優しい手
「着きました。ここがギアステーション、バトルサブウェイでございます」
しばらくの間モンスターボールの中にいたけれど、出してもらって初めての景色に思わず飛び回って辺りを見渡した。
「おや…?」
ノボリさんがなにか気づいたような声をあげたから振り返ろうとしたが身体を両手で掴まれた。
「?」
「ネームタグがついていますね」
そう言われて思い出した。シャンデラの腕にネームタグをつけていたんだ。
「メア…ですか」
迷子にならないように私の名前を書いておいたそれはノボリさんによって外された。というよりもうだいぶ古くなってとれかかっていたのだけれど。
「アナタの名前ですか?」
掴まれていた手を離されたので振り返って向かい合うと目線を合わせて尋ねられた。
私の名前と言えばそうだし、ノボリさんもシャンデラくんと区別するのに良いだろうから私は肯定するために鳴いてみた。
「そうですか。ではメア、ワタクシ仕事がありますのでシャンデラと一緒に遊んでいて下さいまし」
その方がここに慣れやすいでしょう、と仏頂面だけど丁寧で心のこもった提案と共にシャンデラくんがモンスターボールから出され、あとはお願いしますよ、と言い残しノボリさんは業務机へと腰掛けた。
『メアメア、おはなししよう?』
『シャンデラくん、いいよ。なんのお話する?』
『メアのことしりたいな!』
『私?』
ふわふわ浮かんだまま向かい合って私達は話をする。
『私は…本当は人間だったんだよ』
『えぇ?』
『ふふ、嘘だと思う?』
『うーん、うーん…』
試しに冗談みたいに言ってみたらすぐ否定されると思ってたのにポケモンは素直だ。
身体を右に左に揺らしながら考えこんでいるみたい。
『信じるのも信じないのも君の自由だよ』
『わかんないけどいまメアはボクとおなじ。だからどっちでもいいや』
そう言ってくるりと1回転。青紫の炎が揺れている。
『シャンデラくん、ノボリさんってどんな人?』
なんとなく軽い気持ちで尋ねるとシャンデラくんは嬉しそうに炎の揺れを大きくして
『やさしくてなんでもできてかっこいい!ボクだいすきなんだ!』
くるくる楽しそうに笑った。ペットは飼い主に似るというけれどシャンデラくんはノボリさんと違って表情豊かだ。
その姿を見ていたら、ノボリさんが立ち上がって近づいてきた。
なにかと思って見つめると、シャンデラくんをモンスターボールに入れてしまった。うるさかったかな、と反省すると
「メア、挑戦者がいらしたようなのでシャンデラを連れていきます。アナタもモンスターボールに戻りますか?」
どうやらシャンデラくんの出番らしい。ノボリさんが手にしているモンスターボールの中は快適だけど元人間としてはあまり入っていたくはない。逃げるように後退りすればノボリさんは心得てくれたようでモンスターボールをしまってくれた。
「それでは少し待っていて下さいね。…あそこのモニターでワタクシたちのバトルが見れますから」
指差された方をみやり、了解の意味をこめて「シャンッ」と鳴いたら撫でられた。
「良い子ですね」
手袋の感触だけど優しく撫でられてノボリさんの体温を感じるようでなんだか安心するみたいに温かい。
それではいってまいります、と名残惜しくも手が離れノボリさんは部屋を出ていった。
1人残された部屋の中で今出ていったドアを見つめて放心する。速さのました心拍数はしばらく落ち着きそうにない。
ポケモンになった私は今どんな顔をしているんだろう。
───