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「#寸止め」のBL小説を読む
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戦国と平成には価値観の相違がある



「止まれ、そこになおれ」

 食後のわたしを呼び止めたのは、いつになく真剣な声の信長さまである。
 何か粗相をしただろうかと酷く恐縮したわたしは「はい...」と恐る恐る返事をして背筋を伸ばした。それを見た信長さまは、口の端を少しだけ上げて笑う。

「よい。では、わしの隣に座ることを許す」

 許すも何も、そうしろという命令だった。
 わたしは言われるがまま、信長さまの横に並んで座った。畳の上に正座をして、拳を膝の上に揃える。

「あー、違う違う。手は此処じゃ。わっしっのっうっえっ...じゃぞっ」

 わしの上!?
 ありえないくらい可愛こぶった信長さまは、きゅるんと炎の目を向ける。その瞳を持つ時点で、どう振る舞おうが無意味なのだが言うまい。
 意図を測り損ねて動揺するわたしを他所に、信長さまはさっさと手を取り払って、手のあった位置に頭を乗せた。膝の上に、さらさらの黒髪が滑る。それを片手で梳けば、「そうそう」とご機嫌な声が返ってくる。
 行き場の無い左手を掴んで扇子を握らせた信長さまは、満足気に目を閉じた。

「わし、こんな乳に抱かれて育った気がするんじゃよね」

 突然何を仰っているのだろうか。
 信長さまのセクハラは止むことを知らない。わたしの膝に頭を置きながら、スリスリと腹部に顔を寄せている。

「大人しく従順でバブみのあるめのこじゃが、乳を噛んだらブン殴られそうな...そんなガッツを感じるっていうかあ...」

「そうですね。多分ビンタしますよ」

「じゃよね

 吉法師────まだバブだった頃の織田バブ長は、乳母の乳首を噛みまくることで悪名高かったという話を聞いたことがある。
 わたしが長可くんの逸話を求めて、様々な文献や眉唾の話が掲載される娯楽誌などを読んでいる時に、そんな逸話に触れたような。

「勝三郎の母の大御ちに乳貰っとったんじゃが、幼い頃はこうしてバブバブされとったからのう」

 勝三郎というのは池田恒興のことで、森可成────長可の父と同じく、桶狭間で織田側として出兵した功労者である。
 血縁は無いものの信長とは乳兄弟であり、母子共に仲が良かったんだとかなんだとか。因みにであるが、長可の嫁は恒興の娘であった。

「へー!わたしと似てるんですか?」

「似とる似とる。目が全然笑っとらんとことかあ
まっ、それ言うと勝蔵にも似とるんじゃけど。あやつも恒興も目ェぐるぐるしとったしネ!」

 なるほど。精神汚染者は密接な関係にある。
 わたしが話の続きを強請れば、信長さまは「よかろう。人間五十年、積もる話をとくと聞くが良いぞ!」と笑い声をあげた。
 そのまま暫く雑談に花を咲かせていたが、不意に障子が開けられる。
 
 蘭丸くんがおやつでも持ってきたか?と見やれば、長可くんが笑顔────いや、笑っていない。
 口元は弧を描いているが、全く目は笑っていなかった。そのままズンズンと歩いて来て、信長さまを雑に持ち上げて座らせる。ボキ!と骨の鳴る音がした。

「なにすんじゃ勝蔵!」

 信長さまは「よしよしが必要じゃあ」とわたしに擦り寄った。
 わたしはヨシヨシと口に出して信長さまをさすったが、長可くんの顔を見てギョッとする。非常に理性的な目で、迷わず信長さまに手を伸ばしたからだ。

「おっ?おおおおおお!?」

「大殿でもそりゃダメだろ」

 長可くんは元主君を座布団へ放り投げる。
 信長さまはコロンと転がって、畳に赤の混じる黒髪が散らばった。驚いてるだけで、怒ってはいないらしい。困惑したような顔で信長さまは叫んだ。

