短編 | ナノ
アニとファーストコンタクト

「……どうぞ。」
「…………。」

差し出した私の手のひらを見て彼女は束の間私を凝視した。その瞳に私は何か責め苦に苛まれるような、罪を洗いざらい自白して、それから咎められるような心持ちになった。もちろん、誓って悪いことなど、後ろめたいことなど彼女に対してしていないのだけれど。彼女は少しだけ驚いた様子だったが、やがて私に向けた警戒の視線を薄めた様子だった。それから、小さくありがとうと一言口にして、私の手のうちにあるそれを素直に受け取った。

「(み、ミステリアス……)」

ブロンドの、青い瞳の凛とした美しい人、アニ・レオンハートとはこれがファーストコンタクトだった。

「私も今、そうなんだ。」
「……そう。」
「その、お腹は平気?一応カイロあるんだ。」
「いらないよ。」
「……そう。」

しばらくの沈黙が女子トイレを包み込む。間遠に体育館の音が聞こえる。男子はバスケで女子はバレーボール。私はもとより体育は得意ではないのでいてもいなくても同じかもしれないが、彼女と同じチームの人は彼女を欠くことはかなり板でのように感じた。体育館のそばのトイレは、この間の体育館の耐震工事の際に新しくなったため新品づようだった。トイレ特ゆの芳香剤の香りはなく、代わりにツンと真新しいペンキの匂いがした。かすかに空いた窓からは午後の静かで穏やかな日差しが見えて、青い空には筋のような雲が見えた。沈黙を破ったのは水の流れる音だった。

「明日返すよ。」
「ううん、いいの。気にしないで。」
「でも、」
「いいって。でも、余分に持ってって正解だった。」

私が笑えば反対に彼女はその眉間にしわを寄せた。私は努めて冷静を貫こうとしたが、彼女の気迫に気圧されて思わず肩が震えて声も上ずった。何か彼女の中で私は気に入られていないのではないかと、直感的に察知した。でも、それは直様自分の中で理由が考えついた。彼女と私はまるで正反対なんだもの、仕方がない、そう思うことでその時の自分はすんなり納得していた。

「あんたは、」
「え、ああ、えっと。みょうじ名前、だよ。」
「…名前じゃないよ。そのくらい知ってるから。」
「だ、だよね。ごめん。……同じクラスだし、ひと月も経ってるもんね。」

喋ればしゃべるほど自分の落ち度がさらに深まり、まさに自分の墓穴を掘っている気がした。彼女は決して悪くないが、何かこう、近づきがたい空気がある。打ち解けにくい空気というか、浮いている。私も地味である意味浮いてるが、彼女の場合は別のジャンルで、だ。そんなことを考えている片隅でも、彼女のブロンの髪の毛が日差しにあたって透き通っているのを見て、ああ、昨日庭に咲いたダリアの花みたいに綺麗、とか、彼女の使っているハンカチの刺繍がチューリップなのを見て案外可愛いものがすきなのかなあ、なんて思えるのだから自分ものんきなものだと密かに感心した。

「あんたは、今日出ないの?」
「…うん。今日はね。」
「そんなに痛いのかい。」
「まあね。もう四日目なのに全然痛みが引かなくて。それに、生理中に激しく動いたら貧血によくなっちゃって……。」
「……そう。」
「でも、全然大丈夫だよ。レオンハートさんならともかく、私は全然戦力にならないし、いてもいなくても一緒だから。」

そういえば彼女は今度は何も言わなかった。彼女と私は身長はほとんど同じくらいだけど、今の私には彼女が大きく見えた。生理痛はない方なんだろうか。少しだけ羨ましかった。体育館までの道のりはろうか一本道で行ける。その間を通る中庭の例の花壇にはたくさんの蕾が咲いている。今日もみずをあげよう。

「……やっぱり明日返すから。」
「いいのに。」
「その代わり、終わったら必ずバレーにでなよ。アンタめがけてめちゃくちゃアタックするから。」
「えっ。」

ギョッとした。でも彼女の目はおふざけには見えない。激しく動いてないのに血の気が引くような気がした。さらに私を驚かせたのは、顔を青くさせた私を見て彼女が小さく笑ったからだ。

「(サ、サディスト……?)」
「何?」
「ううん……。」
「ああ、それから。」
「ん?」
「レオンハートさんっていうのやめて。」
「それって……。」

もう私の名前を気安く呼ぶなってこと?と聞いたら蹴られそうになったけど、彼女が小さくアニでいいよといったので、少しだけ血の気が戻った気がした。何だか既視感(デジャヴ)を感じて、少しだけ笑った。笑ったら蹴られた。

2013.09.08.
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