・静臨前提の帝臨
・多少の暴力表現あり
・平和島さんがひどい人







目の前で火花が迸った、そう錯覚させる程の衝撃だった。
ああ、痛い。頬が焼け爛れたみたいにじくじくと痛む。

あまりの痛みに震える膝に鞭打って、黒いコートを揺らしながら立ち上がり俺を見下げる彼を見上げた。
ガラス玉のような無感情な瞳に、はっきりと俺の姿が映った。冷たい目。人工的且つ綺麗な金髪がより一層瞳の冷たさを際立たせるようだった。

唐突に視界が揺らぐ。気がついたら鼻の先が地面に触れていた。
一足遅れて今度は反対の頬に痛みを感じた。ああ、また殴られたのか。痛みと絶望で停止寸前の思考回路が、どうにか今の状況を汲み取ってくれた。

とりあえず起き上がろうと腕に力を入れる。が、思うように力が入らない。腕も脚も、全然言う事を聞いてくれない。
ああもう、ほんとどんだけ馬鹿力なの。この俺がたったの2回殴られただけで起き上がれなくなるなんてさ。サイモンに殴られた時だって、ここまでのダメージはなかったよ。
でもまあ…昨日よりはマシか。昨日は本当に、ほんとうにひどかったから。
薄れゆく意識の片隅で、昨日の彼の暴力がフラッシュバックする。それだけで意識を手放す事が出来るような気さえした。


「あ、ぐッ!」


下腹部に激痛が迸った。おかげで意識を失うタイミングを逸してしまう。


「何勝手に寝ようとしてんだよ、あ?」


獣が呻くような低い声に、肩がびくりと大袈裟に揺れる。なんともみっともない自分の反応に我ながら呆れた。


「イっ!あぐぅ、あ゛、」


全く痛みがひかない内に、再び彼の足が俺の鳩尾に埋まった。
彼は何度も何度もそれを繰り返した。何度も、何度も。連続する体の痛みに息がうまく出来ない。


「は……っか、ふ」


みっともなく唾液を口の端から垂らしながら、必死に酸素を取り入れる。
喉の奥から込み上げてくる鉄臭いものはどうにか飲み込んだ。


「ふぅ…っく、」


じわり、と俺の世界に水の膜が張りついた。彼の顔もよく見えない。視界が閉ざされたために、余計に痛みをダイレクトに感じてしまう。
突然視界を奪った煩わしいものが涙なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。次から次へと溢れる涙が頬を濡らす。涙が頬を伝う度、殴られた時の傷に滲みた。

その間も彼の俺への行為は続く。寧ろ酷くなる一方だった。

音もなく涙を流しながら俺が感じていたのは、痛みでも悲しみでもなく苦しみだった。ただただ、苦しかった。
痛みを感じないのは、それほどに彼が好きだからで。悲しみを感じないのは、それだけ彼が俺を愛してるということを知っているからで。苦しみを感じるのは、呼吸がうまく出来ないからで。
己の頬を伝うものさえ無視して、俺は無理矢理そう思い込んだ。

朦朧とした意識の中彼を見上げる。薄い水の膜越しにゆらゆらと揺れる彼の表情が、くしゃりと歪んだ気がした。
そこで俺の意識は長い暗転を迎えた。




  

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