ニュースでさぁ、女性がストーカーに殺されたとかってあるじゃない?そういうのって、物騒だなぁとか怖いなぁって思うけどやっぱりなんとなく他人事じゃん?


ましてや恋人もいない平凡な一市民の私が日常においてそんな危険にさらされるとは考えにくくて。



だから仕事帰りに後ろから聞こえてきた足音の正体に襲われるなんて微塵も思わなかったわけ。




「うぅ…痛ったぁ…」



声をかけられたと思って振り返ったらいきなり鈍器かなんかで殴られたんだよ?そりゃ意識もぶっ飛ぶし頭も痛くなるって。

さすっても血とかでてないからタオルとか巻いて脳震盪おこさせたのかな。用意周到というかなんというか。


朦朧とした頭で辺りを見回すと見覚えのない部屋だった。
然程広くないけれど天井だけは無駄に高くてその高い位置にある窓から漏れてくる月明かりだけが光源になっている。


部屋にあるのは今自分がいる狭い部屋に似つかわしくない大きなベッドとサイドテーブルだけ。


無機質な壁に唯一ドアが見えたから立ち上がって近づき、開けようとしたがガチャガチャなるだけで開く気配はない。まぁ頭を殴って誘拐か軟禁かしてる時点でそう易々と出られるとは思ってなかったけれど。


これがRPGとかホラーゲームとかだったらタンスやらなんやら漁ってアイテムを見つけたり、誰かがやってきてイベントが起こったりするだろうに、残念ながらこの部屋には何もなさそうだ。
一応ベッドの下や壁なんかも調べてみたが何もなかった。



ベッドに腰かけて状況を整理してみる。


夕方、私は職場であるフレンドリィショップを出て家へ帰る為に歩いていた。私の家は祖父母が暮らしていた街の外れにある一軒家で、帰り道は極端に人通りの少ないさびしい道だった。
そこをいつものように歩いていたら突然頭を殴られて意識を失い今に至る。



我ながら冷静すぎると思うけれど、とりあえず明日は休日だし両親は実家にいるし私がいなくなって心配する人は今のところいないし、クッション性のある鈍器を使ってさらにベッドに寝かされていたってことは殺される可能性は低そうだ。


しかし怨みによる犯行でないなら犯人に心当たりがないのが心配だ。別れた恋人とかはいないし誰かに愛を告げられたこともないからストーカーとも考えにくい。

誘拐にしても私の家は別段裕福でもないし至って平凡な家庭であるからそれも考えにくい。





考えが尽きた頃には何か変化がおこるものじゃないのかと思ったが何も起こらず、仕方ないのでとりあえず寝てしまおうかとベッドに横になることにした。私の適応力の高さには定評がある。










いつの間にか寝ていたようで、こんな状況でも眠れる自分に驚いたがそれ以上にベッドに腰掛けている人物に言葉を失った。



ちらりと見える横顔はとても綺麗で、紫のバンダナに金色の髪がよく栄える。
その姿はこの街で知らない人などいない、ゴーストタイプの使い手、エンジュのジムリーダー





「マツバさん…?」




思いきって身体を起こし声をかけるとすぐに振り返り、優しげに微笑んだ。





「おはよう、ナマエ」



窓から落ちてくる光とマツバさんのあいさつで今が朝だということを知る。


「おはようございます…」


何から話せばいいかわからずとりあえずあいさつを返すと満足そうに頷かれた。




あれ、これはどういう状況?
私マツバさんと初対面なんだけど。なんで私の名前知ってるの?



「頭はもう痛くない?」


「あ、はい…」


「ごめんね。手荒な真似して。ゲンガーに捕まえて、って命令したらシャドーボールうっちゃって…」



ペラペラ話すマツバさんについていけない。私を襲ったのってマツバさん(のゲンガー)なの?鈍器で殴られたと思ってたのはシャドーボールだったの?そりゃ痛いわけだよ。てか私捕まえられるようなことしたっけ。まったく身に覚えがないんだけど。



「あ、あの…」


「ん?」


微笑を浮かべながら首を傾げるマツバさんイケメンです。じゃなくて、



「ここどこですか?私なんで捕まったんですか?なんでマツバさん私の名前知ってるんですか?」



とりあえず思いついた疑問をぶつけるとマツバさんはなんでもないように答えてきた。


「ここは僕の家。で、この部屋は修行に使われる部屋なんだけど今は使われていないんだ。君のことを拉致したのは単純に君のことが好きだから。もちろん名前も知ってるよ」






拉致ってはっきり言ったこの人…!
というかそんなことより


「…好き?」



って言った?この人「うん」じゃなくてさ、


「誰が、誰を?」



「僕が、君を」



丁寧に指で指し示してくれてわかりやすいけれどわからない。


「私達初対面ですよね?」


「話すのは初めてだね」



「マツバさんストーカーだったんですか」


「そんなつもりはなかったけど」

「私家に帰りたいんですけど」


「それじゃあ拉致した意味がないじゃないか」








駄目だ。なにかが根本的にずれてる気がする。



「拉致する必要はあったんでしょうか」



「欲しいものが、必ず手に入るとは限らないだろう?」



だから無理矢理手に入れようとしたのか、と思って
そして同時にこの人はホウオウに会う為に涙ぐましい努力を強いられていたのにそれが叶うことはなかったということを思いだした。


この街に住んでいる人なら皆知っている。ホウオウに選ばれた少年がマツバさんにも勝利していたことも。





「私じゃホウオウの代わりにはなれませんよ」





私がそう告げるとマツバさんは一瞬目を見開いて







「そうだね、」



一言呟いてそれっきり黙ってしまった。






「マツバさんならこんなことしなくても充分女性オとせるでしょうに」





沈黙が気まずくてぽつりと呟くと勢い良く顔をあげて両手を掴まれた。





「ナマエも僕のことを好きになって、愛してくれるかい?」





近い近い顔が近い!!

そんな捨てられたロコンみたいなカオしないで!!



「そ、それはまだわかりませんけど…可能性は充分過ぎるほどありますね…」



絶対今私顔赤くなってる、もう真っ直ぐマツバさんの顔が見れない。
なのにマツバさんがすごく嬉しそうに


「じゃあはやく好きになっておくれ」



って抱きしめてきたもんだからつい声を裏返して「はいっ!」と答えてしまった。














ニュースとかでストーカー被害がどうたらって聞くけど、まさか自分が被害者になるなんて微塵も思ってなかった。

しかもまさかストーカーに惚れてしまうなんて、ね。














拉致されたのに。

(この後きちんと家に帰してもらいました)
(但し公認ストーカーになりました)









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