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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

良し悪しを解するには教養が要る



「あ。待って」

「あ?」

 バーサーカーの頭がカッ飛んだ。
 脳漿も脳髄もブチ負けて、わたしの頬に並びの良かった歯が刺さる。
 魔術に寄る爆発を察知し、咄嗟に障壁を張ったのだが、障壁をブチ抜いてきた立派な永久歯。
 残念ながら、バーサーカーは大き過ぎて頭がはみ出てしまったのである。

 現在位置はわたしの通う学校。現在時刻は夜。
 魔力の気配を辿った先が、自身のよく知っている場所だったというオチだ。
 
 わたしはバーサーカーの顔面を見た。
 折角の美丈夫が台無しである。顔はぐちゃぐちゃ、血も塗れるという段階でなく、頭蓋すら砕けて零れ落ちている。ひどいことをするものだ。

 しゃがんで、バーサーカーが踏んだトラップを確認する。
 どう考えても聖杯戦争で戦っている他陣営に仕掛けられたもので、わたしはどこのバカ野郎に吹っ掛けられたのかを調べる必要があった。

「ちょっと待っててね」

 わたしはバーサーカーを校舎に引き込む。設置型の爆弾ということは、直接仕掛けるのが得意なタイプでは無いだろう。
 寧ろ、臆病者だろうか?それとも、単に仕事人?
 どちらにせよ、相手の様子を見るだけの備えがある。何も、学校をめちゃくちゃにしたのは相手だけではない。わたしだって、女子更衣室を重点的に魔術工房へと変えていた。
 ...バーサーカーを入れるのは、なんかアレな気もするが...言っている場合ではない。
 
 ある程度調査を進める間に、彼の吹き飛んだ頭も戻って来ていた。

「大丈夫そう?」

 平気か?とバーサーカーに聞けば、頭を飛ばされたばかりだと言うのに満面の笑みだった。
 普通は絶対死ぬというか、当人も「おいおい!フツーに死んだじゃねえか!」と悪態を吐いている。

 どうして消えてないかと言えば、わたしはこの前ブッ殺したこの町の住民────今や魔力リソースとなった彼らを、バーサーカーに注ぎ込んでいたからである。
 彼の己を顧みない戦い方じゃ、すぐに致命傷を負うのは目に見えていたから。

「こんなんじゃ死なねえっつうの。
...死なねえけど、ムカつくよなァ!出て来いやボケが!」

 そう言ってはいるものの、口の半分は未だに正しい形ではなかった。
 霊核を砕くような火力こそ無いものの、サーヴァント一騎の頭を四分の一吹っ飛ばすほどの爆発物である。
 
 明らかにこれだけで始末する気で練られており、非常にコストの掛かった代物であることが読み取れた。起点として使用されたらしい道具────散っているなにかの破片も、よく見れば風情ある焼き物に見える。

「ケッ!火薬で暗殺たァ、気に食わねえクソ野郎だな!」

 バーサーカーは血の塊を吐き捨てた。
 座りの悪い首をゴキゴキと整え、気付けに頬を叩く。
 
「うし、いっちょ首を刎ねてやろうぜ。オレが突っ込めばあっちも動くだろ」

 わたしはバーサーカーの袖口を引いた。
「んだよ」と彼は立ち止まって、その場にしゃがんだ。彼はわたしの要望を聞く時、こうやってしゃがむことがある。
 元々仕えていた“大殿“さんは背が低かったらしく、自分より小さい相手の指示を仰ぐときは大抵こうしているそうだ。

 サーヴァントとマスターなんだから、パスで話せばいいんだが。気が使えるんだか、そうじゃないんだか、よく分からないサーヴァントである。
 ...いや、こうやってしゃがむポーズを挟むことで、忠誠を示す────心を配っているということを態度に出す、そういう意図があるのかもしれない。

 わたしはそっと耳打ちをする...必要は無いのだが、なんかバーサーカーがしゃがんだので、そういうポーズをした。
 彼がわたしをそういう風に敬うのなら、こちらも相応しいマスターであるべきと考えている。
 
