早死には三億文の損
「よっしゃあ!一番槍ィ!」
森長可が手柄を叫びつつ首級を挙げる。その声を聞きながら、わたしは投石器を足蹴にした。
「二番槍」
対抗して胸を張る。
通信の向こうから「流石です!森君、仲村さん!必ずや、先輩が褒美をくださることでしょう...!」と家老キリエライトさんがノリノリで褒めてくれた。
キリエライトさんはあんなに可愛くて普通の女の子なのに、森長可を森君と呼んでいる。
わたしは知り得ないが、なんか気が通じ合うのだろう。仲が良くてかわいいな

ここはカルデアのシミュレーションルーム。
以前、模擬戦に気紛れで一回付き合ったのを皮切りに、わたしは暇さえあれば連行されるようになったのである。
此方もまあ、長可くんとつるむのは嫌いではない。
刎ねた首をわたしに手渡した長可くんは、人の腰に勝手に首を括った。
首級二個持ち一般成人女性の完成である。やっぱり、大将首はみんなの憧れ。戦国のマストアイテムだよね!
おい待てやと思ったものの、怒らずにじっとり長可くんを見る。ニコ!と笑い返した長可くんは、楽しげに笑った。
「悪ィな!オレの馬、百段じゃねえからよ!あんま乗せっと可哀想だろ」
わたしに首を括るのは可哀想じゃないのか?
手の上の首も取り上げられて、左右に一個ずつ首が下がった。バランスが良くて、馬も大満足。
因みにであるが、以前赤兎に乗せてもらったわたしは「関羽より乗り方が過激ですね!」と悪口を言われていた。関羽以上呂布以下。中々の誹りである。
「まあ、うーん...長可くんデカいしね...」
「でけえ方が戦じゃ有利だけどよ、首を挙げてる時はちいせえのも悪くねえなって思うんだよな。
実際、元服したての頃は馬に積み放題だったしよ」
嫌な低身長の羨ましがり方である。
現物が残っている森長可の鎧は、精々二尺四寸...170cmあるかな?程度の大きさであるのだが、なるほど。あれは初陣くらいの鎧だったらしい。
長可くんにも小さくて可愛い頃があったんだなと思い掛けたが、すぐ正気に戻った。既にでけえじゃねえか。
人の馬にも首をくくりながら、長可くんは楽しげに言った。
「ほーん。良いバランスじゃねえの。その様子なら、オレらの時代でも上手くやってけるわな」
それは...なんか...
「ンな嫌がんじゃねえよ。褒めてんだぜ」
「それが分かるから余計に嫌なんだけど...」
よく気の回る長可くんは、わたしの複雑な気持ちを汲み取った。
褒められて嬉しい反面、あんなめちゃくちゃな時代に適合出来るだろうと言われたのが心外だったからである。
「恒興のオッサンに似てんだよな」
ふと、長可くんは呟いた。聞き捨てならない発言が過ぎる。
わたしは流すか悩んだが、好奇心が勝利する。池田恒興であることは分かっている。分かっているが、せめてこう、手心というか。
「元助とか、君の奥方とかでなく?」
「アイツは恒興のオッサンの娘だぜ。まあまあ似てるに決まってんじゃねえか」
つまり、元助には特に似てない判定のようだ。
統括すると、せん────池田せんに似てるは似てるものの、池田恒興にはもっと似てるというのが所感らしい。
「どの辺が?」
「敵を死ぬまで追っ掛けて、ぜってーブッ殺すんだよな。
他のヤツが引いた場面でも、頭に血が昇って突っ込んでってよ。ありゃヤベーな!ってオレも思ったもんだぜ」
「...」
わたしは手の中の、狩り取った首級を見た。
長可くんに渡さず、てずから毟り取った...大将首を無視してまで、最優先でもぎった首級である。
これは、長距離から狙撃しようとした架空敵だ。遠くから投石器を扱うのが“視えた”ので、死霊を飛ばして追い掛けた。
そう。オルガマリーに依頼されていた、視られた相手を視返す加工魔眼である。
彼女は優秀な魔術師だったが、小心者でもあった。口には出さなかったが、常に狙撃の暗殺に怯えていたのだろう。
結局、それも読まれて飛び道具ではなく爆弾を喰らったのだが。わたしは何かの折にライノールと顔を合わせたら、絶対にブッ殺すと思っている。どこまでも追い掛けて必ず殺すと決めている。
まさかだが、そういう性質も含めて池田恒興に似ていると────そういう、そういう感じなのか?
「いや...そんなことは...」
戦国武将に似てると言われる現代人、ダメだろ。
▽
「よーう!今日もブッ殺そうぜ!」
今日も長可くんは全てをブッ殺しに来た。
ベッドに腰掛けて読書していたわたしを持ち上げ、肩に担ぐ。ゆらゆらと手先が揺れた。
「なんかブチのめしてえヤツ居ねえのかよ。毎日オレばっかシミュレートの設定してっとよ、偏るだろ趣向が」
思想は既に偏っているが、ボコしたい相手が居ない訳ではない。
しかし良い返事が返って来ないから、打診するに留まっており実現しないのである。
「居るには居るんだけどね」
それを伝えれば、立派なちょんまげポニーテールが視界から消える。首を捻って、彼はこちらを見たからだった。
余談であるが、わたしはこのザ・武士です!と言った姿の長可くんもイカしていると思っている。無論、馴染み深いのは短髪の姿であるのだが。
「ほーん。アンタがそう言うなんざ、余程の相手か?」
「前回負けた相手にリベンジマッチを挑みたかったんだけど」
「あー」
該当のサーヴァントに模擬戦を申し込んだら、当然の如く断られた。「ぜッッッたい嫌じゃ」とのことだ。
「どうしてですか?」と聞いたわたしは、正気かコイツという目で見られて、丁寧に説明を受けた。
「百歩譲って魔術師風情のおまんはえい。殺さん程度に加減できるき、構わんぜよ。
じゃがの

ああ、うん。そうだね。死ぬまで殺し合いになることでしょう。
「都合良く覚えちょらんなら、わざわざ突く理由もないぜよ」
このカルデアには普通に魔術師がちらほら居るのだが、世界線さえ違えば主役を張れたような、特筆する技能を持った人間もチラホラ混ざっている。わたしは其方にも模擬戦を申し出たのだが、総じてダメであった。
未だ去って居なかったサーヴァントに割と本気で嗜められたので、これ以上は不毛だろう。
見覚えのあったサーヴァントにも断られた。寧ろ嫌がっており、「いや、僕いまライダーだからね」とのこと。
まあ確かに、対魔力が無い状態でわたしの必殺スーパー呪殺砲を喰らいたくは無いだろう。
その場に居た茶々に聞いても「えっ、そち...もしや長可くんと同類の...」と引かれる始末。いつだって模擬戦をしたいのは、魔術師であれば当然と思ったが。
彼女についても、彼女と親交の有る魔術師と共闘はどうだと提案したが、「妾の子に、貴様は戦えと申すのか?」と睨まれてしまっている。
「ありゃ無理だな!サッパリ諦めようや!」
恐らくであるが、わたしは模擬戦を受けてはいけない相手として認識されていた。
ほんとは他のカードも入れたかったのだが、下記のように断られまくっている。
「いや、おたく生身の人間でしょ。俺の昔のマスターも、騎士だけあってステゴロに自信あったみてえだが...魔術師ってなんでこんなのばっかかねえ」
違います。
「いーや、違わないね。じゃなきゃ、この水着の色男を前にして...そんな闘志に満ちた目しないでしょ」
そう、宝具のヤバそうなアーチャーは言った。
「あっはっは!悪いけど、アタシは加減が出来ないんだ。ほら、武器が船と銃だからね。当たっちまったら、アンタおっちんじまうだろ!」
死なない。
「いーや、死ぬね!死なないって自信満々に言うヤツは、大抵真っ先に死ぬもんだ!
アンタの悪辣さ、アタシは気に入ってんだからさ。せいぜい落っことさないよう、気を付けとくれよ?」
アーチャーっぽいライダーも言っていた。
「呂布は”女子供をなぶる趣味は無いから断る“と言っています!ヒヒン!ん?では、私は...?ああ!なんと!実は呂布、二人でしたか!なるほどですね!」
呂布も言っていた。
「汚名を返上する機会が必要だと思ったんだけどね」
結局どれも手合わせに持ち込まれず、わたしはシミュレーション相手にガンドを打つだけの日々だ。
指を輪っかにして、こんぺいとうを弾き飛ばす。魔力の篭った砂糖菓子の弾は的を撃ち抜いて、かわいらしい星を描いた。
それをじっと見ていた長可くんは「んー」と首を傾げる。そうして、閃いたように口を開けた。
「やっぱよ、恒興のオッサンに似てるわ」
またその話か。
わたしは手の中で袋を弄んだ。食べるかと尋ねたが「今はいいわ」とのことである。
「なあ。払拭してえのは、アンタの失態か?」
橙に光る瞳がわたしを見る。狂っているようで、非常に冷静な目だ。
聞いておきながら、答えは出ているのだろう。森長可は歯を剥き出して嗤った。
「ボロックソに負けた時よォ。恒興のオッサンは汚名返上だっつって、秀次様に連合での挙兵を進言したんだよな。あっちは森家ほど派手にやられてねえっつうのによ」
死に戦の話だろう。
第一次出兵の際、徳川の兵に奇襲を喰らった森軍は、手酷い敗北と損失を被ったという。そしてその娘婿であり、歴戦の友であった可成の息子の失態を注ぐ為に、池田恒興は両軍での戦線維持を引き受けた。
しかし大将の秀次は下がった為、二軍は孤立。最後は長久手で双方バキュンである。
その秀次は逃げ延びたものの、最期は秀吉の邪魔になって切腹。
秀吉は恒興と長可という、面倒臭い織田家老を処分出来て行幸と思ったかもしれないが、長い目で見れば非常に手痛い戦であった。
生きていれば、森は秀吉に恩があり池田は森と仲良かったので、ワンチャン秀頼派で西軍だったかも。しかしそうなると関ヶ原は多分起きてないので、有り得ない仮定すぎるのだが。
輝政も忠政も普通に東軍です。ありがとうございました。
わたしには、その話をわざわざ出した意図が分かっていた。
それに、長可くんも伝わると思っているから口にしたのだろう。この人は、考えなしのあたおかに見えるくせして、相変わらず非常に頭の回る英雄だった。
「違えよな。そーいうの、気にするタマじゃねえだろうよ。最後に勝ちゃあいいっつう考えだった筈だぜ、アンタは」
白状しよう。わたしが負けたサーヴァントとの再戦に拘ったのは、“森長可に勝たせたかった”からだ。
武勲だの、箔だの、どうだっていい。だが、負け越しじゃ気分が良くない。それが、盟友のことであれば尚更。
多分だが、恒興もそう。
わたしには、彼の心が少しわかる。自分の後継同等かそれ以上に入れ込んでいた娘婿には、良い戦歴積んで欲しいだろう。誰だってそう思う。
わたしと長可くんは、上下こそあれど同じ志を持つ同士だった筈。勝つ事がまず第一。あとは楽しく生きて、手柄も挙げる。そういうスタンス。
だが肩を並べたサーヴァントが、敗戦記録で打ち止めは気持ちが悪い。記録もよくないし。それだけの話だった。
「お節介だって言う?」
「身内にあめーのは嫌いじゃねえ」
「へえ、なんか意外。長可くんも身内に甘いけど、人の甘さは気になるタイプだと思ってた」
「否定はしねえよ。けどよ、アンタはオレくらいにしか甘くねえだろ。そんなら足すくわれる懸念も無えしな」
わたしは息を呑んだ。本当に、森長可はよく人を見ている。
現代では蘭丸に比べ、兄の長可や弟の忠政は頭も気も回らない性格だったとの評価を受けがちであるが、わたしは元よりそうとは全く思っていない。
“大名として名を挙げてる時点で”、“知恵が回らない筈が無い”のだ。そうじゃないなら、よっぽど有能家臣が居るというだけである。
当人の申告通り、”そーいうの全部めんどくせえから、気が向かねえ“というだけなのだろう。出来ないとは一度も言っていない。
こういうところが、施政者の才能あるというかなんというか。
「まー、んな気遣い要らねえけどな。だがよ、その心配りは有り難く頂戴すべきモンだろ。
アンタが、オレに特別目を掛けてるっつーことだしな」
長可くんはわたしを見て、いつものように笑った。目尻を下げて眉を吊り上げる、かわいい笑顔である。
彼は明言しなかったが、言おうとせんことはわたしにも理解できた。
要するに長可くんは、こちらの“えこひいき”が理解ったから、寵愛を素直に受け取ったのである。
若干恥ずかしい事実確認であったが、あちらは大変にご機嫌そうなので良しとしよう。
鼻歌でも始めそうなくらい、長可くんは目に見えて上機嫌であった。
「んじゃま、気分も良いし...大殿でもブッ殺すか!」
一番やめろ。
わたしは槍を振り上げた肩を引っ掴む。血で滑って止めづらいが、鎧の隙間に指を突っ込めた。
そのまま強く掴んだが、振り返った勢いで腕を捻じ切られるかもと一瞬脳裏によぎる。
長可くんはわたしの腕を捩じ切る事なく、血で滑る此方の手を掴み返した。
滑っているのに、握力だけでぬめりを無視するパワープレイであった。
「他のヤツが死合ってくれねえなら、大殿に頼むしかねえだろ。大殿も大概あめーからよ、文句言っても最終的には遊んでくれるぜ」
「いやいや。信長さまってば、熱くなると加減出来なくなるタイプだったよね。わたしヤだよ、長可くんがじゃれて座に帰ったって言われたら」
「ヒャハハハハ!オレが負ける方に賭けてんのかよ!ウケんな!」
そらねと相槌を返す。信長さまは大将の自覚が強い立ち回り────負けそうになったらすぐ撤退するという、生前でも多く見られた動きを多用するからだ。
引き際が早いという事は、不利対面である時間も短いということ。長可くんに有利取れる場面まで濁して、勝てる時に盛大なパフォーマンスで滅するくらいなんてことない。
というか、そもそも。長可くんは────。
嫌な事を考えて、わたしはなんでもないように首を振った。
「やるなら殺していい相手にしようよ。呪術で使う触媒集めたら、藤丸さんも助かるだろうし」
わたしはオルレアンで兵士をブッ殺そうと提案する。
あの辺りは首も刎ねられて、英雄の証も集められて、わたしは非常に気に入っていた。
長可くん────英霊森長可は、当人こそ「オレは...あー、なんつったか。反英雄っつーのに近えと思うけどな」との事であるが、わたしはそうは思っていない。
当人がなにをどう思おうと...というか、案外他者からの評価を正しく知っていて気に留めていようが、彼はわたしにとって英雄であるし、何より愛した家族からも、領民からもそう思われていただろうと思っている。
英雄の証はその証拠であると思う。
その魔術リソースは、確かに“英雄と認められた証”なのだ。自覚せずとも、忘れようとも、認められた事実が存在している。
わたしは座にグッジョブと、その采配は素晴らしく正当な評価だと内心思っていた。
「まー、自分の食い扶持くれえ稼ぐべきだわな。内政もねえし、小姓みてえな役割も求められねえと来た。
オレらが殿様に出来ることっつったら、武働くれーなんだよな」
ら。サラッとわたしも武働しか出来ない枠として突っ込まれた。
「いいぜ。どっちが多くブッ殺せっか競うのも悪かねえ!」
長可くんはわたしの腕を引っ掴んだ。アホみたいな身長差から繰り出される肩組は、こちらの首をへし折る勢いである。
しかしわたしは提案しておきながら、すぐに快諾できない理由がある。単純に、小腹が減っていた。
それを伝えれば、長可くんは「しゃーねえなあ」と笑っている。
「じゃあ景気づけに汁粉でも食うとしようぜ!」
汁粉!おしるこ!
わたしはテンションが上がる。森家、おしるこ、ゲン担ぎ。導かれる逸話はひとつ。
聞いても良いかな?と長可くんを見上げれば、彼は楽しそうに笑った。
「ウヒャハハハハ!んだよ、またなんか聞きてえのかよ!
...テメェ、良い加減気を付けろよ。分かりやす過ぎっからよ、いつか騙されて死ぬぞ。なァ、分かってんのかよ」
草。突然わたしの生命を心配した長可くんは、よく分からないポイントでキレ掛かって来た。
今明らかにブッ殺しターニングポイント、ブッ殺しチェックが訪れている。
わたしが外してもブッ殺されないとは思うが、顔の皮くらいは剥がされて「これで問題ねえな!」とか言われてもなんら不思議でない。
少し思案するも、待たせ過ぎても人相を失うだろう。レザーフェイスになりたくなければ、頭を上手く使うべきだ。
“そもそも長可くんが楽しく生きろって言ったんじゃん”
“おう、それもそうだな。んじゃまあ...責任取ってアンタ殺すか!んで、オレも追い腹すれば問題ねえよな!”
だめだ。ブッ殺される。
“実は全然興味ない”
“アァ?...あー、そうかよ。くだんねえこと言うんだな、テメエ。じゃ、死ねや”
バッドエンド。
もうだめだ。何も良い返しが思い付かない。
そもそも短い人生の八割を魔術の研鑽に費やしているのだ。他者とのコミュニケーションの正解なんか分からない。
結局困って、素直に言った。
「生きるから死なない」
「...アァ?」
「楽しく生きるから、死なない」
わたしの返答に珍しく少し固まった長可くんは、暫く黙って口を半開きにしていたが、やがて目を大きな手で覆い、バカみたいに大きな声で嗤った。
それはいつもの愛嬌のある笑いではなく。
わたしという人間を、その人格を、浅ましい愚かさを正しく嗤っている様子であった。
「────そうかよ」
笑みを消して、静かな瞳がわたしを見る。
「やっぱよ、サイコーに詫びてんぜ。いや、寂びてんのか。オレらに寂びはねえけど、現世を生きるアンタにゃ、それがある」
彼にしては、しみじみとした言葉だった。
「記録の中より、ずっと面白えヤツになったな」
彼は普段、苛烈過ぎる殺意ばかりが印象に残る人物だったが、わたしを称賛する声は、確かな親愛に満ちているように感じる。
よくわからないが、ブッ殺しチェックに勝ったのだろう。わたしは安堵し、話を本筋に戻す。
「ところで、おじいさまは朝からおしるこを出して嫌がられたとの噂をお聞きしますが...?」
「テメェ、耳千切られ掛けといてそれかよ!ウケっから良いけどな!」
あっ、耳千切ろうとしてたんだあ。
「甘言聞こえねえなら、耳傾けねえだろ!」
めちゃくちゃを言っているが、わたしが思っていたものよりも処遇が数段甘い。
驚いて本心を述べると、長可くんはゲラゲラ笑った。
「てっきり顔の皮全剥がしくらいかと...」
「んなひでーことしねえよ!顔の皮剥いだら嫁ぎ辛くなんだろうが!」
耳をむしっても、わたしの幸福を望んでいるらしい。
というか、だからこそ不幸の予防として耳をむしるという判断に至ったのだろうが...うーん、鬼武蔵!
わたしは一旦全てを横に置いた。深く考えると頭がおかしくなるからだ。
ご機嫌そうな長可くんを見る限り、わたしの質問は聞き遂げられそうである。ウキウキで続きを促す。今度は、長可くんもキレることは無かった。
「それでおしるこは?可行さんが出してくれたおしるこを嫌がったって話の詳細は...!?」
「そりゃ親父の話だな。朝食に汁粉は食いたくねえって」
「へえ!なんで!?」
「“朝イチで餅食ったら飯食えねえよ。どうせ出すなら飯の後にして、祝いの飯も夕飯にしてくんねえ?”っつーことらしいぜ」
まあそれはそうだ。
戦国文化────というか森家では、朝イチでおしるこ餅食って、そのまますぐに開戦前の宴の料理だろう。結構グルメだったらしいし。
正月にありがちな食生活であるが、確かに豪勢な食事は空きっ腹で食べたいのが人情。
わたしはすごく可成の気持ちが理解できた。
それは寿司屋で強制初手パフェが嫌みたいな話だったからである。ご飯の前に甘いデザート食べて、お腹いっぱいになりたくない。誰だってそう。
わたしだって、寿司屋はマグロから食べたい。まぐろ三貫行きたい。
「長可くんは?」
「出たら食うな!汁粉はめでてえからよ!」
「へえ!じゃあ今度から朝出すね!」
わたしも朝デザート食べたくない派であったし、寿司の前にケーキなどは有り得ない。
だが、森家のルーチン...実行したいと思うのは必然。そうだろう!?
「蘭丸くんも誘って良い?」
「おう!成利も出たら食うだろうな!」
出たら食う。出なければ食わないの意であったが、わたしはみんなで朝からおしるこを食べたい気持ちが勝った。多分だが、親子二代、朝からおしるこはちょっと派であった。
しかし出したい。仮に邪険にされたとて出したい。可行も、こういう気持ちで家族におしるこを出していたのかもしれない。
因みに、なぜ朝から汁粉を食べるかと言えば、おしるこは返り血に似てて非常に縁起の良い食べ物だったからである。
おしるこが返り血に見立てられる世紀末。それが戦国であった。
「んじゃ、汁粉食って寿司でも食うか!アンタ好きだったよな!」
長可くんは寿司を挙げる。だが実のところ、当時は別に特別好きだったというわけではない。強いて言うならば、だった。
“うまいもの”を聞かれたから、わたしの記憶の中や、一般人の好物を考え、とりあえずと答えたに過ぎなかった。
しかし今はお寿司大好きだし、他のも好きだ。
寿司に楽しい明日を祈らずとも、おいしいご飯であれば何にでも願掛けしている。
別に寿司に拘らなくてもとわたしは思ったので、率直に述べた。
「今はカレーも好きだよ」
「気が合うじゃねえか。オレもこっちでカレー食ったけどよ、あれうめーんだよな!」
「生魚の用意は急に出来ないし、食堂のアーチャーにお願いして、ハンバーグチーズオムカツカレーにして貰わない?」
わたしの提案を聞いた長可くんは、より一層ゲラゲラと笑った。
「ウヒャハハハハ!食いてえもん全部乗せかよ!随分ふてえことすんなあ!」
「全部食べたいから、全部やったら良いかなって。そういう欲張りは、お好みじゃない?」
琥珀の瞳を見つめれば、彼は歯を剥き出して笑った。
「いんや。アンタの今は、最高に侘びてるぜ」