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今日も今日とて残業を終えて家に帰ったワタクシが玄関で靴を脱いでいるとパタパタとスリッパを鳴らしてやってきたナマエ様は顔を赤くしてどこか落ち着きのない様子でした。不思議に思ってただいまと告げるのも忘れて“どうかなさいましたか?”と尋ねると興奮気味に




「ノボリさん!!私子どもできたみたいです!」



と嬉しそうに語った。
愛しいナマエ様と夫婦になって幾年、夜の営みも幾度となくいたしました。普通に考えれば何もおかしいことはなく、むしろ妻を抱きしめて喜び合うものでしょう。


ですが、ああ…ナマエ様はご存知なかったのですね、








ワタクシが、子どもを作れない身体だと。














ショックで言葉を失っているとナマエ様が何も話さないワタクシに不安になったのか、心配そうに顔をのぞきこんできました。
一体どうするのが正解なのかわからないが、確かにワタクシはナマエ様を愛しておりますし手放すつもりもありませんでしたからひどくしめつけられて軋むような胸のうちを隠し、頭ひとつ分小さなナマエ様の身体を抱きしめて




「おめでとうございます」







ワタクシは真実から目を背けることに致しました。




















───────






ワタクシは元々無表情でしたし、もういい大人ですから胸の奥に潜む気持ちを隠すのはそう難しくありませんでした。はじめこそクダリに見破られ、問いつめられましたがそれとなくかわし、そのうち心配されることもなくなりました。


実のところ胸の奥では流産してしまえばいいとさえ思ったこともございました。しかし日々大きくなるお腹を愛しそうに撫で、ノボリさんに似た子が生まれればいいですね。と幸せそうに話すナマエ様を見て思わず当に自分の子が宿ったかのような錯覚さえおぼえたのです。


普通に考えればナマエ様はワタクシ以外の子を孕んだということであり、よくもまぁそんなことを言えたものだと思いつつ、幸せそうに語るナマエ様の目に偽りの色はなく、あまりにも純粋に笑うのでワタクシは言及することができませんでした。



季節を越えて、ある日ライブキャスターにかかってきた知らせに慌てて病院に向かい、長い長い時間待たされようやく会ったナマエ様の子どもを見て、ワタクシは奇跡が起きたのだと思いました。








「おめでとうございます!双子の男の子ですよ」










そこにいたのは疲れきっているにも関わらず笑顔の妻と、どこか自分の面影のある2人の赤ん坊の姿でした。



ナマエ様に労いの言葉をかけると、疲労からか力無く笑って



「よかったね、ノボリさん」



とおっしゃいました。










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「ワタクシはあの時の言葉が引っかかっていたのです」



“よかったね、ノボリさん”



血液型も問題なく、自分とよく似ている子ども達に違和感を覚えたのはトレーナーズスクールに入学する頃でした。






自分にそっくり。けれど自分とは正反対。
カメラに向かって無邪気に笑う2人の面影はすでにワタクシとは別のものでした。





その可能性をまったく疑っていなかったわけではないけれど真っ直ぐな瞳で笑うナマエ様と同様に

信じて いたのです。








一度疑問を抱くと簡単に払拭することは出来ず、むしろ日を追う毎に確信へと近づいていきました。






ワタクシは試しに2人の息子に


「お前たちの父親は本当は別にいるのですよ。本当の父親が知りたければ母さまに聞いてみてごらんなさい」



と耳打ちしました。
驚いてキッチンにいる母親の元へ駆けていった息子たちをこっそり物陰から見守って。



ほんの軽い気持ちで試したのに、息子たちに「「ボクらの本当の父様はどこにいるの?」」と問いかけられたナマエ様はひどく狼狽え、持っていた包丁が手からすり抜け小気味良い音をたてて床に落ちました。その顔はとても青ざめていて、ワタクシは確信しました。

隠れるのをやめ、ナマエ様に近づき包丁を拾う。
混乱しているであろうナマエ様に


「ナマエ様、少しお話しましょう」


と告げ、息子たちに“そろそろアニメの時間ではないですか”と声を掛ければはしゃぎながらリビングへと向かって行った。















─────




「やはりあの子たちの父親はクダリでございますか」



独り言のように呟くと
向かい合って座って頭を垂れているナマエ様の肩が大袈裟に揺れた。
その姿を見て改めて現実を思い知らされる。
思わずため息を漏らすとナマエ様が慌てたように顔をあげました。




「違うんです!浮気とかじゃなくて…私が、私が…」



その顔は酷く歪んでいて涙がぼろぼろとこぼれています。いつもならその涙を拭って頭を撫でるのですが今はただ他人事のように見つめるしかありませんでした。




「どうして…」



まだ混乱しているのでしょう。言いたいことがまとまらないようでうわ言のように繰り返します。
ワタクシは思いきって胸の内を明かすことにしました。



「ワタクシは子どもを作れない身体だと医者に診断されていたのです」




思いきって事実を告げるとナマエ様はよほど驚いたのか目を見開いて口をぱくぱく動かしていました。


「ワタクシ達の間に子どもが出来ずに嘆いていた時期があったでしょう?」



ワタクシは密かに病院で検査し、子どもが出来ないのは自分のせいだと知ったのです。
しかし子どもを切望するナマエ様に告げることが出来ませんでした。



思えばあの時ワタクシが素直に打ち明けていればこのようなことにはならなかったかもしれませんね。けれどやはり真実は受け入れなければなりません、
ワタクシは立ち上がってナマエ様の顔をみることもなく














「ナマエ様、離婚いたしましょう」







ワタクシはお得意の無表情でただ一言告げて、ナマエ様に何か言われる前に早足で立ち去り家を飛び出しました。





後ろから何か喚くように訴えてくるナマエ様の声が聞こえましたが振り返ることはいたしませんでした。















真実とはかくも悲しきものなのでしょうか



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離婚いたしましょう、
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