文化人も野蛮足り得る
時は変わって、翌日。
わたしとバーサーカーは、今大型のゲームセンターに居る。戦闘中に立ち入ったのだ。
別陣営の魔術工房を突き止め、サーヴァントを殺し追い詰めたは良いものの、相手は一般人を巻き込むことを気にしないアウトロー...いや、それは正しくない。
一般人を巻き込めば、此方が追跡を止めると踏んで────敵の元マスターは、あえて人混みに入ったのである。
「民を盾にするとか、外道かよ!ひでーことしやがるぜ!」
バーサーカーはそう言って笑った。槍を肩に掛けて、相変わらず愉快そうである。
「きみ人質ふつうに取るのに?」
「ま、人質は取るけどよ。そんでも武士の身内までだな。
戦に勝ったところで、農民の居ねえ領地とか扱いに困んだろ。開墾にも、農作にも、人手要るからよ」
うーん、インテリ。
クラス特性として、良識ある英雄が呼ばれやすいセイバーやランサーなんかだったら、きっと追跡しなかっただろう。
無関係の人間を殺害しながら進むのは、マトモな良識があれば有り得ない事だからだ。
しかし当然ながら、わたしのバーサーカーは止まらない。
出直さないのか?と問えば、ぐるぐるに決まった目で嗤って言った。
「此処で逃したら、困ってるみてぇだろ」
「困る?」
「おう。マスターはよ、民を盾にされたら仕方ねえなって帰んのか。
どうしてもって言うなら、そうしてやってもいいけどよ。俺は忠言しとくぜ、殺した方が善いってな」
「...ああ、そういうことか」
実際、わたし達は困らされていると言えなくもない。
夕方に、神秘も隠さず一般人に目撃されながら追うことは拙い。聖杯戦争の重大な違反であり、魔術協会にも罰則を食らう。
出せるカードが無いのは敵陣営であり、これは苦肉の策の結果だろう。
だからわたし達は追っても追わなくても良かったし、わたしは今後の利を考えて、追わない方を推していた。
だが、そうだ。
追わないというのは、“相手の策で困らされたから撤退したみたい”だ。
追い詰められているのは相手陣営なのに、何故わたしたちが、下がらなくてはならない?
「た、たすけ...」
わたしは静かにガンドを放った。民間人に躊躇いなく。逃げて行ったマスターも、他陣営も、その光景を使い魔で見ていることだろう。
バーサーカーは嗤う。楽しそうにゲラゲラ上を向いて、その声を聞いた生者が足音を立てて逃げ出す。
「こんなことで怖気付くなんて思われたら、舐められちゃうもんね」
「そういうこった!
テメェ戦国に生まれてりゃ、中々良いトコまで行けたんじゃねえの!?」
そんなこんなで、わたし達はゲームセンターを破壊している訳である。
▽
「なんかやりてえことねえのかよ?」
足を真っ黒くしたバーサーカーが尋ねた。
上等な緑の着物は、酸化が進んだ体液で小汚くなっている。当人の赤い毛髪からは鮮血が滴っており、“多分、全部返り血なんだろうなあ”と、わたしは現実逃避のように思った。
少し考える。特筆するようなものは無かった。それよりも、バーサーカーのことだろう。
一応、怪我や欠損は無いかと尋ねるが、彼は歯を剥き出して笑った。いつもの、少し斜め上を見るような、ふんぞり返った笑いである。
「おう、大丈夫だぜ!これ返り血しかねえからよ!」
そっかあ。
「マスターは心配症だな。ま、案じられて悪い気はしねえけど」
わたしはバーサーカーの逸話を思い出していた。
織田信長の長男である、織田信忠にも「膝下めっちゃ赤いけど大丈夫!?怪我してる!?」的なことを聞かれた森長可は、先程のような返答をしたという。
それを聞いた織田信忠はドン引きし、お、おう...となったらしい。
当然こちらも若干引いていた。
しかしバーサーカーを好きにさせたのは自分であるし、わたしの家系は代償魔術を研鑽している。
血溜まりが不都合という事はなく、寧ろ出血大サービスの景気の良い惨死は供物としてベストな状態と言えよう。景気の良い惨死ってなんだろうな。
雑談しながら、靴の裏で陣を描く。スルスル滑る油と体液は、血と汗と涙と...腸液胃液尿脳汁...もはや混ざり過ぎてなんだか。床が汚過ぎて陣描ける場所が少ない。