「なにすんじゃ勝蔵!二回もやりおったな!なんじゃ、遊びたいとアピっておるのか!?」

「一回言ったろ。ダメだっつうの」

「ははーん!さては、膝枕が羨ましかったんじゃな!?おぬし、こやつを随分目に掛けとるしのう!」

「えっ!?長可くんもこれやりたい!?」

 真剣に尋ねたが、長可くんの表情は変わらない。
 信長さまはその辺りで合点が言ったらしく、わたしを置いて「あー、」と腑に落ちた顔をした。

「テメェにも言ってんだけどな。ダメだぜ、そう軽々しく手付きになってたらよ」

 手付きて。
 元より半信半疑で問い掛けた質問であったが、やはり全然違ったらしい。それどころか斜め上をカッ飛んでいる理由に頭を捻る。
 本気でどういう意味か分からなかったため、わたしは素直に尋ねることにした。

「なんで?」

「ああ?当たり前だろうが。なんで娶る甲斐性もねえヤツに膝差し出すんだよ。安売りすんじゃねえ!膝切り下とすしかなくなんだろうが!」

「ウハハハハハ!確かにそらそうじゃな!悪かった!まっ、わし美少女じゃから!ノーカンっちゅーことで、ネ!」

「ウヒャハハハハ!ノーカンはねえよ大殿!今じゃ男女平等っつう制度取られてるだろ?郷に従って、責任取って腹切れや!」

 現代の価値観に沿ったら寧ろ腹切らんだろうが。
 納得出来ないが、理由は理解出来た。戦国脳...というより、長可くんのいつもの思想である。
 
 長可くんは先ず、武士が碌でもないと思っている。そしてサーヴァントも碌でもないと思っている。
 加えて、今を生きる人間が亡霊に入れ込むことを可としないし、亡霊が過干渉することもしない方がいいと断じている...という話かとわたしは解釈した。

「大殿は大殿だけどよ、今じゃ城も領土もねえだろ。殿じゃねえんだよ」

 やはりそうだ。これは甲斐性の話である。
 以前にも言っていたことだ。長可くん的には、織田サーでわたしが過ごすより、藤丸さん達と連んでいた方が理想的に感じるのだろう。
 なんだったら、自分以外のサーヴァントに関わるなとすら言いそうであった。
 
 実際、以前に”森長可は随分とわたしに構うが何故か“という問いをしたことがあったのだが、彼の返答は「オレが居れば、大抵のヤツは絡んでこねーだろ!」とのことであった。
 それを含めて一考するに、やはり長可くんはわたしとサーヴァントが関わることから可としていないのだろうと推測される。

「あんまサーヴァントに肩入れすんじゃねえぞ。どいつもこいつも碌でもねえし、もう死んでんだからな」

 ダメ押しのように長可くんは苦言をこぼす。

「もう遅くない?わたしは正直、長可くんを切り捨てる選択が出来なさそうだよ」

「オレはいーんだよオレは!」

 いいのかい。

「...勝蔵おぬし、めちゃくちゃ言いおるのう。人質にされて、嫌なら自害せえとでも、こやつが命じられたらどうする気じゃ」

 信長さまもめちゃくちゃを言っている。
 長可くんが人質にされるなど、万に一も有り得ない話であると流石に断言出来るのだが。

「おう!いざって時は腹切るからよ!アンタは身内見捨てらんねえだろ。したら、先手打って切るしかねえよな!」

 やめろ。

「そんときゃ大殿もブッ殺すからよ。介錯は任せとけって」

「うははははは!...えっ、本気で言うとる?」

 若干身を引いた信長さまに変わらない笑顔とギザギザの犬歯を向ける長可くんは、多分マジで言っている。
 わたしは「いいよ」と言ったが、恐らく聞いてはくれないだろう。実際にそんな日が来た暁には、どちらが先に自害するかのガチンコチキン切腹レースになりそうだった。

「つうことで暇するわ!」

 長可くんはわたしをガッと掴んだ。そのまま腕力で持ち上げて小脇に挟む。なるほど、暇するのはわたしもらしい。
 信長さまがヒラヒラと手を振る。そしてそのまま二回ほど打てば「お呼びでありますか!」と蘭丸くんが現れて侍り出した。長可くんを見ても特に反応は無い。それは良いのか。

 そのまま獲得物として廊下を凱旋するが、道行くサーヴァント達は特に長可くんを止めなかった。
 それどころか各人が並走してめちゃくちゃな事を言ってくる始末であり、森長可に引き摺られるわたしはこのカルデアで見慣れた光景となってしまったのだろう。
 
 しかしわたしも慣れたもので、腕を組んで衝撃と対話に備える程度のことが出来る。
 まず絡んで来たのは、危険思想のアーチャー。信長さまじゃない方。
 
「君はよくもまあ大人しく振り回されてるよな。そうだ。機動甲冑の新型を造るなら、後ろに人が乗れるように設計しよう。
 見た目もまあまあ面白いし、それなら彼も僕の手下になるの満更じゃないかもだろ?...どう?」

 それ、わたしが乗るの?

