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悪木盗泉後代虚録



「いや、流石に堪えたぜ。誰が進んで家族殺してえんだよ」

 目覚めたわたしを迎えたのは、バッキボキだがくっ付いている己の腕と、呆れた顔のバーサーカー。

「殺せないわけじゃないでしょ」

「まあな。殺す時は殺すけどよ」

 寸でのところで魔術の発動を見送ったわたしは、注ぎまくった魔力の暴発を一身に受けていた。
 
 有体に言えば、自爆したのである。魔術の発動を止めて、行き場の無い魔力の反流を喰らったのだから。
 足も背中も複雑骨折。息をするだけで肋の骨がぐっさぐさ。もはや満身創痍であったが、バーサーカーもわたしも死んではいない。

 近くの血は爆発しまくったようだが、幸いにもブッ壊されたのは一部の部屋だけであるらしい。

「...手伝うよ、藤丸さんのこと。世界が無いなら、君消えちゃうし」

 長可くんは「おー」とだけ、ゆるく返事をした。
 分かってるんだか分かってないんだか、イマイチ掴めない気の抜けた返答である。
 “一人が救える世界なら、そんなモノは地獄である”と思わないでも無いが、地獄だろうがなんだろうか、アニムスフィアが世界卵で宇宙をひっくり返そうが、わたしは地獄の中でもそちらの方がマシだ。
 
 藤丸さんに「絶対安静!」と言われ、キリエライトさんに「もうあんなこと、絶対にやめてくださいね!」と叱られた。
 その上、ナイチンゲールに「肉体の負傷も、精神の負傷もありますね。ああ。貴方も酷い精神の負傷が。共に治療をしましょう」と、わたしを運んだ長可くん共々精神異常扱いをされた。最後のは本当に解せなかった。

 森長可は槍で桃を剥く...ような非常識はせず、桃を置いてリンゴを取り出した。

「時期じゃねえ桃は当たったらやべえからな」

 末の弟が桃に当たって死んでるからか。長可は剥き終わったリンゴを、相変わらずヘソを曲げたままのわたしの口に差し込んだ。
 一口齧ったところでフォークが離され、咀嚼が終わるとまた口にリンゴを突っ込まれる。雑なんだか丁寧なんだか分からない。

「家族か...」

「おう。あんたのことは、家族みてえに思ってんだぜ」

「...それは、知り合いに似ているから?」

「あー?ンだよ、気にしてたのかよ?」

 長可くんは質問に質問を返した。
 誰しもが“あの人に似ている”とわたしを判断する。わたしから面影を見て、そこに懐かしさを抱く。だから、わたしは受け入れられていたのでは、と。
 たまたま森長可の家族だった人に似ていたから、わたしは世話を焼かれていたのでは、と。

 しかし、答えは違うらしい。
「ンなワケねえだろうが」と、長可くんは呆れて言った。

「誰に似てようと関係ねえ。
 テメェ自身がオレを身内と想うなら、そりゃオレの方だってそう思うわな。どーよ、家族想いだろ」

 彼は、血など関係ないと言う。わたしがわたしであったから、干渉したのだと言う。
 家族であることに、血は関係ないと。本当に、武士らしくない考えだ。ニュートラルで現代的。
 
 思えば、森長可は非常にわたしの世話を焼いてきた。自分がマスターだった頃と比べ、現マスターの藤丸立香は明らかに干渉が少ない。
 複数を使役する藤丸さんと違い、一騎との契約であったという点はあるものの、それにしたって森長可はいつもわたしに過干渉だった。

 その答えを聞いて尚、わたしの心は晴れない。
 さぞ辛気臭くて、浮かない顔をしている事だろう。今の自分には、それを取り繕う余裕も頭も無い。

「御袋はオヤジが死んだ時、泣いてたな」

 長可くんは、わたしの手を見た。
 古傷だらけの、彼と揃いの手。戦場に立ち、何度も裂傷を負った人間の手である。
 
「アニキが死んだ時も、他の兄弟が死んだ時も、成利が死んだ時も泣いてたな」

 要領を得ない話である。森長可はこれで、頭の回転が恐ろしく速い。
 一見脈絡の無い話題であっても、間がすっぽ抜けてるだけで結論を話していることが多いのだ。
 顔を上げないまま、彼の言葉を待つ。大事な話をしている気がしたからだ。

