人を救うのは未来を変えること 未来を変えるのは誰かを殺すこと 相変わらず医務室に住んでは居るが、特にすることはない。 未来のみちるの部屋を借りようにも、今は貸せないのだと言う。一日中窓の外を見る生活にも飽きて来たと言えば、京楽さんは自粛鍛錬の許可をくれた。 修練場の空き時間を見て鍛錬をしていれば、見舞いに来ていた死神達が此方に寄り付くようになり、みちるに手解きをしてくれる。 みちるは落ちこぼれであったが、此処では妙に優秀とされていたのはこういう絡繰であったのだと理解をする。 落ちこぼれから急に強くなって過去へと帰るのだから、あちらからすればやる気の無い生徒が急激に本気を出した風に見えるだろう。 元々、未来のみちるの手解きを受けた人々がみちるに教え直すのだから、みちるがやりやすい方法に決まっている。 鬼道も俊歩も、すぐに上達した。 何故か阿散井くんが鬼道を教えてくれて、バカ撃ちの精度が上がる。過去のみちるが教えてくれたのだと、恥ずかしそうに言った。 なんでも、阿散井くんは鬼道が苦手なのだと言う。見ていてそれは分かった。みちるも苦手だと言えば、意外そうな顔をする。 アンタにも苦手なことがあったんだなあ。苦手なことばかりだ、と言えば不思議そうに首を傾げた。常盤みちると言えば、京楽サンと浮竹サンに並ぶ秀才の代表であったと教えてくれた。 俊歩は大前田さんという二番隊の方が教えてくれた。大きい図体の割に、驚くほど足が速い。 みちるの酷い癖だけは無くならなかったが、足が縺れるようなことは無くなった。 そうして油煎餅をくれる。「アンタ、好きだったでしょう」ハッとした顔の大前田さんが困った顔をする。今好きになったと返せば、「そうでしょう!」とにっかり笑った。 剣術の手解きは矢胴丸リサさん、という方が来た。 彼女はみちるをしげしげと見て「へえ、なんや。めっちゃ可愛い顔してるやん」と言う。 そんなに未来のみちるは可愛くなかったのか、と凹めば、「まあ、そうやな」と言われた。 「昔のアンタはにこにこしとってほんま可愛いけど、此処のアンタはもうちょいおっかない顔しとったで」 ほっぺをむにむにと摘まれて、伸ばされる。 「グラビアとか興味あらへん?」ぐらびあ。面妖な言葉に首を傾げれば、今度教えたるわと本を手渡される。カバーをされては居るが、随分大きくて簡素な作りの本だ。 それを持ってウロウロしていれば、ギョッとした顔の京楽さんに止められた。 矢胴丸さんに頂いたと言えば、リサちゃん...と呆れ顔だ。ぐらびあ、をするそうですよ、と返せば一転してにこにこと笑い、出来たら一冊頂戴ねと言った。浮竹さんにはナイショだと言う。さらっと本は持って行かれてしまった。 しかし、いつまで経っても斬魄刀は動かない。 此処に来た時、確かに始解は出来たのだ。 みちるのなまくらは形状を変えたまま、少しも動かなかった。ただの短剣が、三本ぶら下がっている。 溜息を吐いて縁側に座れば、菓子を手に持った浮竹さんが歩いて来る。 彼も仕事があるだろうに、毎日律儀に会いに来て、茶をして帰って行くのだからみちるは感謝が尽きなかったし、どうして嫌われていた相手に優しく出来るのか分からなかった。 短剣をしゃらん、と鳴らせば、彼は険しい顔をする。 「始解はもう使えるのか?」 「いいえ、全く」 そういうと、彼は少しだけ綻んだ。みちるは違和感を覚えるが、見なかったことにする。 「出来なくたっていいさ。なんだったら帰らなくたっていい。君は、此処で死神になったって良いんだから」 「...それは、流石に困ります」 浮竹さんは優しいが、その善意は時に毒だ。 みちるは現代が楽しいが、決して過去を捨てた訳ではない。第一、未来を知っているのであれば山本先生の未来も変えられるかもしれない。 