「当たり前だろ。僕に次ぐセカンドパイロットとして、組織の幹部を務めて貰わないと。
 その暁には、君に特別仕様の限定色を与えようじゃないか!」

 絶対嫌だ!

「どうせならジェット機とかどうです?後ろに足掛けを付けて、ヘルメットも引っ掛けておきましょう。
ノーヘルは道路交通法で捕まるってノッブも言ってましたし。ああ、長可君はバケツありますから、何気にそのままでいけるんですよね」

 次に絡んで来たのは危険思想のセイバー。特に嬉しくない提案をしてきた。
 ジェット機で公道をブッ飛ばす時点で法律もクソも無いが。

「飛べるようになったら、嬉しいですよね!」

 いや、いいよ。「またまたあ!」ほんとにいい。

「んなモン要るかよ。侘び寂びがねえだろうが」

 助け舟を出したのは、話題の当人である。
 却下されたことに安堵する前に、わたしは「侘び寂びの問題かあ」とツッコミを入れなくてはなるまい。

「いつもながら酷い目に遭ってますね。
 あんまりにもあんまりなら、この天才美少女剣士沖田さんが長可君をやってしまいましょうか?ジェット天然理心流で」

 今日はやけに結核を持ち込んだサーヴァントたちが話し掛けてくる。
 別に長可くんにこれ以上の装備は要らないのだが。ただでさえ、彼の霊器には不要な謎の鎧が付属しているのだから。
 それは本来、何かのギフトを持った魔術礼装だったのだろう。しかし座が形だけを記録していたものだから、動き辛いだけの装飾となっている。
 
 そんな余計なものがジャラジャラと付属してしまったら、機能美に欠ける...と合理的に考えながらも、わたしは「長可くんの服はあればあるだけ良い...!」と思ってしまった。
 現代には“推しの衣装どれだけあっても良い”という“過ぎたるは過ぎたるほど及びまくり“のような考え方が流布されており、わたしもその次第だと長らく感銘を受けている。

「要らねえっつうの。しつけえな」

 長可くんは若干うんざりとしていた。わたしは少し落ち着く。
 此方が“悪くない...!寧ろ良い...!”と思っていようと、望まない着せ替えは宜しくない。
 
 助け舟を出し返そうと彼を見れば、あちらもわたしをガン見する。なるほど、こちらが理由の不機嫌だったようだ。
 自分が絡まれるのもだるいが、わたしが危険思想の二人に絡まれるのも宜しくないと思っていそうな雰囲気である。
 特に高杉晋作の方には露骨に距離を取っていた。基本的に長可くんは、胡散臭い相手を全面的に警戒しているからである。

 ────つーかよ。
 嫌そうな声だが、非常に冷静な声色でもある。

「オレが死んだら、誰がそれ使うんだよ」

 ────それは。...それは。
 わたしは言葉を返せなかった。維新の英雄たちは「それもそーですね!」「その時は、秘密結社のロビーにでも飾っとくさ!」と、ケラケラ笑っている。
 きっと、嘗てのわたしであれば。くだらないと、そう一蹴出来たのだろう。

 
 ▽
「いいですか!姉上を膝枕など言語道断!僕の目の届かない所でそのようなこと、絶対にしないでくださいね!」

 病弱サークルから釈放されたわたしは、また織田サークルに捕獲されていた。
 信長さまとよく似た顔立ちであるが、その瞳は少しだけ昏い。色の話という訳では無く、単純に織田信勝のメンタルが澱んでいるという話である。
 
「命令されても断ったらいい?」

「はあ?そんなわけないじゃないですか。姉上の命ですよ!?すぐに膝を差し出し、言われるがままにするべきだ!」

 信勝はめちゃくちゃを言っている。長可くんの手前、あまり人の言い草にケチを付けたくはない。
 ...ないが、客観的で公平に判断しても、織田信勝は信長さまが絡むと非常にイカれた物言いを連発する人物であった。