「あのね、これが魔術だったら良いけど、サーヴァントの特殊技能だったら困るかもしれない。慎重に見定めて、」

 ────あっ。
 
 爆音が轟く。バーサーカーが爆弾を踏んだわけでは無い。
 腕が踏んだ────というのは、不適切かつ不親切だろう。彼は自身の腕をもぎり取り、ありったけの力で地面に叩き付けたのである。

「見えねえからってビビってたらよ、舐められちまうだろ。
 そりゃダメだぜマスター。精神的に優位を取んなきゃ、戦は不利になるからな」

 バーサーカーは腕の断面を見せる。
 こういうところ正気無いのに筋が通っていて、咎める前にわたしはいつも関心してしまう。

 言おうとせんことも分かった。
 即決即断、やるかやらないかではなく、やれとバーサーカーは無言の圧を送っていた。

 わたしはこのサーヴァント...森長可と居ると、調子が狂うのを感じる。
 以前のわたしであれば、絶対に乗らなかっただろう。指示も口に出さず、パスだけで飛ばしていた筈だ。
 だが彼がそう言うなら、別にそれでもいいかと思う程度には絆されていた。

 でも折角────せっかく、バーサーカーにかわいいスタジャンとか着せてたのに、爆風と血でめちゃくちゃだ。
 
 わたしは少しムッとする。自分の心の機敏も、そのようなことに気を割く事自体も腹立たしい。
 以前だったら有り得ない話だ。サーヴァントなどという使い魔如きに趣向品を与え、その出来栄えに満足するなどと。
 ...いや、まあ、趣向品というか、森長可があまり霊体化したがらない上に勝手に姿を現すので、ぜったい必要だったのだが。
 
 サーヴァントなんだから、セルフで投影させればいいと言えばそう。しかし現界の度に魔力を一回一回編み直させるのも、面倒臭がりそうなタイプであったし。
 彼は血で真っ黒の袴を「めんどくせえから」で履きっぱなしにするようなサーヴァントだったので。
 
 それでも、やはりそんなに洒落た物を着せる必要は無い。趣向品と必需品の狭間である。
 だが、やはり。やはりだ。大変似合ってて、気に入っていたのも事実。
 
 わたしが。
 他ならないわたしが、“か、かわいい!!!”と思っていたのだ。そう思うと二重にムカついて来た。

「似合ってたのに...」

 つい、言葉が溢れる。
 本心からの本音であった。それくらい、未来永劫失われたジャンパー姿のバーサーカーは惜しいものであった。

「おお?マスターはああいうのが好みだったか。そらわりいことしたわ」

「...似合ってたのに!」

 わたしが声を荒げると、バーサーカーは愉快そうに大爆笑した。
 なにがおかしいんだテメー!と睨み上げるが、それも彼にとっては面白いらしい。

「ウヒャハハハハ!機嫌直せって!あのクソサーヴァントども、なます切りにしてメタメタにしてやっからよ!したら少しは溜飲も下がんだろ!」

 バーサーカーは残った袖も千切った。左右むしったスタジャンは、一周回ってロックで...いや、無い。
 もうダメだ。雑巾である。素行が悪くてバカでかいバーサーカーがそんなの着てたら、ただの世紀末覇者ではないか。

「あァ...あと、次のヤツはマスターが選んでくれよ」

 思ってもいなかったところで話を振られ、わたしは思わず「ええ」と聞き返した。

「この装束も悪かねえんだけどよ。なんたって、マスターが気に入ってっからな」

 バーサーカーは背中の柄を見せる。やはりその姿は様になっており、わたしは酷く惜しい気持ちになった。
 未練がましい視線を追ったサーヴァントは、真剣に提言をする。彼は少しも笑っておらず、本気で言っているのだろうと思う。

「けどよ。折角賜るっつうんなら、欲しいモンがあるんだわ」

「欲しいもの?」

 わたしは足元を見る。
 砕けた破片は、陶器や磁器に、焼き物。森長可という英雄が生前、茶の湯を熱心に愛好していたということをわたしも知っている。
 
 すると、茶器だろうか。高いものは買ってやれないが、骨董市でキリ部分を物色するくらいなら、わたしの財力でも出来る。
 随分話がブッ飛んだが、まさか服の話とも思えないし。恐らくそうであろうと結論づけた。

