「あー、やっぱ屋上いいな! いい風来てるわー」 「ん、そうだね」 梅雨時にしては珍しく晴れた日。 こういう日は外で飯食うに限る! って半ば無理やり由衣を誘って屋上に来た。 嫌な顔一つしないのは由衣の優しさだろう……単に無愛想っていうのもあると思うけど。 購買で買ってきたパンをもそもそ食べながら、テキトーに由衣と駄弁る。 駄弁るとは言っても、大体はあたしが一方的に話題を振って由衣が気まぐれに答える、そんな感じ。 とにかく由衣は、必要以上に喋らないのだ。 一応は"友達"……のはずだけど、こいつとはあんまり会話が続かない。 去年知り合ってからずっとそうだったとはいえ、なかなかに奇妙な関係だと思う。 なんて思ってるうちに、話題は自然と部活の事になった。 昨日の練習の時気になったこと、今日の練習は何をするか。 こうなると、さっきまでの由衣とは全然雰囲気が変わってくる。 音楽の事になると途端に饒舌になるのだ。 こいつもよっぽど好きなんだなーって思うと、毎度の事ながら嬉しくなる。 一緒になって同じものに熱中できる、仲間なんだって認識できるから。 「でさー、そろそろ7月のライブの曲、決めないとなって」 「だね。京はやりたい曲あるの?」 「そうだなー……最近練習してるし、あれかな」 「『Unsheathed』?」 「それ! やー、あれは良いな!叩いててスカッとする」 「スカッとするのはいいけど、リズムキープはしっかりしてよね」 呆れたように溜息をついた由衣に「へいへい」と返して、焼きそばパンを頬張った。 リズムキープ、ねー。 ドラマーが大事にしなきゃいけないことの筆頭だろうけど、如何せんあたしはそれが一番苦手。 だってドラム叩いてるとさ、すごい疾走感して気持ち良いんだもん。 で、気がついたらよく走り気味になってんの。 由衣なんかには特によく注意されっけど、こればっかりはなぁ…… 仕方ねーよな、と心の中で苦笑しながら、またパンを一口。 するとちょうどそのタイミングで、ドアが開く音がした。 珍しいな、案外ここ、普段は人来ないのに。 そう思ってちらっと視線を動かせば、 「……あ、」 ぽかんと呆けたような顔をした御幸と、その後ろに。 「(……あっ)」 見慣れたツンツン頭。 毎日のように顔を突き合わせてはケンカばっかりの、そいつ。 へえ、この二人か。 そう思ったら、嗜虐心が湧くというか。 由衣にちょっかいかけるも相手にされずに凹んでいる御幸と、その後ろに居る元ヤンに、皮肉っぽく言ってみた。 「珍しいな、倉持達が屋上なんて」 ぴくっと反応したのは勿論、あたしが倉持と呼んだツンツン頭。 釣りあがった三白眼が、すぐさまあたしを捉えた。 御幸は由衣の方に夢中で、あたし達の方は気にしてないようだけど。 一方で倉持は、もう既に臨戦態勢を整えているご様子。 ここであたしがブレーキをかけられればいいものを、お生憎様あたしはそこまで自制できる人間じゃない。 「いっつもお前ら教室で食ってんだろ? 何、南海トラフ地震でも起きんの? やべーな非常持ち出し袋準備しとこ」 「どんな事態だよ! 俺らが屋上来ちゃ悪ぃかよ!? てか、お前は相変らずの食欲魔人だな! ヒャハハッ」 ぎくっとしつつ、手元のパンの山に目を落とす。 焼きそばパン(今食ってる分と別にもう一つある)にチョコデニッシュ、コロッケパン、サンドイッチ。 昼休み名物ともいえるの購買戦争を勝ち抜いて手に入れたパン、その数5個。 確かに女子が真昼間から消費する量じゃねえなとは思う。 一応ちゃんと自覚はあるんだよ! よく由衣に「食べすぎ」って白い目で見られるし! けど別にいーんだよ、部活で体力使うし。 あと、あたし食っても太らねーし。 ……って前に言ったら美桜とらんに殴られたなー、何でだろ。 まあとにかく、その点については倉持にとやかく言われる筋合いはないってこと。 「うっせぇ。ドラマーは体力使うんだ、覚えとけバカ持」 「あぁ!? 誰がバカだオイ!」 「お前以外に誰が居るってんだ?」 「くっっそウゼェ!」 ぎゃんぎゃん吼えるそいつを軽くあしらいつつも、何故だろう、ちょっとばかし胸が痛い。 試合に勝って勝負に負けた──っていうのは少し違うかもしれないけど。 ほんの少し視線を外すと、由衣と御幸が仲睦まじく(?)喋りながら飯を食べている。 何喋ってるのかまでは分かんねえけど、少なくとも由衣が嫌がっているような素振りは、ない。 "あの"由衣が、だ。 あたしと喋ってるときすら淡々としてて、ましてやいつもなら御幸を突っぱねてるはずの、由衣が。 ─────いいなぁ、 浮かんだ本音は声にならずに、ただ小さく口を動かすに留まる。 正面のそいつを見やって、小さく首を振る。 相変らずの目つきの悪さで、「何だよ」ってガン飛ばすそいつを。 呆れ、或いは、諦観。 何にせよ、何か虚しいような感情をこいつに抱いたのは確かだ。 「(……ホント、バカ持)」 何であたし、こんなやつと友達続けてんだろ。 そう思いながら、溜息をついた。 中学の時からの腐れ縁。 特別仲が良いわけでも、悪いわけでもなく。 顔を付き合わせれば口ゲンカばっかり。 だけどたまに、たまにだけど、お互いがお互いに依存するような時もあり。 気がつけば何となく隣に居る、そういう関係のやつ。 ─────『悪友』。 それがこいつ、倉持洋一と、あたしが続けてきた関係の名前。 ←| |