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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

思い詰めたら480m/s



 わたしは織田信長の言葉を何度も反芻しながら、ぼんやりとした数日間を過ごしていた。
 
 “聞かせて見せよ。おぬしの願いを”

 そうは言うが、わたしはそもそも自分の願いが分からなかった。
 向き合う事から逃げていた“それ”は、魔術師として長らく生きていた非人間には難しい問いである。

 その答えを長可くんは知っている筈だが、教えてはくれない。教える気があれば、彼はとっくに結論を告げている。元来そういう親切な人柄だからだ。
 だから、わたしの願いは恐らく、長可くんの主義や考えに反するものなのだろう。

 わたしは考え事をしながら歩いて、頭をぶつける。随分と硬くて、その上で弾力あるものにぶつかった。今の柔らかい鋼鉄みたいなの、なに?
 痛みで顔を上げれば、おっかない表情をした長可くんが突っ立っていた。

「おいおい、前後不覚で歩くんじゃねーよ。危ねえだろ死にてえのかよ」

 どうやら此方が気付く前提で霊体化を解いた長可くんに、わたしは気付かず思い切りぶつかったらしい。
 謝罪すれば「次やったらブチ殺すぜ!相手を!」との返答を頂いた。
 当人を殺せば悪癖は永遠に治らないが、他者を見せしめに殺せば罪悪でビビった当人の悪癖は鳴りを顰める...なるほどね!なるほどではない。
 
 しかし、相手を殺す、か。
 長可くんは、わたしを殺したくないような言い草である。茶々のことすら、必要であれば殺すと言っていた長可くんが。

「わたしが死んだら、嫌?」

 ふと、疑問を投げ掛ける。
 信長さまは、わたしが贔屓されていると言った。それはわたし自身も分かることだ。だが、その尺度。彼にとって、“どれほどの贔屓なのか”。わたしは、それを知らない。

「んだよ、突然。ぶつかったくらいじゃ死なねーだろ」

 先程と発言が高速で矛盾した長可くんは、怪訝な顔をした。だが、「ンー、ま、嫌だわな。どんくらいかってと...」と素直に回答をする。

「あんたが討ち取られたら...やったヤツを追っ掛けて、ぜってーブッ殺す程度には嫌かもな」

 ナチュラルに他殺前提で草。
 それはそれとして、わたしは酷く驚く。彼が愛情深い人なのは知っていたが、死後もそうであるとは。
 弟の仇を召し抱えるような、割切りの早い人物であると知っていたから、死んだら死んだで仕方ねーなと、そう言うのかと勝手に思っていたのだ。

 そう告げれば、長可くんはゲラゲラ笑う。それなりの付き合いのある相手から出た、自分の歪んだ人物像に大ウケらしい。

「うひゃははは!おいおい、今何時代だと思ってんだよ!
 戦国じゃねえんだから、仕方ねーなで済ませる訳ねーだろ!」

 長可くんに言われたくない言葉ナンバーワン、“戦国じゃねえんだから”が出てしまった。
 わたしはかなり腑に落ちなかったが、そういうもんかと納得する。いや、やっぱ納得いかない。


 
 ▽
 人生のターニングポイントというのは、いつだって唐突に訪れるものである。
 なあなあで流されて生きていた毎日が、狂い始めるのはいつだって急なことだ。

 わたしは嘗て、模範的なクソ野郎の魔術師であった。であった。

 過去形である。それは何故か。
 考えが変わったからだ。わたしは非情が常であることを捨てて、面白みのない零点の人間性を捨てたつもりだったけれど────。
 わたしに満点の人生を歩けと言った人が。わたしに、自分本位に楽しく生きろと言った人が。
 “そうではない”と。何故、いままで思い当たらなかったのか。

 叫ぶ声は、わたしを呼ぶ藤丸立香の物である。
 わたしはその声に応えようとして、顔に掛かる鮮血を見た。それはバカでも分かるくらいに夥しい量で、現界に支障が出ると分かるには十分だった。

 ぼんやりしていた。ただのレイシフトだと、慢心していた。
 最近は、座標観測の調子が酷く悪い。だから要請を受けて、何度もレイシフトに同行をしていた。
 そして、“慣れてしまった”のである。関係の無い考え事をするくらいに。
 
 わたしには判断が付かない事を、皆好き勝手に言うから。余計なことばかりを考えてしまっていた。
 どうしたい?どう生きたい?なにが楽しい?分かっていたら、こんな場所には居ない。
 そんな事で悩んで、目先の役割さえ疎かにした。それが今、致命傷となって眼前に現れている。

 庇われたわたしは、大きな鎧を見る。彼の立派な源氏の鎧。それにヒビが入ってるのを見たのは、二回目か。
 そんなことはいい。震える指で、傷を塞ぐ。明らかにリソースが足りない。わたしなんかを庇ったから、長可くんが死んでしまう。出力が足りない。腕を落として、血を流して、魔力を渡さなければ。

 戦線を放棄して治療に当たろうとしたわたしを、長可くんは咎めた。不足を補うために、自分の腕を切り落とそうとしたわたしを強く諌める視線だった。
 大きな手が肩を押して、血が噴き出るのも構わずに周りを見る。

「死んだらどうすんだよ」

 そう言って、引き千切れた腕で槍を投げた。
 エネミーの反応が消失しましたと、アナウンスが入る。
 
 わたしはただ、「そうだね」と。
 色を失った声で、嘗ての自分のような抑揚の無い声で、そう返すのが精一杯であった。 

 ▽
 損壊の激しかった長可くんは、治療室へと送られた。
 
 レイシフトから戻ったわたしは、自室に戻ってぼんやり座っている。自分は無傷だったからだ。
 暫くは長可くんも、此方へは来れないだろう。そう考えながら、天井のシミを数える。
 
 しかし、思った通りに動かないのが森長可というサーヴァントである。

 わたしの目に飛び込んで来たのは、目に見えてズタズタの長可くんだった。
 藤丸さんが引き留めるのも聞かず、彼はズンズンと歩いて来たが、わたしはそれどころではなかった。

 だって、前回のように魔力切れなどではない。
 長可くんの霊核に、退去しない程度の傷が入っている。少しでも当たりが悪ければ、彼は消えて────いや、死んでいただろう。
 わたしの知る森長可は、わたしを知る森長可は、確実に死んでいたと言える。

 わたしは力無く立ち上がって、「どうしたの」と問い掛けた。
 返答など分かっている。こんなことは、カルデアに来てから何度もあった。これは何気ない日常で、当たり前だったはず。
 藤丸さんだって、長可くんの異常行動に慣れている筈だ。ごめんねとでも言いたげに、困った顔をしているのが証拠である筈。

「ン? あー、これな!すぐ塞がっから、戦は問題ねえぜ!
でもまー、暫く安静らしいからよ。そんなら、書とか要るだろ。暇だからな」

 そう明るく笑う森長可は、いつも通りだ。

「見たところ、アンタは怪我ねぇのな。
 テメェ、怪我してんのに血ィ吐きながら立つからよ。何もねーならそんでいいわ!」

 首を傾けて、快活に笑っている。わたしもそれに応えようとするが、頬が動かない。全く笑えないのだ。
 
 おかしいのは、わたし。魔術師らしく、それが仕方ないと言えないわたし。これは嫌だと、気付いてしまった自分。
 楽しく生きるならば、ヘラヘラと笑って「そっかあ」なんて流して、いつもみたいに彼の横に座れば良い。
 砕かれかけた肉体だって、何度もやったように継いで固着してやればいい。そうすれば、きっと全て元通りなのに。

「長可くんはさ」

 わたしは尋ねる。

「死んでもいいやって思ってる?」

「アァ?随分、変な事聞くじゃねえか。思ってるわけねえだろ、んなこと」

 わたしは自分の腕を切り付けて、血を溢す。長可くんはそこで漸く、こちらの異変に気が付いたらしい。
 
 彼は元々かなりのダメージを負っていたから、態度ほどの余裕は無かったのだろう。
 それなのに、此方に気を割いてわざわざ歩いてきた。それが、わたしには分かってしまう。彼の気遣いは分かりづらいし回りくどいけど、二度も見落とすなんて有り得ない。
 
 流れる赤色が、本を汚す。
 長可くんが出掛ける前に置いた湯呑みを伝って、机に血の円を描く。
 
 マグカップに溜まった血液を、思い切り長可くんにブチ撒ける。呪文を唱えて損傷を繋げてから、わたしはヘラヘラ笑った。
 もう取り繕う事はできない。わたしは不器用な人間だ。内心を隠して接することなど、出来はしない。

「...じゃあ気を付けろよ。死なれたら、迷惑だろ」

 低い声は、自分の声ではないように重い。
 思い返せばいつもそうだ。森長可というサーヴァントは、いつだって迷いなくその身体を盾にする。
 躊躇うことなく最前線に躍り出て、己の身を顧みずに主人を守るのだ。────それを迷惑だと、わたしが思っても。

