短編 | ナノ
沖田(ご主人様)と下僕ちゃん

私もいよいよ年頃となったということで、ひと月ほど前から田舎を出て、花嫁修業という名目で単身江戸へと出た。親の伝手を利用して今は奉公先で新米女中として毎日それなりに忙しい日々を送っている。その奉公先というのが随分なところで、男だらけのむさ苦しい職場である。私の実家は地元じゃ有名な商家で、その身分のせいかはじめはお城で下っ端の女中をする予定であったのだが、どうにも定員になったらしく、漏れてしまった私は運良く城と違えども幕府の直属の警察組織であるこの真選組に籍を入れてもらえた次第である。本当なら今頃女だらけでお香の匂いのただよう大奥の女中だったろうに(といえども下っ端の下っ端だけれど)、今はそれとは正反対の男だらけのむさくるしいというか寧ろ臭い真選組で奉公する羽目になるとは……。運命というものは随分皮肉である。


「悪かったなむさくるしくて。」
「……勝手に心の内を読むなんて、最低です。」
「ダダ漏れだったんですけど、手前ェの心の内の不満ダダ漏れだったんですけど。」
「あらあら。思わず心の声が、」
「絶対ェわざとだろ。」


文句をぶつくさたれつつ瞳孔をいつも以上に開いていらっしゃる真選組副長であらせられる土方十四郎さんは私を睨んで手渡した湯呑に口をつけた。相変わらずその瞳孔は閉じる気配がない。初めてお会いしたときはその端正な顔立ちに胸がときめいたものの、彼の極度の偏食と、そして毎日その閉まらない瞳孔を見ているうちに心がみるみるうちに乾いていくのがわかった。しかしながら彼だけが個性豊かなわけではない。ここに居るものは一癖も、二癖も変わっているのである。寧ろ目の前にいる人物はまだマシな方である、何しろここにはそれ以上に猟奇的とも言える危険人物がいるのだから。彼は私にとって目の上の大きすぎるタンコブであり、そして最大の天敵であるといえよう。


「名前ー、プリン買ってきなせェー。三分間だけ待ってやらァ。」


噂をすれば影、というやつである。声の主は躊躇なく私のいる副長室の障子を開けると私を見るなり上記の言葉をのたまった。その大きな瞳は私の目をしっかりと見据え、まるで自分は特に悪いことなどしてないようなしれっとした表情である。ここまで来るといっそ清々しい。


「……無理ですよ。ていうか昨日買ったプッチンプリンが冷蔵庫に入ってますからご自分で取りに行ったらどうですか?」
「あ、お前ェいつからそんな口答えするようになったんでィ、そんなんじゃ立派なメス豚になれやしねェぞ。」
「なりませんから。ていうか目指してもいませんから。なんですか立派なメス豚って。」
「お、こりゃ失礼しやした。下僕の間違いだった。体型は既に申し分ないほどに出来上がってんですけどねィ。」
「いやそれ結局ほとんど同じだから!しかもさりげなく体型のこと馬鹿にしてるよね!?誤ってる意味ないから!」
「おい、黙って聞いてりゃァ下僕のくせに許可なく突っ込むだけに飽きたらず、タメ口たァいい度胸だぜ。あんまり調子乗ってっと違うもんアンタに突っ込んで調教し直してしてやりやしょうか?」
「ぶ、」


そう言ってニンマリと口角を上げて目を細めながら目の前のベビーフェイスの青年はしゃがみこむと私の頬を片手でぎゅむ、と容赦なく挟んだ。痛みに悶えるものの彼は離す気がないらしくニコニコしたまま私を見ている。


「ひょうひょうふはれたほほえはありまへん(調教された覚えはありません)、」
「なに言ってんでィ、お前がここに来た夜からというもの毎晩毎晩寝る間を惜しんで俺はお前を可愛がってやってるというのに……。」
「ひっはいはれのほほへふか、ほれ(一体誰の話ですか、それ)。」
「あ、これは昨日見た夢の中の話だった。」
「…………。」


何事もなかったかのようにそう言ってのける目の前の彼を私はどこか憂いを帯びた目で見つめた。ともすれば彼は何見てんでィといつもの調子で更にぎゅううと私の頬を挟む手の力を強めた。鬼だ……。


「つーか人の部屋でイチャイチャすんじゃねーよ、よそ行って殺りやがれ。邪魔だ。」
「ひひはははん、はんひがおはひひへふへどひのへいへふは(土方さん、漢字がおかしいですけど気のせいですか)?はほほうひへほへはへはひへはいへほ、ほへ(あとどうみてもイチャイチャしてないでしょ、これ。)」
「あれ、土方さんいたんですかィ。てっきりもう寿命でもういないもんだと思ってやした、すいやせん。」
「よーし、総悟テメエさっさとそいつ放って表出やがれ。」
「嫌でさァ。俺はハードスケジュールなんでね。土方さんに構う時間なんてないんで。プリンが俺を待ってるんでさァ。つーかもう三分たってやがる。ゲームオーバーでさァ。罰を与えねえとなァ……。」


そう言って彼は土方さんから視線をゆっくり移すと私を見下す。そして先ほどよりもより一層楽しそうに口角を歪めてようやっと頬から手を話したかと思えば無理やり私の手首を掴むと勢いよく引っ張り上げた。私はいきなりのことで体がよろめいてついていくのがやっとである。後ろから土方さんの怒声が聞こえたが沖田さんはそれを気にも止めずに私を引っ張ったままずんずんと廊下を歩いていく。


「ちょ、沖田さん、プリンなら冷蔵庫の中ですって!」
「分かってまさァ。さっき全部食べたんで。」
「は?」
「プリンはもういいんでさァ。つーかプリンなんか最初から求めてないんで。」


訳が分からずポカンとする私を尻目に彼は一等素敵な笑顔を私に見せた。それはもう通りすがりの女の子なら卒倒するような見目麗しいほどの爽やかさだ。そして一言。


「言ったじゃねえか、俺に逆らう下僕は調教しなきゃならねえって、なァ?」
「うう……(最初から狙いはこれだったのか……!)」


父上、母上、お江戸に出てちょうど一月、今日は名前の命日になるやもしれません。


2015.06.27.
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