日常すらもどかしい
ノボリさんの手持ちになってから数ヶ月が過ぎた。季節が変化しても私は相変わらず、ノボリさんへ想いを馳せながらそれでも鏡を除きこんでは現実を目の当たりにするだけで。
「メア、お客様にきのみのタルトをいただいたので一緒に食べましょうか」
「シャン!」
手作りらしいきのみが可愛らしくトッピングされているタルトはきっと女の子から貰ったものだろう。ノボリさんはとてもモテるのでよくこういった差し入れやプレゼントを渡される。
はじめの頃は他の女の子から貰ったものに嫌悪すら感じたけれど
そのうちにどうせ私がシャンデラでなくとも、そんなおいしくて可愛らしくて女の子らしいものは作れないから開き直ってありがたくいただくことにした。
私が喜んで食べることでノボリさんも喜んでくれるので今はむしろ役得である。
「メアはきのみが好きですね」
がつがつとタルトにかじりついているとノボリさんが私を撫でながら小さく微笑んだ。
まぁきのみなら人間も食べるからポケモン用のものに比べて抵抗が無いからね。まぁ最近は割と開き直って色々食べるんだけど。
「シャシャーン」
シャンデラの姿の利点、
堂々とノボリさんにスキンシップができる。しかも喜んで貰える。
「メアは良い子ですね」
ノボリさんに頭を撫でられるのは好き。たまにさびしくなるけど、なんの接点もない本来の私よりも
近くにいられるこの姿で私は十分だ。
「そういえば、」
ふいに頭を撫でていた手を止めてノボリさんは片手を顎に添え、何か考えるような仕草をして話しだした。
「フキヨセシティにカミツレ様のご友人がいるそうなのですが、つい先日ジョウトからシャンデラを探しにきたという方がいらしたそうです」
心臓が跳ねた気がした。
ジョウト、まさか いやでもきっとそうだ
「ひょっとしたらその方はメアを探しているのでしょうか…」
ノボリさんが複雑そうな表情で私を見つめる。
だけど私は
「シャン?」
あくまでとぼけてみせた。
マサキさんが私の様子を見にきたに違いない。あの人は心配性だから。
でも大丈夫。約束の1年までまだ半年以上ある。
限られた時間とノボリさんと過ごすって決めたんだ。
「大事なのは過去よりも未来ですね」
ノボリさんはそう呟いてすぐにインカムで呼び出されて行ってしまった。
「ではメア、行ってまいります」
「シャンっ」
制帽をかぶり直し、凛と姿勢を正した後ろ姿を見送って
(私もバトルが出来ればなぁ)
欲というのは満たされることをしらない
『バトルがしてみたい?』
シャンデラくんの言葉に頷いて見せる。夜も更けて挑戦者も来なくなってノボリさんが書類にあたっている間、シャンデラくんと雑談をしながら軽い気持ちで聞いてみた。
『私もノボリさんの役に立ちたい』
『うーん…』
珍しくシャンデラくんが困っているようだった。
『メアのつよさがわかんないしなぁ…もしボクよりつよかったらボクこまる!』
『あはは、シャンデラくん強いから私じゃ勝てないよ』
長い間ノボリさんのパートナーを務めているシャンデラくんに勝てるとは思っていない。だけど私のシャンデラだって決して弱くは無かった
だからノーマルで十分だから、一緒にバトルに挑んでみたい。
痛いのは怖いけど
何よりも ノボリさんの近くにいたい
『じゃあボクとバトルしてみる?』
シャンデラくんの言葉に私は大きく頷いた。
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