僧侶は見た!

※注意
教祖夏油と共に高専を離反した夢主の、奔放な性生活の被害を被る、教団本部の最寄りの寺と弟子達のオムニバス

〜あらすじ〜
夏油傑が呪術高専を離反し、教祖として新興宗教団体を立ち上げた頃。教団本部の近くの寺の住職Aは、突如として寺に寄せられるようになった身に覚えのないクレームに悩まされていた。ラブホテルで目撃される、若い袈裟の男とは……?(夏油傑×夢主前提)

【住職Aの場合】

 始まりは一本の電話だった。

「お宅の若い方、あまりにも素行が悪いんですけど!一体どうなっているんです?」
 お怒りの檀家さんの声に、思わず「すみません」と受話器を持ったまま頭を下げる。だがいくら通話口でペコペコ謝ったところで伝わるはずもない。
 聞けば、無断駐車にすり抜け、路肩走行といった最悪のマナーで近所を原付バイクを乗り回し、あろうことかコンビニエンスストアで酒を買い込んでいる輩が居るらしい。しかもその年若い男は袈裟を着ていたというのだ。この街で複数の若い弟子の受け入れをしている大きな規模の寺院は此処だけであり、我が寺で修行する若造の一人がハメを外して非行に走った、との結論に地域の門徒が辿り着くことはとても自然なことだった。
「大変申し訳ない。うちの若い衆が大変ご迷惑をおかけしました。私からきつく言い聞かせときますので……」
「お願いしますね!」
 語気荒く電話が切られ、ツーツー音を聞きながらため息をつき項垂れる。そういうことをする奴も居るのかもしれない。仏門に足を踏み入れはしたが、彼らは本来まだ遊びたい盛りの年頃なのだ。いくら戒律を説き監視下で規則正しい生活をさせたところで、年相応の欲求や煩悩が絶えず湧き出る中での禁欲・節制の日々は酷である。魔が差してしまうことだってあるだろう。その未熟さを克服するための修行なのだが、気持ちがわかる分私は殊更に咎める気にもなれなかった。犯人探しはやめておこう。弟子全員に向けてしっかりと注意して、心の内で悔い改めて貰えば良い。いい子達なのだから、彼らの良心を信じたいと思った。
 しかし、本当の事件はここからだったのだ。

「はい。はい、耳に入っております……。大変申し訳ございません。うちの誰かというのまではまだわかっておりませんでして、でも必ず厳重に注意して……え?」
 あの電話を皮切りに、ここのところ絶えずクレームの電話が寄せられるようになった。性別も年齢層もバラバラの檀家さんから、同時多発的で内容も多岐に渡る袈裟の男の目撃情報が寄せられる。しかしそのどれもが僧侶としてはあるまじき品行で、むしろ袈裟のままここまで様々な悪行を網羅できることに感心してしまう。一体どんな乱れた生活を送っているのだ。ただお布施や法事の謝礼など地域の檀家からの信頼で生計を立てている以上この事態を見過ごす訳にもいかず、胃がキリキリと痛んだ。
「ホテル……?」
「この近くにございますでしょう?いかがわしいホテル。袈裟のまま女性の腰を抱いて入り口を潜るのを、何度かお見かけしましたよ。相手の女性は同じ方のようでしたけど。婚前でしょうに、どうかと思います。しかも袈裟でなんて……仏教への冒涜ですよ」
 思わず耳を疑う。ラブホテル?建物の存在は知っている。
 しかし我が寺の弟子達の中に、特定の女性と頻繁にそのような場所に行ける人間が果たして居るだろうか。こう言っては悪いが、弟子は揃いも揃って女性と縁のあるタイプではない。別に彼らの顔や性格に原因があるとは言わない。しかし厳しい規律に縛られた生活の合間を縫って、女性と深い仲になるなんて。ましてやラブホテルでの頻繁な逢瀬など、難しいことに思える。果たして私や他の僧侶に隠し通しせるものだろうか。アイツは違うし、ヤツも無理だ。頭の中で弟子達の顔を一通り思い浮かべるも、思い当たる男は誰一人居なかった。そして大きな違和感だけが私の中でむくむくと膨れ上がる。
 まさか、犯人の袈裟男は。
「うちのじゃないかもしれない……」

【僧侶Bの場合】
「この中で、袈裟のまま近所のラブホテルに女を連れ込んだ者はいるか」
 お師僧の一声で急遽弟子全員が講堂に集められた夜。なんだなんだ、と正座したまま不安げに顔を見合わせる俺達に、住職が重々しく切り出したのは冒頭のセリフだった。
 空気が凍る。ラブホテル?清廉潔白で厳格な尊敬すべき師匠の口からラブホテルという言葉が飛び出たことへの衝撃と、袈裟のままラブホテルという情報量の多さに脳みその処理が追いつかない。そもそも袈裟のままラブホテルに出入りするなんて、そんな非常識な発想がなかった。もしかしなくても俺達は疑いをかけられているのだろうか。いや、まずそんな不届き者が存在するのか。
「あの……話が見えないんですが……?」
「檀家さんからクレームが入った。袈裟のままホテルに入った男は複数の目撃情報がある。この他には袈裟のまま飲酒に喫煙に……最近は枚挙に暇がない」
 弟子の一人が恐る恐る手をあげると、師匠は腕を組んで苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。一同唖然とする。最近なんだか住職に元気がないとは思っていたが、このせいだったとは。心労に気がつかなかったことに申し訳なさを感じると共に、寺の顔に泥を塗っている袈裟の男やらに腹立たしさが募る。お師匠はできた人で弟子達に分け隔てなく厳しくも愛情深く接し、俺達は真剣に僧侶を志し真面目に修練を積んでいるというのに。冒涜する奴は袈裟を着る資格なんてない。坊主なんてやめてしまえ。怒りに心を乱されるのは釈迦の教えに背くところではあるが、未熟な自分には許せそうになかった。
 犯人はもちろん自分ではない。しかし、ここにいる男で彼女が居る奴なんているのだろうか。仲間への信頼以前に、条件的にも難しいことのように思えた。女性と関わりが希薄な生活の上に、ただでさえお世辞にもモテるとは言い難い人間の集まりなのだ。イケメンも居ない。しょっちゅうホテルに行くような彼女が居れば同僚の間でとっくに話題になっているはずだ。俺は僻んでなんかいない。決して。
「彼女もいないのにホテルなんて行きません!」
「しかも袈裟のままなんて!」
「誰だそんな羨ましい奴……!」
 本音が漏れている。悲壮な表情を浮かべた野郎どもから悲鳴めいた声が次々とあがり、控えめに言って地獄絵図だった。涙目で畳に拳をついている奴もいる。どれだけ飢えているんだ、とドン引きするが気持ちはわからなくもない。袈裟に身を包み女を侍らせ情欲を貪る謎の男に、一抹の羨ましさが拭えないのも事実だ。もちろん実行に移せるものではなく、男のロマンの類である。
 うんうん、と神妙にうなずいた住職が断言する。
「うちの若い衆が頻繁にラブホテルで目撃されるはずがない」
 お師匠、それは信頼ですか、言外に女っ気がないと言っていますか。あながち間違っていないのが少し悲しかった。

【僧侶Cの場合】
「坊主って案外遊べるのな」
「は?」
 怪訝な顔をする。この男は中学の同級生だった。買い出しの帰り道に曲がり角でたまたま顔を合わせ立ち話をしていたが、当の男が唐突にそう切り出したため目を丸くする。袈裟の自分と私服の大学生というちぐはぐな組み合わせが談笑する姿に、夕暮れの家路を急ぐサラリーマンや主婦が物珍しげな顔でちらちらと横目で見ては通り過ぎて行く。寺の一人息子ゆえ高校を卒業してから仏門を下った自分とは対照的に、大学生活を満喫しているらしいコイツは相応にチャラついた風貌になっていた。
「お前のとこの寺だろ?ドンキで袈裟のまま大人のオモチャ買ってたの。この辺でデカい寺あそこしかないし」
「ちょっと待てよ。誰だよソレ!?」
「俺が知る訳ないだろ」
 それもそうか。咄嗟の俺の剣幕に困惑した表情を浮かべる男にバツが悪くなり悪い、と謝る。ただ、久々に会う友人にわざわざ嘘をつくメリットもないから、きっとコイツは本当に見たのだろう。十中八九、例のラブホ野郎と同一犯だろう。
 大人のオモチャ?俗世の中でもトップレベルに俗物的なものだ。袈裟での飲酒喫煙ラブホ通いに加え新たな余罪まで出てきて、思わずあんぐりとする。犯人は随分と自由で欲に忠実にのびのびと生きているらしい。
「オレは仏教のルールとかよく知らねーけどさ、袈裟でそういうことするのバレたら普通に怒られるんじゃねーの?オレも見たときさすがに面食らったわ」
「完全にアウトだよ……常識としても世間体としても。最近増えてるんだ、袈裟でいかがわしいところに出入りしてる坊主へのクレーム」
「どうかとは思うけど……そりゃ男なら性欲があっても仕方ないだろ。オレもお前も」
「それを僧侶として表に出すことが問題なんだよ。地域の檀家からの寺の信用に関わる」
「それもそうだな」

