当たって砕けてそれから、



あ、まただ、と思って何気なく視線を反らす。その直後、思わず力が抜けたのか、我慢していたくしゃみが盛大に出た。

「っくしゅん!……失礼。」
「風邪かよい。調子悪ィなら今度の担当は代わりを…」
「いいえ、大丈夫です。」

お構いなく、とそう言って鼻を押さえる。そう言えば半分心配そうに、半分呆れたように我がマルコ隊長は首を傾げた。えへへと笑ってちらりと視線を先ほどの場所に向ければ、やはり彼は此方を見ていた。近頃必ずと言っていいほどそばかす愛らしいの彼の人、ポートガス・D・エースと視線が合う。

「(やっぱり、私を見てるのかしら)」
「どうしたんだよい。」
「…いえ、最近あの子と目がよくあうなあって。」
「あの子?…ああ。エースの奴か。」

そう言ってマルコはどことなく微笑ましげに笑って、それから私が手渡した書簡に視線を戻した。私たちのいつ室内からは甲板が見える。甲板には数人がデッキブラシで掃除をしたり、日光浴をしたりと自分の時間を有意義に過ごしている。その中に手すりに体を寄せてこちらを見上げてくる男が一人。私と視線が合えば彼はあからさまにそらした。

「あの子って柄じゃねェ野郎だけどな。」
「でも一番若いもの。」

もう一度視線をそこに注げばエースの姿はそこにはなかった。彼がこの船に乗ってから丸二年以上経った。随分昔からいるように思えていたが、まだ二年か、と驚きを隠せない。この二年間はあっという間だった。最初は何かとつんけんしていた彼を親父やマルコサッチ等の働き掛けで彼はもともとの若々しい元気と実直さ、そしてその粗雑さと無神経さを皆に露出できるくらいには信頼を勝ち取ったのだから。思えば、私も随分エースには手を焼かされたものだ。何しろ彼は海賊王の息子だというから、確かにその腕は立つし、何しろ若いからパワーが有り余っている。今はその力を我々の為に使ってくれるからいいけれど。

「あーあ、若いっていいなあ。」
「何言ってやがる、お前だってまだ若いだろうがよい。」
「隊長からしたらね。でも、エースくらいの子からしたらもういい年ですよ。」
「なら俺はもうジジイかよい。」
「うーん、ジジイは言い過ぎね。そうですねえ……、おっさんくらいかしら?私もそろそろおばさんになりますし。」
「…はあ。安心しろよい、口がよく回るうちは若ェからな。」

はあ、と目の前のフェロモンむんむんのおっさんはそう言ってもう一度ため息を吐いたものだから思わずクスクスと笑ってしまう。我が隊長ながら本当に面白い人である。

「誤解しないでくださいね?色気のある素敵なおっさんですよ。」
「全然フォローになってねェよい。」
「本当のことなのに。」

一通り目を通したらしいマルコ隊長はお許しを出すとぽん、と私の頭を撫でた。この人はいい年である私を子ども扱いするのである。確かに私はエースと同じくらいの頃からこの人の下でずっと動いてきたから可愛がられている自負はあるが、流石に年を考えてほしい時もある。

「マルコ隊長は私を子ども扱いしすぎです。」
「そんなことねェよい。それに、お前も大概そうじゃねェか。」
「えっ?」
「末っ子とはいえ、一応は二十歳の男だってことは認めてやれよい。」
「……はい?」

マルコ隊長は書類を片手にそれ以上は何も言わずに、次回の任務について軽く確認を終えると、手をひらひらさせて廊下をすたすた言ってしまった。思わず小首をかしげたが、ふと、また熱し線を感じてそちらを見る。

「…エース?のことかしら。」

ともすれば今度は反らされることなくまっすぐそばかすの彼がこちらを見ているではないか。何か言いたげな表情で、思わず私は再び首を傾げた。とりあえず何が何だかわからなかったので、曖昧な笑顔を向けて手を振ってみる。

「(あ、そらされた。)」

だが彼はいぶかしげにこちらを見たかと思えば視線をあからさまにそらしてしまった。先ほどとは明らかに違う態度である。あらら。嫌われちゃったかしら、若い子の感情の起伏って難しいなあ、だなんて苦笑した。直後、再びくしゃみが出て、思わずため息を吐いた。今はとりあえず任務の前にこの風邪を治さなければ。だんだんぼーっとしてきたし、これは本格的に不味いかもしれない。熱が出ようと代わりを出せるほど今度の任務は簡単なものではないのだ。

「(しっかりしないとなあ。他にやらなきゃいけないこともたくさんあるし。船医にでも見てもらおうか、いや、先にやること済ませるか…。)」

ずずっと鼻を啜るを、指先で鼻を押さえながら書庫へと向かって歩いた。





「なまえ姐さーん、」
「ん?」
「すいませんけど、この備品って倉庫でしたっけ、外に出すんでしたっけー?」
「ああ、それは…」

手元のファイルを捲りながらおもわずぼーっとしてしまう。これはまずいなと思いながらも指示を出すと、息をつく暇もなく日誌の整理を再開した。

「ありがとうっす。」
「ええ。こちらこそ悪いわねって…っくしゅん!」
「あれ、なまえ姐さん風邪っすか?」
「ええ。移さない様にしなきゃね。ごめんなさい。」
「いいっすよ。あ、もう仕事終わったんで、サッチ隊長に言って風邪にいいお茶でも入れてもらいますか?」
「あら、いいの?」
「もちろんっすよ!姐さんの為なら喜んで!」
「ありがとう。」

そう言ってるんるんと部屋を後にする青年を横目で追う。そう言えば彼はサッチさんとこの子だったか。エースよりも二、三年上らしいあの子は確かに四番隊の隊長に負けないくらい女性には優しい。四番隊の隊員は軒並みレディファーストにたけている気がするのだが、これも四番隊の伝統か何かだろうかと考えてぼんやりする頭をぶんぶん振る、今はそんなことに気を配っている場合じゃない。

「(はあ、随分バラバラねえ…)」

日付順を無視して積み重なった書類をきちんと順番に並べてファイリングする。こういう仕事をしているとまるでどこかの会社の事務のようだが、ここはあくまで海賊船である。とはいえ、ゆうに千人を超す大所帯。備品一つの過不足、アクシデントの一つでも起これば大問題に発展するのだ。幸い人間が多いので一つの仕事に従事する人間がいくらでもいるしその点は助かるが、このような細かな仕事を好んでやろうとする野郎はあまりいない。我が一番隊の隊長はこの船でも屈指のブレーンであるのでデスクワークは自然と彼に回ってくるが、一人でこなせるわけでもないので自然とその配下である一番隊の私や手助けしてくれる人間に回ってくるようになったのだった。私が事務的な仕事をやる様になってからはマルコ隊長もようやく自分お時間が持てるようになったようでそれはよかったのだが、今度は自分がきつくなってきている気がする。でも好きでやるようになったのだし、私が抜ければ他の仲間にも余計な仕事が増えてしまうので踏ん張らなければなるまい。

「どうぞ」
とんとん、とドアをたたく音がして声を上げれば、がちゃりと勢いよく扉が開かれた。恐らく先ほどのお茶の子だろうと予想していたが、視界に映ったのは健康で屈強そうな胸板と腹筋だった。

「なまえいるか?」
「ん?あら、エース君、っしゅん!」
「…やっぱり具合悪いんだな。ほら、体にいい茶だとよ。」
「…ありがとう。あれ?」
「どうした?」
「お茶は四番隊のあの子が運んでくれるはずじゃ…」
「あ、あー…なんつうか、用事思い出して俺に任せたんだ、あいつ。」
「そうなの。」

とりあえず椅子に置かれたファイルをどかすとエースも座る様にすすめて自分も腰を下ろした。

「なあ、なまえ」
「何?」
「お前そんなに具合悪いんなら医務室行けよ。仕事は少しくらい抜けたって平気だろう?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。」
「大丈夫じゃねえだろ、さっきもくしゃみばっかしてたじゃねえか。」
「あ。そう言えばエース最近私のことよく見てない?」
「そ、そんなことねェよ。つうか俺のことよりお前の体の心配しろよな。」
「大丈夫だって。」
「…大丈夫じゃねえよ。そう言っていつも無理ばかりしやがって。」
「それはお互い様でしょう。」
「…………。」

図星を突かれて何も言い出せずにエースはふてくされたように口をとがらせた。心配してくれるとは随分優しい末っ子だなあとしみじみと思いながら熱いお茶を口に含んだ。ハーブや他の香草とはちみつの入った体の温まるいっぱいで心も落ち着いてくる。

