彼に守ってほしい10のこと【◆A】 | ナノ






『なーなー、お前明日、御幸に弁当作ってくんだろ?』





お風呂上りで濡れた髪を乾かしていたところで掛かってきた、一本の電話。
ディスプレイには『京』の表示。
通話ボタンを押した直後に聞こえてきた声に、私は苛立ちを禁じえなかった。





「切っていい?」

『照れんなって。何、いつの間にそんな仲良くなったん?』

「照れてないし仲良くなんかなってないから。勘違いしないで」





一息に反論して、溜息。

そう、仲良くなったわけじゃない。
あれはそう……えっと、そう、お詫びだ。
せっかくのお昼ご飯なのに、気まずい雰囲気にさせちゃったから。
それのお詫びだ、と自分に言い聞かせて一人頷いた。





「ってことで、月曜日にからかってきたりしたらホント殴るからね」

『あーはいはい。てか、それよりさー……』





スルーか。

と内心ツッコんだものの、一瞬にして沈んだ調子になった京の声に、全てを察した。
京が言いたいのは、昼休みの倉持君との会話のことだろう。
いつものように口喧嘩になってしまったと、かなり落ち込んでいるみたいだったし。
御幸のことに触れたのは多分、すぐに感づかれるのが嫌だったからだろう。

今日に限らず、そういうことがあった日はいつも、京は私に電話してくる。
そして、ひたすら自己嫌悪したり大反省会したり。
こう見えてこの子、かなりのツンデレ……いや、ツンしゅんさんなのだ。
なかなか可愛い性格してると思う。





『もうさー……あたし喧嘩腰にならないとあいつと話せねーのかなぁ……』

「毎度毎度凹むくらいなら突っかからなきゃいいのに」

『仕方ねーだろ、癖なんだから……はぁ』





何だかいつも以上にしおらしい声に、ちょっといたたまれなくなった。



落ち込んでる京なんて、らしくないって思う。
けど同時に、ああ京も女の子なんだなって、再認識する。

だってこの子は、私にはまだ到底分かりえないような感情を、知っているから。





『……なあ、由衣』

「ん?」

『……どうしたらいいんだろ? あたし』





ぽつりと聞こえた声に、少し戸惑う。
あたしには分かんねーやって、本人ですらそう言ってるのに、私に分かるわけないじゃない。




中学時代から仲が良かったという、京と倉持君。
その仲は周知のもので、たまに付き合ってるんじゃないかと噂されることもあったという。
でもそういう時、ふたりは決まって口を揃えたんだとか。

『付き合ってねーよ』

あくまで『友達』。
付き合ってなんかいない、恋愛に発展したりなんかしない。



ふたりの関係は、永遠に『悪友』。

そう決めて、気持ちに蓋をしたのは、他でもない京だったらしい。





「(……なのに、どうしたらいいかなんて)」





私に聞いても、解決することじゃない。

そう言って突き放してしまうのは、決して難しいことじゃない。



でも、京はずっと、真剣に悩んでる。
中学生の頃からずっと、自分の気持ちをどうすればいいのか、考え続けてる。
蓋をして、隠し続けている気持ちと、向き合ってる。

だから、そのことを相談されている以上は、私も中途半端なことはしたくない。





「……ゆっくりで、いいんじゃないかな」





どうにか絞り出したのは、あまりにもはっきりしない答え。
中途半端なことをしたくないとは言っても、的確にアドバイスが出来るかといえばそうじゃないし。



だけど、言えるとしたらこれしかない。

どうせすぐに二人の関係性が変わることなんてないだろうし、変えられないんだろう。
だったら焦る必要は無いと思うんだ。
何でか分からないけど、この二人は大丈夫だって、そう思ってるから。





『ゆっくり……ねぇ』





しばらく間を空けてから返ってきたのは、どことなく納得してないような、何だか煮え切らない返事だった。





「うん。ごめん、変なこと言って」

『んーん、いいって。あたしこそごめんな、困らせて』

「そんなこと。……でもね、」





これだけはちゃんと言えるから、と前置きすると、京が沈黙する。
電話だから表情は分からないけど、多分真剣な顔してるんだろうなあ。





「大丈夫だと思うよ、京達は。大丈夫だよ」





無責任かもしれないけど。

だめ押しするように言えば、何がおかしいのか『ぶはっ』て噴き出す京。





「ちょ、結構真面目に考えたのに」

『あー悪い悪い。そうだよな、大丈夫だよな! 多分!』





息を吐いてから、お前やっぱ相談役向いてねーなと笑う京。
うるさいわ。





『けど、ありがとな。ちょっとスッキリしたわ』

「……ん。なら良かった」





何だかんだで、京の方は気が済んだらしい。
じゃあまた学校で、その一言を最後に電話を切った。



暗くなったディスプレイを見つめた後、ぽいっとスマホをベッドに放る。

あんなので良かったのかな、京は。

もうちょっと何か、他に言いようはなかったんだろうか。
京と同じ感情を少しでも知っていれば話は別なんだろうけど、私には当分理解できそうにない。
この手の相談相手になるのには、やっぱり私は向いてなさそうだ。



─────だけど、





「(……せめて)」





せめていつか、京の気持ちが報われる日が来ればいい。

不器用に隠してきた思いが、ちゃんと届けばいい。



─────京の気持ちが、倉持君に伝わればいい。



そう思いながら私は、雫の滴る髪をまたわしゃわしゃ拭いたのだった。










「(……あ、そういや御幸に作るお弁当も考えないと)」



取って付けたようにあの約束を思い出すきっかけとなる電話がかかってくるのは、あと45分後の話。

















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