「それにしても。貴方が養徳院に似ている、ですか。
姉上に意を唱えるということは絶対に!全く!無いですが、誰かと言えば恒興似に感じますけどね」

 彼はわたしの顔をまじまじと見て、そう言った。
 養徳院というのは、大御ちと呼ばれていた人物である。当時もはや滅びそうだった池田家の直系であり、元は信長と信勝の父、織田信秀の妾であったが、乳噛み癖が酷かったバブ長の悪癖を直したことで大御ちと呼ばれるようになる。
 そして信秀の死後、滝川の家から婿を貰うことで池田の家を再興した女傑だ。

「例えば、どういうところが?」

「そういうところですね。養徳院は、そうは聞きませんよ。というか、気にもしないな」

 信勝が言うには、養徳院はそういう感じではないらしい。
 それも気になるが、信勝が織田信長以外の人物をしっかり記憶していたことにも少し驚いた。当時の知り合いならまだ分かるが、わたしのこともある程度把握していたとは。
 正直に言えば、彼は姉以外の人物に興味があまり無いのかと思っていたからだ。
 
「恒興のことは良く分かりますよ。そもそも、僕を捕まえたの恒興ですし。
恒興も可成も、姉上の為になりそうなヤツだと思ってたんですが...実際、その通りだったみたいですね。
今更礼は言いませんが、貴方の生家のことは褒めておきます」

 そっけない言い方であったが、確かな賞賛であった。
 わたしの生家は別だったが、そのルーツは確かに池田にある。池田が無ければ、わたしは存在していないからだ。

 魔術師として、血統を認められるのはこの上無い賛辞の言葉だ。
 それらをありがたく受け止め、その上で返答をする。当たり前に何度も言われてるが、個人的に引っ掛かった部分がずっとあったからである。
 
「てゆうか、信勝さんってわたしが血縁の人間っていう前提で話すんですね」

「当たり前じゃないですか。理由も無く、姉上が最初から目を掛けるわけがない」

 あっ、そういう理由。
 てっきり、歴戦の武将のように貫禄があるとか佇まいが強そうだとか、そういったことなのかと思っていたが。
 
「可成の息子が気付いてるかは知らないけどな。お前は十分、恒興の血を引いてるよ」

 信勝の目は信長さまのように少しの煌めきを宿した。
 二人は似ているが似ていないという矛盾した造形をしていたが、その燃えるような瞳というか、人を測り、見透かすような赤色は変わらない。

「姉上に気に入られ、可成の息子とも仲良くやってるだろ。そんなの一般のヤツにホイホイ出来てたまるか!」

 私情と客観的な事実の入り混じった、めちゃくちゃな発言である。
 的を得ていることを言うのに、信勝は信長さまが全ての基準になっているせいでイマイチ締まらない。
 本人が劣っていると散々言っているだけで、信勝も優秀な人物であるとわたしは思うのだが。

「僕だって森を御して姉上に褒められたいのに!」

 それは...そう言う限り、長可くんの手綱は握れないだろう。
 そもそも、長可くんを従わせているわけでなく、好きにやっているのを許し、良い感じにやってくれるように祈るというのが正しい付き合い方であるので、根底から間違っている。

 しかし信勝は、正しく森長可がイカれていることを分かっているようだ。
 御せるものだと思っているのは勘違いであるが、ああいう人間なのだとは理解している。それでは、彼の目に映るバーサーカーは────森長可は、どう見えているのだろうか。

「信勝さんは────」

 わたしは問い掛ける。それは、必要な質問だった。
 きっとわたしと近しい望みを持つ彼は、どう答えを出すのか。

「信勝さんは、長可くんが戦の中で死にたがってると思う?」

「さあ。逆に聞くけど、おまえはそう見えてるのか?」

 そうは見えていない。だが、彼の願いはそれに近しく感じる。
 戦の中で死にたいのではない。マシな死に方をしたいのではない。ただ、長可くんは、守るべき主君を────。

「可成の息子がどう思おうが、そうなって欲しくないんだな、おまえは」

 長可くんが望むなら、そうあるべきだ。わたしは、そう思ってる。そうなのに、その問いに、正しい答えを返せない。
 答えあぐねるわたしに、信勝は畳み掛ける。

「まあ、僕の立場じゃ、可成の息子に死ぬななんて絶対言わないけど。
だって迷わず姉上の盾になって貰わないと困るしな。それに、そういう死に方を誉だって言うんだ。武士はおかしいから」

