彼に守ってほしい10のこと【◆A】 | ナノ






それは、本当に偶然の出来事だった。





高校生活、初めての学校祭。
きっかけは、倉持からの誘いで。



『悪友』が出るから……って、ほぼ無理やり連れてこられた軽音部のライブ。
特に興味は無かったけど、まあ暇だったしいいか、なんて観念。
入口で配られたサイリウム(あの、100均で売ってるポキってするやつ)を手に開始を待つ。
その倉持はといえば、バンド毎に柄違いで売られてるライブTシャツまで買って浮かれてたけど。
(ちなみに俺も買わされた)

倉持によれば、お目当てのバンドはトップバッターらしい。
俺らと同じ1年生だけで編成されたバンドにして、既に部内でも上位の人気があるとか。





「俺の悪友がなー、ドラムやってんだわ。ついでにリーダー」

「へー、そんな上手いのか」

「上手いなんてもんじゃねーよ。あー、あとな」





メチャクチャすげーのが仲間になったって喜んでたわ。

倉持のこの言葉の意味を、ほんの10分ほどで知る事になるなんて、この時の俺は思ってもいなかった。





揺れるサイリウムの波間に、その姿を見る。

観客に埋め尽くされた体育館。
ステージに立っている、五人編成のバンドの、その中心。
ギターをかき鳴らして全力で歌う姿に、俺はすっかり魅入っていた。

照明に煌く汗が眩しい。
ステージいっぱいに動き回る、その一挙手一投足から目が離せない。

──ああ、こいつ、心から音楽を楽しんでるんだな。

マイクを通さなくても響くほどの歌声は、そう思わせるのには十分で。





「……なあ、倉持」

「あん?」

「あの子の名前、何ていったっけ」

「京か?」

「違ぇよ。あの、ギターボーカルの」

「何だ。お前MC聞いてなかったのかよ?」





聞いてる余裕無かったんだよ。

そんな反論は、わっと溢れだした歓声にあっという間に呑み込まれた。





『ありがとーございましたーっ! 「Ragen-Bogen」でしたー!』





ぼんやりしてる間に、最後の曲が終わってしまったらしい。
照明がゆっくりと暗くなって、あの子達の姿が暗がりに消えた。



あれ、何だよもう終わりかよ。

もっと、あの子達のステージ見てたいのに。

もっと、あの子が歌ってるところ、見たいのに。



もっと、もっと─────……





「アンコール!」

「アンコール!」



『アンコール! アンコール!』





物足りないと感じたところに、響き渡るアンコール。
俺も倉持も、便乗して声を上げる。
すると、一度消えた照明がパッと点されて、満面の笑みを湛えたあの子がまた、ステージに戻ってきた。





『えー、皆さんありがとうございます! アンコールにお応えしまして、もう1曲だけ演奏させて頂きます!』





……待ってました!

そう言わんばかりの歓声がひとしきり止んだ後、思い出したみたいに倉持が口を開いた。





「あー、そうそう。あいつの名前な─────」





倉持の話に耳を傾けながら、MCをするあの子を見ていた。
こんな熱心に女子見てたことなんか今まで無かったってのに、こんなにも目が離せないのは、何で。



早く、早くあの声が聞きたい。
早く、あの笑顔が見たい。

どうしようも無く心がざわついて、





「……ははっ、やべぇな」





気がつけば俺は、無意識に声を漏らしていた。





「どうしよ、倉持」

「あ? 何だよ」



「惚れた、かも」





俺の言葉に驚いたらしい倉持が、間の抜けた声を上げる。
そんな倉持を鼻で笑ってやってから視線をステージに戻せば、ふとステージからこっちを見下ろしたあの子と、目が合った。

にこっ、て効果音が付きそうな笑顔を残して、もう一度、マイクを握るあの子。
気のせいなのかそれとも、なんて思いはしたけど、あの笑顔が脳裏を過ればそんなことを考える余裕すらなくなる。



顔が熱い、心臓が痛い。

こんな感覚になったのは初めてだ。





話してみたい。

近付いてみたい。



今はまだ、大きな距離があるとしても。



そんな思いを抱きつつ倉持から聞いたあの子の名前を小さく呟いたその瞬間。
アンコール曲のタイトルコールと、あの子の透き通った声が、会場に響き渡ったのだった。





『それじゃあ、ラスト1曲……聴いてくださいっ!─────








































     Step00:「世界は恋に落ちている」




















俺と、あの子─────高崎由衣が初めて言葉を交わすのは、



あと数ヶ月先だけ先の話。

















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