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「#幼馴染」のBL小説を読む
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流れる血潮は歴史の螺旋



「あ!探したでありますよ!」

 わたしに走り寄ってくるのは、長可くんの中で弟ということになっている赤の他人の謎の蘭丸Xくんだ。蘭丸ちゃんも長可くんを兄のように思っているらしいので、問題は無い...そう。そうかな?
 
 とててと愛らしく走って来て、にぱっ!とギザギザの歯を見せた。他人であるのに、強いDNAを感じる。
 艶やかな髪に、もちもちの肌。輝く瞳は超ラブリー。思わずわたしは微笑む。蘭丸が可愛すぎたのである。

「唐突に失礼するであります。ひとつ、質問しても良いですか?」

「勿論。答えられることなら」

「良かった!...では!
 何百年くらいなら、銀河彷徨っても大丈夫でありますか?」

 おっと、随分ブッ飛んだ質問来たな。
 
「うーん、人間五百年くらいかな」

 わたしは内心ツッコミを入れたものの、そう正直に返した。
 四百年くらい経つ頃には、既にわたしという精神性は磨耗して只の妄執で生きる老害になっているかもしれない。
 だが、わたしが生きて銀河を彷徨うという条件は満たせるだろう。

「その頃には、魂ごと劣化してるかもだけど...多分、五百年なら頑張れる」

「サラっとわしの十倍生きようとせんでくれる?」

 呆れ顔で歩いて来たのは信長さまである。
 さらっと蘭丸の隣に歩いて来て、自然な流れで愛で始めた。

「魔術師っちゅうのは無茶苦茶じゃの。五百年て。
わしら一般ピーポーが必死こいて五十年生きとる間に、そんな寿命短いみたいな言い草で五百年とか、是非も無いっちゅうか...」

「現代人は長生きですから」

「生きすぎじゃろ...」

 途中で魂を昇華して上手く人間を辞められれば、千年でも生きられるだろうが。
 それは専門外の話であるから、現実的な路線で五百年なのである。肉体が劣化する度に魂と刻印を他者に移し替えて、魂が摩耗して無くなるまで繰り返せば行ける筈。

 いや、そんなことはいい。今必要なのは手段の話でなく、そこまで生きてどうするかという純粋な疑問だった。

「それよりも、なんで? わたしが長生きすると、なにか都合が良い?」

「ああ、そうであります!実はですね。この銀河には、長可星というのがありまして...」
 
 長可星!?
 わたしは聞き返したくて堪らなくなったが、蘭丸の表情を見て口を閉じた。蘭丸が、思いの外真剣な瞳をしていたからだ。

「もしも、もしもですよ。主様との契約が満了して、そこで蘭丸に自害を命じられなかったら。
 ──────生きて欲しいと、願われたら」

 藤丸さんであれば、そう言うだろう。
 何かの事故で主人を失った蘭丸星人の末路は悲惨なものだと蘭丸は言うが、藤丸立香はそれを望まない。きっと蘭丸は、本人が言うような結末にはならないと、わたしは藤丸立香を見ていてそう思う。

「蘭丸は主様の思い出を持って、故郷を目指して帰るであります。その時に貴方も生きておられたら、その、共に帰省したいと思いまして...」

 蘭丸ちゃんはもじもじと指先を擦り合わせた。蘭丸くんは小さいので自然と上目遣いになるのだが、愛しきかなその瞳という感じであった。

「現在のランマニウム貯蔵量では、蘭丸ブレードをどうブッ飛ばしても十数年掛かりますから、お望みであればでありますが...」
 
 わたしには宇宙旅行に誘われたこともバカでかい衝撃だったが、それ以上に長可星というワードが頭を強く揺さぶっている。長可星!?長可星ってなんだ!?

「話の腰を折って悪いんだけどもね。長可星って、なに?」

「長可星はですね、森長可という戦闘民族が繁栄しているのであります!」

「長可くんがいっぱい居るってこと?」

「長可様ではなく、森長可たちであれば沢山居ますよ!蘭丸たちと同じで、そういう種族でありますから!」
 
 い、行きてえ...!
 わたしは率直にそう思ったが、話の腰を折ってはいけないと黙り込む。
 
 それを見た織田信長は「こやつ、信勝みたいな愛で方しててこういうとこちょっとキショいんじゃよね...」と思ったが、自分にそのキショさは向いていないので黙った。
 狂人と付き合えるのは同じような狂人だけなのである。
 