「あんまり高いのは買えないけど、一式くらいなら」

 戦国時代では上等も上等だった素材と製法の品でも、現代社会であれば、まあまあの金額で一式が揃うであろう。
 そう思い発言したが、バーサーカーは「ああ?」と首を捻った。

「一式ィ? マスター、別にオレは茶器を強請ってるワケじゃねえよ。つかさっきまで外衣の話してたじゃねえか」

 バーサーカーは不服そうに口を尖らせた。まさか、マジで服の話とはわたしも思っておらず「そうだね」と素直に返すしかない。
 彼は外衣────ジャンパーの話を続けていたらしい。
 
 いつもそうだが、わたしとバーサーカーは双方話がブッ飛びすぎである。
 単に話題がブッ飛ぶバーサーカーと、脳内で勝手に結論を出すわたし。
 スーパーディスコミュニケーションの割には、どちらも臆せず正直な物言いをするので、全く拗れたりはしないのだが。

「知らねえヤツが選んだ物より、マスターがオレに選んだ品がいい」

 そういうもんか?
 わたしは今のが超いかしてると思っているが、バーサーカーはそういうのより、褒美の観点としてどうかを重視するようだった。

「なァ、いいだろ。此度の褒美をくれや、マスター」

 バーサーカーを超イケメンだと褒め称える、命知らずのショップ店員に選んで貰ったスタジャン────それをもう一度買い与えるのは、なんかダメっぽかった。
 
 わたしはメンズファッションに明るくない。正直に言えば、良い物を選ぶ自信など無いのだが...そう言うのなら、全力で吟味させて頂こう。
 幸い、バーサーカーは世間の基準からしてもイケメンだ。店員が“おにーさん、イケメンだからなんでも似合うっすね!”と、先日言っていた。多分、本当になんでも似合う。

 頷くと、バーサーカーは血塗れの顔で笑った。そうと決まれば、さっさと敵陣営をブッ殺すべきである。
 
 家に帰ったら、ファッション誌を買って、流行をチェックして、赤毛に似合う最高の一着を考え、わたし本意でなく、バーサーカーの意見も取り入れなくては。

「腹決まったんなら、とっととブッ殺そうぜ。んな呑気に喋ってる場面でもねえだろ」
  
 おっしゃる通り。

 接触による魔力の譲渡なんか、三流以下のすることであるとわたしは思っている。
 しかし思想に反して、わたしはバーサーカーの傷口に唇を当てた。そのまま、思い切り息を吹き込む。
 ボコボコと沸騰するマグマのように、壊れた箇所が膨らんでは収束していく。呼気には、ありったけの魔力を注いだからである。

 魔術師とサーヴァント間は接触など無くても十全に魔力を回せる。...が、直接送った方が速いのは事実だ。
 無線と有線ならば、有線の方が高速で情報を送れるだろう。それと同じことであった。
 特にわたしは、魔力量こそ多いものの出力が弱い。物理的な接触点を増やすのは、非常に残念ながら合理的である。

 万全になったバーサーカーを控えさせ、わたしはキョロキョロと見渡す。
 恐らく相手は潜伏している。慎重に行きたいところだが、バーサーカーは既に殺したくて仕方ないらしい。

 しかし、無意味に歩いて事前の仕掛けを踏んでやる理由も無い。
 わたしはめちゃくちゃにガンドを放って、埋まってそうな廊下を手当たり次第に叩きさくった。ぽんぽこと爆風が上がり、「おいおい、花火みてえじゃねえの」とバーサーカーの気分も上がったようだ。

 爆風に紛れて、鋭い閃光が空気を割く。
 サーヴァントの仕込みを壊し切られる前に、直接動くのが得策と見たのだろう。
 
 今度は爆弾を完璧にガードをしたものの、直接攻撃をして来た分、先程よりも火力が高いらしい。
 わたしを庇ったバーサーカーの頭の半分が吹っ飛んで、その巨体が地面に転がった。頭上からびたびたと何もかもが降り注ぐ。

 汚れてお話にならない制服を摘んでいれば、機嫌の良さそうな声が掛かった。

「ハハハハ!君のサーヴァント、随分弱いなァ!」

 知り合いの青年が、“格下の魔術師を圧倒した”とでも言わんばかりの笑みを浮かべる。
 彼は魔術師だが、大した才能は持たなかったと記憶していた。そのくせ、魔術師以外は人間でないと言う、何処までも傲慢な人種である。
 となると、やはり先程の爆弾はサーヴァントの固有能力なのだろう。

「こんばんは。これは、真瓦津さんのサーヴァント?」

「そうさ。悪いが、君に勝算は無いかな。この地域じゃ、僕のサーヴァントは知名度もあるからね」

 あのバカみたいに高火力の爆弾は、知名度補正のブーストを受けていたらしい。
 まあそうでもなければ、彼にここまでの一撃は貰わないだろうとも納得する。

「真瓦津さんのキャスターも大変だ、マスターがお喋りで」

「ははは!それで挑発のつもりかい? 君、分かってないな。僕がそれに乗る意味が無いだろう」

 少なくとも、忠臣の────主君が謗られてキレるタイプの英霊ではないとわかる。彼の失言で、この土地の有名人なのも推測できた。
 わたしのバーサーカーであれば、煽った瞬間に槍がブッ飛んでくる。ならば、暫く呑気におしゃべりをして問題はない。
 相手が理性的でまともであればあるほど、森長可は訳の分からない怪物として刺さる筈である。

「いいの引けたんだね。武将の遺品なんて、中々手に入らないのに」

「没落してる君の家と違って、僕にはスポンサーが付いているからね。少し進言してやれば、茶器の一つや二つ、簡単に手に入ったよ」

 真瓦津の性格上、それがハッタリとも思えない。恐らく武将であると脳内で付け加える。
 しかし、魔術師が彼に投資するとは考えづらい。神秘を一般人に漏洩させ、資金を募ったのだろうか。わたしには関係の無いことだが、随分と危ない真似をするなと率直に思った。

「ふうん。しかし、貴方のサーヴァントは茶道具が好きでしょう。そんな粗末な使い方したら、喧嘩になるのでは?」

「愚問だね。誰かに渡すくらいなら、壊した方が気分が良いんだよ。宝と言うものは」

 茶器が能力に関わる英霊。茶道具が好きだが、所有欲、或いは独占欲が強い。
 これは正解だろう。わたしは情報を埋めて行く。

「貴方自身は、細やかな性格だった筈。価値がある物をわざわざ壊すなんて、そんな酷いことをするような人じゃないと思ってた」

「...煩いな。なんだって良いだろう。僕だって、こんな高価な物を破片に変えたくはないさ」

 わたしの鎌掛けに引っ掛かるを超えて、男は余計なことまでベラベラと話す。
 サーヴァントを偽装するフェイクかとも疑ったが、地面に埋まっていたのは渋い色の器。多分、殆どまったく嘘をついていない。

 彼は既に勝ちを確信しているようだった。サーヴァントの頭が飛んだくらいで、早計な判断である。
 真瓦津は人を使う才能がある。わたしの雇用主を動かし、此方を金で雇った。勝てる相手と踏んで、この戦場に呼んだのだ。
 だが、魔術師としては凡才である。彼には、未だ波打つバーサーカーの魔力を正しく認識出来ないのだろう。
 
 もういいかとスカートをはらって、大きなため息を吐いた。

「君のサーヴァントは死んじまったみたいだけど、まだやる気かい?」

 彼のキャスターが姿を現す。わたしのサーヴァントと同じで、戦国武将のような出立ちをしていた。家紋は...蔦。
 バーサーカーですら家紋を隠して参戦しているというのに、彼はガン出しであった。殺したと思って慢心しているのかもしれない。

 わたしは時間を稼ぐように、少し思案したフリをして返す。
 本当は全く考える必要など無かったのだが、傲慢な人間のおしゃべりは有益である。乗ってやれば、優位に働くと踏んでいた。

「いいかな。わたしはやらない」

「利口じゃないか。僕もその方が良いと思うよ。
お前、家も潰れかけなんだろ? 早くサーヴァントを捨てて、此方のバックアップに回るといい。
 忠誠を誓うのなら、適切なポストを用意したって構わないさ」

「そうだね。敗退したら、貴方の出資者に会いに行くよ。元々、万が一聖杯貰えたら買い取ってくれるって話だったから」
 
「フン。素直でいいじゃないか。じゃあ、先ずは僕のために、令呪を削ぎ落として貰おうか、」

 な。
 キャスターが弾け飛ぶ。首が槍に貫かれて、捩じ切れて宙に舞った。
 わたしのサーヴァントは、サッパリした気骨をしている。根に持たないタイプの男だと思っていたのだが、それはそれとして、やり返せるならやり返すのが流儀であるらしい。
 
「バーサーカー。遅いよ」

 わたしのサーヴァントが立ち上がる。大きな手が床をさらって、頭に落ちた中身を載せた。わたしも手の中の歯を渡してやる。
 バーサーカーは歯を剥き出して嗤おうとしたが、右半分が戻ってきていない。口蓋が糸を引くように引き攣れる。

「悪ィ悪ィ。頭ブッ飛ばされたからよ、時間掛かっちまったわ」

 彼はいつものように狂った笑い声を上げたが、歯が修復され切っていないので、普段よりもなんだか怖さが無い。
 しかし歯がなくとも口の造形が良いもので「百点の口腔内だね」とわたしはバーサーカーを褒めた。
 
 手を伸ばせば、彼は膝を付いてわたしを見る。
 開けた口をそのまま指でなぞって、魔力を注いだ。爆風で骨が壊れ開きっぱなしであった口も、元の正しい姿に戻る。

 普通、ここまでボコボコにされればサーヴァントは座に帰るものなのだが、わたしの魔術の特性は固着。
 多少歪だろうがなんだろうが、問題ない程度に貼り付ける技量がある。
 
 その辺の雑魚魔術師であれば、大掛かりな魔術装置とか─────それこそ、鎧のような出力機器が居るだろう。
 そしてそれ自体に治癒の特性を与えないといけないのだろうが、わたしはまあまあの魔術師だったので、パスさえ繋がっていればなんとでもなった。

 だって霊核が割れそうになったら、すぐにリソース割いて埋めて繋げば良いのだから。例えるならば、金継ぎのように。

「腕くらいで許してあげようよ」

「ウヒャハハハハ!腕くらいじゃ、アンタくっ付けちまうだろ!んじゃ、擦り潰すか!?」

 わたしは彼の処遇を提案する。
 真瓦津さんは軍事提携を結んだ家の協力者だったが、跡取りでも当主でもない。加えて、出資者は“殺すな”とは言ったが、倒すなとは言っていなかった。

「擦り潰すのも、ちょっと。痛い目を見せるくらいでいい。どうせ彼、大した魔術の才能ないし。
 逃したところで、何か出来るとは思わないな」
 
 腕の一本くらいじゃ死なないし、良い落とし所だろう。バーサーカーに聞けば、「んー」と少し悩んだような声を上げた。

「マスターがそう言うなら、まあいいか。コイツ、アンタのこと舐めてっからよ。
 戯れは良いけどよ、侮ったらブッ殺せって大殿が言ってたぜ」

「いいって。格下に絡まれたところで、相手にする理由が無い」

「ほーん。磔とかどうよって思ってたんだけどなー。寛大なマスターに感謝しろや、なあ!」

 腕が吹っ飛ぶ。バーサーカーは自分が切り落とすハメになった方を飛ばしたらしいが、そちらに令呪があったらしい。
 わたしは転がってきた腕を拾って、眼前に掲げた。

「はい、令呪。切り落としたよ」

 叫び声を上げる真瓦津さんを、わたしは蹴っ飛ばした。そのまま腕を持ち上げて、病院に行けばなんとかなるように止血をしてやる。
 ああ、でも。万が一死んでしまったら、わたしの落ち度になってしまう。そんなことが心配になったので、取れた腕を反対向きに当てた。

「くっ付いたね」

「は、...あ?」

 切り落とした腕はくっ付いている。曲げようとしても曲がらず、彼は脅威とはならない。“肘の内側を外に向けて付けてやった”からだ。
 バーサーカーは馬鹿笑いをして「ひでえことすんなァ!」とわたしを非難する。

 絶叫を聞きながら、サーヴァントをじっとりと睨んだ。そんなことを言われる謂れは無い。
 だって一度切除して、もう一度繋ぎ合わせたら元通りになるだろう。腐っても魔術師の家系なのだから。
 
 一応は顔見知りである。殺すなんて酷いし、後遺症が残っても可哀想なので、魔術回路を壊したりはしたくなかった。
 少ししか回路がないみたいだったし、ある分は大切にしないと。

「ウヒャハハハハ!魔術師ってのは、頭おかしいなマジで!親切心でンなことするのかよ!腕切るよりひでーじゃねえか!」

「腕より回路の方が大切だから。ひどくないよ」

「な、何故。何故、生きている!おい、頭...吹っ飛んだだろ!?」

「吹っ飛んだけど、治ったから」

「キャスター!お前の爆弾、しょぼいじゃないか!なァ!頭くらいじゃ、サーヴァントは死なないんだよなァ!?おい!」

 未だ消えていない身体を見る。
 少しずつ砂になって行く肉体は、豪華な着物に蔦の家紋。品があって非常に寂びのある着物のセンスは、バーサーカーも「悪くねえ」とのことだ。

 からんと器が転げた。そしてそれが割れて、分解されて空に消える。
 
 バーサーカーがゲラゲラ嗤う。日本史に疎いわたしでも分かった。
 相手は彼が最も忌み嫌う、返り忠クソ野郎のサーヴァントだったからである。

「頭ァ砕かれてもよ、死んでねえんだから死んでねえって事だろ。なんか違うかよ!?アァ!?」

 まあ概ねそう。
 バーサーカーの笑い声に引き攣った笑みを返す青年に、わたしは教えてやった。

「ダメだよ。サーヴァントのこと教えたら」

 ▽
 青年は、彼女の悪辣な精神に戦慄する。
 大人しそうで、従順な顔をした小娘。いかにも優等生で、生真面目な印象を与える彼女は、想像よりも頭のネジのカッ飛んだ女だったのだろう。

 格下の、野望を持たない魔術師だと思っていた。
 だがその瞳には、確かな願いが宿る。サーヴァントを見る視線は熱いものだ。それは恋慕や愛ではない。
 
 ”次はなにをするんだろう“という、憧れの混じった輝き。活発な少年に着いて行く、内気な子供のような焦がれる眼差し。
 無邪気な少年少女のように、その主従は在った。
 
 真瓦津のサーヴァントは頭を吹っ飛ばされて消滅したというのに、彼女のサーヴァントは頭を欠損してもピンピンしている。それを見た彼女も、平然としていた。
 
 非常に打たれ弱い筈なのに、気が狂っているから。立ち上がれるなら、死んだと思わない。死んだと思わないのだから、霊核が無事に有る限り立ち上がってくる。
 
 普通、サーヴァントであっても頭を割られたら戦意消失するやつもまあまあ居るはずである。
 そうならないのは、ひとえに彼が狂っているから。
 マスターの魔術も都合が良く、立ち上がれる程度に雑に霊基を接着できる。種も仕掛けもない。
 ただ、それだけの事である。

 ▽
 それにしても。マスターが凡人だと、サーヴァントはこうも弱体化するのか。
 わたしはバーサーカーを十全に扱えるよう、気を付けていこうと青年を見て思った。
 
 そう伝えられたバーサーカーは「んー」と煮え切らない返答である。

「有り難え心掛けだが、配下に気を配る必要はねえよ。
 それに、万が一アンタがクソ弱えヤツになっちまってもなあ、」

「なってしまっても?」

「そん時は、もっと気合い入れて守ってやっから。そういうのは家臣の務めだからな、安心しとけ!
マスターは大将らしく、ドーンと構えててくれや!」

 父には悪いが、こうなって正解だったと思った。
 魔術師の素養が無い者では、彼を十全に扱えない。
 加えて、魔術師らしい倫理の欠如も必須条件だろう。まともな感性をしていては、このサーヴァントと付き合えない。
 わたしはどれかと言えば、常時マニュアルに従う生真面目な気質をしている。それは魔術師としても例外では無く、その非情に対する従順さこそが、バーサーカーとの亀裂を生まない最大の理由だろう。
 
 万が一に、わたしが魔術師として失格であったら。
 森長可もまた能力を発揮出来ず、命令を無視して突っ込んで暴れるだけの雑魚になってしまっていたに違いない。
 
 彼は忠臣キャラであるが、防戦よりも攻める方が上手い。
 大将が自衛出来るなりなんなりで身の危険が無く、自由に動ける方が強いサーヴァントだろうと思う。雑魚になっても良いと言っているが、絶対にダメだと思った。
 いや、森長可は絶対に忠義を尽くしてくれるが、わたしが弱ければ弱いだけ話を聞かず、より過保護になるような...そんな予感がするのだ。

「ところでさ」

 わたしは至極冷静な態度で、真剣に真瓦津を見た。
 痛みで気絶することも出来ない彼は、涙も汗も鼻水も垂れ流しながら、わたしを見上げる。

「バーサーカーに着せるなら、何色が似合うと思う?」

 ▽
「茶器の趣味は良かったけどな」

 バーサーカーは帰路、ポツリと言葉をこぼした。
 唐突な話であるが、話題の飛び方はいつもこんなものである。先程のサーヴァントの事であると、わたしはすぐに直感した。

「そうなの?」

「おう。九十九髪茄子ってあんだろ。ありゃ、目ぇ付けた大殿が無茶苦茶言って没収したヤツなんだけどな。
あのクソ野郎は好きで集めてたからよ、ひでーことすんなあ!ってオレも思ったもんだぜ」

 そうなんだあ!

 わたしの顔を見たバーサーカーが、愉快そうに笑った。
 戦国豆知識を話すと、絶対にわたしがウケるので味を占めている感じがする。
 こういうところ、信長に寵愛された所以なのかもしれないとわたしは本気で思っていた。
 
 織田信長は蘭丸に甘々であったが、そもそも可成が派手に死ぬ前から、割と森家に激甘だったそうなのである。なにかこう、なんかあったに違いない。
 単に、イケメンの可愛い笑顔に弱かっただけかもしれないが。

「殿下の趣味じゃ無かったらしいけどな。焼けて尚、寂びの増した良い器になってんじゃねえの」

 そういうものなのかと驚く。食器なんだから、未使用の新品が一番良いのかと思っていた。

「おいおい。んなこたねえっつうの。ああいうのはよ、使えば使う程、それ特有の持ち味が出て来んのよ」

「持ち味?」
 
「同じ風に焼かれて造られた器でも、過ごした時が違えば別の風情があんだろうが」

 わたしは関心する。こういうところで、バーサーカーは文化人らしい教養、そして風雅さがある。

「マスターは文化人みてえなナリして結構粗野っつうか...無風流だよな!」

 なぜ褒めたのに悪口を返す?
 
 まあ、それも事実ではある。わたしは蛮族で構わない。
 一般的な魔術師であるわたしは、効率と合理性のみを是とする。華人のそれは理解し難い感性であるが、全く知らない世界の話を聞くこと自体は面白かった。

「茶器っつうのは育てるもんだぜ。ありゃ大殿と寺で焼き上げて、更に茶々様とも城で焼き上げて完成っつうとこか!ヒャハハハハ!」

 ロクでもない見解も聞いてしまった。
 
「まっ、別に育てんのは茶器に限った話じゃねえ。マスターの茶の湯も、オレ好みに育ててやろうか?」
 
 茶人も茶器も人が育てるものらしい。
 興味もあるし、有難い申し出ではあったが、わたしは辞退した。かなり甘党のわたしは、抹茶が苦いから苦手なのである。
 
「あー、そうかよ。んじゃ仕方ねえな」

 バーサーカーは思ったよりもあっさり引き下がる。
 彼が茶の湯に傾倒しているのは知っていたし、それが良いか悪いかはさておき、マスターに対して尽くしたがる忠臣気質も知っている。
 茶を押し付けられるかと覚悟していたが、そうではないらしい。