飛ばすなら首と足が高得点かなとぼやけば、バーサーカーは「お

これだけ血があれば、この建物ごと隠蔽出来るかもしれない。程よく床にマナの結晶を置いて、起点としていく。
バーサーカーにまだ殺すかと尋ねれば、満面の笑みだ。多分これ、ブッ殺す顔である。
「点数稼ぎは地道にやんのが一番良いからな!」
つまりまだやると。
▽
バーサーカーは目に入った人間を順番に殺して、令呪を確認していく。死体の山が部屋の隅に投げ捨てられて、黒ずみのように積み重なる。
民間人の多くは、相手の魔術師により呪術を刻まれていた。
簡易的な兵隊として操られた彼らは、どっちにしろ殺さなくてはならなかったらしい。此処でわたしたちが撤退したところで、後日教会側から殲滅の依頼が来ていたことだろう。
正気の無い目で、ガラスの破片を振りかぶって来る民間人。
それを殴って爆散させるバーサーカー。この世の終わりである。
わたしは後ろでお茶を飲みながら、電光得点板に点数をカウントしていた。
「点が減るから、マスターは手ェ出すなよ」
そう仰ったのが数刻前。つまり、暇だったのだ。
「仙千代くれえキッチリ点数えるじゃねえか!うははははは!いいぜいいぜ、殺し甲斐があるなァ!」
...とのこと。バーサーカーはご機嫌で槍を振るっていた。
ちなみに仙千代というのは、森忠政────長可の末の弟である。千丸とも伝わっているが、此方では仙千代が正しいっぽい。
揶揄ってきた同僚を信長の目の前でボコボコにした森家の愛され六男。それが原因で小姓スタメンから外され、結果的に本能寺に居合わせなかった引き強の弟だ。
ついでに言えば磔による処刑が趣味であり、戦国時代で誰よりも人間を磔にした磔マイスターでもあった。
あだ名は磔右近である。最悪で草。
生まれてすぐに可成は死んでおり、バーサーカーが実質的な親代わり。
可成長可と二代続く愛妻家が産んだ功績か、兄弟仲は非常に宜しかったようだ。
長可おにいちゃんが大好きだったっぽいのが、熱心に取られた森長可に関する記録の量と、兄を裏切った連中をキッチリ磔にしてる辺りから感じ取れる。
後年森家の記録をまとめた忠哲、可陸といい、先祖を敬い血族を愛する、理想的な家庭環境と思う。
資金繰りに困り、同じく代償魔術を扱う家系に刻印やら秘伝の術やらを子孫ごと売却したわたしの家と違って。
なんとなくだが、森長可の話す戦国と“わたしの世界の戦国は違う”気がする。彼はカレイドスコープの言う、並行線から来ているのだろう。
わたしは点数を確認しながら、逃げ込んだ魔術師を探していた。
最早令呪などどうでも良いが、見つけて殺して、得点を付けなくてはならないからだ。
「隠れてんのも殺すからよ、それまでに考えといてくれや」
「...なにを?」
「あァ? んだよ、さっき言っただろうがよ」
ああ。わたしは合点が行く。手を叩いて納得ジェスチャーを見せれば、バーサーカーは良い笑顔で立ち去っていく。
彼はドスドスと、でかい足音を立てて階段を上がっていった。
あれで所作は非常に美しく、そんなに足音が出る歩き方には見えないのだが、手に持つ槍が重過ぎるのだろうと思う。
わたしは座って入り口を塞いでおり、上階の窓には使い魔の死霊を放っていた。直に、全ての首を狩り終えるだろう。
得点板をカチカチ押しながら、やりたいことについて考える。魔術師らしく、芸や慰めを捨てて研鑽だけをしてきたわたしは、趣味らしい趣味がない。
難しい質問だ。頭をひねる。捩じ切られた首と目が合った。
少し考えている間にも、バーサーカーは逐一首を刎ねているようで、天井の穴から首がボールのように投げ付けられてバウンドした。
わたしはそれを拾って「ハズレ!一点!」と上に声を掛ける。ひゃーはははは!と返って来た。
球技ゾーンからパクってきたパネルは、血を弾いて数字が見やすい。ついでに持ってきた球入れには数え終わった首が無造作にシュートされている。
バーサーカーに「そこからは三点だよ」と言ったら、笑い声が返ってきた。
「じゃあこっから入れば十点で良いよな!」
更に離れてロングシュートを狙うようになってしまった。