 信長は彼女を見ていると、乳兄弟である勝三郎────池田恒興が脳裏に過ぎる瞬間があったが、あれもまあまあウェットな性格をしていたと思い返す。
 信長がテキトーで大丈夫な気持ちで頼んだ仕事を、有り得ない熱量でこなして来るのである。
 例えば、ちょっとコイツしめてきてくれる?と頼んだら、地の果てまで単身で追い掛けて、領地の外に飛び出して行くような。熱心すぎてこえーよ。

 そんな信長の内心など知らない彼女の頭の中は、沢山の森長可で埋まっていたのだが。

「貴方は、長可星の義父星である恒興星の池田恒興に似ておられます。きっと宇宙の空気が馴染む筈でありますよ!」

「確かにのう。大御ちのが似とる気はせんでもないが」

「生真面目そうな眼差しと、ユニバースのように底無しで深い瞳がそっくりであります!」

 要するに、執念深そうで死んだ目であると。
 わたしは度々誰かに似ていると評されるので、正直なところまたかという気持ちではあった。しかし勇猛と称された英雄と似ているというのは、誇らしいことだとも思う。

「元助とかじゃなくて?」

 複雑な内心をとりあえず横に置いて、率直な疑念を投げ掛ける。
 元助は恒興の嫡男だ。長可くんと同世代で、父と同じく生真面目そうな感じの記録が残っている。

「元助には似てないでありますね。元助はもっと、思い詰めて敵討ちに人生投げ打ちそうな雰囲気であります!」

 確かにわたしは敵討ちに人生投げ打たないが!
 似てる似てないの基準が復讐者としてのスタンス基準であった。そういえば、蘭丸Xは始祖である蘭丸Xの憎しみを種族全体で受け継ぎ、恩讐の根源であるアケチを代を重ねても尚ブッ殺そうとしている生き物だったとわたしは思い出す。
 そういうとこ、ちゃんとアヴェンジャーなのであった。

「そういえば茶々も一氏くんに似てるしとか言うとったのう。結局、どれが当たりなんじゃ?」

「あー...全部でしょうか?」

「ほう。似ておるとは思っておったが、やはりか」

 それだけで、信長さまは何処の家系か思い当たったらしい。
 わたしのルーツは、めちゃくちゃ戻ると源氏系士族にある...かもしれない。かも、である。まあ大抵の人類は、先祖に戻れば何処かに源氏が居ると言えばそうなのだが。
 魔術師の家系は、魔術師として成ってから一代と数えるから、元々の家系を記録に残さない。
 
 信長さまのお父上の側室の池田の娘が滝川から婿養子貰って再婚し産んだ娘が森家に嫁いだものの長可くんの戦死で再婚し嫁いだ先から分岐し、そこから完全に独立した魔術家系なのだ。
 昔は召喚術を得意とし、蛸の魔獣を使役していたとされている。
 
 地上で可成を召喚しようとしていたのも、こういう理由があってだった。元々家系的な繋がりがあったかもしれないから、狙って呼び易いだろうという憶測があったのである。
 わたしはそれを、ギュッと縮めて説明した。
 
「信長さまの乳兄弟の娘の再結婚先の子孫かもなんですよ」

「おぬしが勝三郎の子孫っぽいのはわかっとったが...思ったよりめちゃくちゃじゃのう!」

 うはははは!と信長さまは大ウケした。
 そうしてひとしきり笑うと、スンと表情を戻して問いかける。

「つかそれ勝蔵知っとるの?」

「いえ?話した記憶ないです」


 ▽
「長可星って所に、長可くんじゃない森長可さんがいっぱい居るんだって。行ってみたいよねーって話してた」

 信長さまが立ち去って数刻。
 入れ替わりにやって来たのは、ココアを手にした森長可であった。わたしに一本手渡して、自身も缶ココアを持っている。
「成利も飲むか?」と聞いたものの、蘭丸は「いえ!お気遣いなく!」と回答したからであった。

 わたしの後ろで、自動販売機が黒い煙を吐き出している。
 さきほど長可くんが「おい、出てこねェぞ。これ壊れてんじゃねえのか。んじゃ、ブチ壊すか!」と高速でキックして破壊したからである。
 わたしは“お金入れてなくない?”と思ったが、既に破壊した後だったので閉口した。
 
「ほーん」

 プルタブに指を掛けて、カシュッと小気味よく缶ジュースを開けた長可くんは、イマイチ内心の読めない声でそう言う。

「行ってどうすんだ?」

 行ってどうする。それは、考えていなかった。
 わたしは目の前の興味と好奇心だけで物事を決定していたことを自省する。その上で、結論を述べた。

「...一人くらい、持ち帰っても?」

「良いと思うであります!森長可も、蘭丸と一緒で主人を探しているでありますからね!
 貴方様であれば、立派な森長可を従えられる筈であります!」

 立派な森長可を従えるってなんだ?
 わたしは疑念に頭を抱えそうになったものの、とりあえず森長可を持ち帰って良い許可は貰った。老後の楽しみとして、今からスケジュールに記載しておこうと意気込む。
 例え魂が擦り切れて執念だけの亡者と化しても、森長可を一体持ち帰るという目的だけは魔術刻印とかによく刻んでおこう。

