いつもより少し遅れて教室に入ると、既に朝練を終えていたらしい御幸が居た。 少し視線を動かせば、その近くには京と倉持君の姿も見える。 みんなで喋ってるのか……あ、京笑った。 「(よかった、いつも通りだ)」 金曜日の電話での様子がちょっと気になってたけど、この分だと心配なさそうかな。 ほっと胸をなでおろして席につくと、私に気付いた御幸が「あ」と声を上げた。 「おはよ、高崎」 「……」 「あ、おはよー由衣!」 「ん、おはよ」 「俺だけガン無視!?」 「ヒャハハッ! ドンマイ御幸」 ついでとばかりに挨拶してきた倉持君にも「おはよう」って返して、鞄の中身を机にしまっていく。 と、今朝用意してきたそれのことをふと思い出して、一瞬手が止まった。 ちらっと隣に目をやれば、さっき無視したのが効いたのか若干沈んでいる御幸。 もう一度鞄の中に目をやる。 ……はぁ。 「御幸」 軽く机を小突いて御幸を呼ぶ。 こっちを向いたところで、鞄を漁ってそれを取り出した。 「これ」 「え? ……あ、もしかして」 「金曜日に言ってたやつ」 昼休みに(一応)約束していた、お弁当。 嫌いな食べ物とか入れてほしくないものとか、聞いとけばよかったかなとも思うけど。 一方で、受け取った方の御幸は目を輝かせて「おぉお……!」なんて言っている。 なんだなんだと御幸の手元を覗き込んだ京と倉持も、一瞬目を見開いていた。 「嫌いなものとか分かんなかったから、もし入ってたらごめん」 「いや、全然! 俺基本好き嫌いねえし」 「そう」 じゃあいいや、とだけ言ってウォークマンとイヤホンを取り出す。 イヤホンをつけようとしたところで、今度はニヤニヤしながら京が話しかけてきた。 「由衣、マジで作ったんだ?」 「あの後電話無かったら忘れてたと思うけどね」 「あ、じゃあ電話しなきゃ良かったか」 「ヒャハハッ、京鬼だな」 「だろ?」 さらっと倉持君まで加わって、あくどい笑みを浮かべている。 ……本当この二人仲良いな。 こと御幸をからかうとなると、本当に息ぴったり。 さっきから地味にHP削られていってる御幸には、若干だけど同情した。 あ、そうだ。 「あと、御幸」 「ん?」 「いや、もし御幸にこだわりとかあったらごめんって思ったんだけど」 そう、もう一つ、割と重要なことがあったんだ。 一部の人にしか分からないかもしれないけど、かなり大切なこと。 それは。 「玉子焼きの味付け、なんだけど」 恐る恐るそう口にすると、一瞬だけ御幸が反応したのが分かる。 ほんのちょっと眉毛を動かした、その程度の事だけど──妙な緊張感が辺りに漂う。 「……ん。それで?」 「とりあえず聞いとくけど、御幸は玉子焼き、甘いのが好きなタイプ?」 「いや。甘いのは邪道だな」 良かった。 もし甘いの用意してたら、どんな反応されてたことか。 まあ御幸のことだから拒否ったりはしないんだろうけど。 だけど、ここで納得行かないとばかりに首を振る人物が一人。 「おいおい、玉子焼きっつったら甘いのに決まってんだろうが」 分かってねぇな、と首を竦めているのは、意外にも倉持君だった。 倉持くん……実は子供舌だったり? 可愛いとこあるんだなぁと思って眺めていると、それに反論するように京が「はぁ?」と声を上げる。 「いやいや玉子焼きは出汁だろ!」 「あ!? 俺は昔っから甘いの食って育ってきてんだよ!」 「あーはいはい分かったよ。ママンの味が恋しいんだな?」 「ママンとか言ってんじゃねぇよ殺すぞ!」 「はん、どうせ母親の味が恋しーだけだろうが。これ以上意地張るってんならあたし直々に出汁巻きの良さっての叩き込んでやろうか!?」 「おーおー上等だ! 俺ぁおふくろの玉子焼きみてーに甘ったるい評価なんかしねーぞ」 「言ってろ、明日ぜってー吠え面かかせてやる!」 火花を飛ばしあう二人に、『また始まったよ』と言わんばかりの視線が教室中から向けられる。 ……何気に京がお弁当作ってくる流れになってることに、二人とも気付いてないんだろうなぁ、多分。 安定してていいと思いますけどね、一生やってて下さい。 呆れ半分、京への応援半分に苦笑すると、御幸がこそっと私に耳打ちしてきた。 「なあ、あの二人って付き合ってんの?」 「ううん。同じ中学だったみたいだけどね」 「マジかよ……けどどう見ても夫婦漫才じゃね? あれ」 「それに関しては同意見」 だよなー、とこちらも苦笑した御幸。 だけど、『早く付き合えばいいのにな』という無粋な言葉は出てこなかった。 京の気持ちを知ってか知らずか──いや、絶対知らないんだろうけど、とにかくほっとした。 今はまだ口出ししたくないし、御幸にもしてほしくなかったから。 さて、未だに夫婦漫才(笑)を続ける二人を傍観しつつ「しかしまあ」って呟いた御幸。 感慨深げにお弁当を眺めて、何やらしみじみしている。 「マジで作ってきてくれるとは」 「別に……大したものじゃないし。味は保証しないからね」 「んなこと気にしねえよ。すげー嬉しい」 そう言った御幸は、本当に嬉しそうに笑っている。 「ありがとな、高崎!」 早く食いてーなー、今日だけ早弁しちまうかー。 どこかそわそわしながら、私のより一回り大きめな巾着を弄んでいる。 そんなに喜ぶほどのものでもないのに、大袈裟な……。 そう思いつつも、喜んでもらえて嬉しいなんて柄にもないことを、どこかで感じている自分も確かにいて。 妙にくすぐったくて変な気持ちになったから、何も言わずにふいとそっぽを向いたのだった。 ……別に、喜んでもらえて嬉しいとかそんなんじゃない。 |