彼は美しい女を紹介する それを嫁だと言ったのだ みちるは秋冬の果物が特に好きである。 どうやら本当に慕われて居たらしいと知るのは、山のように人々が果物を持ってくるからだ。 見舞いの林檎やら梨やらを摘んでいれば、不意にノックが鳴った。はあい、と返事をすれば扉が開かれる。結構みなさん仕事の合間なんかに顔を見に来るので、知り合いが増えたが頻繁に訪れる顔触れは固定されている。 京楽さんか、ルキアさんか、松本さんかと思えば、そうではないらしい。 「やあ、おはよう。元気そうだな」 俺のことは分かるかな、と指差す男は、真っ白な髪に痩せ細った身体をしている。 みちるなんかよりも彼の方が要入院では、と思ったが、その目は生命力に溢れている。 「ええと、此処に来た時の...」 返答に少し困ったような笑顔を浮かべた男は、そうか、とだけ言う。 何か気に触る解答だったのか。庇ってくださって、ありがとうございました、と頭を下げれば「気にしないでくれ」と笑った。 「俺は浮竹十四郎。一応隣の教室だったんだぞ」 浮竹十四郎。その名前には聞き覚えがあった。確か、隣の特進クラスの。 そう聞けば「覚えていてくれたのか」と嬉しそうに笑う。が、その笑みは少しだけ陰っている。 「そうか、俺と知り合う前の君か」 「す、すみません...知らなくて...」 「いやいや、謝る必要は無いぞ!少し、京楽が羨ましいなと思っただけで、君と話せるだけで嬉しいんだ」 椅子に腰掛けた浮竹さんは、着流しからお菓子を取り出して差し出す。 死神装束を纏っても居なければ、隊長格では無いらしい。聞けば、保険医だと言う。なんでも先の戦争で大怪我を負って、引退したとか。霊核もズタボロだから、戦線復帰は無理だと言う。 「あ、別に気にしては無いんだ。元々、引退しようと思っていた頃だったからな」 初めて見る菓子を口に含めば、この世の物とは思えない甘さがした。 果物を食しながら思っていたが、現代の食文化は糖と密接になりすぎでは無いか。がっつくのは失礼かと思いながら食べてはいるが、つい食す速度が上がってしまう。 浮竹さんは笑って「もっとあるぞ」とお菓子を出す。初めて見るものばかりで、現代楽しすぎると3秒で考えを改めた。 早く過去に帰るべき、とは思って居るが京楽さんの言う通りに気楽に楽しむのも良いと思った。 「現代の菓子は、おいしいですね。早く帰るべきとは分かっていますが、みなさん優しいですし、楽しいです」 お礼と一緒に正直な感想を言えば、浮竹さんは笑う。 「ずっと此処に居たら良いさ。誰も君を責めはしない」 「あはは、そうですねえ。でも、私が二人になってしまいますよ」 一拍置いて、そうだなと返事が返ってくる。 次のお菓子に手を伸ばす前に、虎徹さんの叱責が飛んだ。お夕飯食べれなくなっちゃいますよ、と。 名残惜しく思いながら指を退けば、戸口からまた人が入ってくる。 軽やかに弾むような足音は、京楽さんである。やあ、と片手を挙げて入ってくる様子は浮竹さんと同じなのに、感じられる誠実さが致命的に違う。 「珍しいねえ。みちるちゃんと浮竹が楽しそうに話してるの」 珍しいも何も、初対面だがと思ったが、未来のみちるの話だろう。 しかし、こんな優しそうな人と楽しそうに会話が出来ないとは、一体どう言う了見なのか。 「そ、そんなに未来の私は可愛くないんですか...?」 驚いて聞けば「ん、いや、そういう訳では無くてだな」「今のみちるちゃんも、未来のみちるちゃんもとっても可愛かったから安心してね」と歯切れの悪い返事が返ってくる。 「京楽!」浮竹さんの怒ったような声が飛んだ。 「みちるとは京楽の紹介で知り合ったんだが、君は結構つれなかったから、友達になるのは大変だったよ」 この善い人が結構つれなかったと言う度合いだ。よっぽどだろう。 未来のみちるは一体何故浮竹さんが気に食わなかったのか。京楽の友達だったから警戒した、と仮定しようにも、友達の友達が必ずしも軽薄であるということはない、と今のみちるは思っている。 昔の浮竹さんは軽薄だったのだろうかとも思ったが、そんな噂は聞いたことが無い。 「ボクもみちるちゃんのそんな態度初めて見たからビックリしたなあ」 京楽を適当にあしらったことはあれど、過度に冷たくした記憶は無い。 やはり、浮竹さんにだけ限定で冷たかったらしい。頭を下げれば「いや、いいんだ」と彼は笑う。こんな優しい人に、何故。 膨らむ疑念に、京楽さんは更に燃料を投げ込む。 「でも、今なら分かるよ。キミは、優しかったから」 慈しむような瞳で、彼は言う。 どういうことか聞く前に、白い手が其れを遮った。 「京楽。その話はよそう」 そのまま二人は立ち上がって、また来るとだけ言った。 言葉の意味は、分からないままだ。 |