短編 | ナノ
無自覚が最強でライナーが照れる

何かを始めればすぐに変われる訳ではないことぐらい分かっているけれど、陰毛を切るのも、委員会に入ってみるのも、手っ取り早く自分を変えるやり方だと思ったのだ。でも結局器量もないのだから(リーダーシップなんてもってのほかだ)、一番自分がとっつきやすいであろう環境委員に入った。花は好きだし、放課後残って教室のプランターや花壇に水をやるのも別に苦ではない。部活動の文芸部も週に一度の活動である。支障はない。でも私を一番失望させたのは、環境委員をやっても、結局、何も変わらなかったんではないかという気持ちが心の中で日に日に大きくなっていったことだけだった。

「今日は東棟の花壇をやってくれないか。あの花壇には春休み前にマーガレットやシクラメンを植えたはずなんだが、水をきちんとやらないせいか全然芽が出なくてね。」

ノー、とは言えるはずもないので、私がこくりと肯けば、目の前の担任のスミス先生は優しく笑って頭を撫でた。先生からは上品な香水の香りがした。大人の男という感じがして少し緊張するし、お腹が少しだけくすぐったく感じた。東棟の花壇は日あたりが良くて、花壇も立派なものだが、水を上げなくばすぐにでも水はけがいいのでほかの草花に栄養を取られてしまうらしかった。レンガで囲われたそこにまんべんなく、特に左側のヒヤシンスが植えられたらしい箇所には念入りに水を撒かねばなるまい。ホームルームが終わって三十分も経てば、帰宅部の人はもうほとんど後者に残っていないし、あとの居残りも部活動に向かう人や、私のように委員会の仕事をする人など、忙しい人ばかりで邪魔をする人はいない(邪魔する人なんてもともといないけれど)。花壇の淵は赤のレンガで覆われていていた。このあたりは渡り廊下からよく見える位置で、自転車置き場と剣道部と柔道部が使う武道館と体育館が近い。先程から絶えず竹刀のバチバチという音と、どんどんと床の揺れるような音が聞こえた。春の大会が近いのだと、教室で誰かが言っていたのをふと頭の片隅で思い出した。

「よいしょ、」

買ったばかりのスニーカーが汚れるのは残念だけど、多少は土がついても仕方がない。水道の横に置いてあったホースを持ってきて、やっとのことで水道につなぐことができた。一人でやるには少しばかり大きい花壇ではあるが、何しろ一人で平気だと申し出たのは自分なので、少しぐらいは頑張らねばならない。きゅ、ゆっくりと水道の蛇口を回そうとするも、なかなか固くて自分の力ではどうにもならない。おそらく、ここの水道は部活でもしばしば使われるらしいので、力の強い運動部男子が強めに締めたらしい。さて、困った。腕をまくり、しばらく格闘するも、どうにもならず、少しばかり面倒だがホースを伸ばして少し先にある飲料用の水道を使うべきか。

「これでいいか。」
「あ、ありがとう。」

突然視界の横から自分の白く棒切れのような腕とは大違いの、太くたくましい腕が伸びたかと思えば、いとも簡単に蛇口をねじった。視線を横に向ければ、そこには白が見える。今度は視線を上に上げれば、ようやっとその主を改めることができた。

「ブラウン、君?」
「ああ。そうだ。」

覚えててくれてたのか、と彼は愛想良く笑った。もちろん覚えているよというのも束の間、勢いよく流れ出た水に驚いて急いで握っていたホースを花壇に向ける。水はあっという間に花壇の薄茶だった地面に流れて、買ったばかりのスニーカーが汚れるのは残念だけど、多少は土がついても仕方がない。少しずつ土が湿り気を帯びて、ゆっくりと浸透していくのを感じる。彼は白い柔道着をまとっていた。体の大きい彼ならきっと強いだろうな、そう思いながら彼の方を見ると、彼もまた私の行動を見ていた。

「名前は環境委員なのか。」
「うん。今日はスミス先生に花壇頼まれたの。」
「そうか。でもここを一人でやるのも大変だろう。」
「ううん、平気だよ。それに、一人でも大丈夫って言ったの、私。」

そういえば彼はそうか、と言って腕を組んだまま花壇を見た。彼はおそらくいつもここを見ているけれど、ほとんど注意したことはなかったのかもしれない。実際、私もこの花壇の存在は入学当初から知っていたが、手入れをするのがこれが初めてだった。彼が黙ったままだったので、私も黙ったまま水をまいた。彼がこれほどまでに静かなのは初めて見た気がした。ブラウン君は教室でも一目置かれる存在で、リーダーシップもあるし頼りがいがある感じで、みんなとも分け隔てなく触れ合うタイプだということは、地味な私でもわかる。視界の端に映る彼はいつも彼の髪の毛の金髪に負けないくらいキラキラして見えるのだ。私も本当は彼ぐらい器量も度胸もあればいいのにな。

「……部活は大丈夫?」
「ん?ああ、今は休憩中でな。ああ、邪魔だったか。」
「え?いや、違うの、私が逆に邪魔してないか、心配で。」
「名前は何もしてないだろう。」
「そうだ、ね。」

えへへと情けなく笑う私とは対照的に、彼はふっと優しく笑う。スミス先生とは違うけど同じくらい暖かい感じ。そういえば、彼もジャンくんと同じで私のことを親しく名前で読んでくれていることに少しだけ嬉しさを感じた。彼は水のまき終えた方にしゃがみこむと、水滴のついた葉に優しく触れた。彼が親しげにしてくれるのはとても嬉しいのだけれど、何だかそのビジュアルに負けて、少しだけ落ち着かないのも本当だった。彼は圧倒的な存在感がある。私のもやしみたいな存在感では到底太刀打ちできない。自然と緊張の空気が自分の中かから、溢れ出てくるのを感じた。

「…………。」
「…………。」
「……もしかして、やっぱり邪魔か。」
「え!いや全然、全然そんなこと、ないから、そ、その、」
「いや、無理せんでもいいぞ。俺も馴れ馴れしかったよな。」
「ううん、全然、そんな。」

やはり人付き合いになれて心遣いのある彼であるから、私の微妙な空気を感知したのだろう。腹がひんやりして背筋が凍るのを感じる。変な誤解を招いては、折角彼が話しかけてくれたのに申し訳がない。

「本当に違うの、全然、そんなんじゃないから、」
「そうか?」
「うん。」
「そうか、なら良かった。てっきり嫌われてるのかと思ってな。」

確かに苦手なのだが、とは言えない。でも別に彼が嫌いではない、ただ、眩しい気がするだけだ。

「その、確かにブラウンくんは私よりも背が高いし、体が大きいし、金髪のキラキラだし、眩しいけど……。ただ今までそういうタイプの人とは交流がなかっただけで……」
「お、おう。」
「嫌いじゃなくて、なんていうか、そう、好き、むしろすきだから、ね?」
「え」
「え。……あ!好きって、その、そう言う意味じゃなくて、つまりは、」
「とりあえず、落ち着け。名前の言いたいことは十分に分かったから。」

ぽんぽんと私をなだめるように頭をなでると彼はおかしそうに苦笑いした。それはもう顔から火が出そうな心持ちであったが、寛大な彼は別に気にしている様子もなかった。ただ、彼の顔がほんのり赤かく見えたのは、多分夕日のせいに違いないだろう。彼のような人が、私に対して照れるなんて、絶対ありえない。土に汚れた自分のスニーカーを見て、余計に悲しくなった。

2014.02.13.
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