月の足跡

「あっ」

あっと声をあげた瞬間、手に持っていたおにぎりは宙を舞い、ピュウヒョロロと鳶のなき声と共に消えてしまった。頭上では数羽の鳶がくるくる飛んでいて、してやられたなと眉をしかめれば隣から男性のくつくつ笑う声が聞こえた。

「油断した…」
「ぼうっとしてるからだ。ほら、俺のをやる。」
「ううん、もうお腹いっぱいだったからいいの。」
「そうか。」

そう言って基さんは私に差し出したおにぎりを自分の口に運んだ。あと数時間で本土に戻るフェリーに乗り込む。時間は三時ごろだからゆっくりお昼を何処かお洒落な食事処で取ることも出来たが、私が海を見ながらご飯を食べたいと言えば基さんはこくんと頷いてその辺のコンビニに車を止めた。コンビニで好きに食べたいものや飲みたいものを買って、海が一等綺麗に見える場所で食べることにした。潮風が強くて最初目を細めたが、モリモリのコンビニ袋を提げて手を繋いで何処ともなく歩いていれば、そのうちに風が静かになっていった。砂浜と岩場の間のような場所まで来ると、その辺に基さんがシートを敷いてくれてそれに座りご飯を食べ始めれば、先ほどのように何処からともなく鳶がやって来ておにぎりを一個取られてしまったが別段気にはしなかった。遠くをようく見ればここ数日泊まったホテルが間遠に見えて少しだけ名残り惜しくも思う。リプトンのレモンティーを飲みながらぼんやり海を眺めていれば、頬をぐいっと拭われた。

「米粒付いてるぞ」
「後で食べようと思って。」
「ババくさ」

そう言いながらペロリとそのままその米粒を食べてしまう基さんもジジくさいと言うかおじいちゃんっぽくね?と思いながらもリプトンを飲みながらぼんやりそう思って口にはしなかった。今日は快晴でお盆も終盤を迎えているからか島全体がそわそわしているように思えた。食べ終わって少しだけ散策しようとご飯を食べている基さんを置いて歩き出すと、波の方まで歩いていった。靴下と靴を脱いで足をそろりと浸せば、日本海らしくこの季節なのに若干冷たさを感じてブルリと肩を震わせた。つい数十メートル先で大きな犬を連れた家族連れが散歩をしている。白くてモコモコしていて、かわいいなあと見ていればいつの間にやらこちらに来ていたらしい基さんがこちらまできてぼんやりした顔で遠くの方を見ていた。視線の先には大きな船が見える。水平線の方に向かってゆっくりゆっくり小さくなっていく様だった。

「ガキの頃よく俺も一緒に連れてってくれねえかなって思ったもんだけど、今考えるとこっち側は本土じゃなくて大陸側だよな。」
「海外に行きたかったの?」
「いや、とりあえずここから出たかっただけかもしれない。」

私がしゃがみ込んで砂の上を触りながら貝殻を探し始めれば、基さんもその場でしゃがみ込んでじっとその様子を見ていた。波が行ったり来たりするたびに2人の足を海水に浸す。基さんのサンダルはあっという間にぬれて、でもあまり気にならない様子だった。その辺の小枝を手にとってウンコを書いて見せれば基さんは眉をひそめたがそんな絵もすぐさま波が消してしまってそのまま小枝を海に投げてやった。仕方がないと言わんばかりに今度はお山を作り始めれば鼻で笑われた。

「出たかった島に戻って来てどうだった?」
「相変わらず長居をしたいとは思わなかったが…そうだな」
「ん?」
「お前となら数年に一度くらいは来てもいいかと思える様になった。」
「ワールドカップみたいでいいね。本当は毎年くるべきだろうけど。」
「そくらいの距離感でいい。忘れた頃に行くくらいが、ちょうどいいんだ。」
「そうだね。」

砂だらけになった手を海にさらしてぱっぱと手を払うと基さんが持ってくれた私の鞄の中からタオルをくれた。気がつけばあの白くてモコモコしたワンちゃんは遥か遠くを歩いていて、リードを持った女の子が楽しそうに駆けていく後ろ姿になんだか胸が締め付けられる様な心地がした。基さんが立ち上って私に手を差し伸べたのでそのままぐいっと引っ張ってもらい立ち上がる。

「そろそろ行くか。」
「うん。」

そう言ってそのまま彼はいそいそと歩き出したので私も歩き出そうとした刹那、風がビュンと吹いて被っていた帽子を慌てて掴んだ。ザザーンと大きく波が打ち上げて、鳶やカモメが声を上げる。ぼんやりと彼の背中を見ながら自然と言葉がこぼれた。

「私を選んでくれてありがとう。」

波音や風音で聞こえているか否か分からなかった。規則正しく刻まれていく足跡を追う様にそのまま彼の背中めがけて駆けて行けば、数歩先を行く彼がゆっくりと振り返り、口角を上げて私の手をするりと取った。そのままバフっと彼の胸に飛び込めば、流石というかこれくらいの衝撃にはビクともしなくて、ぎゅっと胸の内に私を納めてぎゅっと腕を回してくれた。潮風の匂いと基さんの匂いが鼻を掠めてすりすりと頬ずりすれば彼も私の首に自分の顔を埋め、私に耳に唇を寄せた。

「また俺を選んでくれてありがとう。」


2018.09.16.

まえ つぎ


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -