彼はここを未来だと言う 少女はそれが信じられず、困り果ててしまう 目覚めたみちるを出迎えたのは、背の高くてでっかいお姉ちゃんである。 「あ、起きましたねー」とおでこをさすられて、「意識はハッキリしていますか?」と聞かれたので頷く。 そのままぼんやりとして居れば、此処が四番隊の医務室であると気が付いた。しかし、責任者の名前が卯ノ花烈、と擦れて読める。おかしい。卯ノ花、というのは卯ノ花八千流のことであろう。十番隊の。 意味が分からなすぎて頭を抱えれば、後頭部が痛む。 包帯でぐるぐる巻きにされてるのは足で、無我夢中だったが痛めていたのだと知る。 起き上がれば、四番隊らしき女性に諌められた。てゆうかこの人ビックリするくらい背が高い。髪型が女性のものであるので間違えなかったが、一瞬男の人かと思ってしまった。 「ダメですよ〜常盤さん。只でさえ消耗が激しいんですから」 起き上がらないでくださいね、と注意を受ける。 何故名前を知っているのか、と怯えれば「ああ〜」と女性はニコニコする。 「常盤さんは...有名人ですから。それに多分、皆さんお見舞いに来ますよ」 「な、何故...」 私は四番隊隊長、虎徹勇音です、とお茶を差し出しながら言う。 みちるはそれを受け取って「常盤みちるです...」と言った。行儀が悪いが舌で舐めてから口に含む。それを見た虎徹さんは注意こそしなかったが、少し怒っている。 「も〜、京楽隊長ったら。こんなに怯えさせて...怖かったですよね。知らないところに突然放り出されて、追い回されたんですから...」 呆れ顔の虎徹さんにこくこくと頷いて、ん?と疑念の声が漏れた。 京楽?隊長?もしかして、京楽春水の兄か誰かが昇格したのだろうか。しかし、彼の兄は文官だったような、と思えば勢い良く扉が開け放たれた。 顔が濃い人が慌てた顔で飛び込んで来る。昨日の眼帯男である。 「ああ〜!京楽隊長!ダメです〜まだ説明してないんですから、少し待っててください!」 「いいよいいよ、こっちで説明するから。ありがとね」 「ありがとね、じゃないですよう!」 虎徹さんの制止を振り切って、顔の濃い男が軽い足取りで近寄って来る。 正直怖すぎる、と虎徹さんの背に隠れれば「あらら、嫌われちゃったねえ...」と眼帯男は肩を落とした。 「おはようみちるちゃん。キミ、いま何年か分かる?」 「西暦?ええと、この前施行されたやつですよね、確か、五百、」 続く数字を言う前に、指が二本立てられる。 小さく、囁くように、彼は言う。 「今ねえ二千年過ぎてるんだよね。西暦」 にせんねん。 呆気に取られるみちるに、顔面むさおは続ける。 「ボクは京楽春水。分かるでしょ、みちるちゃんのオトモダチの」 ごめんねえ、と自称京楽春水は詫びた。詫びる気の余り無い謝罪に呆れれば、「懐かしいねえ」と彼は笑う。 「ついこの前、他人の霊魂を使った禁呪が出て来ちゃったからさあ、まさか本人だとは思わなくて」 「霊魂...」 「そうそう。ここ百年で激動があってね。ボク総隊長だし」 「はあ!?山本先生は!?」 ニコニコしながら彼は言う。 「山じい、死んじゃった」 その軽薄な態度に嫌気が差して、山本先生が死んだと言う事実が受け入れられなくて、みちるは思わず顔を歪めてしまう。 哀しそうに目を伏せる男は、ごめんねえ、とだけ言う。 頭を撫でようと伸ばされた手を弾いた。目に見えてションボリしたが、その仕草は確かに京楽の面影がある、風に思える。 しかし何故みちるが時代を吹き飛ばされる羽目になったのか。仮にこれが京楽春水だと断定すると、みちるの知る姿よりも数百年分どころか千年単位で老けている。出かけている答えを脳が拒む。 「熾水鏡って言うんだけどね」 よいしょ、と彼は抱えられる程の鏡を取り出す。それにみちるは見覚えがあった。つい先程、光っていた鏡である。 「これねえ、ボクたちの世代だと普通に学院に置いてあったんだけど、色々あって封印指定を受けた道具なんだよね」 今統学院じゃないし。真央霊術院って言うんだよと彼は言う。 なるほど、と納得をしたが、これを使って過去に飛んで来た虚が居たのだと言うから混乱してしまった。 「私が吹き飛ばされたからじゃないんですか?」 「それがさ、みちるちゃん言わなかったんだよね」 すっ、と目が細められる。片側だけの瞳が、責めるように圧を掛けた。 そうして、この現象の明確な答えを叩き付けられる。 「過去の常盤みちるが未来へ渡ったことを」 沈黙が辺りを包む。虎徹さんはオロオロとして「あまり、強い言葉を掛けないでください」とだけ言って黙った。 そうしてすぐにニッコリと笑顔を作って、責めてる訳じゃないんだよ。と言う。 「どういうわけかキミは誰にも言わなかった。もしかしたらボクたちに口止めをされていたのかもしれないし、帰った時に記憶を失ったのかも知れない」 だから深く考えずに未来を楽しんでね、と京楽春水は言った。 探るような視線は、許してなど居なさそうである。しかしそれはどちらかと言えば、みちるに向けられていない。此処には居ない、そう、未来のみちるに向けられていると感じた。確かに、過去の自分がこの時間にやって来る、と言うのを教えずに放置したのは悪いと思う。 未来の自分に呆れながら問い掛ける。 「あの、未来の私は?」 直接会って話が聞きたい、と言えば、「任務中だから、暫くは逢えないねえ」と教えてくれた。 「帰る方法は分からないけど、ボクの記憶だとちゃんとキミは元の時間に存在してる。だから、心配しなくていいよ」 再び伸ばされた手を避ければ、京楽春水は肩を落とした。 未来のみちるが記憶に居るのであれば、逆説的にみちるは帰れたということである。ありがとうございます、京楽さん、と言えば彼は渋い顔をした。京楽でいいのに、と言ったが総隊長なのだろう。それは無理ですと断った。 ▽ 京楽さんが置いていった菓子を摘みながら、虎徹さんの話を聞く。 身体には特に問題が無いこと。すぐに退院出来ること。そろそろ面会許可を出すこと。流石に押し掛けられると困るから、予約制にしたこと。 面会許可を出す、という言葉に疑問を持てば「じゃあ行きますよ」と虎徹さんは困り顔で扉を開けた、と同時に人が入ってくる。何事だ、と驚けば、知らない顔ばかりである。が、きっと未来のみちるの知り合いなのだと思った。 「こんにちは、常盤殿!私は十三番隊隊長、朽木ルキアです!」 馬鹿でかい兎を持った同い年くらいの少女が、ドン!とそれを置いた。ベッドの半分が埋まる。 「死神代行、黒崎っす」 マジで常盤さんちいせえな、と橙色の頭の少年がみちるの頭をポンポンと叩いたが、隣の隊長羽織に叩き落とされた。「馬鹿者!無礼だぞ一護!」黒崎一護と言うらしい。 阿散井恋次です、と赤いツンツン頭が増える。常盤みちるです、と頭を下げれば、彼らはあわわ、とそれを止める。 「例え常盤サンが知らなくても俺たちは常盤サン知ってるから、頭は下げないでくれ」 ブッ殺される、と黒崎一護は言う。はあ、どうも、黒崎さん、と言えば「さんは要らないっす。落ち着かねえから...」と続けた。 朽木ルキアと名乗った少女も、阿散井恋次と名乗った少年も敬称は要らないと言うから、有り難く「ルキア隊長」「黒崎くん」「阿散井くん」と言えば、彼らははにかんだ。 朽木ルキアだけは不服そうに「ルキアで良いです!」と言う。 しかし隊長羽織にそのようなことを言われるとは、未来のみちるは何者だったのか。 それを聞けば、朽木ルキアは胸を叩いた。 「常盤殿はな、それはそれは優秀なお人であったぞ!私も学院時代は手解きをして貰ったものだ!」 うそだあ、と驚けば否定をされる。 二人の方を見れば、彼らも頷いた。どうやら、本当に未来のみちるは其れなりに優秀だったらしい。 「俺も赤火砲の練習に付き合って貰ったりしましたしね...」 「俺は此処に乗り込んだ時に、死ぬほど追い回された」 聞き捨てならない話を耳にしたが、一旦聞かなかったことにする。 「...私は結構な落ちこぼれなんだけど、何か転機でも有ったのかなあ」 ウーン、と頭を捻れば、驚くルキアと対照的に「そうかも知れないっすねえ」と阿散井くんは困った風に笑った。 見上げれば、やべ、と言わんばかりの顔で彼は取り繕う。 「そう思っただけですから、ええと、あの。じゃ、俺はこれで」 駆け出す背中を見送れば、取り残された二人も椅子を片付けて撤収するらしい。 「本当はもう少し話をしたいのですが」 面会時間が決まっているのだと言う。 時計を持った虎徹さんがニコニコと扉を開けている。笑顔の圧は、どこか卯ノ花隊長に似ている気がした。 |