「おまえが、家族や主人が死ぬのが嫌ならさあ」

 森長可の頭を引っ掴んだわたしは、血だらけの頭に、思い切りヘッドバットを喰らわせる。
 魔力を乗せて、嘗て用意したマナの結晶も砕いて、一切合切の手加減をしない霊核を砕くつもりの一発だ。

「ちょ...!」

 藤丸立香の動揺した声が伝わる。
 わたしの額が切れて、血が噴出したからだった。傍目に見れば、わたしの方が自爆ダメージが大きく見える。
 あっちも思っていたよりかはダメージを負ったらしく、よろめいて尻餅をついた。

「遺される側になりたくないならさあ...」
 
 しかし、頭をブッ飛ばしても流石にタフなもので、わたしの血と返り血と自身の血でめちゃくちゃな顔をした森長可は此方を鋭く睨む。

「テメェ... なにしてんだ。クッソ痛ェじゃねえか、おい。やって良い事と悪い事があんだろうがよ!」

 そのまま臆せず、わたしの頭蓋を掴み返した。
 ギリギリと絞られているが、潰す程ではない。だが、森長可が、森長可という忠義の武将が、情で腕を鈍らした訳ではない。そんな筈がない。
 わたしは予め、頭から上のみにだけ一点強化で魔術装甲を貼っていた。バキバキと砕け散るような破壊音は、頭蓋の代わりに幻想が壊れていく為である。

「わたしだって、」

 言葉が溢れる。声が震えるのは、怯えや痛みからではなく、激情。
 狂ったようで案外そうでもない、琥珀の瞳に怒りに燃えた自分が映る。わたしの方が、余程気の触れた顔をしていた。

 
「わたしだってそうだと思わないのか」
 
 

 ▽
 ──────脳裏に過ぎるのは、愛くるしい可憐な声だ。
 
 “分かっていても、中々割り切れないものなのですよ”

 森長可は、わたしに楽しく生きろと言った。死ぬなと言った。
 だけど、わたしが長可くんの居ない世界を満喫するのは、寂しく思うような態度を取った。
 その二つは、決して両立しないと思っていた。だって片方を守れば、片方は破綻する。
 ...だが、本当にそうだろうか?

 “別に矛盾しててもいいだろ”

 ───────呆れたような声を思い出す。
 彼は、そうしたいならそうするべきだと言った。愛する家族が何を思おうと、自分の意志を優先しろと。
 ずっとずっと姉と遊んでいたかったと、彼は言った。わたしもそうだ。長可くんと、いつまでも楽しく遊んでいたい。

 ”聞かせて見せよ。おぬしの願いを“

 ───────尾張のうつけは、無理難題を言った。
 自分だって時鳥を撃つタイプの癖に。もっと話が通じない奴に、願いを伝えてみせろと。
 わたしは困惑した。わたしには、先を見据えた願いが無い。わからない。
 楽しく生きるというのは、“その場限りの瞬間的な目的”だ。...ならば、そうではない願いというのは、なんだろうか。

 “じゃあな、マスター。楽しく生きろよ”

 ──────わたしが何かを決める時。いつだって思い出す情景がある。
 誰よりも侘びた笑顔の青年が、ずっと変わらない姿で記憶に在るのだ。季節がどれほど巡っても。新しい遊びを知っても。面白いものを見つけても。
 彼ならばなんと言うかと、想う人が居るのだ。

 でも。だけど。わたしは、ずっと思っていた。
 夕焼けを背に、血に塗れた青年が。誰よりも焦がれた英雄が。”左様なら“を、告げるのだ。
 自分の居ない世界でも、わたしだけは楽しく生きろと。そんな、酷いお願いをするのだ。
 
 一度目は、願いを知らなかった。
 祈りも、楽しさも、望むことも、彼が教えた。
 二度目は、今。

 “だって、あなた。一人じゃ、全然ダメじゃない”
 
 わたしの、ともだちは。
 有り得なかった筈のもう一度を、このカルデアで見せてくれた。間抜けのわたしが答えを出す為の舞台を、結果的に与えてくれた。

 
 わたしは、自分がどうしたいのか。
 ─────やっと、分かった気がするのだ。
 

 ▽
 砕けた魔術礼装が閃光を放つ。森長可が目を見開いた。
 わたしはその隙を逃さない。もう一発、額に向けて掌底を放つ。右手の繊維が引き千切れて、拳から骨が飛び出した。
 構わずにボコボコに殴っていれば、折れた方の腕を掴まれる。そのまま逆に曲げられ、力任せに肩を外された。関節を入れ直す間も無く、壁に投げ飛ばされる。
 腕をむしり取らなかったのは、彼がわたしの魔術を知っているからだろう。

「殿様」

 森長可は自身のマスターの方に向いた。
 立ち上がるわたしを見ながら、愉快そうに笑う。床に滴る血は、魔力を帯びて輝いていた。

「悪ィんだけどよ、止血出来るヤツ呼んでやってくれや。死なねえ程度にブチのめすからよ」

 慌てた顔で藤丸立香は廊下を走って行く。
 普段ならばサーヴァントの一騎や二騎歩いている筈なのに、今日に限って居ない。それは人為的な物だろうと長可は直感する。
 
 元マスターは、非常に優秀な魔術師だったのだろう。いつだって受け身だったから、それが露呈しなかっただけ。
 流れる血は霧のように道を覆い、奥まで見渡せる筈の廊下は全く先が見えなくなっていた。
 殴り合いをする為に、彼女が用意した場なのだ、これは。

「頭カチ割って、血ィ抜いて冷静にしてやるよ。覚悟しろやオラァ!」

 ヒャハハハハ!とバーサーカーの高笑いが響き渡る。
 血の霧の中に、正気の無い黄色がギラついた。医療系サーヴァントを呼び付けるように言ったクセに、森長可は霊基を換装する。
 それは普段わたしと居る際の着流しでなく、その上に鎧を着込む彼の殿様お気に入りの姿でも無い。
 彼は気合い入れてブッ殺す為の、禍々しい鎧兜を纏っていた。

「テメェの首は、百点っつーことでいいよなァ!?」

 ブチのめす程度という言葉に矛盾が生じた。
 わたしと部屋で話す森長可は比較的落ち着いており、精神汚染の影響をそこまで受けて居なかったのだが、思えば戦場ではいつもこうだった気がする。
 
 スイッチのようなものだろう。汚染された兜が、彼の一張羅が、血に塗れた姿が、頭の壊れた鎧武者をもっともっと壊れた存在へと昇華させるのだ。

「へえ。点数高いじゃん」

 嘗てわたしたちが殺した民間人より、ブッ殺した敵陣営のマスターより、わたしの点数はずっと高い。
 それこそ、サーヴァントと同点であった。

 わたしの感想に、森長可は至って冷静な声色で返す。当然と言いたげな口調だった。

「当たり前だっつーの。てめえ、やんねえだけでクッソ首獲れるヤツじゃねえかよ。殿様の手前、大人しくしてたってか?」

「必要無いから手柄を上げなかっただけ。わたしの有能性を示したところで、そんなの使う機会ないし」

「あァ?仕えといて、全力でやんねえとか舐めてんな。つか、じゃあテメエなんで此処に居んだよ。
此処に居んのは、世界を救いてえヤツだけだって聞いたぜ?」

「それがそもそも違うって言ってるんだ。わたしは世界なんかどうでもいい。
 でも、君とも違う。カルデアも、藤丸さんも、どうなったって構わない。それは目的じゃないから」

「ほーん。つまり、不忠っつうことでいいか?」

「いいよ、それで。君がわたしをそう思うなら、さ!」

 わたしは手首を切り裂いて、血を流す。滴った鮮血がアトランダムに散って、規則性も正しさもない模様を描いた。
 それを爪先で擦って、呪文を唱える。わたしが壁に放った爆撃を、森長可は腕で受け止めた。そちらの方角に藤丸立香が走って行ったのを知っていたからだ。

「なにが武士の本懐だよ。盾になって満足か?忠義果たしてやり切った感出すのか?」

 続け様に何発も撃ち込む。指から流れる一粒一粒が、閃光を放って爆発して行った。
 黙って誹りを受ける森長可は、酷く冷めた目でわたしを見た。わたしもまた、凍えた声で指摘をする。

「おまえの願いは、主君守って誉高く死ぬことだよな」

 そうではないかと思っていた。
 願いなどないと、彼はそういう風に振る舞う。だがわたしには...きっと、信長にも。森長可の願いが理解出来てしまった。
 
 否定してくれと、違うと言ってくれとわたしは思う。
 だけど、そう答える人ならば、そういう選択をする不忠者だったならば。
 
 ────わたしは彼なんか、好きではない。

 森長可は壊れたように嗤う。
 嗤い声は半壊した部屋を震わせて、わたしの頭も壊れそうな程だった。だけど、全く心は動かなかった。だって、わかっていたからだ。
 
「当然のこと言うんじゃねえよ!それが武士の生き方だからなァ!」

 そうでなければ良かったのに。そうだったから、わたしは此処に居る。

「まァ、そうさな。生まれちまった以上、殿様庇って死ぬのが一番高得点の死に方って決まってんだわ。
 その点、アンタやアンタじゃねえマスターは、良い死に方させてくれたぜ。オレは生前、大殿に先死なれてるからよ!」

 そうだ。コイツはいつだって、そんな風なことを言っていた。

 絶望的な言葉だった。以前のわたしであれば、「そっか」とただ一言呟いて、諦めたのだろう。
 魔術師らしい魔術師のわたしは、寧ろ森長可の奉仕を都合が良いと肯定しただろう。だけど、違うのだ。
 もう、わたしはそのような、“楽しくない選択”など、要らなかった。

「なにが忠義だよ」

「あァ?」

 わたしは大きく息を吸って、吠えるように叩きつける。

「忠臣だっつうなら、現代人の心も汲み取れ!この戦国脳の精神異常者が!頭おかしいんだよテメー!」
 
 兜を力任せに引き剥がし、ブッ飛ばしたわたしは、そのまま胸辺りを蹴飛ばして叫んだ。

「百歩譲って、藤丸庇って死ぬなら分かってやるよ!だけどさ、わたしは違うだろうが!」

 森長可は、指摘された点に反論をしない。それが矛盾であると、本人も分かっていてそうしたからだろう。
 わたしはそれが何よりムカついて、許せなくて、だけどそんな所が好きで仕方が無かったから、余計に腹が立って叫んだ。
 
「死ぬなら藤丸が死んでから死ね!死んだら自害して死ね!いややっぱなし、首持って逃げろ!
弟に出来て、おまえに出来ないわけがないだろ!おにいちゃんなんだから!」

「おいおい、めちゃくちゃ言うじゃねえか」

「言うよ!わたしは侘びんの辞めて、寂びてんだよ!君が居たから、こうなったんだ!」

 信勝は言った。
 自分の願いと、やるべきことと、正しいことは違う。わたしはそれを、金言だと思った。

 森長可の答えは正しい。ひとつの狂いもなく、矛盾もなく、只々美しい。誠実で、最も優れた選択だろう。
 だが、わたしはそれが嫌なのだ。嫌だから嫌。理由も意味も正しさも無く、“自分が楽しくなくなるから嫌”なのだ。
 
「切らなかった令呪、三つ使って命令してやるよ」

 わたしはリストでは無く、アームカット────腕を切り落とした。手の甲には、嘗て令呪が刻まれていた赤い痣がある。
 血の赤の下に在っても、それは薄く何より赤く存在を示している。

「わたしが死んだら、わたしの首持って、撤退して墓守すんだよおまえは!わたしの命令で!」

 蘭丸は言った。
 遺す側も、きっと寂しいのだと。
 わたしはそれに“遺される側の方が、寂しいに決まってんだろうが”と、たったいま結論を出した。

 もはや目的も理由も失っている。狂人に支離滅裂な言動をぶつけられたバーサーカーは、彼にしては珍しく唖然と口を開けた。
 頭の回転が早く、判断も恐ろしく早い森長可にしては、非常に珍しいことである。
 
「わたしが死んだら武士やめろ!医者にでもなれ!散々人殺してんだから、医者くらいなれるだろ!おまえ頭良いんだから、そうしろよ!」

 わたしの右腕がロケットパンチの如く射出される。礼装で補強された拳が、真っ直ぐにブッ飛んで行く。
 筋力に任せた殴打などとは比べるべくもない。直系の魔術師が、人生でただ一発────文字通り、ただの一度しか使えない使い捨ての大魔術である。
 
 霧のように撒いた血はガスのように巡った。それには有りったけの魔力を通しており、爆弾とした腕を引き金にして、この土地の龍脈をも巻き込んで誘爆するだろう。
 溜まったガス溜まりに火を投げ込めば、どうなるかなんてすぐに分かることだ。
 
「くたばれーッ!」

 ふと、冷静にわたしは思った。
 くたばったらダメじゃね?