「ねぇミルホッグ、おなかすかない?」

混雑した人ごみのなかで呟くようにそう溢した。返ってきたのは否定とも肯定ともわからないあいまいな鳴き声だった。


私が今いるのはライモンシティの中心、大勢の人々で賑わうギアステーションのバトルサブウェイと呼ばれる地下鉄。
所謂廃人と呼ばれるバトル狂達が日々乗って戦っている。



だが私がここにやってきた目的はバトルではない。





「プラーズマー!!」





なんの前触れもなしに威勢のいい掛け声と爆音が地下鉄内に響き渡り、行き交う人々の足が止まる。
突如現れたのは沢山の同じ服を纏ったポケモン解放を謳う危険思想団体“プラズマ団”
私が所属するその集団がたった今バトルサブウェイをジャックした。

事前に周到に計画され、滞りなく始められた作戦。―ポケモンの解放の名目の下トレーナーからポケモンも奪ってゆく。逃げ惑う人々、ポケモンを奪うプラズマ団と泣き喚くトレーナー達。バトルサブウェイは一瞬にして混乱していった。



私はその状況をただ傍観していた。確かにプラズマ団に属してはいるけれど私は直接ポケモンを奪いに行ったりバトルを仕掛けにゆくのではなく、奪ったポケモンにフーズをあげたり回復させたりする世話係だ。



傍らには先日誰かが奪ったばかりのミルホッグがそわそわと落ち着きなく首を動かしている。




地下鉄はすべて緊急停車。地上へと続く階段も封鎖してある。着々とポケモンを奪っていく自分と同じ服の同僚達。対抗してバトルを挑んでくるトレーナーも出てきたがポケモンを奪い、撤退するのも時間の問題のようだ。


なにをするでもなく、ぼんやりと眺めていたせいで私は後ろからやってきた人物に気がつかなかった。


「地下鉄の安全を乱すのは赦せませんね」



唐突に聞こえてきた声に驚いて振り返った時にはもう遅い。

一瞬にして視界が反転し頬に感じる冷たい床の感触。腕を捻られて痛みに短い悲鳴をあげた次の瞬間、私は身動きが取れなくなった。


痛みに顔を歪めつつ、なんとか顔を上げて腕を痛めつけてくる人物を見やる。黒い制帽、黒と赤みのかかったオレンジのボーダーが特徴的なコート、灰色の瞳と存在感を放つモミアゲ。

プラズマ団と並ぶくらいに派手な服装をしたその男を睨みつけるがそいつはなんでもないような澄ました顔で私には目もくれず、



「クダリ!“いとをはく”をお願いします!」


「わかった!」


どこからか返事が聞こえてきたかと思えばすぐに私の身体は何かの糸に巻き付けられていた。
ようやく黒い男に手を離されたのに結局身動きなんてとれやしない。隣にいたミルホッグも同様に糸で縛られている。