▽
悲鳴と喧騒が止んだ。首ももう落ちて来ないし、バーサーカーは殺し切ったのだろう。
わたしも運悪く入って来た一般人をカウンターに並べて、自分の役割を全うしていた。ズカズカと戻って来たバーサーカーは、一息にそれを刎ねる。鮮血がフロアを舞った。
わたしは首を拾って並べて、綺麗に整列させる。ひい、ふう、みい、いっぱい。
沢山あって、精製されるマナの数にも期待が高まる。結晶を作って雇用主に納品すると、ボーナスが出るのだ。わたしの家を買い取った魔術師は、大変金払いの良い石油王様であったから。
「おっ。嬉しそうじゃねえか。首並べんの楽しいか? 良かったな、マスター!」
とんでもねえ誤解だ。別にわたしは楽しくて並べているわけではない。
ただ、数をかぞえて最終的な戦歴と、手に入る利益を軽く見積もっておこうというだけであって...そう、それだけだ。
そう言い訳をしても、バーサーカーはどこ吹く風でゲラゲラ笑うばかりである。
「恒興のオッサンも、首実験で首並べる時は上機嫌だったぜ。オレには分かんねえけどよ、なんか面白えんだろうな」
そういう猟奇的な趣味じゃない。
わたしはじっとりとバーサーカーを見たが、彼は愉快そうに笑っている。この様子では、口頭で咎めようが暫く爆笑していることだろう。
「わーってるって!戦果で得られる褒美のこと考えると、浮き足だっちまうんだろ?
良いと思うぜ!知天命手前のオッサンですら、岩崎城落として鼻歌しちまうんだからよ」
六坊山────愛知県日進市の山で、首を並べてルンルンになってしまう池田恒興の話だ。
この後に、長可ともども討ち取られて没するのであるが、コイツ随分軽く語るな...とわたしは率直に思った。
生暖かい視線を向けられながら、首をひとつ持ち上げる。供物として捧げるために、それを思い切り地面に叩き付けて、手数料として支払う。予め引いて置いた陣が光って、マナの結晶を精製した。
描かれる五芒星は、天体魔術由来のものだ。
わたしは願い乞う為の言葉を口にするけど、星にかける望みなどは無い。何も感じず、動じず、規則正しく公転する星のように、ただ淡々と魔術を使役するだけ。
あれほど真っ赤だった室内は、人間由来の物だけが綺麗さっぱり消え去って、不自然に洋服が落ちているばかりである。
▽
わたしは暫くやりたいことを考えていた。
そうして結論を出す。
強いて言うなら、読書だろうか。
元々読書などまったく興味が無かったが、バーサーカーは面倒見が非常に良い。こんななのに。その所為で、今は読書が少し好きとさえ思う。
これは一見結び付かない話だが、ちゃんと続きがある。
バーサーカーは、手慰みに読書をするフリをするわたしの横に座っては、わざわざ霊体化をといて代わりに読んでいるのだ。
大きな指で、文庫本のページを横から進めてくる。そういう妖怪みたいになっていた。
実体が無くとも、覗き見くらい出来るだろう。そう聞けば、首を傾げた。
続けて、さも当然の事を言ってるような風に、こう言ったのだ。
「書っつうのは、紙を捲んのも含めて味だろ。マスターの時代のモンなんか、特にそうじゃねえか。
電子だなんだっつって、便利な物が出来てもよ。書が無くならねえのは、そういう事なんだろ」
バーサーカーは頭おかしい癖に風流で、人の心の機敏も理解する。わたしはそれに、かなり納得が行っていない。
そして彼は、わたしがちゃんと読んでないのも分かっているから、掻い摘んで話しだす。感想も言う。
「どうしようもねえ野郎だな、コイツ。腹とか切った方が良いんじゃねえの」
ストレートに自害を求めて草。
「手ぇ出しといて責任取らねえとか、マジでありえねーな。娶れねぇなら、ちょっかい出してんじゃねえよ」
上記は豊太郎に対するひっでえ感想である。
だがそれには同意だ。蛮カラ奇旅行が生まれて当然と思う。ハイカラがそのような下劣を良しとするのなら、わたしは蛮カラ...いや、蛮族で良い。
しかしバーサーカーは、こんな感じなのに硬派というか。
すごくイケメンだし、大変ドキュンなので勘違いしていたが、実は身持ちが固い人物なのだろうか?
...脱線した。
基本的に、わたしには本を読む気などは無い。ただ人と喋りたくないポーズとして、本を用いているだけ。
そうだったのだが、バーサーカーの語り口が滑らかで、存外に興味をそそっていた。
人は見た目と風評に寄らないもので、森長可は書を記すことを得意としているが、書を読み解くことも上手いらしい。
こんなナリで文化人かよ...と思わんでもないが、よく考えなくても素行以外は非常に美しいのだった。
だがわたしにも分かる。
多分だけど、バーサーカーの言う“やりてえこと”は、そういうものではないのだと。
彼は受動的な“嫌いではないこと”ではなく、わたしが望んでいるものを聞いているのだ。
「で、だ。やりてえことは?」
特に無い。
同じ返答を出されたバーサーカーは、ひゃははは!とバカ笑いをした。
人気の無くなった────文字通り、生きる人間の居なくなったゲームセンターで、時代錯誤な男が狂気に満ちた声を上げる。
「ンなワケねえだろ、マスター! 無欲な武士なんざ居ねえんだぜ?」
「居るって、毛利元就とか。趣味も娯楽も要らなくて、知謀があればヨシみたいな格言あるじゃん」
「あのクソ不忠ジジイ、晩年好き勝手してんじゃねえかよ。
第一、あれが野望じゃなきゃなんだっつーんだ。返り忠なんざ、野心のあるクソどもがするマネだろうが」
そうなんだあ!
「うははは!マスターはクソ真面目でつまんねえツラばっかしてる癖によ、すげー素直で分かりやすいよなァ!
良いと思うぜ、そういうところはよ!」
きったねえ黒ずんだ手で頭をわしわしと撫で付けられる。
頬まで触るものだから、わたしの顔に血のフェイスペイントが付いた。思わずバーサーカーを見れば、それを愉快そうに見返される。
「てめぇら魔術師もよ、自制してるだけで望みっつうのがあるに決まってんだわ。
楽しく生きなきゃ損だぜ、人生は短ぇんだからな」
享年二十七が言う言葉は、それなりに説得力がある。
確かに一理も百理もあるだろう。わたしは死ぬ時、なんの感慨も湧かないと予想しているが、実際そんなのは死ななければ分からない。
死に行く父は恐怖一色であったが、この大型ゲームセンターで狩られるだけの民間人はどれも無念そうだった。
聖杯戦争で生き残ったとて、わたしのような代償魔術を扱う者は早死にだろうと思っている。
目の前のサーヴァントのように、烈火の如く血を散らして、湯水のように命を費うのだから。怨まれて、憎まれて、厭われて生きる存在に、先など気にする時間は無い。
「...あー、じゃあ」
わたしはふと、今やらなきゃ一生やらない“やりてえこと”を思い付いた。
▽
3、2、1、はい!