 納得の表情を浮かべる元同級生に「犯人どんな奴だったか覚えてるか?特徴とか」と聞く。信じたくはないが、万が一にも同門の人間だった場合に糾弾するためだ。もしうちの寺でなかった場合ただの袈裟のコスプレをした不審者となるわけであるが。
「髪があったぞ。坊主じゃなかった」
「うちの宗派はみんなそうだ」
「袈裟で分かりにくかったけど体格はよかったな。身長高かった。たぶん俺達と同い年くらいで、あと目が細い」
 要領を得ない説明にイラッとするが「それで?」と辛抱強く聞く。奴は探偵のように顎に手を当て目線を空中に彷徨わせた。
「あれはオモチャを使う相手の女が居るはずだ。オナホを買っていなかった」
「はぁ?」
「だってローターとアナルビーズと、こんなの入るのかよって心配になるくらい極太のバイブ買ってたんだぞ!あと拘束具とクリキャップ」
「そんなことは聞いてない」
「いや、あれは相当特殊なプレイをするはずだ。袈裟で涼しげな顔してる癖に、女とヤリまくってるぞあの坊主。許せねぇ」
 見ず知らずの男の性癖を聞かされても反応に困る。情報をまとめると、長身で塩顔の男は袈裟のまま堂々とドンキのアダルトコーナーの暖簾を潜りじっくりと吟味した挙句、エグいアダルトグッズを両手に涼しげな顔でレジの列に並んでいたらしい。ちなみにドンキはアダルトグッズも一般商品の客も同じレジだ。周りの目は気にならないのだろうか。もし俺なら居た堪れなさに死にたくなる。随分と肝の座った変態である。
「しかもさ!店の外で綺麗な女の人とかわいい双子の女の子が待ってて、手を繋いで夜の闇に消えて行ったんだよ。怖いだろ?」
「まさかの隠し子かよ……」

 まさかの隠し子疑惑まで出てきた。新情報の洪水に頭痛がする。寺の人間だったら大問題だ。アダルトグッズを買ったその足で子供と仲睦まじく歩く神経を疑うし、百歩譲って妻帯者だとしてもまず袈裟でアダルトグッズを買うな。インターネット通販とかあるだろう、現代では。
 ふっと表情を消したヤツが虚な目をしてぼそり、と呟いた。向かい合う俺もきっと死んだ目をしている。
「……でも羨ましいよな。オモチャ使える相手がいて」
「……まあ」
 否定はしない。常識ではなく、男のロマンの問題なのだ。

