不眠症の鳥

「え、何あれ。何あのコバトンの兄弟みたいなの。」
「そもそも『コバトン』が何か分からないんだが…」
「埼玉のマスコットキャラクターでしょうが!」
「ここのマスコットキャラクターだろ」
「写真撮りたい。」
「(面倒くさい)」

 面倒くさい、そう顔に書いてあるのは分かっていたが、とりあえずねっとおねだりする様に腕を引けば無表情を和らげてはあ、とため息を吐いた。こういう場合、最終的にはしぶしぶとは言え私の言うことを尊重してくれるこの男の性分を私はよく知っている。キャリーバックを預けてスマホを片手にたたっと走れば、後ろから深いため息が聞こえたのち、がらがらと二つ分のキャリーバックを引っ張る音が聞こえた。目の前の『さどっきー』と書かれた謎のゆるきゃらは私が目のまえまで来ると、「ようこそ!」と言わんばかりに両の手を広げて、片足をちょこんとお茶目に広げた。

 サドッキーの傍らには付き人風のおじいさんがいて、早速スマホを手にする私を見て、「取りましょうか?」と言ってくれたので素直にスマホを渡せば流石に慣れているらしく、ぱしゃりと2,3枚写真を撮ってくれた。ようやっと追いついたらしい男は私たちのその一連のやり取りを無言で見届けたのち、静かに「行こう」と言ったのでサドッキーに手を振り別れを告げた。「佐渡市」と書かれたピンクのはっぴをきたおじいさんもにこやかに私のスマホを返して、別れ際に「良いお盆を」と宣った。

 緩やかに歩きだして、ひとまず男の背中を追う。佐渡観光案内所にはすぐそばにお土産屋さんや海の特産物などの本格的なお店が並んでいてワクワクする。何か手土産でも買うのか、男もとい基さんはキャリーを引っ張ったまま「シータウン佐渡」と書かれた小さなアーケードを潜り抜けていったので私は黙ったまま従った。

「思いのほか綺麗じゃん。WiFi使えるし便利。もっと田舎なんだと思ってた。」
「WiFiはここだけだろ。此処はまだ新しいんだよ。」
「へーえ。あ、出るときまた此処に寄っていい?お土産買わないと。」
「ああ。」

 先ほど手にした「佐渡の金山銀山」のパンフレットを見ながら歩いていれば、彼は別段何か海産物やお土産のようなものを買う様子はなくふらふら商店を歩いたのち、ふととある店で足を止めた。そこは通常開いているお店ではなく、この時期だけ特別に開いている様子の花屋が並んでいた。簡単ではあるがキチンとある程度のスペースが設けられていて、木の板で作られた看板には「ハナ市」と書かれていて、盆向けの菊やらなにやらのお花や果物がたくさん売られていて、基さんはその店で足を止めると、いそいそとキャリーバックを私に無言で預けて品定めを始めてしまった。私はそれを片目でボンヤリ眺めながら、傍らの魚やの方で『佐渡名産「いごねり」』という物体を発見して怪訝そうにそれを見た。

「美味いぞ、それ。買うか?」
「えっ…うーん…」
「まあ、たぶんホテルでも出ると思うが。」

 花束を買ったらしい基さんが徐に後ろから話しかけてきたので少し驚きつつも、声色がすこぶる陽気で、ちょっと嬉しそうなのが透けて見えてしまったので、「じゃあ、一つ、」と言えば彼は元気そうに「ああ」と言って、二つも手に取って会計を済ませた。後は帰りでいいだろうと言わんばかりに大きな花束といごねりと果物が入ったビニール袋を提げてずかずか何処かそわそわとした感じで歩きだした。久しい帰省でちょっと浮足立っているのだろうとふっと笑うと、自分もまたついていく。予約していたレンタカー屋さんはこのフェリー近くの観光案内所から然程遠くなく、施設から出て五分ほど歩けば間もなくついた。流石に彼も東京暮らしが長く、どんどんこの島が発展を遂げていたせいか時折「ん?」と言って唸ってはきょろきょろとしだすので、大分この故郷の風体が変わってきたらしかった。

