彼に守ってほしい10のこと【◆A】 | ナノ






部活が終わったばかりのグラウンドに、「お兄ちゃーん!」という何とも場違いな可愛らしい声が響く。
この時間になるといつも耳にする、同級生の女子の声。
結城美桜ちゃん、だ。

礼ちゃんにでも許可を貰ったのかベンチに入っているその子の方へ、『お兄ちゃん』と呼ばれた張本人が小走りで向かっていった。
野球部内で唯一の妹持ち、哲さんだ。
そう、苗字が示す通り、あの子は哲さんの妹なんである。
それに続いて何故か純さんもベンチの方に……って、純さん顔真っ赤すぎ。
面白がってしばらく観察してたら、「さぼってんじゃねぇ!」って倉持がタイキックしてきたから片付けに戻ったけど。



その後しばらくして、いきなり哲さんが俺を呼んだ。
見ればあの子が、哲さんの陰から控えめに顔を覗かせている。

……何だ?

とりあえず急いでベンチの方に行くと、純さんが不機嫌そうに言った。





「オメーに用事があるんだとよ」

「へ? 俺?」

「ああ、俺達は先に片付けに戻ってくる。行くぞ純」

「言われなくてもそうするっての!」





ぶすくれた表情でずんずんグラウンドへ戻っていく純さんと、少し遅れて「後でな」と立ち去る哲さん。
ベンチには俺達二人だけが残されて、一気に静かになる。
哲さん達の背中を見送った後、美桜ちゃんが控えめに口を開いた。
ちなみに名前呼びなのは特別仲が良いとかそんなんじゃなく、単にこの場で『結城さん』って呼ぶと紛らわしいってだけだ。





「えっと、ごめんね御幸君」

「へ? 何で?」

「お兄ちゃん達にも言ったんだけど、ほら、片付け中だったから」





邪魔しちゃって悪かったなぁって。
そう言って苦笑する美桜ちゃんは、かなりほわぁっとしたオーラを放出してる。
哲さんが威厳のある人なだけに、やっぱり正反対だなとしみじみ感じた。





「いやいや、別に大丈夫だって。謝んなくていーよ」

「そう?」

「そうだって。で、用事って?」

「あ、そうそう。由衣ちゃんから伝言貰ってきたんだけど」





"由衣ちゃん"

そのワードを聞いただけで思わず反応してしまう俺は、大分末期なんだろう。
くすくすっていう声に隣を見れば可笑しそうに笑ってる美桜ちゃんが居て、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。





「あー……で、高崎がなんて?」

「えっと、お弁当箱? 洗わなくてもいいから明日返してって」





それだけなんだけどね、と言葉を切ったところで、思わず「あ!」っと声が出た。
そうだ、弁当箱。
返すの忘れてたわ……うっかりしてた。





「ん、サンキュ。じゃあ俺も片付け戻るわ」

「うん。あ、それとね」

「お?」





ベンチから離れかけた俺に、もう一度美桜ちゃんが声をかけてくる。
どうした?と訊ねれば、何故か悩む素振りを見せる美桜ちゃん。





「うーん……あ、でも言わなくていいって……。……うーん」

「え? 何、どした?」

「……あのね、ついでというか何というかね?」





由衣ちゃんのお弁当、美味しかった?
いきなりそう訊ねてきた美桜ちゃんに、ちょっと面食らった。
けど、そうだな……





「超絶美味かった」





マジな話、あいつの弁当めちゃくちゃ美味かったんだよな。
見た目から彩りよく詰め込んであったし、味もかなり上々で。
栄養のバランスもとれてたし、もう毎日作ってもらいたいレベル。





「本当? お世辞とか抜きで?」

「俺がお世辞言える人間に見える?」

「うーん、何となく胡散臭い雰囲気はあるよね」

「美桜ちゃん天然と見せかけて結構毒舌ね?」





まあ悪気が一切ないのは分かってるけど。
一方の美桜ちゃんはというと、あははと笑って俺の耳元に口を寄せてくる。
「あのね」と囁く表情は、悪戯っ子のようだった。





「ここだけの話ね、由衣ちゃんってば部活の間ずっとそわそわしてたんだよ?」

「え」

「お弁当、どうだったかなーって。
 『わざわざ食べたいって言ってくれたんだから、ちゃんと美味しいの食べさせたかった』って言ってたよ」

「……へ、へえ。そうなんだ」





平静を装ってそう返したものの、内心では叫びたい気分だった。
っていうか、今ここに俺しか居なかったら、確実に叫んでたと思う。



高崎可愛すぎじゃね!?
何だよ俺の居ない所でそんなこと思ってたわけ!?
今日だって喋ってる時にこりともしてなかったのに!

くっそ、そういうことはなるべく本人の前で言ってくれませんかね!

言ってくれませんか! ツンデレだもんな!





うぉおお、と悶えつつ頭を抱えている間に、どうやら片付けは終わっていたらしい。
部員が次々グラウンドを出て行く中で、哲さんと純さんがこっちに向かってくる。
おーおー、純さん不機嫌そうだな。
大丈夫ですよ純さん、俺美桜ちゃんにはそういう気無いですから。
後で一応フォロー入れとくかーと思ってると、美桜ちゃんが「さてと」と少し俺から距離を取る。





「お兄ちゃん達来たし、そろそろ帰るね。
 私がこの話したってこと、由衣ちゃんには秘密だよ?」

「ん、オッケー。内緒な」

「うん。あ、あと!」





哲さん達の方へ向きながら、穏やかに笑う美桜ちゃん。





「明日、由衣ちゃんにお弁当の感想言ってあげてね! 絶対喜ぶから!」

「……おう、任せとけ!」





じゃあねー、と手を振ってから背を向けたその後ろ姿に、手を振り返す代わりに拳を突き出した。
何の話かよく呑み込めてないらしい哲さんと純さんに何か言われてるみたいけど、返すのは「内緒ですー」っていう笑い声だけ。
哲さんと純さんは知らなくていいっすよ、だってあいつの話が聞けるのは俺の特権なんすから。



さて、明日の朝はどんな一言で始めようか。
とりあえずからかってみるか、それともストレートに「ありがとう」でいいのか。
何にせよこれで、明日も高崎と話すきっかけが出来たんだ。
このチャンスはしっかりモノにしないとな!

……そのためにも、晩飯の後できっちり弁当箱洗っておきますか。

















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