わたしは思い切り人差し指と中指を立てて、残りの指を畳む。
有り体に言えば、ピースサインだ。勝利のV。ビクトリー!海外じゃ侮辱なんて意味にもなったりするが、ここは日の本。知ったことではない。
指を十本立てて、一本折り曲げて「十九」とバーサーカーに見せれば「ひゃははは!...つまんねえボケしてんじゃねえぞ」と指をへし曲げられた。
流石に妥当です、ありがとう。
わたしは指を治療しようかと悩んで、折れた指で一度ピースをした。
「子から卯」と言えば、「どうせならよ、酉から卯にしてやろうか?」と、まだ若干キレているバーサーカーは指を掴む。うーん、勝てない。当然だが、へし折りは辞退した。
「うははははは!よく分かんねえけど、やりてえことが出来て良かったな!」
狭苦しい箱の中で、鬼武蔵が腰を縮める。
返り血を拭かず、特に着替えなどもしないまま、わたしとバーサーカーはプリクラに興じていた。
そう、わたしのやりたいこと。それは、“年の近い友人と、それっぽいことをしてみたかった”である。
無意味な軽口も、無礼な態度も。それはバーサーカーを気の置けない友人と仮定し、発言したものだった。まあ距離感自体は測り損ねて、指を一本粉砕骨折する事となったが。
その願いは本来、弾圧されて生まれて来ることのないものだった。
能も芸も慰めも要らず。父は魔術に固執し、固着していた。わたしにも魔術師らしい魔術師であれと説く。当然、魔術師以外は人と思うなと育てられ、価値観の揺らがぬまま死ぬ筈だった。
だが、それを変えたのはバーサーカーだ。わたしは魔術師の理に反し、浅ましくも、外道の人生に楽しみを見出そうとしてしまった。
わたしには本来、舞姫を批評する権利など無かったのに。読み解く理由も、感想を言い合う行為も...あと、非難する最悪の娯楽も、知ってしまったのだ。
わたしはバーサーカーにペンを手渡す。
自分のペンは既に持っていたので、ツープレイヤー側のものだ。
「あ?んだこりゃ。なにすんだよ」
何をすると言われても、わたしはプリント倶楽部の流儀を知らない。
一度ペンを置いて、印刷台の前に落ちている女の服を跨いだ。やはり、排出口にシールが入っている。
それを手に取って、バーサーカーに見せた。
「こう」
「ほーん、案外詫びてんじゃねえの」
写真の細部には名乗り、日付、本日の功績の三種に分けられる要項が記載されており、四分以内にこれらを記載する必要があった。
別に落書きなどしなくてもシールは手に入るのだが、流儀に乗るのが一興というヤツである。それはバーサーカーも同じ意見らしい。
「先ずは署名だろ。マスター、なんつー字書くんだよ」
わたしはパネルの横に、血文字で名前を書いた。
バーサーカーは一瞬怪訝な顔をしたが「ほーん。ま、いいわ」と記名を始める。
様。バーサーカーは迷い無く、わたしの名前を書いていく。だが、一般人はそんな可愛くない敬称をつけないだろう。
そう言えば、バーサーカーは「ああ?なに言ってんだテメエ」と珍しく困惑した。
「つってもよ、アンタはオレのマスターじゃねえか。下々に呼び捨てさせんのは、ちげえんじゃねえの。
褒美として特権貰うにもよ、現状んな働きしてねえからな。道理じゃねえのよ、道理じゃ」
コイツ頭おかしいくせに、なんでこんなとこで筋通すんだよ。
「とのへは?とのへならいい?」
だがわたしも譲らない。
とのへは殿へが省略されて少し可愛くなった言い回しだ。やりたいことを聞いたんだから、こちらの要望に従えと圧を掛ける。
友達とかわいいプリクラが撮りたい。それがいまのわたしの願いだ。聖杯に祈っても良い。
幸いバーサーカーは同級生くらいの年頃かつイケメンなので、プリクラ映えもバッチリである。
「んー、マスターがそれで良いなら良いけどよ、やっぱそこまで崩すのはオレの好みじゃねえな。大将への礼節が欠けすぎてんだろ」
おまえわたしにテメェとかオメーとかたまに言ってんのにか?
