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「#総受け」のBL小説を読む
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美しい女は喪に伏したベールを取り去る
彼女の瞳は よく見た色をしている
それはまるで鏡のように
それはまるで水面のように

調査の結果、みちるの時渡はみちるの斬魄刀に寄るものであった。
鏡は起動などしておらず、ただ、みちるが通る媒体として使用されただけだと。未完成の能力を補うのに最適だっただけだと。
涅さんが教えてくれた。そうしてモルモットとしての雇用を提案されたが、みちるはそれを辞退する。

本来、そのような強大な能力は研究室で取り扱われ、ソウルソサエティのために利用されるべきものだ。
それが強行されないのは、偏にこの時代の常盤みちるが人徳者だったからであり、問題なしと認可されたからであり、総隊長の京楽さん、浮竹さんを始めとしたみちるの知り合い各位が庇ってくれたからなのだと言う。
というか、建前上捕獲令は降っている。ただ、それを執行する前に逃がされただけだ。過去へと逃走されたとなれば、追尾は困難。そうやって処理するらしい。

温かな病室にはもう戻れない。見送りなどは居ない。みんな、別れを知っている。だけれどみちるのために、全てを見なかったことにしてくれた。
そういうところで京楽らしいなあ、とも思った。彼はあんなのだが、冷静さと情が共存しているやつだ。きっとみちるともっと話したいことが有っただろうけれど、適切な落とし所を作ってきた。全くもって侮れないやつである。

涅さんは非常に不機嫌そうであったが、みちるとしては助かったな実直に思ってしまった。
そうして彼はみちるに冊子を手渡す。実験台としての価値が無いので不要にはなったが、重量参考品だったと言うそれは、随分と劣化しているがみちるの文字であった。

パラパラとめくって、ぼんやりと思考する。みちるはきっと、未来のためにこれを残した筈だ。嘗ての己に託すために。

メモ書きの一枚。乱雑な筆圧で“彼は未来に居なかった”と書き残されている。
表紙には三番隊三席常盤みちると記されており、間違いなくみちるの筆跡であった。絶望を冠する隊に在籍した彼女は、何を思ったのか。
更に捲れば、みちるの旅が一巡で無いことを知る。メモの途中からは、十三番隊と記されている。死んだみちるは、希望を見たのだろうか。

だが、みちるの居る未来に“彼”は居る。そして、みちるは居ない。それが、全ての答えだった。
みちるはきっと、大切な人を見つけたのだ。その人の未来を思って、変えようとしたのだ。誰にも言わず、どんな罪を背負おうとも。例え己が代わりに消えようとも。希望を確かに、握り締めていた筈だ。
そうして巡り会うのが、このみちると彼であった。酷く哀しく、美しい運命である。

「未来の私は酷い人ですね。きっと貴方の気持ち、ずっと分かっていたはずなのに」

書類に目を通し、小さく呟く。
みちるの検査が終わるまで待っていたらしい浮竹さんは、苦笑いを零した。

「君だってそうさ。知ったくせに、止まろうとしない」

彼らしく無い言葉であった。それはきっとみちるに対する細やかな抵抗であり、もうどうにもならない結末へ向けたあがきである。
彼はいつだって穏やかであったが、やはり少しだけ不機嫌だ。獲得されたみちるという自我は大変に曲げられない性質をしていたし、浮竹さんもまた同じく頑固である。ずっとずっと彼の方が大人であったので、揉めていないだけである。

「なあ、ひとつ」

浮竹さんは諦めたように呟いた。
みちるを真っ直ぐに見て、慈しみを携えた瞳で、深い哀しみを浮かべた顔をする。

「冷たくするのはやめてくれないか」

みちるを止めるでもなく、そんなお願いをする。
どんな言葉を掛けようとも、決心は一切揺らがないし、彼はそれを知っている。だからこそ、小さな頼みを告げた。
過去に戻って、手記の中の彼女と同じように振舞うつもりだったみちるは困ってしまう。それを見越したように、浮竹さんは言及する。

「俺は、君の不器用な笑顔が好きになった」

「...」

「俺を庇って、自らを奮い立たせて。朝焼けを背に笑った君は、誰よりも美しかった」

みちるは浮竹さんを知らない。
出会った記憶が無い。彼はそれを知っている。だけれど、言葉を口にする。これを逃せば二度と機会は無いと知っている。みちるに止める気などは無かった。それが唯一の誠意であったから。

「手遅れなんだ。その時の俺はもう、君と仲良くしたいと思ってる。君はきっと根負けするだろう。その結果が今なんだよ」

みちるはどうするか悩んで、頷いた。
一番の望みを捨てて、みちるに選ばせた彼のために。自分もまた真摯で有るべきだと思った。そんな小さな願い事を、無碍にするなど出来なかった。
少しの困惑を浮かべて、微笑む。彼もまた、晴れやかな笑顔とは言えなかったが、緩やかに笑みを作った。

「...過去に戻った私はどうしましょうね。八番隊でも目指してみましょうか」

全てを手に入れる、とみちるは言う。
せめてもの誓いだ。これから始まる戦いに味方はいない。ただ、全てを知るみちるだけが孤独に挑み続ける。
だけれど知ってくれている人が居る。未来に必ず、みちるを想ってくれる人が居る。それだけで十分だろう。

君らしいと声をあげて笑った浮竹さんは、その青白い手でみちるの頬に触れた。
愛しいものを見るように、眩しいものを見るように。手を重ねれば、穏やかな脈が聴こえる。

「また会いましょう、愛してくれた人」

きっとみちるは恋をしている。彼がみちるを愛するように、酷く穏やかに、優しく、それでいて残酷に。
好きになってしまった人を見殺しにするなど、出来ないことだった。

「この俺はもう、君に会えないんだがな」

ぽつりと零された嘆きを、みちるは聞かない。
見なかったふりをして、彼の心を踏みにじって、自分の正義に生きるのだ。

短剣を翳して、胸に当てる。鳴子は足音のように鼓膜を叩く。過去の私に呼び掛ける。聞こえてるなら。届いてるなら。足を鳴らして応えてくれ。
遠い何処かで軽快な音が反響した。みちるはもう、此処には居られない。