短編 | ナノ
ジャンが病気になった

「……38.7度。」
見なきゃよかった。見たら余計に頭が痛くなった気がした。とりあえず力を振り絞って布団から立ち上がると冷えピタを取りに冷蔵庫に向かう。大概冷えピタは冷蔵庫に入っている。この間俺以外のみんなが集団で風邪を引いた時に余ったやつが箱ごとあったはずだ。確か賞味期限切れのカレーのルウの箱の横に。つーか捨てろよ、というツッコミを心の中でしたがもうこれ以上考えるのはやめておこう。無駄な体力を使うだけだ。にしても何で人が大変な時にあいつはいないのだ。そういえばさっきプリン買ってくるとか言って気持ち悪がって布団に入る俺をよそに出かけていったっけ。ついでにマガジンも買ってきてって頼んでおいた記憶がある。にしてもなんて薄情な奴だ。本当にあいつを選んだ自分って一体なんなんだろう。気が滅入っているせいか、ミカサ差し置いてあいつを選んだのは果たして正解だったんだろうかと、余計な考えまで浮かんでしまう。随分頭がイってるらしい。なんとか台所に行き着くと冷蔵庫を開ける。案の定箱があった。よかった、これをつければ幾ばくかは楽になるだろう。
「まじかよ……」
箱を開けてまあびっくり。何にも入ってない。塵一つ入っていやしない。もう終わった。面倒で仕方がないが氷のうを作ろうと冷凍庫を開ける。もうこうなったらマルコにれんらくしようかな。多分名前はどうしたのって聞くだろうけど、病気の彼氏差し置いてプリン買いに行ったなんて自分でも悲しくて言いたくない。俺にもプライドだってあんだぞ。いろいろぶつくさ心の内で行っておれば、間もなく玄関から誰かが帰ってくる音がした。
「え、何してんの?」
「……見てわかんねえのかよ、氷のう作るんだよ。つーか、空箱捨てろよ。」
残念ながら今は怒る気力もないので淡々とそれを伝えるといそいそ氷を詰めた。彼女こと名前はその横でじっと俺の様子を見た後に、コンビニの袋をそばに置いた。よく見るとコンビニじゃなくて近くのスーパーだったけどまあどうせプリン以外にもくだらねえ菓子買いにに行ったんだろうとでも思って気にも止めない。後ろで名前がいろいろ冷蔵庫に詰めたりしてる。俺は余った氷を入れようと名前の脇の下から無理やり入り込んで入れようとした。その刹那、ぐらりと体が傾いたような感覚が働いた。あ、やべえ、と思った瞬間、体がぐいっと引っ張られた。
「ちょ、ここで寝ないでよ、布団ン中で寝て。」
「……んん、」
ああ、名前が支えてるのか。シャンプーのいい香りがして、ボーっとした頭の中で理解したが体がなかなかうまく動いてくれないのでとりあえず小さな名前の首に腕を回してなんとか布団に入るまでの間おとなしく為すがままであった。もちろん男一人抱えるのは難儀そうであったが、名前はその間良くしてくれた。それから名前はまた部屋から出ていってしまった。あ、そういえば氷のう、そう思っておればまた名前が戻ってきたらしい。らしいというのはもう半分眠っている感じで目を閉じていたから定かではなかった。名前は隣に腰を下ろしたらしい。
「今何度?」
「38、7度……」
「マジで。病院行けよ病院。」
「……今日祝日だろーが。」
そういえばそうだ、なんてのんきに名前は納得すると、ガサゴソ横で何かやり始めたらしい。全く人を寝かしつけたいのか起こしたいのかわからんと思ってうるさいと言おうかと思っておれば、突然前髪をサラリと大きな手でとかれたかと思えば、額にひんやりと冷たい感覚がした。それは氷のうのゴツゴツした感じではない。
「……冷えピタ買ったのか?」
「まあね。今起きれる?」
「なんで、」
「薬飲まないと。つかその前に何かお腹に入れないとね。」
「……くいたくねえ。」
「わがまま言わないでよ、私はジャンのママじゃないし。」
「……プリン食いてえ。」
「お前今食いたくないっつったよな。しかも私が買いに行ったやつだよね。」
ため息を吐くと名前はほら、と言いながら何か差し出す。ゆっくりと起きて半開きだった視界を無理やり広げれば目の前にはスプーンが見えた。正確に言えばプッチンプリンを掬ったスプーン。
「食べるの?食べないの?」
「、」
「食べる?」
「……食う。」
そう言って食べちゃったからもう一度名前がスプーンで掬ったアイスを差し出したので黙ったままぱくんと口に含んだ。それからまた掬って、差し出される。その繰り返しだ。俺は静かにこれをく返しながらもひどく驚いていた。まさか名前がお菓子を前にして他人に譲るなど到底考えられない。まさか熱にうなされて夢見てる夢オチとかじゃないよな、と思ったけど多分このリアルな感じは起きてるんだと思う。食べ終わると名前は俺に薬を飲ませて片付けた。もう寝るように言われたがどうにも寝付けそうにない。なんだか病気になって気弱になってしまったせいか、なんつーか、人肌恋しい。
「……名前、」
「んー。」
「……こっちこいよ。」
「めんどくさい。」
「………。」
確認のために言っておくが、あいつは確かに俺の彼女であって、俺は滅多にこのようにわかりやすく甘えたりしない。むしろ毎日あいつのわがままを聞いてやるほうがおおいくらいだ。病人の恋人の頼みを聞かねえ彼女ってなんなの、マジでなんで俺こいつ彼女にした?ん?
「だからあ、私はジャンのママじゃないもん。」
「……たまにはいいだろうが。馬鹿野郎。」
隣の部屋からテレビの音が漏れてるから多分名前がテレビでもつけてジャンプを読んでるんだろうか。くそ、いいなあ。多分こうなったらあいつはてこでも動かない可能性が高い、いや絶対に来ない。もう仕方がない、言われたとおり目を再び閉じて休もうとしたらぎしぎし畳が鳴る音がして、あれ、なんて思っていたらそれは突然布団の中に入ってきた。驚いて横を向いていた首を反対に向ければ案の定それは俺の布団の中に何事もなかったかのようにいて、何事もなかったかのようにジャンプを読んでいる。
「プリン食って薬飲んだら寝るっつったじゃん。だいたいあれ私がわざわざ買ってきたやつなのに。まあもうひとつあるからいいけど。」
「普通飯食べさせるけどな。」
「食いたくねえっつったの誰。」
「……風邪移んぞ。」
「来いっつったの誰。」
「………。」
「私だって移されるやだけど、」
「………。」
「大好きだから、ジャンだから。来てあげたよ。」
「………。」
しばらく黙る。名前は寒いからと布団を俺の肩までかぶせると、寒くないようにと背中をさすったりした。そしてブランケットをもう一枚俺にかぶせ、加湿器を用意した。それから布団の中に入ると俺の手を握った。名前を見遣る。名前は視線をジャンプから離さない。ぎゅっと握り返す。暖かくて小さな熱だった。
「……さんきゅ。」
小さくそういえば視線が私に向けられる。鈍い光を移す濁った瞳に俺が映る。名前は表情一つ変えずにまたジャンプに視線を移したのを確認すると、名前に腕を回した。あったかかった。
「名前、」
「何。」
「マガジン買ったか?」
「あ。忘れた。」

2013.10.18.
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