朝焼けの中で笑う君は 不器用に、誰より可愛らしく微笑んで見せる 常盤みちるは死神志望である。 死神志望。まだ死神じゃない。統学院に入って二年くらいの学生の身分である。 死神というのは当然、危険な仕事が付き物だ。...いや、救護班である四番隊であれば、更に言えば座官とかであれば、そんなリスクを背負わなくて済むかもしれない。 然し乍ら、座学は程々、実践は殆ど無に等しい二年目がそのような危険を負うことは断じて無い、と言い切れるであろう。 だってまだ破道も縛道も初歩的なアレソレの練習しかしていない。斬魄刀はみんなで始解の練習中。 だがしかし、何故にみちるは大型虚に追い掛けられて居るのだろう。 大口を開けた虚はみちる目掛けて一直線に突っ込んで来る。何故か。何故だ。みちるがちょっかいを掛けたからである。 言い訳をさせて欲しい。別段みちるは戦闘が得意なわけでも、命知らずの馬鹿でも無い。 ただ、具合が悪そうな生徒が狙われて居たのだ。そんな人を見捨てて逃げられる程、みちるは薄情では無かった。 今にも食われそうな彼を抱えて、ピョンピョンと無様な俊歩で跳ねる。俊歩苦手です!大変すみませんでした!はい! 息を切らしながらピョンピョンと跳ねて、そろそろキツイと冷や汗を掻く。 みちるは俊歩が苦手であったし、抱えている男子生徒はそれなりに重い。ひよひよもやしであれば平気だったかもしれないが、しっかり重い。 とゆうか誰かしらが助太刀を入れてくれれば良いのに、どいつもこいつもみちるの俊歩に付いてこれないようであった。 みちるの俊歩はバランスが最悪だが、速度だけはある。足をもつれさせながら無理やり走ってるので、下手くそなスキップ...もとい、煽りに見えるため使いたく無かったのだ。クリップクラップ。音だけは立派。仔馬の早駆けのような無様さだ。 案の定、虚は激昂するような咆哮を上げてみちるに突っ込んで来る。いち、に、で躱して上手くターン、抱えた男子生徒が気分悪そうに呻いた。みちるの限界より、此方が吐くのが速いかもしれない。止むを得ず片手でチョキを作り、詠唱を唱える。 「縛道の二十六、曲光!」 襲われていた男子生徒に曲光をかける。そのままなるべく柔らかそうな地面に転がした。姿を消し、霊圧をぼやかす縛道。練習しておいて良かった。 少々雑に投げられた彼は、不安そうにみちるを見上げた気がした。気がしただけだ。だけれどとりあえず、みちるは無理やり微笑んでやる。正直どんな顔をしてるか分からない。笑顔も下手くそでぎこちないと断言出来る。 それは笑っている余裕など無いからであるが、だからといって余計な不安を煽るほど馬鹿では無い。 そのままピョンピョンと二、三歩後退すれば、虚はみちるだけをターゲットにしたらしい。 仮面の隙間からでろでろと長い舌を舐めずらせて、ケタケタと笑う。 「あん時、オマエ、よくもやってくれたな」 倍返しにして引き千切って殺してやる、と虚はみちるに指を指す。 いや、知らんがな、と言うのが正直な感想である。随分過去形の物言いだが、みちるは仕留め損ねた虚に覚えは無かったし、こんな馬鹿でかい虚と接触していれば気付く筈である。そこまで記憶能力は弱くないつもりだった。 だから餌にする予定の男子生徒を掻っ攫った事について怒っているのだろう。しかしそれはあの時、と言うよりさっきと表すべきだ。 「文法を学び直して来い!」 そう言えば、虚は哮り切った咆哮をあげながら突っ込んで来た。 それで良い。先程の生徒が安全地帯まで逃げるまでは、みちるが注意を引かなくてはならない。 だが、実力差はかなり大きい。鋭い爪で一閃、二閃。統学院の赤い袴がボロきれになってしまう。ひょいひょいと躱しながら鬼道を練るも、焦り過ぎてマッチほどの炎にしかならない。かと言って鈍を抜くわけにも行かない。 周りの助けを求められないかと思ったものの、死神志望のくせしてどいつもこいつも遠巻きに見ている。 当たり前だ。真っ当な学生であれば、図書館なり武道場なりで鍛錬を積んでる時間である。此処にいるのは箔を付けに通っている富裕層のボンボンばかりであろう。 「こっ、の...!武士の風上にも置けない腰抜けどもがあああああ!」 巻き込みチェイスをするように人の輪に跳ね飛べば、慌てた顔のボンボンが障壁を貼る。 やれば出来るじゃないか!と半ばキレ気味に盾にすれば、力業で虚が障壁を叩き割った。仕方無く斬魄刀を抜いて弾けば、腕が痺れる。馬鹿正直に受け身をとればタダでは済まないことが分かった。 冷や汗をかきながら後退すれば、壁に背が付く。 積んだ、と思ったが易々と死んでやる訳には行かない。鬼道を練って馬鹿撃ちするが、虚は余裕そうに首を鳴らした。 そのまま一直線に突っ込んでくるので、流石に死を悟りながら剣を構えたが、やってくるべき衝撃は来ない。 否、来なかった。 激しく燃える炎柱が、一瞬で虚を焼き消す。 壁の上を見やれば、想像通り。山本先生がみちるを見下ろして居た。 「相手が格上でも負傷者を庇う心意気、天晴であった」 ちん、と鍔が鳴る。おっかない斬魄刀である。 炎系最強と名高いそれは、みちるの服の袖も少し焼き焦がしたようであった。 「あ、ありがとうございます、山本先生...」 頭を下げれば手で制される。 これは怒られるのだろうな、と顔を上げれば、案の定先生は不満気であった。しかし怒っていると言うよりは、呆れている風である。 「始解を使えば、この程度の虚に遅れは取らんかったじゃろう」 黙りこくって居れば、山本先生は雑用を命じた。此度の立ち回りは良かったが、まともに戦えないのは論外である、と言う。よって通常通りに補習であると。 素直に頷けば、呆れたように溜息を吐かれる。みちるだって別に好きで掃除をするわけじゃない。仕方がないことだからやるのだ。 だってみちるには、未だ斬魄刀が無いのだから。 |