたくねーって雰囲気があるぜ。これも俺の勘なんだけどな!」

「誰だってそうでは?ああ、楽進殿はそうでもないか...」

 わたしは数刻前にラガーマンと化した楽進と顔を合わせていた。彼は「お恥ずかしい限りです」と口だけの恐縮していたが、普段通りの振る舞いだった筈。

「楽進はなー。ああいう感じだけど、正直ぜんっぜん度胸あるっつうか、人の目を気にしてないっつうか...」

「ああ、それは分かります。楽進殿は仮に猫耳とか生えても、まったく気にしなさそうですもんねー!」

 机の下からガタッと大きな音が立つ。
 張遼殿が動揺して頭をぶつけたらしい。わたしは咄嗟に声を掛けるところだったが、すんでの所で耐えた。

 大きな物音に驚いたのは李典殿も同じようだ。先程までわたしを見ていた李典殿は、その鋭い視線を机の下の────ぴろぴろと蠱惑的に揺れる尻尾へと定めていた。
 
「わたし、あんた猫...いや、それにしちゃデカいな。虎でも飼ってるのか?」

 拙い!
 わたしと張遼殿の気持ちがシンクロした。別にわたしは不味かないのだが、先程の李典殿の話もある。
 張遼殿が恐らく恥を偲んでわたしを頼って来た手前、二重で恥をかかせることになるのは流石に可哀想に思えた。いや、三重か。

 猫耳で、わたしの部屋へ逃げ込み、机の下で座っている。そんな姿、一生擦られてしまう。
 わたしが李典殿であれば、手を叩いて笑った後に机を叩いて笑うだろう。これを見せるのは、非常によろしくない。

「割と動物って好きなんだよ、俺。なァ、あいつ触ってもいいか?名前とか付けてたりするのか?」

「あっ、ははあ。あの子、一時的に預かってる虎なんです。それに、人見知りで...」

「預かってる?そりゃ誰にだ。こっそり虎預かってるなんて、于禁に知られたら後が怖いぜ」

「いえ、于禁殿は規律に忠実ですから。わたしがこの虎を趣向品と見做し、私物として自室内で管理する限りは咎めない筈です」

「そりゃ詭弁だろ。幾ら于禁だって、生きた獣を家財として数えちゃくれねーって。諦めて、この李曼成にふかふかの毛並みを撫でさせるんだ...なァ!?」
 
 動揺で賈殿のような笑いが出てしまったわたしは、咄嗟に李典殿の手を握った。
 ワキワキと動かしていた李典殿の指を握り、強引な足運びで張遼殿から目を背けさせる。

「虎のことなど、どうだって良いではないですか。李典殿は今、わたしとお話しているのですから。...こちらを見て欲しいです」

 そして空いてる方の手で、李典殿の頬に触れて顔を此方へと向けさせた。驚いた顔の李典殿がわなわなと唇を震えさせる。

「え!?えっ、あーっと、あー、なんつーか」

「どうしたのです。顔を赤くして。李典殿はただ、はいと言うだけで宜しいのに」

「は、は...」

「場所を変えましょうか。積もる話は、もっと別の場所でがよろしい」

「そ、それって、その...二人でか?」

「え?いいえ?普通に、楽進殿も誘ってお茶でもしましょうよ」

「ははは...俺、用事あったの思い出したわ!」

 李典殿は勢い良く背を向けて、すごい速さで扉を閉めていった。
 後に残されたのは、宙を撫でるわたしの手と、机の下の虎である。

「わたしとのお喋りがそんなに嫌だとは」

「あれはそういうことでは...いや、言うまい。貴公はそのままの貴公であられよ」

 デカめの猫は不満げにわたしを呼んだが、頼まれごとは完全にこなしている。
 李典殿にバレずそのまま追い返したのだから、感謝こそされども文句を言われる筋合いは無い。

「...些か気になる点はあったが、そなたに救って頂いたのは事実。この張文遠、何か貴公に礼をしたいのだが」

「えー、別にいいですよ。こういうの、お互い様ですから。わたしだって、何度も張遼殿に助太刀いただいておりますし」

「戦場で助力し合うのは当然のこと。故、それは礼をしない理由にはなりませんな」

 張遼殿は律儀である。恐らく、何某かをお願いしないと引いてはくれないだろう。
 わたしは頭を捻る。張遼殿に頼みたいこと。強いていうならば、この部屋に置く湯呑みが欲しかったが、そんなものを強請られては張遼殿も困るだろう。
 そもそも物はダメだ。飯奢ってなんかもダメ。張遼殿のことだから、一度ならず何度も飯を奢ろうとするだろう。それはわたしが申し訳ない。

 出来れば一回でお願いが完遂され、金品の取引がないような────。
 わたしは閃いた。恐らく一度きりで再現性のないお願いが、ここにあったではないか。

「...あー、でしたら」

 ▽

「うわ、すごい。ふわふわ。どうなってるんですか、これ」

「...知らぬ。目覚めたら、こうなっていたのだ」
 
 わたしのお願いは非常にシンプルだった。
 耳と尻尾を触らせてほしい。それだけである。

 わたしはまあまあな動物の皮好きであるのだが、この城には特に動物が居ない。曹操殿は女人が大好きだが、獣や珍獣に大して興味が無いのである。
 
 南中に降れば虎。呉に降れば家畜化された虎にパンダに麒麟にキョンシーに色々居るようなのだが、北側の土地は生息域から外れており、てゆうかそもそも野生の獣ばかりで人馴れした生き物などは当然のように居ない。熊と狼が闊歩するばかりで、虎はいないのだ!
 猫は城でも稀に見掛けるが、この時代も流行は香である。わたしも普通に焚いて過ごして居る為、猫は当たり前だが寄り付かない。
 個人が飼育して居る猫なんかは多いものだが、みんな家猫として飼っているのであるから、居住に押し掛けでもしなければ触れないだろう。

 要するにだ。長々口上を垂れたが、欲望は一つ。
 わたしは毛皮をめちゃくちゃ撫でさくりたいのだ。

「尻尾を失礼しても?」

 耳を撫でていた手を止め、ビッタンビッタンと地面に打たれる尾を指差す。
 動き回っていた尻尾は停止し、ぴんと上を向いた。

「...そなたがそう望むのなら」

 恐る恐る尻尾に触れると、耳とは違った幸福に身を包まれる。民に頼まれ駆除した獣を、後でこっそり撫で回すことはわたしにもあるが、やはり生きている尻尾は違う。
 生暖かで、ツヤツヤで、とても多幸感。思わず両手で掴んでふさふさと堪能すれば、「もう少し丁寧にお願い致す」と震える声が掛かった。

 黒々とした立派な耳は困ったように伏せられて、わたしは猫のことなんか全然詳しく無いが「もうこれ据え膳じゃん!」と手を伸ばして触ってしまう。

「なっ、急に触られると驚く故、一声掛けてから...!」

 口ではこう言っているが、喉はごろごろ言っている。わたしは獣の毛を撫でられて嬉しいが、あちらもあちらで恐らく満更ではなく、ウィンウィンであった。
 かの有名な金羊毛は撫でるだけで超ハッピーになるほど素晴らしい宝の皮とされるが、張遼殿の毛皮も同様の効果があるとわたしは強く思った。

「かわいいですね、張遼殿」

 撫でる手を止めず、継続して表皮を撫でさくる。
 しかし、その発言は看過できなかったらしい。黙ってされるがままになっていた張遼殿は、ムッツリとした顔を向けて、なんだかスコシコワイ!

「...貴公は、そういうところですぞ」

「えっ」

 尻尾を撫でていた手を掴まれる。
 思わず後ずさったが、もう片方の手で腰をがっしり掴まれた。陽光に金の肉球ベルトが煌めいて、なんだかすごくロマンスな絵面であるのに間抜けさが抜けない。

「李典殿に同意するのは些か癪だが、貴公は余計な一言が多い。そのようなことを仰られるから、無意味に痛い目を見るのだ」

「よ、余計な一言...しかし、張遼殿が今すごくかわいいのは本当のことですよ」

「そういうところだ」

 そういうところと言われても、わたしはどういうところだよ!と言った感じである。
 しかし少なくとも、普段わたしになんにも言わない張遼殿が強く忠言しているので、見過ごせない大問題だったらしい。
 わたしは困って、素直に尋ねた。

「では、どうしたらいいですか?かわいいと思っても、黙っていれば宜しいと?」

 逆ギレである。無茶苦茶な逆ギレを食らった張遼殿は「ううむ」と唸って、非常に困惑した声で言った。

「私には構わない。だが、他の者に申すのは止めよ。貴公の振る舞いは、人を惑わす」

 張遼殿の言葉は要領を得ない。わたしは言い過ぎらしいが、あちらは言葉足らずではないだろうか。
 第一、惑わすってどういうことだ。こちらは誠心誠意、心からそう思うから言っているのだが。
 
 わたしの不満げな態度に、こちらが納得していないと分かったらしい。張遼殿は普段あまり怒った風な雰囲気をわたしに向けない...というか、明確に怒っているところを見たのは、合肥で李典殿と揉めていた時くらいだろうか。
 率直に言えば大変珍しく少し苛立った様子で、わたしに凄んで言った。

「では、行動で示そう。覚悟なされよ」

 行動で示す?
 疑念を浮かべたわたしの頭に、張遼殿の手が乗る。そのまま撫で────めちゃくちゃに撫で回して、猫可愛がりをされている。

「ちょ、張遼殿...!?気でも触れましたか!?」

 そうして無言で暫く撫でさくったあと、結局先に折れたのは張遼殿であった。
 耳が赤い。自分でやっといて照れとるんかい。

「...貴公の大らかさは美徳だ。しかし、此方は気が気で無い。故、惑わすような言動は控えられよ」

 張遼殿はわたしの手を握り、震える声で言った。
 怒っていると言うよりは、照れているらしい。先程は散々人の頭を撫でていた癖に、手を包む指は熱く、顔も紅潮している。少し無理な距離で掴んでいるのに、それ以上の空間を詰めもしない。
 張遼殿は戦場であんなにも冷静で余裕を持っておられるのに、今は大変に緊張しているらしかった。

「皆が...いや、私が。そなたに期待をしてしまうのだ」
 
 そこまで言われてわたしは漸く、めちゃくちゃに張遼殿を弄んでいたことを知ったのだった。