「最後にここに来たの、いつだったの?」
「高校卒業してから葬式に行くのに、一回だけな。」
「…全然来てないじゃん。」
「住んでたボロい家も取り壊されて今はよくわからん観光施設が立ってるんだ。来てもわざわざ宿を取らないとならんし、もう来る意味がなかったんだよ。」
「…墓参りくらいは2,3年に一度くらい来ないと。お母さんのお墓だってあるんでしょ。」
「まあ…」

 そう言って半ば濁す感じで話を切ると、レンタカー屋さんの扉を開けた。座って待ってろと言われたので、花束を持ったまま大人しく傍の長椅子に腰を掛けた。このシーズンはこのレンタカー屋さんも忙しいらしく、店前には家族用なのか大きめの車が規則正しく並んでいた。視線を戻してカウンターの方で手続きをする広い背中を見遣れば、私には喋ったこともない効きなれぬ言葉で島の人間と話す低い声が聞えてきた。埼玉育ち、東京で働く自分にとっては方言はとても新鮮なもので、『方言女子』も可愛くていいものだと思っていたが、こっちの方言はさっぱりわからないので、おんなじ国なのに不思議なもんだと瞼を閉じて耳を澄ませた。

「………、」

 フェリーで約2、3時間。海に揺られて少しばかり疲れていたのか瞼を閉じればすぐに眠ってしまいそうになる。窓から差し込む日差しもあたたかくて、でもレンタカー屋さんの冷房が程よく効いているので、本当にこのまま眠りそうになる。夏休みではしゃいでいるのか、外から間遠にたたたっと子供の足が数人かけていく音に揺り起こされて、うっすらと瞼を開ければ、今度は胸の内の花束に視線を落とした。菊だけではなく、リンドウ、キンセンカや大きな咲き掛けの百合もある。何とはなしに鼻を近づけて息を吸いこめばいい香りがしてはあ、と息を吐いた。

「行くぞ。」
「うん。早く行くっちゃ。お腹空いたっちゃ。」
「馬鹿にしてるだろ。」
「してないっちゃ。速く行くっちゃ。」

 ははっと笑いながらそう言えば一連の私たちのやり取りを見ていたらしいおばさまたちがくすくす笑い始めたので、基さんは居た堪れなかったのかこほんと咳ばらいをすると私を引っ張ってレンタカー屋さんを後にした。用意されたのは青色のミニバンで、基さんはいそいそと荷物を後ろに収納すると、私を助手席に座らせて花束と果物は後ろの席にボンと置いた。基さんが荷物の支度をしてくれている間、そこまでここは本土よりも暑くなかったけれど冷房をつけて、スマホを片手に目的地を入力する。ホテルは私が勝手に予約したので基さんには場所だけ伝えた。そこまで大きな島でもないのでどこでもよかったらしく、「国中地区ってとこのホテルでもいい?」と聞けば「別にどこでもいい」とだけ言って値段も別段何も言ってこなかった。2泊3日。そう長くはない旅程だが、2人で旅行するのは久しぶりだし、たまにはと思っていい部屋にしておいたので楽しみだった。あくまで、お墓参りがこの度の最大の目的だとは言え。

「ありがとう。」
「ああ。なあ、花って1,2日くらい持つよな?」
「持つでしょ。ホテル付いたら花瓶借りればいいんじゃない?どうせ、お墓にもってく時は飾るから、テープ取るし。」
「そうだよな。」

 そう言いながら少し安心したように口角を上げると、基さんはシートベルトを締めた。頭上ではウミネコかトンビかがくるくる回っていて、窓の向こう側から鳴き声がそこここに聞いて取れた。クーラーの機械の匂いに混じって港特有の潮風が鼻を通って抜けていく。ナビがぽん、と音を立てて目的地を私たちに伝えた。結構な距離だなと他人事のように笑ったが、慌てる旅でもない。

「いい天気だな…。」

しみじみとそう言って基さんはサングラスをつけると、窓を少しだけ開けて、深く息を吸って、それから息を吐いた。

「安全運転でお願いしますっちゃ。」
「任せえさ。」

基さん、時折運転荒いから、という余計な一言は飲み込んで、「レッツゴー」と元気よく言えば、この島の空と海と同じ色をしたミニバンは颯爽と軽快に動き出した。


2018.08.15.

まえ つぎ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -