朝練を終えて教室に戻ってくると、いつも通りイヤホンをしたそいつの姿があった。 音楽に没頭するそいつは、すっげぇ真剣そうなのに、柔らかい表情をしてる。 ……不覚にも一瞬、ドキッとしたってのはここだけの話だ。 今日は何聴いてんだろうな。 昨日は確か、シルエット聴いてるって言ってたか。 そんなことを思いながら、そっとそいつのイヤホンを片方外した。 「おっはよー、由衣ちゃん?」 ニッと笑って名前を呼べば、そいつは不機嫌そうに顔をしかめて、無言でそっぽを向く。 「なに」 「ん? やー、今日も可愛いなーっと思って」 「馬鹿?」 「そうかもだけどせめて目ぇ見て言ってくんね?」 俺の方を見向きもせずに軽くあしらうような態度は、つーん、って効果音がぴったりだと思えるほど。 ……なるほど、これが噂のツンデレってやつか! 畜生可愛いな!デレの要素微塵も無いけどな! と、一人納得する。 その後もしばらく横顔を見つめ続けていると、ゴミを見るような目で「キモい」と吐き捨てられた。解せぬ。 2年に進級して、初めて同じクラスになって。 席替えした時、たまたま隣の席になった。 内心、発狂するほど嬉しくてたまらなかった。 けど話すことなんて何も無くて、あるとしたら国語やら英語の時間に隣同士で読み合わせするくらい。 ……あ、あと居眠りしてる時に起こしたりするけど。 目立たないけど、奥に素朴な魅力があるような。 青道の隠れ美少女ってやつなんじゃないかって、俺は密かに思ってる。 ただ、ちょっと……いや、かなり無愛想なのが玉に瑕。 話しかけたら最低限返事はしてくれるけど、大してリアクションはしない。 さっきみたいに冗談言っても、照れた様子も無くすぐにそっぽを向いちまう。 加えて授業中の居眠りがやたら多い(しかも叱られてない)のも相俟って、クラスでの評判はあまり良くない。 あと、俺に毛ほども興味無さそうだから、ちょっと切なかったり。 長くなったけど、それが今の印象。 それが、高崎由衣。 初めの頃に比べたら、今ではまあ、それなりに会話が成立するようにはなった(と、俺は思っている)。 こうして軽くあしらわれるのも一種のコミュニケーションだと思えば何のことはない。 だから俺は今日も、こうして高崎に懲りずに話しかけてるってわけ。 ……心が折れそうになった事が無いと言えば嘘になるけど。 「あのさ」 「ほっ?」 「返してくれない?」 な、何てことだ! 高崎の方から話しかけてくれた、だと……!? 心の中で狂喜乱舞していたら、はぁ、と溜息をついて片手を突き出された。 あっヤベ、イヤホン持ったままだった。 悪い、と一言詫びて返すと、高崎は黙ってイヤホンを着け直して窓の方を向いてしまった。 ……切ねー。 「……なあ、高崎ー」 「……」 「なあってばー」 「……なに」 あ、こっち向いてくれた。 イヤホンしてるのに、ちゃんと俺の声聞こえてんのか。 耳良いんだなーなんて感心しながら、俺は頬杖をついた。 「高崎さー、折角隣の席なわけじゃん? だからもっとこう、さあ……何ていうんだろ、」 「なに」 「俺に興味持ってよ」 「馬鹿?」 「2回目!? 高崎って俺のこと嫌いなの?ねぇ?」 「嫌いだけど」 「ひゅーい! 辛辣ゥ!」 もういいでしょ?とだけ言って、高崎はまた窓の外へ視線を戻した。 今日もつれねーなあなんて考えてると、斜め後ろの方からヒャハッという笑い声が聞こえてきて。 ……くっそ、倉持のやつ。 今のやり取り見て面白がってんなよ畜生め。 |