 そう内心決定していれば、思ってもいないところから非難の声が上がった。

「ウヒャハハハハ!したら殺す!」

 わたしは珍しい軽口だなと長可くんを見たが、思いの外据わった目がこちらを見下ろしている。

「えっ!?なんでえ!?」

 その瞳は、本気だと見て取れた。驚いて声を上げる。
 森長可は此方に対して過干渉の部分はあれど、楽しみを増やす為の決断を咎めることなど無かった。それが、明確に否定をしている。
 わたしは何故そう言われたかがサッパリ分からず、素直に長可くんへと質問をした。マジでどうして?

「あァ?そりゃ...」

 長可くんは何かを言い掛けて、口を噤む。
 それ自体が珍しい事である。彼は、あまり言葉を慎まない。...いやこの言い方は語弊があるが!
 大変に頭の回転が良いので、絶対に言ってはいけない事はそもそも口走らないのである。だから口を噤む必要がないし、言うか言わないかだけになるのだった。

 それこそ、わたしが見たのは─────負けて消える瞬間の、問い掛けの時だけ。
 それ程に重要なことを、彼は今言おうとしていたのか。

「あー、筋が通ってねえな。
 忘れろ!それはそれとして、したら殺すけどな!」

 長可くんは空になった缶を握り潰して、ペシャンコにした。わたしからも缶を取り上げて、同じように潰して平らにする。
 
 そうして背を向けて、大股で去って行った。
 取り残されたわたしは蘭丸くんと目を見合わせて、わたしだけが首を傾げた。蘭丸ちゃんは、少し切なそうにコチラを見ている風に感じる。

「遺していくコトも...きっと、寂しいであります。分かっていても、中々割り切れないものなのですよ」
 
 わたしは当然ながら、“遺して逝く”側に回った事は無い。
 だけど、肩を落として微笑む蘭丸の様子から、それもそれで酷く哀しいことであると判断は出来る。
 今生の別れというのは、何も遺される側だけの話ではない。それは、当然だ。当たり前だ。明白な事だ。
 ─────だけれど、そこでこうも思ってしまう。
 
 長可くんが居なくなっても、わたしの五百年は続く。
 魔術師として、探究者として、願いを受けた者として、生きられる限りは死なずに人生を楽しむ努力をする。
 だが、そこに長可くんは居ない。わたしの気が遠くなる余生に、長可くんは居ないのだ。
 
 それは必ず訪れる結末で、既に一度迎えたエンディングで、本来なら今がおかしな状態に過ぎない。わたしは、早く慣れなくてはいけないのだ。
 長可くんが居ない、色褪せた日常に。

 

 ▽
 藤丸立香が食堂に立ち寄ると、明らかに人が捌けた一角があった。
 そこにはセンパイと森君が陣取っていて、バカでかいパンケーキを丁寧に切り分けている。
 遠目で見ればいつも通りの仲良過ぎる元主従であるのだが、今日の様子は何処かおかしい。

 どうしたことかと首を傾げる藤丸立香を、彼女は手招きした。

「長可くんってさ、すごく理想が高いじゃん」

 なんの話かな?

 藤丸は話がブッ飛びすぎて動揺した。
 一つも話が見えないし、なんのコメントも出来ない。なに?なんなの?どういう事?と続けて聞けば、森君は呆れた様子で解説をする。呆れを向けている相手は藤丸ではなく、彼女にだった。

「コイツがよ。使い魔取るっつうんだよ」
 
「それで今のうちに要項纏めてたら、横からダメ出しをされて。逆に、どういう相手なら良いの?って聞いてたんだけどね」

「オレらで討論しても、話進むワケねーよな!」

 そんなの、森君がいいじゃんと藤丸は思ったが、森君は笑うばかりで言及をしない。
 
 なんとなくだが、“ああは言ったが、そうはならない”のだと、彼は思っているように感じた。
 万が一があれば、自分は下げ渡せと。億に一でもあれば、彼女の元にと。そうは言ったものの、自分が最後まで残っているとは思っていないような。
 だから口にしないのだと、藤丸はそんな矛盾を感じたのである。

「わたしの好みで言えば...」

 彼女が目で追うのは、ティーチに、イスカンダルに、ランスロット。

 もしかして、デカいを通り越した大男が好き!?
 藤丸立香は彼女と、こちらの視線に気付いて会釈するランスロットを交互に見る。

「いえね。欲望の為に全てを費やすのは、どんな気持ちだろうと思ってね」

 めちゃくちゃな観点から見ていた。
 そしてパンケーキを食べ終えて、立ち上がる。「この話、保留で」と呟いて、食器を持って何処かへ行ってしまった。
 残された藤丸は、当事者の居なくなった議論を再開させる。お節介半分、興味半分の気持ちだった。

「森君的には、どうなの?」

「あ?別にダメじゃねえけど」

 それは意外な返答だった。
 森長可は、明らかに彼女を特別視していたし、彼女の方も彼を大切に思っているのは明白。
 だが、そこに独占欲は絡まず、特別になりたいという感情すらも特に無いらしい。

「返り忠はクソだけどよ。普通に生きてくなら、ああいう男のが良いんじゃねえの。優男だが、一途なところは悪かねえ。
まっ、サーヴァントの時点で無えけどな」

「ジャンヌオルタは?先輩と仲良いよね」

「良いんじゃねえの。甘ェじゃねえか、アイツに。婚姻するなら、奥を大事にするヤツが良いに決まってっからよ」

「森君はダメなの?」

 藤丸は結局、その質問を投げ掛ける。
 問い掛けられた森君は、「あァ?」と不満気な声を上げて、口の端を吊り下げた。
 そして「言うまでもねェよ、殿様」とぼやく。

「駄目に決まってんだろ。碌でもねえ英霊の中でも、頭抜けて碌でもねえじゃねえか。
オレんとこに嫁いだ所で、普通の暮らしは望めねえ。オレは何処でどう招ばれようが、森家の武士らしく生きっからよ」

「森家の武士らしくっていうのは?」

「そりゃ、忠臣として生きることだろ。主君に仕えて、望まれるままに槍を振るうぜ?
 そんで、余力がありゃ家の繁栄を目指すんだわな。優先順位としちゃ二番目だけどな!」

「主君が望めば、戦もしないってこと?」

「ん? まー、そうかもな。言われりゃ、やんねーな。あァ、けどよ。そんで殿がブッ殺されそうならそうはしねえよ。
主君の為にならねーなら、命令とか知ったこっちゃねえだろ!なあ!」

 それが先日の、彼女の意志を無視した申し出に繋がるのだろう。
 森君が思う、彼女の幸福。それは藤丸から見ても、的外れに思う。だって、彼女は誰がどう見ても────。

「ンなこた分かってんだぜ、殿様!
 でもよ。アイツ、変な所ズレてっからよ!
 このまま気付かねーなら、それが一番良いんじゃねーの」

 藤丸立香は閉口する。彼女と長い付き合いのある彼は、とっくの前から知っていた。
 分かった上で、黙っているのだ。森君は賢いから、どうするのが一番“善い”かを、よく分かっている。


 

「うはははは!勝蔵を誑かしおって!この、このお!」

 うつけパンチが背中飛んできた。
 わたしは少し目線が下の、信長さまを見遣る。腰を曲げて高さを揃えれば、うつけパンチは額に飛んできた。

 長可くんと別れ、わたしは自室に向かっていたのだが...その道中、織田信長に絡まれていた。肩に腕を置かれ、拳で背中を小突かれる。普通にちょっと痛い。

 何事かと信長さまを見るが、魔王は説明をしない。
 一方的に喋り倒して、その間にも小パンチをわたしに食らわせ続けている。AAA。メルブラだったら既にラピッドビートが出ている回数の小パンを食らった。

「勝蔵ってば、超一途じゃし、遊びで手え出さんし、家族思いじゃし...
 わしらの世代、けっこー唐瘡でやられとるからのう。自衛と言えばそらそうなんじゃが...」

 わたしは長らく森長可を見てきた。
 梅毒が流行っていようが流行っていまいが、長可くんは妻一人を通し、女遊びをしなかっただろうと思う。
 戦国時代の人間を、現代の価値観で測るのはナンセンスだが...それは明確な美点で、長可くんの素敵なところだ。
 わたしは信長さまの言葉に頷き、賛同の意を見せる。

「あと、大事にしとるからこそフツーに手放すっていうか...なんちゅーか、めっちゃ愛いって言えばいい?
 そういうとこ、いじらしくて超絶プリチーなんじゃよね」

 確かに、それも美点だろう。
 自らの死に際に、独占欲を見せる事がない。性根の気持ちよさも、長可くんの良いところだ。
 ぜったいに渡したくないからと茶器持って爆発したり、妻諸共自死を選んだりはしない。それはそれとして、みんなで火をかけて死んでくださいとか言うが。