ちくしょう。油断した。


私が動けないということがわかったら黒い男は軽くこちらを一瞥してからすぐに騒ぎの中心の方へと向かって行った。







そこからは早かった。黒い男と、その色を反転させたような白い男が並んでバトルをしかけると同僚達はあっさりと負けていき、

「プラーズマー!!」と叫んでは悪役らしく、すばやい動きで逃げていった。





私も思わず見とれていた。2人の男の無駄のない統率されたコンビネーション、ポケモンとの信頼関係、すべてにおいて 強かった。





騒ぎは次第に落ち着き、奪われたポケモンも2人の手によって持ち主へと返されていった。






私は何のためにここに来たんだと下唇を噛んでいたらさっきの黒い男がやってきてその高身長で、床に座りこんでいる私を見下した。







────





「お名前はなんとおっしゃるのです?」


「…………」



あのあとすぐに私は前後を2人に挟まれ、執務室と書かれた部屋に連れてこられた。

椅子に座らされ、黒い男が向かいに座って私に質問を始めた。



「もう一度お聞きします、名前を答えて下さいまし」


「…人に聞くときはまず自分から名乗るべきだと思います」



あからさまに不機嫌に答えると同様に若干の苛立ちを含んだため息が聞こえてきた。


「貴方はご自身の立場を理解していないようですね」

「ノボリ兄さん、変わろうか?」
白い男が口を挟む。近くで見てもソックリだ。兄さんと言ったから兄弟なんだろう。



「いえ。…わかりました。ワタクシの名前はノボリ。このギアステーションを管理している者です。そして僭越ながらサブウェイマスターを務めさせていただいております」



「僕はクダリ。ノボリ兄さんの双子の弟さ。同じくサブウェイマスターだよ」


2つの同じ顔が並んで自己紹介をする。黒い方がノボリ。白い方がクダリ。


「私は…ナマエ。プラズマ団のしたっぱよ」



大人しく答えるとノボリが復唱しながらメモを取る。



「それじゃあ兄さん、後処理にまわってくるね」


そう言ってクダリが部屋から出ていく。仏頂面の男と2人だなんて気分のいいものじゃない。
はやくジュンサーさんでもくればいいのに。心の中で舌打ちをして


「言っときますけど、したっぱから有益な情報なんて期待しないで下さいね。というかジュンサーさんでもなんでも呼んだらいいじゃないですか」



半ばヤケになりながらそう言い捨てたら、
ノボリは眉間にシワを寄せてしかめっ面でため息を吐いた。


「ずいぶんと傲慢な態度ですね。ワタクシ怒っているのですよ。アナタ方プラズマ団によって一体どれ程の被害を受けたと思っているのですか」


そう言って蔑むように睨んできたノボリに怯んで目をそらして小さな声を漏らす。


「別に…私はなにもしてない」



ただでさえ重い空気に亀裂が入ったような気がした。
ガタッ、と大きな音を立てて立ち上がったノボリに大袈裟に肩を揺らし驚いて見れば、ノボリは仁王立ちでこちらを見下ろしていた。



「な、なに…?」



「事故の後処理で手がまわらないジュンサー様に代わってお話だけ伺うつもりでしたが気が変わりました」



そう言ってさっきからなにか書いていたメモを破り棄てる。さっさとジュンサーさんに引き渡すことにしたのか、清々する。と安堵の息をつこうとした時



「貴女様をジュンサー様に引き渡すのはやめにします」





はっきりと目を見ながらそう宣言されて言葉の意味を理解するのに時間がかかった。ようやく言葉が脳に到達して口からでたのは「は?」という間の抜けた声だけ。
頭の中がナニイッテンダコイツ、と疑問符で埋め尽くされる。



「プラズマ団の衣装を着ていたのでとりあえず身柄をおさえさせていただきましたが、貴女様が実際に悪事を働いていたところを見たわけではございませんし、」



そう言ってひとつのモンスターボールを取り出す。なにがでてくるんだと身構えるとすぐに中からでてきた何かに勢いよくぶつかられた。


ぐふっ、と腹部に受けた衝撃をよく見ると


「…ミルホッグ?」


つい最近プラズマ団によって捕らえられ自分が世話をしていたミルホッグが頭突きをかましてきていた。


「そのミルホッグは貴女になついているようですね」



ノボリがモンスターボールをしまいながらそう言った。なついている?


「なんで…」


「ワタクシそれが知りたいのです。なぜポケモンがプラズマ団になついているのか」




思わずノボリのほうを向くとさっきまで不機嫌そうに下がっていた口角がゆるりとあがり、微笑んでいた。



「少し貴女様のことを誤解していたかもしれません。」




つかつかと歩み寄られ、顎を持ち上げられる。
近づいてきた顔から目を背けると耳元で話された。



「ナマエ様、ジュンサー様に引き渡すかわりに、ギアステーションで働きませんか」



「…………はぁ!?」



「トレーナーカードはこちらで預かっておりますし、プラズマ団には戻れないでしょう?ギアステーションに就職できるなんてとても幸運ですよ」



抗議の声をあげる前に勝手に話を進められていく。しかもトレーナーカードという弱味をちらつかせるあたり確信犯である。



「私はただポケモンの世話をしてただけですって!」


「それならばプラズマ団の襲撃の後始末に追われて忙しい鉄道員たちのポケモンのお世話をして下さいまし」



もちろんワタクシの相棒たちも、とにっこり笑顔で告げられ


ジュンサーさんよりも大変な人に捕まったと目眩がした。








ナマエは目の前がまっくらになった!











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リクエストくださった藍歌さまへ捧げます。


アニメノボリさんで嫌われからの愛され…というリクエストでしたがまったくご期待に添えずに申し訳ございません!


いつか加筆修正したいです。このような駄文になってしまいましたがリクエストありがとうございました!




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