短編 | ナノ
土方と新人婦警さん

いつもの如く派手な爆発音とうめき声が響く屯所にそぐわない様な、カチカチという軽快な音がひとつ増えたのは、本の数日前のことだ。

その機械的で近代的な音は始終とある部屋から聞こえてくる。その部屋は屯所内でも一番日の当たらぬような場所の部屋で、そこは昼間だというのに薄暗く電気さも付けないせいか少し開かれた障子の隙間からはうっすら明かりが漏れている。そっと覗き込めば、部屋の中央に黒い人影のようなものが伺える。黒い影はひたすら何かに向かって必死に打ち込んでいる。薄暗がりの中で熱心に画面に視線を送りまるでからくりのように規則的に指を動かすさまはただの引きこもりだ。よく見えないがほとんど家具の置かれていない殺風景な室内は、その人影の周りだけたくさんの本が積まれ、資料が散乱している様子だ。それだけではなく菓子の袋やらジュースのペットボトルが散乱している。。ことのほかミンティアの四角い箱が散乱している。これがないと生きていけないのだと初めて来た当日に豪語していた。心底どうでもいい。初めて目にしたものならば、きっと息を飲無であろうほど異様な様であり、どことなくこの部屋の空気も澱んでいる気がする。

「のぞき見なんて最低です。警察呼びますよ。」
「何だ、気づいてたのか。つーか警察俺だから。お前もだけど。」
「画面にその瞳孔だだっ開きの素敵なお顔が見えましたから。」
「何喧嘩売ってんのお前。」

障子を全開にしてやれば薄暗い部屋は一気に明るさと温度を取り戻して白に染まってゆく。女はここに来て初めて振り向くとその大きな目の中の交際をぎゅっと絞った。そして煩わしそうに目をしょぼしょぼさせてこする。まるで猫のようだ。日差しに照らされて埃が舞っているのが少し見えた。

「空気ぐらい入れ替えやがれ。つーか電気つけねえでよくできんな。目わるくなっぞ。」
「慣れてますから。それよりも、一体なんのご用件でしょうか?」

女はふああ、とあくびをすると再び視線を画面へと向けて指を動かす。一体何を必死にこうも打ち込むのかわからない。あいにくアナログな自分には到底理解できない。ここ数日どんな人物であるかと何気なく注視していたがこの女ときたら見回りもそこそこにずっとこの調子である。とはいえもとより新しく情報処理等を担当する名目で派遣されたのであるから当然といえば当然であるが、ここに期待上は通常業務である見回り等の仕事も努めなければならない。上司である局長は忙しいのであれば無理してやらせんでもいいであろうと笑って言っていたが俺からすれば通常業務をさえこなせない奴はただの職務怠慢と変わらない。ここにはただでさえサボタージュを決め込む輩が多いのでこれ以上そんな真似などさせぬようにはじめから焼きを入れなければとわざわざ副長である自分が足を動かしたのだ。

「見回りに行く。ついでにお前もついて来い。」
「えー、」
「えーじゃねえよ、見回りも手前ェの仕事だろうがよ。見回る道順教えてやっからついて来い。」
「それをそっくりそのまま沖田隊長にも言っていただけますかね。」
「悪いがあいつには毎日言ってんだ。これ以上俺の仕事ふやすんじゃねえよ、いいからついて来い、40秒で支度しな。」
「バルス。」

ぶつくさ文句を垂れながらも女は大きく伸びをすると、USBを抜き取りパソコンを閉じてぼちぼち準備を始めた。そして乱雑に置かれた自身の黒い隊服のジャケットを羽織るとクラッチバックを手に持ち、ミントのミンティアを数粒口に含んで立ち上がった。女の隊服の作りは然程男のものとは変わらぬものの下はタイトなスカートで足はストッキングを履いているらしい。いったい誰の趣味か分からぬがここに来た時からこの様子であった。スカートなど、動きにくい上にここに居る奴らの目に毒であると猛反対したが結局多数決で圧倒的な賛成派の影響でお咎めなしで終わってしまった。コイツが来てからいつも以上に気苦労が絶えない。屯所内は浮き足立っているし、密かにこの女を愛でる会などという下らぬ馬鹿も出てきた。むさ苦しい屯所の中で紅一点のアイツは確かに異質であり一目置かれるのは無理もないが、こいつはあまりにも異質すぎるのだ。はっきり言ってウザイ。総悟とはまた違ううざさだ。常ならば山崎達を扱くが如く扱いたいところだが、何しろこいつは見回りこそやらぬもののデスクワークはかなりできる。これはここ数日女を見張っていてわかったことだ。近藤さんの話では以前は本部の方で研修を受けながら情報処理をそつなくこなしていて、その能力を買われてここに来たんだとか。傍から見たら左遷にしか見えないが、確かにここはいろんな意味でハードな職場である。並の人間が仕事をできるほど生易しい職場ではないからこそこの女が選ばれたのだろう。