「じゃろじゃろ!?懐の深さも、勝蔵の良いトコじゃよね!
 こういう時...細川の倅じゃったら、見ただけで殺しとるからのう!」

 細川忠興やばすぎるだろ。
 彼は妻と会話したら撫で斬り、妻を見ても撫で斬りとサイコエピソードが何かと有名な人物であるが、近年では行動の過激さには何か事情があったのかも?と囁かれている。
 ...のだが、この信長さまの世界線だと普通に妻見たら殺害するタイプの方らしい。こわい。

「勝蔵を弄んだら、わしが三段構えて...バキュン!するけどネ!」

 なるほど、信長さまにわたしがブッ殺される。

「ま!そなたを処断したら、わしが勝蔵にブッ殺されそうじゃが」

「そ、そんなことになったら...追って腹切ってしまいますよ」

「そうじゃろうなあ。そういうことじゃから、ゆめゆめ忘れるでないぞ」

 信長さまは、わたしの額をデコピンした。
 小さく星が散って、軽く振盪した先に燃える瞳が見える。此方を試すような視線に、正直な言葉を絞り出す。

「────でも、信長さま」

 努めて淡々と、事実を述べる。

「長可くんは、一度決めたら曲げないですよ」

 これは、ずっと思っていたことだ。
 わたしの声は、長可くんには届かない。いや、言い換えよう。誰の声も────森長可の決意を変える事は、出来ない。
 誰かが舵を取れるような人ならば、あんな刹那的な生き方をしているわけがない。
 
 信長さまは少し驚いた顔をして、「ふうむ」と首を捻った。

「なんじゃおぬし。知らん顔して、案外分かっとるじゃん」

 わたしは森長可の事が分からない。
 明確に隠し事をされているのは分かるけれど、それがどんな意図であるか。どういうものであるかは分からない。
 それに、長可くんがそうすると選択したのならば、それを曲げないことも分かっていた。だから討論するだけ無駄なのだと、先刻結論が出たばかりだ。
 
 今の会話で、信長さまは大体の事情を把握したらしい。
 全容を理解し、それを嗤った魔王は、可笑しそうに口角を上げてシンプルな結論を述べた。
 
「お主、やってみるがよい」

 は。
 返事とも了承とも付かない、溢れただけの声。織田信長は燃える炎の瞳で、悪名高い尾張のうつけの顔で、無邪気に言う。

「簡単なことであろう。勝蔵が話を聞かんのなら、貴様が知恵を使え。
なあに、あやつは分別がある。腕を切られたとて、死ぬまで嬲りはせん。女子供の価値を、よう分かっておるからな」

 ははははは。織田信長は壊れたような嗤い声を上げて、わたしを見た。何処までも赤い瞳は、凍えている。

「なあ、思わんか」

「な、にを...ですか...」

 信長さまは、わたしの顎を掬った。
 長可くんに怒られて以降、一度も触れなかった指先を、迷わず頬に這わせた。そして、わたしを誑かすように、囁くように言う。

「あやつはあれだけお主に入れ込んでおきながら────お主に、叶わぬ期待をさせておきながら。お主と添い遂げる事など無いであろう。
 それどころか、真の望みに気付かぬままであれば良いと思ってすらおる」

「それは...そうでしょう。彼は、死者が生者に関わるべきで無いと、そう考えていますから」

「ハハハハハ!そのような事を言ったとて、既に矛盾しておるではないか!
己が与えた享楽を!教えた欲望を!その果てに、気付かぬ方が良いなどと...そのような事、都合が良過ぎる。
 ...のう、そうは思わんか?」

 わたしは何も言えない。
 薄々思っていた欲望の蓋を、信長さまは容易くこじ開けてしまう。
 わたしが我慢すべきと、“そうしないのが正しい”と伏せていた感情を、魔王は見抜いて、そして甘言を以って制してくる。

 これは“それ以上考えてはいけない”事だ。
 向き合ってしまえば、わたしはきっと思い悩んでしまう。目を背けていた事実から、欲望から、逃げる事が出来なくなってしまう。
 わたしは魔王の指を振り払うが、信長さまは「許す」と喉で笑った。

 そして少女の指先が、眼前に突き付けられた。
 わたしより幾分も小さな身体。可愛らしい声。可憐な佇まい。それなのに、わたしはその挙動の全てから目を離せない。
 
「勝蔵をくれてやる。貴様をあやつに下げ渡すのではない。おぬしが褒美として持て」

 織田信長は、愉快そうに命じた。

「聞かせて見せよ。おぬしの願いを」