短編 | ナノ
猫っぽいミカサ

すう、と息を吸い込めば幽かにタバコの香り。それからワインの、あの独特ツンとしたアルコールの匂いがした。ぎしり、ソファが幽かに軋む音がして、私はおぼろげな視界の中で、カーテンの隙間から見える月光を見た。
「明日は雨だね。」
一言つぶやけば少しだけ息がつまるような音が聞こえて、それから静かに息を吐き出すような音が聞こえた。ふふ、と笑ってゆっくり起き上がって伸びをする。視界には私をじっと見つめる双眼が見えた。燭台の光だけしかない薄暗い部屋で、その双眼は鈍い光を放ち、目に映った者をを捉えて離さない。
「……何故分かるの?」
「うーん、勘かな。」
そう言ってのければ怒られるかしら、なんて思ったが、存外、目の前の彼女はそう、と一言ったきり、握っていたグラスの中の赤い液体を飲み干した。ボサボサになった自分の髪を両の手で整え、かき分けながら、辺りを見回す。目の前にあるテーブルの上には、ガラスのボトルやコルク、グラスが転がっている。銀の皿の中にはコロコロとしたチーズやらがいくつか入っている。ガラス製の灰皿の中には、いくつか潰された吸殻があって、どの吸殻にも紅の跡が付いていた。あとはもともとディスプレイとして並べられていたフルーツバスケットが置いてある。バスケットの中にはもちろん本物の果物たちが入っていて、コロコロとしたりんごやらぶどうやらが燭台の橙色の光を浴びてみずみずしく光る。右の手を伸ばして、一粒葡萄の身をもぎ取ると、皮もそのままに口に含んだ。
「ずっと起きてたの?」
「ちがう。」
「そう。」
私だけが途中で眠ってしまったらしい。壁掛けのアンティークの時計は夜中の二時半を回っている。頭が少しだけぼんやりするが、だがこの不思議なまどろみに身を任せていたい気分でもあった。目をしょぼしょぼさせながら、革製の椅子に腰掛けた彼女を見た。いつもすっと背筋を伸ばして杓子のようにすっとした姿勢の彼女であるが、今夜の彼女はまるで猫のように足を抱えて姿勢を崩している。おとなしくじっと息を殺すように呼吸を繰り返して、時折すんすんと鼻を揺らし、瞳からは鈍い光を放っている。ベルベット生地のワインレッドのワンピースは、彼女の白い陶器のような肌によく映えている。時々ずり落ちる肩紐を治す様子は女の私から見ても艶かしい。大人しく澄ましているけれど、静観な中にも、間違って手を伸ばせば噛みそうな危うさを感じる。その様子はまさに猫だ。だが、エレガントで人を惑わすようなな雰囲気を纏った白い長毛のチンチラでもなく、もこもこと愛嬌のある耳の垂れた可愛いスコティッシュフォールドでもない。
「ロシアンブルーね。」
「何の話?」
「ミカサよ。ロシアンブルーっぽいわ。」
突然の発言に彼女は少し腑に落ちないような表情を浮かべたけれど、すぐにそんなことなど忘れたかのように視線を別に移す。ほら、猫っぽい。気高くて、目が鋭くて、少しだけさみしそうな、そんな感じ。それで人見知りで猫っぽいのに犬のように好きな相手に尽くすような。ああ、やっぱりそうだ、似てる。ミカサはついにグラスを空にすると、まだま足りないとでも言うかのように未開封のボトルに手を伸ばそうとする。流石に飲み過ぎだと私が目で咎めても、彼女はいいの、と一言小さく言うだけで聞く耳持たない。私がそれを取り上げれば、彼女は再びじとっとした視線を私に向けた。
「もう、終わりにしよう。」
ね、そう言って笑えば彼女は少しだけ私を見据えた後、小さく頷いた。
「水飲もう、」
一言そう言って足を床につけると、スリッパのなかに量の足に突っ込んで、テーブルに手をついて、ソファから久しく出る。そしてミカサの前を横切ろうとした刹那、ぎゅっと来ていたナイトドレスの裾を掴まれる感覚に体を止めた。ゆっくりと視線を斜め下に下ろす。私と同じで、烏のように真っ黒な頭が見えた。視線を相変わらずしたに向いたままだけれど、ドレスを握る手の力は少しだけ増した気がする。はあ。呆れたようにため息を吐くとよしよしと彼女の頭上に手を載せる。
「……ちゃんと謝ればいいのよ。」
「………。」
「喧嘩ぐらいでこんなになってたらキリないよ?体も持たないわ。」
「………。」
「エレンだって子供じゃないんだから。謝れば許すよ。」
「………。」
「私も一緒に行ってあげるから。」
ね?、そう言ってようやっと手をゆっくり離してくれる。内心面白くてしようがないのだけれど、これ以上笑ったらさすがに気の毒だと思ったので我慢した。何しろ、彼女にとっては文字通り死活問題だろうから。
「私も水が欲しい。」
「はいはい。」
「名前、」
「ん?」
「……ありがとう。」
「うん(あ、デレた)。」
頷いて口元を抑えながら、キッチンへと向かって歩いた。従順な猫の相手も悪くない。

2013.10.11.
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