短編 | ナノ
ベルトルトとやばい因果

>雑踏の中で声がした。相変わらずこの都会の歩行者天国には圧倒される。それでも思わずその声で足が立ち止ってしまったのは、きっとその声が私の名前を寂しそうに呼んだからだ。どんどんと肩に当たる衝撃が居たいけれど、そんなものに気が回ることは無くて、私は気が付けば空を見上げていた。空は少しだけくすんでいて、それでも夏らしい青と白く大きな雲が見えることに何故かひどく感動して、まるで時間が止まったかのように私の世界はゆっくりと流れていくのだ。目を瞑った途端に、走馬灯のように全く身に覚えのない映像が断片的に流れて、ぱっぱっと砂嵐交じりに視界に映る。見知らぬ建物、見知らぬ土地、見知らぬ人々。戦争中のように砂塵がたくさん飛んでいて、砂塵の途切れた刹那に大きな壁が崩れている様子が見えた。その中を私はどこか狂気めいた様子で駆けていく。駆けていく、という表現は少し語弊があるかもしれない。正確に言えば、私は奇妙な機械で宙を舞うようにして飛んでいたのだから。それから突然視界にはたくさんの人々が見えた。その中でも一際目を引くのが長身で、浅黒い顔をした西洋人だ。彼は私を見下ろして、そして手には凶器を握っている(日本刀でも西洋の剣でもない、まるでカッターみたいだ)。私と同じくおかしな格好をしていて、全身には奇妙なベルトが巻いてあるし、変な箱を下げている。ドラマで見たわけでも、映画で見たワンシーンでもない。見たことなんてないけど、どこか懐かしい気がした。そして何故だか心臓が大げさにどくどく言っていて、胸辺りを触ったら生暖かい液体が指先を汚した。そして視界が霞んでゆく。最後に見上げたらやっぱりあの男の人が居て、何故だか私を見てひどく苦しそうに泣いていて、それを見た途端に心臓が押しつぶされる様に苦しくて、視界は真っ暗になった。
「………。」
気が付けば信号が赤になりかけていて、雑踏も少し急ぎ足になっていた。ゆっくりだった世界が再びその忙しなさを取り戻す。キツネにつままれたような心持でゆっくりと踏み出した。

「名前、」

今度ははっきりと聞こえて思わずその方向を向いた。雑踏に紛れてもすぐに視界に映る長身。再び世界がゆっくりと動いて、私は私をまっすぐ見つめるその瞳を見つめていた。その瞳は先程見た映像の中と同じように濡れていて、私の心臓が再び苦しくなった。遠くで蝉の声がする。

目が合った。二人は、次の瞬間に愛し合うか、殺し合うかしかない。


2013.10.11.
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