静かな、静かな世界。 私しか知らない、私だけの世界。 真っ白な光の世界。 その中にも、ぼんやりと何かの風景が浮かんでる。 ふわりと揺れるカーテン──多分、何かの教室の、景色。 保健室だろうか。 ベッド? みたいなものがあった。 その上で、上半身を起こして寝て(座って?)る、私。 そして、隣に座って、私の頭を撫でてくれている──誰かの、影。 ……誰、なんだろう。 薄ぼんやりと感じたのは、その人の手が、やけに優しくて、温かいってことだった。 コンコンコココンッ。 独特のリズムで机をノックする音がした。 すっかり聞き慣れた、乾いた木の音。 「(……あ、)」 ぼんやりと意識が覚醒していく。 机に突っ伏しているから視界は真っ暗だけど、頭は冴えている。 ああ、またやっちゃった。 いつも通りの罪悪感。 居眠りした後の、酷く気持ち悪い感覚。 そして突き刺さる、周囲からの冷たい視線。 昔から人付き合いが苦手な質で、友達なんてほとんど居ない。 その上授業中の居眠りが多すぎるとあって、クラスの人からは白い目で見られてばかり。 しかもそれが先生達の免罪符付きになっているせいで、疎まれることこの上ない。 だから嫌なんだ、いつもいつも居眠りしてしまう、この体質が。 ごめんなさいと、心の中でそう呟く。 何となくすぐに顔を上げる気にもなれなくて、しばらくそのまま伏せっていると。 「雪だるまつくーろー」 耳元で、これまた聞き慣れた声がした。 またあいつか、なんて、溜息。 だけど起こしてもらってるのに悪いし、ひとまず顔だけをゆっくりとそっちに向けた。 「……もうすぐ夏ですけど」 つい苛立ち混じりの声になっちゃったけど、仕方ない。 いつものこと。 そんな私の言葉にも、隣の席の彼はやっぱり飄々としている。 「いいじゃん、面白いだろ?」 「別に」 「エリカ様かよ」 「……」 「ちょ、怒んなって」 別に怒ってないし。 ……ちょっと不愉快になっただけ。 言外に態度でそう示すのも気に留めず、彼は「ま、とにかく」って何かを差し出してきた。 びっしりと字やら簡単な図が書き込まれた、ノート。 恐らく、私が眠っていた間の板書だろう。 これ見る? と言わんばかりに渡されたそれを黙って受け取れば、彼は満足そうに笑顔を浮かべて。 「おはよっ、由衣ちゃん」 軽い調子で、朝と同じに名前を呼ばれる。 そんな態度が何となくくすぐったくて、ふいっと目を逸らすのだった。 2年に進級して、初めて同じクラスになって。 席替えした時、たまたま隣の席になった。 面識……とは言い難いけど、とにかく顔を見たことは、ある。 けど、話すことなんて何も無くて、あるとしたら国語やら英語の時間に隣同士で読み合わせするくらい。 ……あ、あと居眠りしてる時に起こしてもらったりするけど。 野球部所属のスポーツマンで、かつ割と整った顔立ち。 女子に人気なのも何となく分かるなぁって、私は密かに思ってる。 だけど、どこか読めない性格をしてると思う。 飄々としてるっていうか、とにかく不思議な感じがする。 彼のことが、全然掴めない。 知り合ったばかりっていうのもあるけど、彼のこと、全然知らない。 本当に、掴めない人だと思う。 長くなったけど、それが今の印象。 それが、御幸一也。 飄々としていてよく分からない人物な上に、はっきり言って鬱陶しい人だ。 自分で言うのもなんだけど、私と絡む事に得は無い。 私みたいな、無愛想な変わり者と居たって、一緒になって変な目で見られるだけだと思う。 なのに彼は、やたら私に話しかけてくる。 朝練から帰ってくれば、毎日のように「おはよう」から雑談が始まって。 授業中に起こしてもらっても、その後たまに他愛もない話をされて。 けど、鬱陶しいだけで終わらないのが、御幸一也という男。 さっきみたいに、居眠りしていて板書が出来てなかった時は、必ずノートを貸してくれる。 しかもご丁寧なことに、解説っぽいものまで付けて。 ……こういう気配りまでしてくれるから、完全に嫌いにはなれないんだよなぁ。 そう、朝に「嫌いだけど」なんて言ったのは、嘘。 「嫌いじゃない」んだ、本当はね。 けど何で、ここまで私と関わろうとするのか分からない。 御幸一也というこの男子の、本心が──読めない。 それが不思議で、怖くもあって、そしてどこか、面白いと思う自分もいるのは確かで。 ─────ほんと、 「掴めないやつ……」 小さくそう呟いて、私もまた、黒板に視線を戻す。 窓から見えた梅雨明けの空は、今日も清々しいほどに蒼かった。 |