わたしは若干腑に落ちなかったが、流して要望を押し通す。
「じゃあ代筆してほしい。宛名じゃなくて、祐筆」
「おう!そんなら良いぜ!」
血塗れの袖を引いて、わたしたちが入ったせいで薄汚れてしまったプリクラ台を後にする。印刷機へ移動し、三十秒待つ為だ。
シールが出てくるまでに、先程写真に撮ったアドレスと、パスワードを機械の製造会社のサイトで入力する。
どうせもう二度とやらないのだ。印刷する枠が無かった分も、データとして保存しておきたいところである。
わたしは印刷されたシールを出して、じっくり眺める。
それを見たバーサーカーは「へえ」と楽しげに笑う。
「アンタ、そんな顔も出来んじゃねえか」
そんな顔。わたしはペタペタと頬に手を当てる。口角が上がっていたのかもしれない。
自覚は無いが、その辺りが魔術師として未熟な証明とも言える。すぐに表情を改めたわたしを見て、バーサーカーは笑みを消した。
「クソタヌキ野郎みてえなシケたツラしてっとよ、気分もシケんだろうが」
クソタヌキ。わたしが誰のことか分からず困惑すると「家康だよ家康。徳川のクソ野郎」だと補足が入った。
家康ってそんな感じなんだ。
「おう。大大名の癖して、暗ぇ顔で溜息ばっか吐いてんだわ。その点、大殿はバカ笑いばっかしてっからよ。見てて気分も良いぜ」
そうなんだあ。
話が切れてすぐに頬を摘まれて、ぐにぐにと弄ばれる。「で、だ。おまえも────嗤え」ぜったい笑わない。
頬を引っ張られる最中、わたしは気配を感じる。肌が痺れるような感覚は、魔力が動いた余波だろう。
振り返らずに、あくまで自然に魔術師の場所を探れば、相手は簡単に見つかった。逆転の一手を狙って、息を潜めていたらしい。
降伏は選ばないようだ。サーヴァントを失った魔術師の、決死の一撃が飛んで来る。
わたしはそれを飛び退いて避けようとして────強い力で引き寄せられた。
顔に生暖かい血が掛かる。視界不良を無視してガンドを放てば、相対した魔術師は絶命した。くり抜かれた心臓が転がって、新鮮なまま脈を打つ。
「避けられたのに」
「おお? んじゃ、余計な事したなァ。悪ィ悪ィ!オレのマスターに、万が一が有ったら困るからよ!」
血塗れの服を指で摘み、バーサーカーを仰ぎ見る。
腕で呪砲を弾いて爆裂させたサーヴァントは、その代償に手首から先を欠損させていた。
わたしは臓器を拾って結晶に変えようとしたが、それを摘んだバーサーカーはそのまま口にする。手首が生えて、元に戻った。
腹壊すぞと思ったが、そういえば森長可は蛇を生で食った逸話があったなと思い出す。うーん、あたまがおかしいのかな?
まあ、済んだことは良い。
わたしがすべきは、現状の把握である。目視ヨシ、オールグリーン。全員ブッ殺した。
そしてバーサーカーに向き直って、ひとつ雑談を思い付く。
「バーサーカーは、やりたいことがあるの?」
ふと、そんなことを思った。
彼は執拗に、わたしに対して“やりてえことねえのかよ”と聞いた。では、バーサーカーは?と思うのは、自然な事だろう。
「あ?ねえよ。まー、強いて言うなら、楽しいことは好きだぜ。楽しいからよ!」
では何故、わたしの召喚に応えたのか。
触媒を使ったとて、召喚を拒絶するサーヴァントはそれに応じることはない。
逆に言うならば。召喚に応じるサーヴァントというのは、英雄自体に望みがあって、現代に縋る何かがあるというのが定型であるはずだ。
「別にねえよ、ンなもん。
まっ!呼ばれた以上、マスター守んのは当然だわな。目の前で主君が討ち取られるとか、末代までの恥だぜ!」
ああ、そういう。
わたしは思った。コイツのこと、多分最後まで理解できねえなと。
▽
おねがい。そうバーサーカーを見れば、血塗れのサーヴァントは穏やかに口角を上げる。
この表情が、割とわたしは嫌いではない。
「おう、任せときな」
わたしは缶の中にバイクからパクったオイルを注ぎ込んだもの────所謂、なんちゃって火炎瓶。それに火を着けて、バーサーカーに手渡そうとして、少し思い留まる。
ふと、思い付いたことがあったからだ。
