短編 | ナノ
兄貴ライナーが甘やかしてる

「……これ全部食べるのか?」
聞きなれた声にふふ、と笑う。机に広げられた弁当、もっと詳しく言うならば重箱たちの中には、ぎっしりとおかずたちが敷き詰められている。いつもなら冷凍食品や地味な色にになりがちなお弁当であるが、最近は作り甲斐があるので毎朝早起きしてまで色とりどりのモノを詰めていく。キャラ弁のように芸術性のあるものじゃないし、そんなスキルなんてないけれど、成長期の子供なんかがものすごく喜びそうなおかずばかりだ。もちろん意識して作ったのだから。
「サシャ用。」
「ああ、」
彼は納得が言ったらしく、私のすぐ近くの席に落ち着くと、コンビニ袋を机上に広げる。今日は学食や購買じゃないらしい。彼は日にもよるけどだいたい学食で弁当を買ってくるか(日替わり弁当がお気に入りらしい)、購買のやきそばパンとメロンパン、牛乳の組み合わせが定番だ。ベルトルトは?と問いかければ牛乳買いに行った、と伝えてくれた。それにしてもこのコンビはよく牛乳飲んでるの目にするけどこれ以上成長して何するつもりなんだろう。
「……あてつけだ。」
「被害妄想だ。」
彼は少し呆れたようにそう言ってセブンイレブンのピザパンをかじる。彼には私の心の内などお見通しらしい。ぷすりとストローをミルクティーのストロー口に指すとふてくされたようにミルクティーをすする。この弁当を平らげる予定のサシャはクリスタたちと飲み物を買いに行ったのであとはそれを待つだけだが、お腹がすいているので早く来て欲しいものだ。それに、次の時間は体育なのだから、早いところ食べ終わって着替える時間を確保したい。前かがみになってずずず、とだらしなくミルクティーをすすりながらふと傍らのライナーに目をやる。彼はもくもくとパンを口に詰め込んでいる。さっきはピザパンだけど今度はジャムパンだ。机の上にはすでに空になったパンの袋が二枚乗っている。
「男子って今日の体育バスケ?」
「ああ、試合だ。」
「気合入ってんねー。」
「俺のチームが勝ったら掃除当番変わるってジャンとコニーと約束したんでな。」
「あはは、二人共ばかね。」
どうせライナーが勝つだろう、ベルトルトも同じチームっぽいし。ああ、それにしてももうお腹すいた、我慢できない、食べよう。おもむろに自分の分のお弁当を広げると箸を持ってつつき始める。ライナーは机上の重箱と私のこぶりな一人分のお弁当を交互に見て何とも言えないような顔をしている。
「女子はバレーだろ。」
「うん。私はサシャと同じチームなんだ。」
「試合なのか?」
「うん。今日はアニのチームと当たるからサシャには頑張ってもらわないと。負けたらアニとユミルの掃除当番変わらなきゃいけないから必死なんだよねー。」
「俺たちと変わらないな。」
えへへと笑って、ベーコンでアスパラガスまいたやつを口に放り込む。ライナーはごくごくと紙パックの牛乳(3.6牛乳)飲む。それにしても今日も今日とて野菜の気のない昼食だなあと彼の机を見て思う。
「野菜食べないの?」
「家では食う。学食でもたまにな。」
「ふーん。」
「………。」
「………。」
「なんだ?」
じとっとした視線で彼を見つめれば怪訝そうな顔を向けられる。あ、と声を漏らすと、お弁当の中にあったプチトマトを見遣る。それからピンクのうさぎさんの爪ようじ(さっきのアスパラベーコン巻きのやつ)でプチトマトとレタスをぶすりと刺した。
「ん」
「は。」
「はい。」
ずいっと差し出せば、彼は目を見開く。
「野菜生活をはじめましょう。」
「……お前それただ単にプチトマトが嫌いなだけじゃないよな。」
「……違うよー、やだなあ。嫌いだったら入れないしー。(言えない……。彩りを添えるためだけに入れたなんて言えない……。)」
「なんだ今の間は。あとカッコの中だだもれだぞ。」
「えー。」
「全く、」とライナーは言うと、ため息を吐くと腕を組んだ。けれどもその様子はもちろん拒否の態度ではないことを私はよおく知っている。教室は昼休みの賑やかな話し声で溢れていて、みんな各々用意した昼食に夢中だ。お弁当の独特の香りがこの時間ばかりは学校じゅうを包み込んでいるに違いない。
「ん、」
「おお。」
開かれた口にプチトマトを放り込む。へにゃりと笑えばくしゃくしゃと頭を撫でられた。直後、ごと、と鈍い音をしたかと思えば、私の足元には袋に入った牛乳パックが落ちていて、視線を横にすればすぐ傍らにはいつの間にかベルトルトがいて、目を見開いて口をぽかんと開け、わなわな震えながら私たちを見下ろしていた。


2013.10.11.
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