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楽しく生きて嗤って死ね



 神仏とか天罰とか全然信じてないわたしも、流石に暴れ千切った代償だと思う。

「人質ってよ」

「うん」

「やっぱよ、首だけ帰したらバチ当たんのかもな」

「当たり前だね」

「寺とか燃やしたら、来世まで祟られるのかも知んねえよなあ!」

「燃やしたの寿司屋じゃん」

「じゃあ問題ねえわ」

 問題しかなかった。
 寿司屋は祝い事を行う神聖な施設だから、営業妨害をした罰を受けたに違いない。
 
 わたしたちは数日足らずでアッサリと他陣営に捕捉され、手酷い不意打ちを受けた。
 キャスターをボコった事から、同盟の裏切り判定を受け、他陣営からの袋叩きに遭ったのである。
 「あっちが先に手ェ出したんだろうがよ。気に食わねえクソ野郎どもだな」とはバーサーカーの弁である。わたしもそう思う。

 幸いだったのは、こちらを制した相手の詰めが甘かったことか。まあ負けてしまったけれど。
 若いマスターの後ろ姿を見て、舌打ちをひとつ。彼らはロクに死亡確認もせず戦線離脱する。

 勝敗が決まった時、ブチ抜かれたのはわたしの身体であった。寸でのところで離脱してやったが、最早虫の息だ。
魔術回路はぐちゃぐちゃ。内臓もぐちゃぐちゃ。
 寿司も混ざってるだろうな、と遠い心地になる。まぐろ美味しかった。

 有り得ないくらい高出力のフィンの一撃。寿司屋の怒りは雷へと姿を変え、高速を超えた神速が放たれた。
 即死だと思ったが、辛うじてわたしは生き長らえている。
 
 見るからにヤバいその一発がはらわた目掛けてブチかまされた瞬間、バーサーカーが割って入ったからだ。よくもまあ、身を呈して。
 てかなんだよガンドって。ふざけるんじゃねえ。サーヴァントで戦え。そういう儀式だぞ。
 
 相手取ったマスターに文句を言っても、既にあちらは居ない。わたしの悪口を、バーサーカーが聞いているだけである。

「きみが突っ込まなければ、相打ちだったんだぞ」

 こんなの言ったところで意味はない。意地の悪い恨み言である。
 わたしはどっちにしろ、死んでいたと思う。
 だが、無理やり相手のサーヴァントをブッ殺して、バーサーカーが再契約する可能性は残せた筈だ。そう考えると、非常に口惜しい。

 バーサーカーは珍しく笑っていない。真剣な顔で「あー、」と申し訳なさそうに声を上げた。
 殊勝な態度を取るとは、珍しい。明日は槍でも降るのだろうか。わたしは負けてはいたけれど、この顔を見れたなら別に良かったかもなとも思った。

「悪ィな。オレはよ、そーゆうの考えるの苦手なんだわ。不意打ったクソ野郎が居たからよ、オレのマスターに良い度胸じゃねえかって思って、ブッ殺しに行っちまったわ」

 知っている。森長可がそういう男であると。
 間違いなく彼は狂人である。クラスの呪いとかじゃなくて、彼自体が正真正銘に。いかれ。あたおか。戦国社会適合者。
 だけれど、彼は驚く程に身内想いだ。良かれと思ってそうしたのだと分かる。
 わたしはもう、責める気になれなかった。寧ろそれを尊く思う。

 痛む臓器を無視して笑えば、消え行く彼も笑う。
 彼も膨大な魔力に貫かれた上に、相手にダメ押しの滅多斬りされていたから相当キツイ筈なのだが。気を遣って魔力を回せば、手で制される。
 そうして急に真面目な顔をして、珍しく静かな声で言った。

「なァ、アンタずっとつまんなさそうな顔してたぜ」

 つまんなさそうな顔。
 そう言われても、わたしはそれ以外を知らなかった。魔術師として生まれたから、魔術師らしくと育てられた。そこに疑問も反抗も無い。
 無い、筈だった。
 
「オレは武士なんざロクでもねぇって思ってるけどよ。
 敵殺すのは楽しいぜ。暴れんのも、まあ楽しいわな。外道は外道なりに、ロクでもねぇまま楽しめんだわ」

 彼は、武士は魔術師と似ていると評した。
 これはバーサーカー自身の話に聞こえるけれど、わたしの方に言及しているのだろう。

「まあ此れでも大名だからよ、気が進まねえこともやるけどな。やってみたら案外面白ェし」

 知っている。そういう人だと、近くで見ていた。

「それでよ。なんつーか、よ」
 
 珍しく歯切れの悪い言い方だ。
 もう既にわたしは吹き出しそうだった。森長可は身勝手で、己だけの楽しみを追求していると思っていたのが。
 それが、全くの勘違いであったと知ったからだ。

「楽しかったか、マスター」

 喉に血が絡んで、答える声すらも出ない。だから代わりに思いっ切り笑ってやる。
 ありがとうとパス越しに告げれば、バーサーカーも楽しそうに笑う。それはそれは嬉しそうに。
 わたしは、たのしかった。親が死んでも何も思わないような、模範的な魔術師だった筈なのに。この聖杯戦争は、心の底からたのしかった。

 きっと彼は最初から、わたしを喜ばせようとしていたのだろう。
 狂った倫理観で、タガの外れた価値観で、どうにかこうにか此方を喜ばせようとしていたのだと、今なら理解が及ぶ。
 もう少し早く気付きたかったところであるが、気付いただけ偉い気がして来た。暴力が過ぎて、分かりづらすぎるんだよおまえ。
 またひとつ、笑いが溢れる。

「やっぱアンタは笑顔が良いな。最高に侘びてっからよ、自信持っていいぜ!」

 大きな手がわたしの頬を撫ぜて、薄くなって行く。
 
 わたしは慌てて魔力を回す。消えようとするバーサーカーを、少しでも留める為だった。
 言いたい事を言い切って、好き勝手に消えようとしていたサーヴァントは、ゲラゲラ笑った後に真顔になった。相変わらず、情緒の起伏が激しいヤツである。

「おいおい、死ぬだろ! 死んだら殺すぞ。無茶すんなって」

 めちゃくちゃを言うな。
 そして別に、死にたい訳ではない。でも、わたしは大人しく転がっている場合でもない。彼に言わねばならない事がある。
 血を吐きながら、彼の手を握る。握手である。腕から滴り落ちた互いの血が、コンクリートに濁った染みを描いた。足で、花丸を描く。
 そしてとびっきりの笑顔を作って、わたしは言った。

「わたしは。死なない、から」

 息も絶え絶えで、口から血がこぼれ落ちた。ズリ落ちそうになる腕を無理やり繋げて、痩せ我慢にも程があるピースを向ける。折られた指の、曲がったチョキだ。
 最早自分が何を言っているか分からない。明日運良く目覚めても、今日のことをちゃんと思い出せる自信がない。

「...血反吐吐きながら言ってんじゃねえよ。もう死にそうじゃねえか」

 それでも。それでもわたしは、これを言わないといけない。
 
「死なない、よ。
 だって、死んだら。わたしは────君の、恥になってしまう」

 バーサーカーは目を見開いて、少しだけ呆れて、珍しく困った様子だった。
 それでも、わたしには嬉しそうに見える。その表情は確かに、喜んでいる風に感じたのだ。

 彼は「やっぱ、ズレてんよなあ」と笑って、「ま、そーでもなきゃ、オレと居て楽しいとか言わねぇか」と勝手に納得して、崩れ落ちるわたしを抱き止める。
 
 そしてスン、と。急に真顔になって。
 ──────有り得ねえ腕力で、人の傷に布を詰め込んだ。
 
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
 意識がハッキリ覚醒する。あまりの激痛に、眠ってなど居られない。
 ばかなのか?ばかなの?痛いに決まってるじゃん。おい。やるなら先に言えよ。こっちは神経を末端まで操作出来る、生粋の魔術師だぞ。

 わたしは神経を麻痺させて、立ち上がる。詰められた布を魔術で固着してから。
 これで一旦、応急措置は出来ている。出来てるけど。出来てるけどさあ。

「おまえマジで頭おかしいんじゃねえの?」
 
 森長可はバカ笑いした。
「文句言えんなら、死なねーだろ!」とゲラゲラ笑って、キレるわたしを見て尚も爆笑を止めない。
 そして、一頻り嗤い飛ばして、
 
「じゃあな、マスター。楽しく生きろよ」

 もう一度頭を撫でて、今度こそ消えて行った。

 頭に残った温もりが失われて行く。
 真っ赤な制服が、不自然な斑らを描いて行く。バーサーカーの血が、現世から消滅したからだ。
 
 わたしは意地でも生きてやるべきだろう。
 それがバーサーカーに対する─────父親や弟のように身を挺して主人を守らんとした、彼に出来る最大の報いで、お礼である筈だ。
 
 正直なところ、普通に死にそうではある。回路はめちゃくちゃだし、血も流れすぎた。
 大抵の魔術師は即死しただろう傷を負っている。だが、死ぬわけにはいかない。気合いと根性見せたるわと嗤う。

 また一つ笑ってやれば、血反吐が飛び出た。
 落ちた血が皿に注がれた醤油のように広がって、それがなんだかおいしそうで、今度は回転寿司に行きたいと思った。
 ああ、でも。もう、バーサーカー居ないんだった。それが、大変惜しく感じる。

 だけど。楽しく生きろと言われたから。
 わたしは立って、嗤って、雑踏の街を見るのだ。だって、今まで気にも留めなかった明かりの一つ一つが、“たのしいこと”かもしれない。
 それを、破天荒で身内思いの、いかれたバーサーカーが教えてくれたから。わたしは笑って、立ち上がる事が出来るのだ。