わたしはバーサーカーに、花火を知っているかと尋ねる。
彼は少し不思議そうな顔をした。知ってはいるようだが、何故ここでそれを聞くのか?と思ったのだろう。
「知識としちゃあるぜ。見たことは無えけどな」
わたしは先程錬成したマナの結晶を、ゲーセンに向かって投げ込んだ。ブン投げる前に、その有り余る命を輝きをストロンチウムに変えて。
ついでに簡単な魔術装置として、燃えたら熱と共に上昇するように命令も書き込む。
「良いのかよ。それ戦功だろ」
わたしは頷く。勝ったんだから、派手にやるべきだ。区切りとして。だって、そう言っていただろう。
そう伝えれば、バーサーカーは「ウヒャハハハハ!良いんじゃねえの!」と愉快そうに笑う。馬鹿笑いする彼に火炎瓶を手渡して、走って逃げようと提案した。
手ごと燃え盛る勢いの火炎瓶を、バーサーカーは先程まで居たゲームセンターに投げ込んだ。
わたしを即座に抱えたバーサーカーが、メチャクチャな速度で離れて行く。激しく揺れてきもい。
「まだかよ。不発じゃねえだろうな」
圧を掛けられる。これで爆発しなかったら、わたしはどうなってしまうのだろう。
そんな会話をした矢先、恐ろしい轟音が響き渡ってゲームセンターが倒壊した。
十数年前の聖杯戦争では、高級ホテルの地盤をブッ飛ばして魔術工房を破壊したテロリスト紛いの魔術使いが居たそうだが、わたしもそこに悪評を連ねてしまうかも知れない。
そして真上に馬鹿みたいに火花の化学反応が起きる。先程、わざわざ戦功を注いでまで作った即興の花火だ。
日が暮れた街に燃え上がる爆炎。倒壊する家屋の灰。惨事に見合わない、陽気なピンク。
赤、橙、桃と次々移り変わる色は、火薬を使わずに魔術で再現したものだからで、イマイチ再現性に欠けるが...花火というものが如何なるものか、バーサーカーに見せるには十分だろう。
わたしはバーサーカーを見る。彼はじっとそれを見つめて、「ほーん」と息を吐く。程良く気に入ったようだ。
「おお、花火ねえ。良いんじゃねえの、あれ。マスターがわざわざ戦功使ってまで、オレに見せてえと思うだけあるな、ありゃ」
感慨深そうにジャッジを下している。
馬鹿笑いする前に、冷静に風流か否か批評しているのが如何にも頭がおかしくておかしい。
爆風と瓦礫はまったく飛んで来ることは無かったものの、土埃は避けようもない。
咳き込めば、立ち止まったバーサーカーが煤けながら大笑いしている。
「ひゃはははは!此処まで派手にやって大丈夫かよ!?景気良いなァ、おい!」
魔術の神秘が隠せればなんでも良いのだ。爆発しようが殺害しようが、問題なし。
誰にも見られてないなら。仮に見られても────証拠を抹消すれば、問題なし。
わたしは運の無い通行人の胸を叩いた。記憶喪失が一人出来上がりである。全くもって問題はない。
ほんとうかな?
「ああ?じゃあよ、これ残しといたらまずいんじゃねえの?」
バーサーカーはわたしと撮ったプリクラを指差す。
「よくわかんないけど、名前とか書くみたい」とノリノリで落書きをしたわたしとバーサーカーは、ご丁寧に“我こそは狂戦士陣営の武蔵守”とネオンペンで名乗りを挙げていた。
まずいかまずくないかで言えば、まずいものである。
教会や神秘云々の前に、他陣営に見られたら一発アウトで、額を狙った銃撃が一生飛んでくることだろう。
しかし、廃棄することは無いと思う。なんとなくだが、捨てたくないのだ。
それを汲み取ったのか否か、バーサーカーは「ま、いいんじゃねえの!」と歯を剥き出して笑った。
そうして、ふと思い付いたように呟く。
「オレがランサーかライダーだったらなァ。百段で来たって書けたのによ」
言うに事欠いて、悔いる点がこんな部分なのである。
嘗て在った聖杯戦争では、手に負えない大事故物件として森長可は語られていたが、わたしにしてみれば別にそうでもない。
むしろ、元が倫理に欠けている魔術師という存在、それらと組むことに向いたサーヴァントであると言える。
生き残ったら、結構話の通じるオススメバーサーカーとして時計塔に資料提出しようかな?と、わたしは未来に想いを馳せた。