 武士はおかしい。そうだ、わたしもそう思う。
 聖杯から今の時代のデータを受け取っている癖に、主人を守って死ぬことを可とする。武士としても、サーヴァントとしても正しいだろう。
 だが、わたしは肯定できなかった。それは何処までも正しいことなのに。イカれたバーサーカーの、何よりも正しい事実であるのに。

「武士は、おかしい」

「ああ、そうだ。武士はおかしいんだ。あんな時代、狂ってる。
 でもな。おまえはきっと、あの戦国でも楽しいと思うよ。僕と一緒で」

「...それは、どうして?」

 信勝は嘲笑するように息を吐いた。言わずとも明白だと、目が語っている。
 口程に物を言う赤色が、静かに告げた。

「僕と同じだ。おまえは、可成の息子が居るから楽しいんだ。
そのイカれた武士の、破滅的な思想を。狂った世界で育った倫理観を。そこで生まれたそいつが、その考え方のそいつが、何よりも価値のあるものと思ってるからだ」

 わたしは楽しく生きて行くのが目標だが、現状長可くんとつるんでいる時こそが一番たのしい時である。
 食事をするにも、雑談をするにも、殺しをするにも、他の誰と居るより森長可と共に在る時が何よりも楽しい。

 彼の教えた“人生の楽しさ”は、今後も一生わたしという魔術師の────いや、わたしという人間の。揺るがぬ価値観として、残ることだろう。
 
 だが、森長可が死んだ後の話などをするから。別れたあの日の続きを、このカルデアに至る迄の空白を思い起こすことを言うから。
 わたしはどうしても考えさせられてしまったのだ。楽しい人生というものを。

 それは自分本意の筈だ。誰が居るから、何が在るからという他者を軸にするような物事ではない筈。
 しかし、彼の居ない数年間。言われた通りに理想を追う日々。それらは、心の底から“面白おかしい日々であった”と言えるだろうか?

「別に矛盾しててもいいだろ」

 信勝は呆れた風に言った。
 そうして一歩踏み出して、弁識をするように厳かに、そうでありながら高らかに言う。

「姉上は大きな事を為すお方だ。それはサーヴァントになっても、現代に在っても、そうなんだ!
才能の無い凡愚たちに影響を与え、人生を変えるくらい当たり前にやるに決まってる!おまえもそれは、分かるだろ!」

 わたしにもわかる。未来を決めるのは死者でなく、いつだって生者だと人は言う。それは本質で、本当のことだと思う。
 だが、”死者が生者に影響を与えないなんて、誰も言ってはいない“のだ。

「でも、僕はそうじゃない方が良い。武家をやめちゃっても、英雄にならなくても、織田がずっと弱小大名でも!
 それでもいいから、ずっとずっと、面白おかしく遊んでいたかったよ!」

 信勝の願いだろう。やはり彼は、わたしと同じような望みを持っていた。
 終わりのない問答なのだろうと諦めかけたわたしに、信勝は声をより強く張り上げる。

「だけど!だけどだ!何処に有っても思うがままに生きる姉上は、何よりも素晴らしいものだ!そうだよな!つまりだよ、」

 ごほんと咳払いを一つ。一層強く手を握った彼は、迷いなく宣った。

「やりたいこと全部やれ!僕はまず、姉上の写真集を作る!次は、ミニ姉上の新型を作る!次は、新曲のプロデュース!」

 信勝の弁舌には勢いが増されて、どんどん熱くなっていく。
 それは支離滅裂で、一読すると訳の分からない話だ。
 しかし、何が言いたいか、わたしにはもうなんとなく理解が出来ていた。
 彼の言葉は、自身が心の底から望む答えで、そうではない方が良いはずの答えでもあったから。
 
「姉上が嫌がるとか、関係ないんだ。僕がやりたいから!そうすることで、姉上の良さを知らしめるためにだ!
 わかるか、恒興の子孫!恒興だってな、姉上の為に姉上の敵を追い詰めたんじゃない!大好きな姉上に害なしたヤツが許せない自分の為に姉上の敵を追ったんだ!」

「自分の為、に」

「そうだ。姉上の為に討たれたのだって、僕がそうしたかったからだ。
 それが姉上の為で、僕のいちばんの望みでもあったからだ」
 
 目を瞬かせるわたしに、信勝は笑った。その顔は、信長さまにそっくりだった。

「分かるだろ、おまえになら。
 ─────僕と同じ、おまえになら」