時代はもう情報社会だ。悔しいがそれは事実であり、俺たちは刀を振るうことしか能がない。だからこそこういった業務はこの女に任せるほか無い。事実、この女が来てからというもの仕事の効率が倍にも上がっているのだ。物臭で引きこもりグセのある女だが仕事はきちんとこなすのだ(見回り以外)。だから必要以上に怒鳴り散らせない。ぐるりとハンドルを回しいつもの見回りコースを延々と循環する。幽かにタバコ臭さと男臭い匂いのする車内には今日は仄かに心地よい女物の香料の香りが混じっている。ふととなりを向けば助手席で女は何事もなかったかのようにクラッチバックからアイパッドを取り出すと指先で弄りまわしていて外を見ようともしない。コイツは見回りする気はないのだろう。ため息よりもまず舌打ちが出た。

「オメーまじでなんなの。」
「それはこちらのセリフです。さっきっからイライラしてどうされたんですか?」
「うるせーよ、パソコンばっか見てねーで外見とけ。見回りに来た意味がないんですけど。」
「副長の声の方がうるさいです。それにちゃんと来たんですからいいじゃないですか、参加することに意味があるんです。」
「何マラソン大会みたいなこと言ってんのお前。」

タバコがちょうど切れているせいか余計に苛立ちが増している。仕方がないからコンビニに寄ろうと大通りを反れた。

「副長はそんなに私がお嫌いですか?」
「あん?」
「副長が私と一緒にいるといつもイライラしてますよね。」
「女子高生みたいなこと言ってんじゃねえ。お前が見回りしねえからイライラしてんだよ。」
「じゃあパソコンが嫌いなんですか?」
「人の話聞いてた?まあ、好きじゃねえな。」
「今やパソコンの時代ですよ。」
「んなこた分かってんだよ。だから仕方がねえと思ってやってんだ。」
「あ、あれでしたら教えましょうか?仕方がないから教えてやるよ。」
「何急に上から目線になってんの?斬るけど?」
「パソコンに関しては私は副長より上ですよ。パソコンは剣より強し。」
「よし、そのアイパッド寄越しやがれ、真っ二つにしてやる。」
「まあまあそんなカリカリしなさんなって、ミンティアあげますから。」
「いらねーよ!」
「あ、空でした。すみません、残念ながらあげられません。泣かないでください。」
「いらねえっつってんだろうが。つーかちょっと黙っててくれる?運転してっから。」

ツッコミを休めてなんとかいつも寄っていくコンビニに車を止めた。

「ちょっと待ってろ。」
「勤務中にコンビによるってアリですか?」
「見回り中にパソコンいじるってアリですか?」
「失礼な、私は今ツイートしてただけですよ。」
「ぶっ殺すぞ。いいからちょっと待ってろ。」

そう言い残しバタンとドアを占めるとコンビニへと向っていった。車の中からついでにジャンプ買ってくださいだの聞こえたが無視して歩みをすすめる。堂々法度を犯す発言を見逃しただけでも有り難く思えと心底思った。本当に鼻につく女だ。

「あーあ、ジャンプ買ってくださいって言ったのに。」
「うるせえ、女でも容赦なく切腹させっからな。」
「………なんですかこれ。」
「………いらねーなら別に無理して受け取らねえでも、」
「ありがとうございます。」

ミンティアを手渡せば女は少しだけ驚いたように目を丸くさせたが素直に笑顔を浮かべ差し出したそれを受け取った。気まぐれに買い与えたもののどことなく照れくささから視線をそらせば女は小さく笑った。そして買ったばかりのミンティアを口に含むと相変わらず液晶画面に何かを打ち込んでいる。

「副長って優しいですよね。」
「…んだよ急に。」
「本当はカルピス味の気分でしたが、まあ、ありがとうございます。」
「お前本当に可愛くねーのな。」

2013.04.26.
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