「ありがとう。でも大丈夫よ。明後日から別の任務もあるからあとで船医に薬出してもらうわ。」
「一日くらいきちんと横にならねえとよくねえぞ。女は特に体は温めねえと駄目だってサッチも言ってたからな。」
「そうねえ、でも二、三時間寝れば平気だから。あ、お茶ごちそうさま。」
「なまえ、ちゃんと聞けって。」
「分かってるわ、どうもありがとう。エースのそう言う優しいところ好きよ。」
「、」

そう言ってウィンクをすれば彼は眉間に皺を寄せた。そしてもう大丈夫だから、ともう一度私がそう言えば渋渋持ってきたトレーを手に持ってへyを後にするのか歩き出した。一度、扉を閉めるときに何か言いたげに口を開いたが、仕事を再開させた私を見てそのまま扉を閉めてしまった。言いたいことは言う平静の彼とは似つかわしくない態度にどこか煮え切らない思いだったが、仕事に再開すればすぐにそんな考えも頭の片隅へと追いやられてしまった。






「おーい、なまえ。風邪はもう治ったのかって…おま、なまえ!」
「何よ大声出して。」
「その傷どうしたんだよ!?」
「え?…ああ、これね。別に大したことないわよ。」
「大したことあるだろーが、顔に傷だなんて、お前女の子なんだぞ!?」
「ぶっ、やだ女の子って歳じゃないわよ。」
「歳の話じゃねえよ、兎に角女は顔が大事だろうが!」
「ふふ、」
「何笑ってんだよ?」
「なんか久々に親父以外に女子扱いされたから。」
「…そんなこと言ってる場合じゃねえだろう。」

心配する自分を余所に目の前の女は機嫌よさ実にフンフン鼻歌交じりで笑顔をみせた。反対に此方は眉間に皺が寄る。女の頬にはそれ以前には見覚えのないひっかき傷のような者があり、それほど深くはないが、二、三日で治るような傷でもなさそうである。女のことは勿論よく解らないが、普通ならショックでマスクだのなんだのして誤魔化すだろうに、目の前のこの女ときたら何事も無かったかのように普通に傷を曝したまま廊下を闊歩なんかしてるのだから、此方が心配になるほどだ。いつもはほんのり赤みの差す柔らかな頬に痛ましい傷がある。何故こんな傷が彼女に出来たかは容易に察しがついた。ついに三日前に一番隊の隊員である彼女はとある任務で派遣され、そこで無事任務を終えたらしいのだが、運悪く他の海賊に絡まれて一悶着し、さらには追手の海軍とも交戦をせねばならぬという随分な憂き目にあい、恐らくその傷はその時負ったものなのだろう。只でさえ任務へ向かった時には具合も悪そうだったというのに、元より強がりな彼女はその体を推して今回従事したのだ。いつもなら簡単にあしらえるはずの敵の攻撃も、不調のせいできっとよけきれなかったのだろう。

「(だからって、よりにもよってよ…)」

まさか一番女性として傷つけたくないところに勲章をつけてくるとは。自分の持つそれとは違う柔らかな肌に傷がついている。それだけでこちらは胸が痛いのに、肝心の本人はまるで他人事なんだと知り、無性に遣る瀬無いような、怒りたいような気がしてきた。いくらなんでも能天気すぎるだろう。

「そんなに睨まないでよ。二番隊隊長くん。」
「…じゃあ船医のとこ行けよ。行かねえなら俺が無理やり、」
「残念、もう傷の手当は受けたのよ。風邪の方は薬飲んでたからだいぶ良くなったし。ナースちゃん達にも散ッ々心配されて怒られたんだから、もうこれ以上何も言わないでほしいわね。」
「…だからってよ、」

二言目が紡げず、とりあえず沈黙する。ばつが悪くて視線を外せば女のクスクス笑う声が聞こえたので口をとがらせる。そうすればなおのこと女は可笑しいのか笑うのだった。どうにもなまえ相手だといつものようにずばずばと言えずペースを乱されてしまう。

「そんな怖い顔しないでよ。可愛いお顔が台無し。」
「うるせえ。他人の顔の心配より自分の顔の方を気にしろっての。」
「どうも、ありがとう。エースは優しいね。」

女は自分の方にポンと手を置いて礼を述べるとそのまますたすた廊下を歩いて行ってしまった。待て、という声にもこちらに振りむくことなく手をひらひらさせるばかりである。これ以上怒ってもどうせいつものように言い様にのらりくらりと交わされるのが落ちである。こっちが怒りをむき出しにすれば反対になまえはへらへらと笑って収める。これが自分よりも年上の余裕と言うやつなのか。兎に角、この船に乗ってからというもの、なまえが感情をむき出しにしたところを一度も見たことは無かった。クールで冷静な彼女が羨ましくも思えたし、反対に哀れに思えて仕方がなかったし、子ども扱いされるのもひどく癪だった。要するに、なまえという女はいつだって強くて優しくて、隙のない人間なのだ。







「何ふてくされてんだよ」
「…なあ、サッチ。俺ってそんなにガキか。」
「そうだな。」
「おい。」
「俺んとこの若い奴に無理言って必死になって女にお茶を届けるくらいにはガキだろうが。」
「言い返せねェ…」
「何だよ、またなまえと喧嘩でもしたのか?元気だなあ。」
「違ェよ。なまえのやつ、俺の言うこと何一つ真面目に訊きやしねえんだ。」
「そんなのいつものことじゃねえか。」
「だァァァ!だから、それが問題なんだろうが!」

突っ伏していた食堂のテーブルからがばりと上体を起こしてそう言えばサッチは此方ににやにやした笑みを浮かべていた。人が真剣に悩んでいるというのにとんでもないフランスパン野郎だ。完全に人の不幸を楽しんでやがる。

「まあまあ。そうカッカすんなって、ほら、ビスケットでも食えよ。」
「食う!」

この間の島でおやつに大量に買い込まれたビスケットを差し出されてもごもご頬張る。布巾で手を拭って仕込みを終えたらしいサッチは自分と俺の分の簡単に入れたコーヒーのマグカップを持って隣に座る、一服し始めた。

「確かに、お前が言うとおりなまえは強がるからな。」
「ほうなんだよ、何でなんだ?」
「食いながらしゃべるんじゃねえよ。だいたい、少し考えりゃ察し位つくだろうが。」
「…分っかんねえ。」
「そう言うところがおこちゃまなんだよ。」

なんだと、と言いつつ苦いコーヒーを飲む。何とか飲み干す。そして暫くじっとマグを持つ手を見つめた。厨房では忙しなく入れ代わり立ち代わり人間が仕事をしている。今夜はなまえたちが無事帰ってきたということで宴会でも開くのだろう。時間も丁度二歩堕ちた頃合いである。

「なまえの奴、なかなか甘えないんだ。苦しい時でも何ともねえ顔してやがる。それが俺は嫌なんだよ。なんでなんだ、俺たちを信用してねえわけじゃないことは分かってる、だからこそ分からねえ。」
「そうだな。」
「…なんでだよ、」
「だから、考えてみろって。男くせえ海賊船に女一人。自分の意見通すのもそりゃ気を遣うだろうし、かといって女々しい態度を取れば周囲の反感を買うかもしれねえ。或いは迷惑をかけるのかもしれねえと思ってるのかもな。」

サッチは何ともないような顔でマグに口をつけて続ける。

「一癖も二癖もある男ども相手を毎日しなきゃならねえんだぞ?そりゃァ甘える隙もねえわな。」
「そうだったのか…!要するに、俺たちがもっと気を遣えばいいんだな!」
「いや、逆だろ。気を遣わせねえようにすりゃいいんだよ。まあ、あいつの場合気を遣うというよりも、もともと甘えベタなんだろうがな。」
「…そうだな。」
「ここに来たばっかのお前とそっくりだな。」
「そうかあ?」
「ああ。なまえはそこまでツンケンしてねえけど、素直になれねえところは似てると思うぜ。」
「……そうかもな。」
「ま、似た者同士とっととくっつきやがってとっとと爆発しやがれ。」
「は?」
「なんだよエース、お前なまえに惚れてるんじゃなかったのか。」
「は…?はアアアアアアアアッ!?」
「うっせ。」

そう言ってサッチはビスケットを無理やり開いた俺の口に無遠慮に押し込みやがったので息苦しくて死にそうになったが、何とかそれをかみ砕くとコーヒーで流し込んだ。

「な、何でそんな話に何だよ!?」
「じゃあなんでいつもなまえを目で追ってんだよ。」
「そ、それはだな。つうかなんで知ってんだよ!」
「気づかねえほうが可笑しいだろう。俺どころか親父もマルコもジョズも、みーんな知ってんだからな。」
「マジか」
「まじまじ。」

あー、と唸りながら思わずビスケットの皿の中に頭を突っ込む。そうか、ばれてたのか。そりゃそうだよな、通りで最近イゾウとハルタが俺見てニヤニヤしてたんだわ。自分でもなまえに惚れてることくらい勿論分かっていた。とはいえ、うまく隠しているつもりだったんだが…。ばれたらばれたでそれは結構恥ずい。実に恥ずかしい。いや、何時かは話そうと思っていた。本当に。

「エースが分かりやすすぎるんだよ。いつもの無神経で歯に衣着せねえお前が、なまえ相手だと途端に大人しくなりやがるしよ、」
「………」
「まあ見てておもしれえから何も言わなかったがな。他の奴らも言ってねェみてえだから、大方俺と同じように面白がってたんだろうなァ。」
「お前ェら……!でも、なら話は早ェわ、」
「…あ、おい。どこ行く気だ?…って、答えは分かりきってるけどな。」
「おう。もううだうだ考えるのは止す。面倒くせェの抜きでなまえに直接ズバッと言ってやる。」
「いつも通りじゃねえか。ま、あんまりなまえに迷惑かけんなよ。」
「おう。」
「返事だけはいいよなァ、お前。精々嫌われねえ様にしろよ。女は野郎と違って傷つきやすいんだぞ。」
「あー…、なるたけ頑張る。そん時ァそん時だ。」
「ひゅう!それでこそ男だぜ!当たって砕けろ!」
「砕けたらだめだろうが。」

皿を直接口に付けてビスケットを平らげると、そのまま椅子から立ち上がり食堂を後にする。今まで悩んでいたのが馬鹿のように思える。あっちが気を遣うのならこっちは使わずに無神経に言ってやればいいのだ。うだうだ考えたってどうせいつも通りになってしまうのだから。こと、なまえのことになると考え過ぎてしまうらしい自分であるが、もう後には引かないと決意できた。今度もあしらわれようが、万が一嫌われようがもう関係ない、なまえが少しでも自分のわがままを伝えられるようになるならばと、意思を決意を固めた。





「なまえ!なまえいるか?」
「なまえなら甲板にいたぞ。」
「まじか、今一人だったか?」
「さあな。…エース、なまえに何するつもりだよい。」
「言いたいことがあんだ、今じゃねえと駄目なんだよ。」
「…よく解んねえけど、迷惑だけはかけんなよい。」
「その台詞はもう聞き飽きたぜ。」

此方を遠い目で見つめるマルコを余所に、教わった甲板へと上がっていけば宴会の始まりでわいのわいのと騒ぐ人間のその奥で一人でグラスを煽る小さな影が見えた。なまえは数人の男と談笑している。

「(あれは…サッチんとこの)」

数人の男の中でも見知った顔の若い男は、酒が入って気分がいいのか、時折なまえになれなれしく体に触れたり、ついには顔に負った傷に不躾に触れていたりしていた。間違いなく先日なまえにお茶を持っていこうとして俺が無理やり引っ手繰った奴である。もちろんあいつには悪いことをしたと思っているが、随分なれなれしい態度だ。当のなまえはと言えば、迷惑そうではあるが別段いやだとも言わないでいる。どうせいつもの、「まあ、いいか」と言った具合で付き合っているのだろう。仲間同士の馴れ合いは別段珍しくもなんともないが、相手は女であることをナチュラルにもっと認識できないものか。なまえも嫌なら嫌で言えばいいのによ、と思わずむっとしたまま、ずかずか彼女たちの下へと急いだ。

「なまえ!」
「あ。エース君。」
「話したいことがあんだよ。」
「何?じゃあ、ここで…」
「ここじゃだめだ、二人で話しがしてェ。」

キッと隣にいる奴らに視線を向ければ怯んだように俺を見た。なまえは最初はいつもの俺の気まぐれとでも思っていたらしいが、俺の剣幕に何かを察したらしく静かに頷いた。

「で、私に何か用があるのね。」
「ああ。前々から言いたいと思っていたんだが、情けねえことに言えずにいたことがある。つうか、いつも言いてェのになまえがすぐはぐらかすか真面目に受け止めてくれねェからな。」
「あら、ごめんなさい。」
「いや、謝るな。ガツンと言えねえでいた俺が女々しいのが悪ィ。」
「エース、」

なまえはじっと俺を見ていた。距離は随分近い。その気になればその小さな体を抱き寄せられるくらいの距離だ。遠くではがやがやうるさい野郎どもの声とグラスのかすれる音がする。それまで夜風が撫でていた手を伸ばすと、なまえの傷ついた頬を撫でてみた。なまえは最初こそ驚いたがそれを甘んじて受けた。

「なまえ、頼むから我慢すんなよ。キツイならキツイとか、嫌なら嫌とかよ。」
「でも、それじゃあ私のわがままじゃない。」
「いいんだよ。わがままくれェ他の奴らも言ってんだろうが。只でさえなまえは女なんだぞ。」
「…それじゃあまるで女だから特別扱いされてるみたい。対等な仲間じゃないみたいだもの、他の皆にそんな自分勝手言えないわ。」
「じゃあ、他の奴に言えねェなら、俺に言え。」
「ええ?」
「俺はお前のことちゃんと仲間と思ってる。本当だ。他の奴らもそう思ってるだろうよ。だけど俺は他の奴らと違ってなまえのことを一人の女として見ちまってる。」
「えっ」

ずいっと一歩近づけば、なまえは驚いたようなまん丸な目で俺を見上げた。海賊やってるだけあって他の女よりも節くれだった手や潮風に当たった頬が視界に映る。しかし、うして見下ろせばただの小柄な女である。彼女一人の仲間として信頼し尊敬する一方で、俺はどうしても女性として魅力を感じてしまうのだ。

「俺はお前を仲間だとも思ってるが、お前に惚れちまってもいるんだ。迷惑かも知れねえけど、もう我慢すんのも止めたんだ。」
「エースくん…嘘じゃ、ないのね?」
「俺の目を見てくれ。」

そう言ってずいっと顔を近づければなまえはあっと声を上げた。俺が顔に触れているから顔を反らすことも出来ない。

「嫌なら嫌でいい。でもこれ以上無理するのは駄目だ。他の奴らに言えねえんなら俺に言ってくれ。これ以上なまえが辛ェのも苦しいのも、傷つくのも見たくねえ。頼む。」
「…………。」

なまえは暫く何も言わなかったが、頬に沿えた俺の手に触れると握りしめてそれを下ろした。酷く冷たくて小さな手だった。

「…びっくり、した。」
「おう。」
「エース君、私のこと好きだったんだ。」
「おう。」
「…まじか。」
「まじだ。」
「いつから?」
「分かんねェ。気が付いたら。いつも一緒にいたからな。気付くのも遅かったんだ。悪ィ俺こういう時鈍感なんだよ。」
「うーん…」
「何だよ」
「いや、君みたいな若い子が私を好くとは思わなくて」
「はあ?お前だって若いだろうが。」
「あら、そうかな?…でもなあ、私年上が好きで…。年上じゃないときゅんとしないというか…」
「なっ」(ガーン)
「だって、君みたいな若いイケメンには、ナースちゃん達みたいな娘があうんじゃ…」
「そんなもん手前の好みだろうが。」
「…いやでももう私歳だし。」
「つうか、歳なんか関係ねえよ。惚れたらそんなの関係ねえだろうが。俺はなまえに惚れたんだよ。それ以上でもそれ以下でもねえ。」
「………。」
「なんだよ…急に黙るなよ、気まずいだろうが。」
「なんか、」
「おう」
「今初めて年下にキュンとした。」
「ま、まじか!どこで?」
「ふふ、また今度話すわ。」
「あ、こら!逃げんな!返事効かせろよ!」
「年下好きにさせてくれたらね。」

そう言ってなまえは手を離すとそのまま皆のいる方へとたたたっとかけてしまったので思わずそれを追いかけた。くそう、逃げられたら余計追いたくなるのをこの女は分かってやっているのだろうか。なまえを追いかけようと足をみこんだ刹那、突然なまえはくるりと此方を振り返ったので目を見開いた。

「返事はすぐに言えないけど、」
「………。」
「少しずつ、エースにわがまま言えるように頑張るわ。」
「…おう。」
「君みたいに若ければすぐにでも返事をしたんだろうけど、もうこの年になるとね。臆病になっちゃうのよ…ごめんね。返事がすぐ出来ないなんて、狡いってすごく解ってる。でも私も色々頭の整理が必要で、」
「いいさ。そうやって少しずつなまえが言いてェこと言えるようになりゃあ俺はそれでいいんだ。」
「…エースは優しいね。そう言うところが、やっぱり好きよ。」
「惚れるだろ。」
「ふふ、ちょっとね。でもあともう少し頑張って惚れさせてよ。私も嫌われないように頑張るから。」
「望むところだ。お前のわがまま全部聞いてやる。」

馬鹿ね、そう言って笑って泣くなまえの涙は頬の傷に伝って落ちた。この傷が治るころには俺に少しでも振り向いてくれるといいと思って柔らかな頬を再び撫でた。


2015.01.17.

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