 静かな部屋に落とされるのは、少しだけバツの悪い声だった。

「オレの時も泣いたんだろうな」

 わたしの見舞いの桃を、自分で剥いて食べ始めた長可くんは、そうぼやくように言った。
 鎮静剤なりなんなりで薬漬けのわたしでは、その真意を推し量ることは出来ない。だが、全く頭のリソースを使わない、いわゆる脳直の感想をぶつけることは出来た。
 
「わたしも泣くんだけど」

 人の手の中の桃をパクって、わたしは口に入れた。皮ごと齧り付いて、渋さを舌に感じる。
 長可くんが「行儀悪ィだろうがよ」とおっかない顔をした。知るかボケ!バーカバーカ!

「長可くんが死んだらつらい」

 視界が歪む。鼻筋が痛い。わたしの目から涙が溢れる。
 思えば、随分とわたしは弱くなってしまった。魔術師の癖にサーヴァントに入れ込んで、一喜一憂して、くだらないことで涙を流す。

 楽しく生きるということは、人間らしい感性を獲得することだ。
 人生が充実するということは、魔術師らしくなくなるということだ。
 わたしはとっくに、魔術師らしくない。ただの魔術使いだったのだ。

「いつも、死んじゃったらどうしよって思ってる。長可くん、ぜんぜん自分のこと大事にしないじゃん」

 長可くんは心底嫌そうに口を開く。珍しい表情である。

「あんだけやっといて、被害者ヅラで泣いてんじゃねえぞ。てめえにブッ殺される所だったっつうの」

 それは正論だね。

「まァ、オレもおまえの腕へし折ったしな。肋も折ったし、足もやったぜ。頭もヒビ入ってるってよ。
 元はと言えば、テメエを追い込んだオレも悪ィわな」

 絶対長可くんは悪くないと思ったのだが、長可くんはわたしを容赦無くボコボコにしたことと、わたしに100%の戦国脳で接していたことを悪く思っていたらしい。
 別にそんなの、わたしが先に殺す気で襲い掛かったのが悪いのだが。知的生命体でありながら、初手肉体言語を取ったわけだし。

 だが、今のわたしは自分の欲望だけで動いていた。
 思うがままに奪ったティーチのように。海の為に侵略を続けたイスカンダルのように。恋の為に全てを壊したランスロットのように。わたしは彼らの衝動的な生き様に憧れていたのだ。
 
 今この場で願いを告げなくては、森長可に届かないだろう。だから、恥も矜持も捨てて、魔術師のわたしでなく告げる。
 ただの、森長可と仲が良い、彼という友人のおかげで運命を変えられた、私として言うのだ。

「君が居ない十数年は、多分、楽しかったけれど...
 どこか、味気なかったよ。なにをしても、何処にいても、何かが足りていなかった」

 私は正直な感想をこぼす。
 “楽しい人生はこういうものだ”とスケジュールを組んだ日程は、充実しているだけで満足するモノではなかった。
 何をしてもこんなものかと感じて、だがこれは“楽しいもの”であると頭で理解をした。

 とめどなく涙は溢れて来る。恐怖、焦燥、苛立ち。たのしさとは真逆の感情だ。
 だけど一番は、悲しみ。わたしの愛する英霊が、また死んでしまうから。それが嫌で、悲しくて、わたしは泣いている。

「おい、泣くんじゃねえよ。いい加減、泣き止まねえと殺すぞ」

「殺してみろよ。いいよ別に!この首、長可くんにあげても!
早く引き換えて来いよ!付くんじゃねえの、1000石くらいの価値はさあ!」

 逆ギレに返される逆ギレである。
 長可くんの手を掴んで、首に当てた。へし折ってみろよと睨み付ける。

「安く見積りすぎだっつうの。3000石くらい強請れや」
 
 だが、彼がそうしないことは分かっている。分かっていてそうした、わたしはずるい。

 自分の知っている森長可は、情が深く、恩によく報いる男だ。
 バーサーカーに殺された父。それを許したわたし。彼の助命をした元主人を、そのような理由で殺すことなど有り得ない。

 主人を想い、お節介を焼くところ。わたしの意思など無視して、勝手に幸せを決め付けるところ。殺すとか言いながら、殺さず済むなら特別贔屓して勘弁するところ。
 頭はおかしい。イカれてるし、暴力しかない。だが、それは“思い遣り”だったし────その確かな英雄気質に、わたしは救われたのだから。
 
「長可くんが座に帰ったら、めちゃくちゃに泣いてやるからな。
君が買って私の部屋に収納した湯呑みは全部叩き割るし、死ぬまで泣いて過ごす。藤丸さんにも、信長さまにも号泣しながら会話するから」

 イカれたメンヘラの言い分を、長可くんは黙って聞くことにしたらしい。
 溢れる涙を拭うことはせず、静かにそれを見ている。

「万が一、誰かが赤飯炊いたら殺す。磔にしてブッ殺す。カルデアに火も放つ。家なんか継がない。人類史も続けない。みんなで仲良く死んでやるよ」

「おいおい、頭おかしいんじゃねえのか」

「長可くんだけには言われたくない」

 尤もな指摘に、子供じみた言葉を返していく。
 尚もキレて無茶苦茶を言い続ける頭のおかしい女に、長可くんは言った。静かで、冷静で、だけど少し困ったような、珍しい言い方だった。

「まー、死ぬ時は死ぬけどよ」

 大きな手が私の頭に乗った。傷だらけの手のひらが、ひどく優しく髪をすく。

「なるべく死なねえように...気合い入れとくわ」

 私は驚いたが、己以上にギャラリーがどよめいていた。盗み聞きとは、良い趣味をしている。
 
 信長さまが「あの鉄砲玉の勝蔵が!?マジで言っておる!?」とバカでかい大声をあげる。
 自分で言うこと聞かせてみろとか言った癖に、酷くないだろうか。
 
 茶々さまが「当然の心掛けだし!もー!長可くんは、己のことを粗末にし過ぎであろうが...産んだ母に、子を想う妾に、奥に、示しが付かぬと思わぬのか?やはり武士は許せぬ。戦も、乱世も...」云々とアヴェンジャーに一歩手前の恩讐を投げ付けたのを、信長さまに諌められて幼女に戻った。
 「でもそれはそれとしてそなたもバカ!」と捨て台詞を吐いた。
 
 沖田さんは「バーサーカーの癖に、まともな感性してるんですが...」と悪口を呟いて、その後ろから景虎さんが「森の悪ガキは元から人間らしいではないですか!」とコメントし辛い感想を言った。

 そのバカでけえ会話に森長可は「ひゃはははは!うるせえな...傷に触ったらブッ殺すぞ」と一番クソでけえ声で叫び返す。

 私はそれがおかしくて、痛みも忘れてケラケラ笑った。
 歯を見せて、眉を吊り上げて、腹の底から笑い転げる。あの森長可が、私なんかの為に“なるべく死なない”と約束したのも面白いが、それを聞いた身内にどよめかれてるのも無理すぎる。
 
 私だってそうだ。
 気に食わなくてムカつくから殴り掛かっただけで、本気で長可くんが妥協するなんて思ってなかった。
 でも、妥協した。私なんかの、異端の魔術師ごときの価値観を、武士が聞いたのだ。
 
 楽しく生きろと言われて、そうしたわたし。身内を悲しませるなと言われて、そうすると言った森長可。
 人の命令なんか聞かない精神汚染者同士だが、家族の“おねがい“を双方無碍にはしなかったのだ。

 こふっ。

 ────あっ。
 私の血を手で拭った森長可は、静かに槍をパーテーションの向こうに投げ付けた。

 それを見た私は、また大笑いする。ベッドに血が飛んで、蘭丸が「此処に白湯があるでありますよ!」とスッ飛んでくる。
 
 大きな手が口を塞いで、私を笑えないようにした。それでも尚、笑う、嗤う。私はもう、楽しくて仕方がない。面白くて、どうしようもない。
 
 仕方ねえなといった顔をした森長可は、諦めたように笑った。
 寂びがあって良い感じの表情で、それもまたちゃんちゃらおかしい。

「────悪木盗泉って言うじゃん」

 唐突な言葉に、長可くんは「ア?」と言ったものの、おとなしく聞いている。
 じっと見れば、首を捻ってインテリらしい見解を述べた。

「渇しても盗泉の水を飲まず、熱しても悪木の陰に息わず、だったか」

「そう」

 こうして振れば必ず返ってくる。此方の知るニッチな古事も、思えば戦国の格言も。
 思ったことが、一言二言で正しく伝わる。そんな英雄、いや、人間であっても魔術師であっても、彼以外には居ないだろう。

「どんなに困ってても、悪い事はしちゃいけなかった。お金で名誉を売っちゃいけなかったし、お寿司が食べたいからって人を殺しちゃいけなかった。
相手に舐められちゃっても、一般人を巻き込んじゃダメだったんだよ」

「んだよ。恨み言か?」

「違う。わたしはそれが出来たから、長可くんと出逢えたんだろうね」

 長可くんは、珍しく押し黙った。
 返答が無いことなど滅多に無い事である。私の言葉は、彼を絶句させるには十分だった。
 だけど、更に追い討ちを掛ける。こんな機会でもなければ、言えない事が沢山あるのだ。君に伝えたい話が、まだまだ沢山あるんだ。
 
「鉄砲池の水を飲み干して、火縄を見付けて蛇神を撃つよ。陽が暑いなら、武蔵が渕をブッ壊して涼んであげる。
 筏の上もいいね。神木を叩き折って、小舟を作って流すのも悪くない」

「バチ当たったらどうすんだよ。オレは当たったぜ、弾」

「脳天に銃弾喰らっても、私なら死なないから。
 どれだけ悪いことをしても、碌でもなくても、死なない。楽しく生きるから、死なない」

 でも。
 ただ生きてるだけじゃ、つまらない。それを教えてしまったのは、長可くんだろう。
 
「だけど。長可くんが居なきゃ、たのしくない。
 君が言うように、わたし無風流なんだ。茶の湯は意味分かんないし、湯呑みも全部同じに見える。
 文学だって、解説されなきゃ理解できない。でも、長可くんが笑ってるから、たのしい事だって思うんだ」

 つまらないは自主的に分かるのに、たのしいは理解できないと告げられたバーサーカーは大変複雑な顔をした。
 
 自分が育ててしまった、無風流の怪物である。
 生真面目なだけのつまらない人間に、半端に娯楽を教えた結果がこれだ。倫理観も、侘び寂びもよくわからないセミリンガルが爆誕した。
 森長可は責任を取るべきだろう、と。私はそれを主張する。

「─────だから。死んでも、死なないで」

 わたしが高潔な善人であれば、森長可と出会えはしなかった。
 その悪辣さが、魔術師らしい禄でもないところが、ただの人間などと言う尺度の“たのしさ”を獲得するための必須条件。
 零点のわたしが私として、満点の人生を歩むために必要な工程だったのだ。

「...んだよ。てめえ、一人でも楽しそうだったじゃねえか」

 今日は長可くんの珍しい態度がよく見れる日である。
 「恨み言?」と聞けば「まー、そうだな」と帰って来る。まさかあの激甘の長可くんに、嫌味を言われる日が来るとは。
 私は心底笑って、こう返した。
 
「たのしいよ、人生。長可くんが居るならね」

「...そーかよ」

 不満気な顔に、そうだと強く返す。
 長可くんは相変わらず呆れた顔だったけれど、仕方ねえなとでも言うように笑って溜息を吐いた。
  
 私はそれを聞いて、胸に満ちる喜びを感じて、これこそが幸福だと強く思う。
 
 私にとっての幸せは、何をするから生じるものなのではない。誰と共に在るか、それが最重要。
 長可くんこそが、わたしの運命だったのだ。
 
 わたしという魔術師だった者は。
 犬で畜生で、人ではなく魔術師として在るだけの物は。
 彼が居たから。彼のエゴがあったから。日々を楽しく、笑って過ごせる。人間らしく、ただの人として、酒ではなく享楽に溺れる。
 そして心からの笑顔で、大変に侘びた人生を。私は心底楽しいと思うまま、生きていけるのだろう。

 わたしの憧れた英雄が。私を作ったヒーローが。
 ─────笑って生きろと、願ってくれたから。