【僧侶Dの場合】
 どうやらこの辺りには袈裟姿のお盛んな女誑かしがいるらしい。
 そのような噂が突如として囁かれるようになり一ヶ月、寺の内外からたちまち目撃証言が集まるようになった。飲酒喫煙はまだ良い方で、ある時は近所のラブホテルに入る姿、別の時には大衆店でアダルトグッズを購入する姿。夜の営みを随分と満喫しているようだが、しかしその正体はベールに包まれ依然として謎のままだ。少なくとも我が寺の人間ではないと思われるが、かといって日常生活を僧侶のコスプレで歩き回る奴がまともな社会人だとも思えない。住職と面識がないことからもこの街の他の寺の人間でもないのだろう。しかも一説では例の男は妻子持ちだとの情報もあるのだ。一向に尻尾を掴めない姦淫坊主は、もはや寺の弟子達の間で妖怪か都市伝説のような扱いになっていた。ただ寺の評判に迷惑なのでやめてほしい。
 その日は足早に帰路を急いでいた。檀家さんと先の法事についての打ち合わせをしていたら、存外に遅い時間になってしまった。繁華街にほど近い場所に位置する路地は人混みの喧騒や看板の光もぼんやりと届く。ふと前方を向くと人影が目に入って、驚いて足を止める。闇夜に紛れる黒い装束に、目を引く黄色の後ろ姿。寺の誰かかと声を掛けようとして、はっと息を呑む。髪が長い。僧侶としては異様な長さだ。ハーフアップにして、耳朶には大振りのピアスが覗いていた。到底あり得ない、型破りな着こなしはまるで――
「あいつか!」
 確信する。目の前にいるヤツこそ、件の元凶だ。隣には女がいる。後ろ姿で顔は見えないが、仄暗闇に白いうなじが心許なげに薄ぼんやりと浮かんでいた。袈裟の男が路地の真ん中で女の袖を引き、ぼそぼそと二、三言の言葉を交わす。声量が小さくて会話の内容までは聞こえないけれど、女がいやいやと首を振って、男が意味ありげな手つきで女の肩を撫でる。親しい男女の纏う特有の空気だった。
 俺はなんだか見てはいけないものを見てしまっている気になって、五十メートルほど離れた曲がり角でその場に釘付けにされたように動けなかった。これでは覗き魔となんら変わりがない。悪趣味だ。とにかく犯人らしき人物を目撃したのだから、相手に気づかれる前に足早に立ち去ろうとした時。
「あ、」
 不意に、二人の影が重なった。スローモーションのようだ。男女が吸い寄せられるように近づき、やがて距離が0になって唇が重なる。爪先立ちになった女の脚のラインが、やけに扇情的だった。唇が離れても何度も角度を変えて啄むように、そして頭が艶かしく動いて濃厚なキスへと変化していく。最初は戸惑いつつ応えていたはずの女の腕が男の首に周り、袈裟の威儀をくしゃり、と握った。声なんて聞こえないはずなのに、生々しい息遣いと水音が聞こえて来るような錯覚に襲われる。男のたくましい腕が女の腰を掴み、自らの身体と密着させるように引き寄せた。下襲から伸びた大きな手が腰を撫で、次第に下へと下がっていく。どこか浮世離れした、美しい一枚絵のような光景に目を奪われていた時、はっと正気に返った。これ以上はだめだ。女の唇を貪っていた生臭坊主の切れ長の目がこちらをちらり、と見た気がして、急に背筋にゾッと冷たいものが走る。この距離と暗さでは顔なんて見えるはずがないのに。なぜか本能的な危機感を覚えて、慌てて踵を返した。
 路チュー。路チューって、なんだよ。坊主の癖に。悲しいような虚しいようなやりきれない感情に襲われながら、今しがた目にした光景を振り切るように走る。寺に辿り着くと、僧侶達が団欒をしている畳の間へ息を切らしながら駆け込んだ。
「見たぞ!姦淫坊主存在した!」
「本当か!?」
 そう叫ぶと、弟子達が一斉に色めき立つ。「どんな奴だ!?」「何処にいた?」と口々に問い質され、息を整えながら簡潔に答える。
「ああ。路上で女とキスしてた」
 一言そう告げると、「またかよ」と一同の瞳の奥の灯りが消えた。好奇心に輝いていた顔から一転して、見る見る表情が死んでいく。
「俺達が真面目に修行をして慎ましく暮らしてる間に、姦淫坊主は女とよろしくやってるのか」
「今この瞬間もどうせホテルだぞ」
「クソッ!袈裟でセックスするな」
 半ばヤケクソのように次々と罵る様子は褒められたものではないが、どうか許してやってほしい。俗世を捨てたといえども二十歳前後の健全な男の集まりなのだ。腹立たしさを通り過ぎて姦淫坊主を尊敬している奴まで出てきた。たしかに女性と性に耽るその手腕は目を見張るものがある。が、俺達に濡れ衣を着せられるのは堪ったものではない。
「……で?誰なんだ結局……」
「「さあ……」」
 この街に袈裟の人間がそんなゴロゴロ居てたまるか。少なくともここにいる俺達でないことは確かだ。もしかしたら俺達には知り得ないなにか不思議な力が働いて、この街に住む淫乱坊主の正体が覆い隠されているのかも知れない。そんな非現実的なことが一瞬思い浮かんで、即座に馬鹿らしいと打ち消した。
 姦淫坊主は誰なのか。口付けを交わしていたあの女性と、隠し子だという双子の女の子は。謎は深まるばかりである。




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