短編 | ナノ
ジャンが心配してくれる

「あ、」

(まただ。)

右手の人差し指にできたササクレを左手でいじればそのうち血が出てきた。随分革をちぎってしまったようでチクリと痛むんだが、自分のせいだからそのままにしておいた。ああ、痛い。彼は目つきあ悪いがかれの親友が言うとおり強い男ではなかった。私は少なからず彼に対して好意は抱いていたが特になにか特別な感情のようにも感じなかったので伝えることもなかった。第一彼には好きな女の子がいたし。かれの唇は私のほんのり色づいたそれよりも色がなくて薄くカピカピしているに違いないだろう。ブレードに口付ける彼を私はどこかおとぎ話の話を見るかのようなんぼんやりと定まらない様子で見ていた。美しいもずが早贄をしている頭上でぼんやり思った昼下がり。
「おい、」
「ん?」
「血、出てんぞ。」
「ああ、ささくれ。いじりすぎて皮むいちゃったみたい。」
後ろから声がするかと思えば、それは間違いなく目つきの悪いそれ。視線は私の右手にあった。ささくれ、そういえば彼は少し顔をしかめた。ササクレにしては出血がいささか多かったからだろう。彼は訓練を終えてジャケットを脱ぎ、それを乱暴に肩にかけた。
「痛そうだな。」
「いつも右手ばかりにできるの。痛いけど平気かな。」
「でも絆創膏ぐらい貼っつけた方がいいんじゃねえか」
「いいよ、あっ。」
「あ、」
「そうだ、ジャンくんがキスすりゃ治るかもね。」
「は、」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしてジャンくんは目を見開いた。でも不思議なのはそのあとだった。馬鹿野郎、や巫山戯んなの罵倒が息をつく暇もなく浴びせられるかと思つたが、存外その言葉はなく、気持ちの悪い沈黙が続くだけだった。彼は頭を掻きながら視線をしたにして、それから顔を真っ赤にして、何やらブツブツ言っている様子だった。もずが頭上で鳴いているのと彼がかすかに唇を動かしているのがシンクロしたようだ。それから何を考えたのか、あたりに気を配ると、本の一瞬、本当に刹那私の顔に近づいたかと思えば唇をかすめた柔らかな感触に私が今度は目を見開く。彼はそれから何事もなかったかのように走り去った。小鳥が姿を消すような羽ばたきの音もかすかに、足音もそこそこに。ササクレは秋の空気にあたって既にかさぶたを作っていた。唇という意味じゃなかったんだけどなあ、静かに笑えば頭上の消えだから鳥が飛び去った。枝に刺さったカエルのぐてんとした宙ぶらりんの足は私みたいだと思った。きっと冬が来てもカエルは忘れ去られたままだろうに。チクリ、ササクレが痛む。


2013.10.25.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -