殿になるには資質が必要
「...森長可?」
困惑一色の声をあげるのは、カルデアのマスター...ではない。
野暮用でたまたま出入りしていた時計塔の魔術師────近江源氏から派生した由緒正しきギリギリ生家五百周年以上のギリ名家、天体科に籍を置きつつ代償魔術を代々納めてきた名門家の現当主である。
「ああ?テメェ誰だよ。馴れ馴れしく話し掛けてんじゃねえぞ」
おおっと。わたしは失敗ったらしい。
ワンチャン記録が残っていて、知り合いかもしれないと踏んだのだが、小聖杯を取り合うような変にもならない乱は、記録されるに値しなかったようだ。
因みに変と乱の違いは変革を成したかどうかであって...冬木の第五次聖杯戦争や、今現在行われているグランドオーダーは正しく変であろう。
殺されるかもしれないとぼんやり顔を上げれば、バーサーカーは少し思案したのち、ニカッと歯を剥き出した。
「よく見たら、元マスターじゃねえか!おまえ、なんつったっけ?」
「...」
コイツ、元マスター様の名前を覚えとらんのかいと、わたしは抗議の視線を送った。
いや、まあ理屈は分かるが。わたしの情報が聖杯に持ち帰られたのが奇跡であり、詳細なんかは抹消されてしまったのだろう。仕方の無い事である。
バーサーカーはそのキマッた目をわたしに向けると、大変愉快そうに笑ったが、すぐにスン...と表情を消す。
「黙ってねえで名乗れや」
「ナカムラです」
「その苗字はなんかムカつくな。諱にしろ」
めちゃくちゃを言われている。
アンタの妻の再婚相手が中村姓だったからって...と、わたしは思ったが、口にしたらなます切りにされるだろう。
閉口し、バーサーカーにもそういう情緒あったんだなと現実逃避のように思った。
わたしはフルネームを名乗り、「久し振り」と改めて挨拶をする。
「ほーん。息災みてえで良かったじゃねえか!」
そのままわたしの頭に手を置き、ぐわんぐわんと撫で回した。脳みそが揺れる。
抗議するように手を掴んだが、森長可は全く意に返さない。
「で、なんで居んだ。殿様謀りに来たか?」
「たばかんないよ...わたしは臨時で働きに来ただけ」
「傭兵っつうと、雑賀衆みてえなのか。やっぱ殺すか」
「待て待て。きみの殿様って、藤丸さんのことだろ。勝手に殺したら悲しまれるんじゃないの。
いいのかな?貴重なセンパイ魔術師が死んで、藤丸さんが泣いちゃうよ。泣かせて良いのかな?」
「ヒャハハハ!斬新な命乞いだなァ!
んな助命の仕方じゃ、首何個あっても足りねえだろ!オレはおもしれーから殺しちまうな、ぜってー!つか、殺していいか!?」
わたしは命終わったかもしれんと思いながら明後日の方向を見る。
後ろ手で端末を操作しSOSをしようとしたが、目敏く見ていた長可は、こちらの腕を強く握った。ポキ!と骨が鳴る。多分いま折れた。
バカ笑いを止めて、急に落ち着いたバーサーカーは「フウ」と息を吐く。
「洒落が上手いじゃねえか。んで、なんで居んだよ」
こっわ。
自分のサーヴァントでは無くなったというだけで、バーサーカーはこんなにやばいのかと、わたしは内心で恐怖を覚える。
少なくとも、自分がマスターだった時は“殺されるかもしれない”と思う瞬間など無かった。こんなコンスタンスに殺すか!とか言われなかったからだ。
わたしが居る理由などサーヴァントには関係無いと思うのだが、面倒臭がって言わなかったらマジでブッ刺されるだろう。
頭の中で、人間無骨の先の父が“従った方がいいぞ”って言っている。
わたしは仕方なく、カルデアの来客用ネームプレートを見せた。
「きみのマスターの、更に上の人と知り合いなんだ。それで手伝いをお願いされた」
聖杯戦争を経て、その功績からユリフィスの二級講師としての資格を得たわたしは、同じく貴族主義である天体科の雑用を任されていた。
その内容は、忙しくて手が離せないオルガマリーの代わりに、魔眼に見られる為のミスティックコードを制作し運び込むこと。
こっちは生贄を使った儀式魔術が専門なんだが?とは思ったものの、専門外なだけであって出来ないとは言っていない。父の失態をそそぎ、武勲を立てる為にも悪く無い条件である。
それに、カルデアは非常に立地が良い。頂上からのスノーボードはさぞ...いや、なんでもない。
現当主とは知り合いであったし、君主の一角であるアニムスフィアに恩を売っておいて損は無いと、カルデアへ呪具を持ち込む短期バイトを引き受けたのだ。
それがたまたま人理消滅の直前で、運悪く...いや、良いのか。
消失するまさにその時。ちんたら下山準備をしていたわたしはまだカルデアに居たため、偶然焼却を免れたのだ。
ただ、外に立て掛けていた新品のボードは、人理と共に消滅した。
この日の為に霊木を手に入れ、有名な魔術師に依頼を行い、高価な宝石をコンパスとして埋め込んだ至高の一品が。消滅して、永遠にさよならだった。
「ほーん」
聞いた割にどうでも良さそうである。なんだコイツと思ったが、わたしは喧嘩を売らなかった。
別に噛み付いたところでバーサーカーは怒らないと思うが、特に進んで話したい話題でも無いからである。
「あん時、絶対おっ死んだと思ってたけどよ。案外しぶてえじゃねえか」
急に話題変わったし、最後に楽しく生きろとか言ったくせに、ぜってえ死んだと思ってたとは何事か。
そもそも、傷口に有り得ないくらい布をギチギチに詰めたのはバーサーカーである。生かす気満々だった癖に、なんでそこだけ弱気なんだよ。
わたしは憤りを感じたが、バーサーカー...もとい、森長可が案外と理知的なヤツであることは十二分に存じ上げている。
そら、良い人生だったか?なんて聞くより、そっちのが良い締めになると、わたしだって思う。
でもさ、黙っててくれてもよくない?というのが率直な感想であった。
「しぶとく生きてるよ。父親死んだし、臓器買うのに資産飛んだし、友達も死んだけど」
父親は目の前のヤツにブッ殺されて、数少ない友達は古い知り合いに爆殺された。
それを聞いた長可はなにがおかしいのかゲラゲラ笑っている。彼は返り忠が嫌いな筈だが、わたし個人の目線で見れば別に、わたしに対する裏切りなんか起きてないので、笑い事の範疇なのだろう。
率直に思う。倫理観おかしいんじゃねえのか。
「うはははは!明日は我が身だな!手が空いてりゃ守ってやるけどよ、此処じゃあ殿様が一番だからな。
精々討ち死にしねえように、上手く立ち回れよ」
「そうだね。死ぬ時は死ぬけど、なるべく頑張るよ」
「おいおい、弱気じゃねえか!オレはアンタのこと気に入ってんだぜ。くだらねえ死に方すんじゃねえぞ」
「くだらない死に方したら?」
「ブッ殺す」
死んだらブッ殺されるらしい。
わたしの腕を掴み上げたまま、バーサーカーは愉快そうに話し続けている。もういい加減釈放されたいという気持ちを感じ取っているのか否か、ジリジリと後退させられて、わたしは壁に背中を付いた。
今の自分は、ドキュンにカツアゲされるインキャにしか見えないことだろう。
「真面目に言ってんだぜ。てめぇ彦五郎くれえしぶてえし、簡単に死なねえとは思うけどよ」
「彦五郎?」
「おう。彦五郎はよ、敵と間違えた家臣に撫で切りにされてよ、首半分落としちまったんだわ。見舞い行ったら普通にピンピンしてっから、クソうけたぜ」
本当に人間の話か?
「誰だよ彦五郎...怖すぎじゃん」
「高山んとこの、あー...右近?」
わたしは高山右近で検索する。
主君の松永久秀がボコボコにされて、巡り巡って織田信長に仕えた敬虔なキリシタン武将で、首を半分切断される重傷を負いながらも祈りの力で生還した逸話があるらしい。
いや怖。なんだそれ...と、わたしはドン引きする。
「そんなバケモンと一緒にされたくないんだけど...」
「そうかあ?アンタも向こう側見えるくらい腹に穴空いてたけどな」
「えっ、ほんと?」
「おう!んなしょうもねえ嘘付かねぇっつうの!」
バーサーカーの目はいつもと変わらず狂気のぐるぐるである。わたしは知りたくなかったと率直に思った。
「そっから生き永らえるっつうと、中々気合い入ってると思うわな。
まー、少なくとも、オレだったら死んでるわ!床に臓物落としちまったら、普通戻せねえからよ!」
「そう...」
「んだよ、自信ねえならもっと褒めてやろうか?」
「いや、いい...」
わたしは壁ドンされた手の下を潜り抜けて、バーサーカーの横に立ち直す。
それが気に食わなかったのか、特に何も考えてないのか、彼はその丸太のように逞しい腕でわたしをヘッドロックした。
そのままズリズリと引き摺られて、個室に引き摺り込まれる。なに?
「なに?」
心と言葉がシンクした。
こちらの率直な疑問に、バーサーカーは歯を剥き出して答える。
「積もる話もあるだろ!なんか淹れてやっからよ、腰据えて話そうや」
バーサーカーが開け放った茶室には既にサーヴァントが居たのだが、ヘッドロックされたわたしを見て即座に霊体化した。
あれは絶対、食堂のアーチャーであった。余計な気を回しやがったなと舌打ちする。
座らされたわたしは、作法なんか知らないのだが...と思ったものの、バーサーカーは普通にマグカップにお湯を注いでいる。
なるほど。茶の湯の本質とは、もてなす心。わたしが渋い顔をしたのを見て即座にインスタントを用いるとは...やはり風雅であるというか...いや、そうはならんでしょ。
渡されたコップに口を付けると、舌の上にまろやかな風味が。
それは茶ですら無く、おしるこであった。
「にしても悪運やべえのな。いま此処の人間くれえしかマトモに生きてねえって言うじゃねえか。
てめぇはその貴重な一席に、図々しく座れたっつうワケだ」
バーサーカーは感慨深そうに言った。わたしを冷静な目で見て、頭に手を置く。
そのまま図体と同じくバカでかい手で頭を掴んで、わっさわっさと撫で回した。首の根本から頭が回る。いいって言ったのに。
そんなに撫でたいか?とわたしは思ったが、真顔のバーサーカーは此方の首をじっと見ていた。
...なるほど。大変分かりづらいが、彼なりに此方の身を案じていたらしい。
たまにそういう優しさというか、純粋な心配りを感じると、わたしは何も言えなくなる。主従で無くなったけれど、そこは変わらない人間関係だった。
現代社会じゃ、別に首狙わないよとは思ったが。
「ここまで結構苦労はしたけどね」
わたしは元々マスター候補として来てはいなかったので、爆発事故で葬られることこそ無かった。
しかしレフ・ライノールの策略で別時代にブッ飛ばされ、最近やっとカルデアに回収されたのだ。
自身にレイシフト適性は無いわけではないのだが、不安要素が大きく、一定確率で座標を大きく外すだとか。
そのおかげで彼らは此方を見付けられず、殺し損ねたらしい。
まあ。彼の人格の内、一番マトモな現実主義者が上手い事見逃してくれたのかもしれないが。
「バーサーカーとの聖杯戦争もヤバかったけど、カルデア来るまでもヤバかったよ。
単騎で時空の歪みに放り込まれて、生身でシャドウサーヴァントと戦わされた」
「へえ。どんだけ殺したよ?」
「数えてない」
「あ?マジか。武勲はちゃんと数えろよ。てめえの評価に直結すんだからな。
殿様は出来高制を採用してねえけど、有用性は示し得だぜ。なんたって、戦に出る機会が増えんだからよ」
マジトーンで説教をされた。それが当たり前であると目が語っている。
藤丸立香に言ったところで、藤丸さんは困りそうなものだが、バーサーカーの忠言は聞き入れるべきである。今後の関係の為にも。
「そうだね。次からはご褒美を申請しようかな」
「おう、そうしろよ」
素直に頷いたわたしに、バーサーカーは気をよくしたようだ。
「相手がサーヴァントじゃなけりゃ、人質でも取って解決だったのになァ。マジでツイてねえのな」
「死霊はいつだって憑いてるんだけどね」
「ひゃははははは!ウケんな、おい!クソつまんねえとこがよ!」
指をくるくると回せば、生贄を固めて作った死霊キメラが踊り出す。
魔術師ブラックジョークである。尊厳と魔力を無駄に使うボケは、残念ながら不発に終わった。
思えば長い旅だった。単身知らねえ聖杯戦争にブッ飛ばされ、サーヴァントも無しで現地に置いて行かれる。
目の前の寺はバカみたいに炎上してるし、本能寺は復刻してるし織田信長は美少女だった。
いざ帰って来てみれば、わたしを此処に呼んだ友達は死んでるし、顔見知りの魔術師諸君も凍ってるし、ライノールも居ない。
全然知らない一般人が、歴史も伝統も刻印も無いただの人間が、人類最後のマスターとして戦っていた。
「まあ...一番ツイてないのは藤丸さんだと思うけどね。
今も大変だし、グランドオーダー終わったとしても、魔術協会からあーだこーだ絶対言われるよ」
「ああ?んな面倒臭えのか」
「うん。例えば、与える冠位だとか。褒美も出なきゃだし、なんなら土地も貰えて、龍脈の権利も譲渡されるかも。
大きい名家...大大名みたいな家かな。それが一個、確実に滅んでるからね」
「ほーん。それを分けんのに、殿様の証言が居る訳な」
生返事であるが、森長可は非常に頭の回転が速い。
今のザックリした説明で、大凡の話を理解したらしい。こういうところが凄く“インテリだなあ“と感じる部分である。
「そうそう。カルデア自体は買収されるだろうけど、アニムスフィアの個人資産は手付かずだから...その取り分を会議することになるよ」
「魔術師っつうのは、武士みてえでつくづくダリいな。
今は泰平の世だって言うけどよ、オレらの時代の悪習ガンガン残ってんじゃねえか」
バーサーカーは魔術師を武士と評したが、実際その通りである。血統主義も、冷徹さも────気の狂いも、実に似通っている。
魔術師というのは、一般人と思想が違う。数千年の歴史ある血統を背負い、根源に至るための研鑽を重ね、自身の人生の全てを投げ打つ...それこそ、生きる為に魔術を使うのではなく、魔術の為に生きているのだ。
武士と違うのは、己が従うべき主君が魔術であることくらいか。それ故、武士以上に利己的でしょうもない集団なのであるが。
「つーと、殿様は武士の中に放り込まれた平民っつうことかよ!クソだりいな!天下一新とかなんねえのかよ」
「このまま人類史消えたら、魔術師の悪しき文明も終わるんだけどね。そしたら藤丸さんも面倒とかないよ」
「ヒャハハハ!違いねえな!
違いねえが...殿様が死ぬ前提とか、どういう了見だよテメェおい。次言ったら死ねや」
1死ねや入った。イエローカード一枚で首リーチが掛かる。
わたしは謝罪し、真剣に今の話を思案する。
悪しき文明の大元、魔術協会所属の魔術師たちは藤丸さんにあまり良い顔をしないだろうと、わたしは思う。
最後に残った叡智を、魔術使いですらない一般人に託すのか?と、魔術を扱う者ならば絶対に一度思うからだ。
なんだったら、わたしが居合わせたならお前がやるべきだと大半が言うだろう。
Aチームは解凍中、エルロンが筆記役である以上、消去法でこちらにお株が回って来るというわけだ。
でも、わたしは現場を見た上で、藤丸立香がマスターでよくね?と魔術師らしからぬことを思ったのだ。
理論も根拠もないが、一度聖杯戦争に出た事のあるわたしはこう思う。
誇りよりも優先されるべき適材適所は必ずあり、聖杯戦争に於いては“魔術師の技能よりもサーヴァントとの関係が命運を分ける”と。
魔術は技能だけで評価されるべきものでは無く、その功績、齎した利益、抑えた損失をトータルで判断すべきだ。
藤丸立香は最後のマスターとして、最後の降霊術師として冠位を得るべき器であり、わたしが横から権利を奪うべきではない、と。
本来上手くいく筈も無い、アホみたいな数のサーヴァントと契約している藤丸を見て深くそう思う。仮にオルガマリーにマスター適性があったところで、彼女には無理だっただろう。
その判断は正解だったと、森長可に絡まれた自分は強く実感していた。
藤丸立香を押し退けてマスターになろうものなら、返り忠として串刺しにされていたに違いない。
「それにしても殿様かあ」
「おう、殿様だぜ。マスターはマスターだけどよ。オレにとっては殿様だからな!
うちの殿様はよー、言い出したら聞かねえけど... まっ、あめーのは嫌いじゃねえ」
屈託ない笑顔を見て、わたしの心の中へむくむくと不満が浮き上がる。
なんでちょっと頭来てんだ?と冷静に考えて、何が気に障ったかすぐに答えは出た。なんだかんだプライドある魔術師だったので、一点が引っ掛かったのだ。
「わたしのことは一貫してマスターだったのに」
「ああ?テメェは元から殿って感じじゃねえだろうがよ。それともなんだ、野心とかあったわけか?聖杯も要らねえって顔してた癖にかよ」
「野心は無いけど、比較対象が居ると気になる。わたしが下民っぽいってこと?」
「んなこと言ってねえだろ。アンタは...あー、なんつーか...」
バーサーカーはわたしの顔を掴んだ。そのままむにむにと手で弄んで、指が髪へ流れる。
聖杯戦争の際にだいぶ切ってしまったものの、自慢の長髪は魔術師らしく魔力を編んで込めた一級品だ。
彼は此方をじっと見て、閃いたように言う。
「殿っつうか、盟友っつう感じだわな」
お前、盟友に殺す殺す言ってたんか?