 わたしは彼を評価し直したのだが、同時に不思議そうにも見てしまったのだろう。
 言おうとせんことが分かったらしいバーサーカーは、そもそもの本質についての解説をしてくれた。

「茶の湯ってのは、持て成す心も重要だからな。苦手だっつうヤツに、自己満足で点てんのは違えのよ」

 そういうものなのか。
 無趣味で長らく生きてきたわたしには、大変奥深い世界と考え方である。
 
「そんじゃ、マスターには特別に汁粉でも淹れてやっか!」

「おしるこ?」

 わたしは真瓦津さんの口をこじ開けながら、バーサーカーに聞き返す。

「おう!めでてえんだぜ、汁粉はよ!」
 
 めでてえらしい。
 そうなんだと軽く流して、真瓦津の歯を見た。ガタガタである。怯えで噛み締めたエナメル質は削れ、欠け、非常に見苦しい歯並びになってしまった。
 何故まだ同伴してるかと言えば、わたしは彼に邪魔をしないで欲しかっただけで、死んで欲しかったわけではないからだ。

 放置していて死んでしまったら、わたしを雇用した彼の実家にも減給されてしまう。
 そう話せば、バーサーカーが運んでくれると言うので、そのまま教会に置いて来るつもりなのだ。

「何点だよ、マスター」

「三点くらい」

 バーサーカーはおかしそうに嗤った。同じく抜けてガタガタの歯並びをジャッジされたというのに、明らかに自分は贔屓されていたからである。
 
 真瓦津さんを殴って昏倒させたわたしは、血を人の服で拭って立ち上がる。「おい。そりゃダメだろ」と品位溢れるサーヴァントに注意された。
 殺しは良くて、人の服で血を拭うのはダメと来たか。

「殺したヤツの服で拭うのは武器が先だぜ。汚れてたら、刃先が綺麗になんねえからな」

 あっ、そういう感じ?
 わたしは武士の作法に明るく無かったが、ブッ殺した相手の魂が宿る部分というか、死後敬意を向ける部分は首だけだったのかもしれないと思った。
 バーサーカーはこんなだが、思えば首にはそこまで酷いことをしないような。ムカつくと言って身体は滅多刺しにするのだが。

「まっ、オレはサーヴァントだからよ!人の着物で血い拭わなくてもいいんだけどな!」

 いうて面倒くさがって、魔力を編み直さない癖に。
 血塗れ血みどろの槍からは、相変わらず血が滴って落ちている。キャスターと、真瓦津の血を吸った曰く付きの逸品であった。
 
 わたしはふと、立ち止まって自販機を見る。
 ジュースの隣は有名な自販機アイスの売り場があって、わたしはチョコスプレー入ってるミルクのやつが好きだった。
 遠い昔、まだ母が生きていた頃。魔術の鍛錬が一つ終わると、一つ買って貰っていたことを思い出す。
 
 血みどろの口腔内は、さぞネッタリしていて気分が悪いだろう。
 バーサーカーを見れば、珍しく意図を汲めないらしく少し不思議そうな顔をしている。わたしはコーン付きの抹茶を押して、空いてる方の手にアイスを握らせた。

 ついでにわたしもアイスを購入し、紙を剥いで捨てた。そしてバーサーカーにアイスを一口分けてやれば、バカみたいにデカい歯形が付いたし、なんか血もついた。
 無言でもう一本購入し、食べ掛けのものから口を付ける。
 
「んだよ、褒美か?」

「褒美じゃない。褒美は洋服。明日は調査が居るので、本屋さんに行く」

「あ?何言ってんだマスター.........ああ、そういうことかよ!」
 
 何がおかしいのか、バーサーカーはゲラゲラと馬鹿笑いをする。
 わたしはなんでだよと思ったものの、特段言及せずに流す。今考えるべきは、バーサーカーにどんなジャンパーを買い与えるかだった。
 まずは本屋でファッション誌を買い、最新のトレンドを追う。真剣に取り組まなくては。
 
「アンタ、そういうとこちょーっとズレてんよな。まっ、いいけどよ!有り難く頂戴するわ!」

 バーサーカーは今日も、非常に楽しそうである。