そう思ったところで、“誰にも言わなかった”ことを思い出した。 「浮竹さん。私は何故、誰にも未来を話さなかったのでしょうか」 そうすれば、もっと沢山の人が救えたかもしれない。 ただのぼやきであったが、思ったよりも強い言葉が飛んでくる。 「それは俺も思っているよ。だから、仮に帰ることがあれば。絶対に俺や京楽、山じいに話すんだ」 強く肩を掴まれて、浮竹さんにしては大きな声で言う。驚けば「すまない」と彼は手を離した。 「でも、君が此処を気に入ってくれれば良いと思っているよ」 暗に帰らなくて良いと浮竹さんは言う。 その言葉に困惑しつつも、濁すように菓子を取れば淡白な味がした。甘さへの慣れは、脳を麻痺させる。彼はみちるを甘やかし過ぎている。 そういえば、とみちるは口を開く。 「あの墓、誰のなんですか」 問い掛けに、彼は止まる。 少し間を置いて「隊士たちの物だ」と言った。 縁側から降りて歩み寄れば、浮竹さんはたじろぐ。強い力で手を引かれて、答えを知った。確認せずとも、誰が眠っているかを分かってしまった。 ぼろぼろになった短剣を見せれば、彼は手を離す。斬魄刀は一人ひとつ。みちるのそれは三本一対であったが、四本目があるはずが無い。 もう、知っている。 物は、時に口よりも饒舌だ。 しかし思ったよりもショックでは無い。なんとなく、其れを気付いて居たからだ。未来のみちるを隠されていることも、別の何かを隠されていることも。 「まあ、そんな気はしていましたよ」 そう笑えば、浮竹さんは酷く哀しい顔をした。 この人はどうしようもなく、優しい。 引き止める理由も、懐かしがる理由も、お見舞いに人が沢山来る理由も、みちるは気付いてしまっていた。 だって、みちるとは二度と逢えない筈だったのだから。 「...隠していて済まなかった」 「気にしてないので大丈夫です」 寧ろ、浮竹さんが気にし過ぎだと笑えば、そうだろうかと困った顔をする。 みちる以外にも戦死者は沢山居るだろう。それに、若くして死んだわけでもない。ちゃんと年を食って、千年以上も生きてから死んだのだ。そこまで生きることを喜ぶべきだ、と言えば彼も笑う。 「前向きなんだな、君は。初めて知ったよ」 「浮竹さんが悲観的なんですよ」 「それは初めて言われたな...」 真剣にそう悩むので、おかしくってみちるは笑ってしまう。 そうすると浮竹さんもまた慈しむように微笑むので、この人を悲しませるようなことはしたくないな、と思った。 「しかし、此処の私が何を考えていたかはサッパリ分かりませんね...」 墓石の文字を指でなぞって、常盤みちるを確認する。 それは鏡面のように綺麗であったが、誰かがまめに掃除をしているのだろう。雑草ひとつ生えていない。 浮竹さんはそれをぼんやりと目で追って、一泊遅れて返事をする。 「ん、まあ、そうだな。俺たちも、君が来てから知ることの方が多いなあ...」 感慨深そうに頷いて、縁側に座り直す。お茶は既に冷めていた。 「君の優しさも、君の苦悩も、本当の君も、新しく知ることばかりだ」 遠い目で、此処には居ない誰かを見る。 それほど言われる未来のみちるというやつは、よっぽどだったのだろう。人見知りか。人間嫌いか。思い返せば、仲良くしてくれる人達は優しくて話術に長けた明るい人ばかりだ。 自ら動けないほど、重度のコミュニケーション弱者であったのか...と未来の自分に呆れれば、浮竹さんは優しく微笑む。少しだけ言い淀んで、口にする。違和感のあるぎこちなさは、優しさなのだと思った。 「...そうだな。だから、正直な気持ちで接して欲しい」 そうして大きな手でぽんぽんと頭を撫でるものだから、みちるは少し恥ずかしくなった。 だけれど見上げる顔が何処か苦しそうだったから、黙ってそれを受け入れている。 |