短編 | ナノ
大胆なんだか臆病なんだかよくわからないベルトルト

手を伸ばせばそれは自分よりも大きな手によって制止される。
「僕がやるから。」
彼は一言そう言ってキラキラ光った透明な欠片たちを慎重に集める。私はしゃがんでせっせと作業を行う彼の大きな背中をぼんやり眺めながら、だんだんと重くなってくるゴミ袋を握った。その心持ちは、折角完成していたパズルを、足元に落としてわざわざばらばらにしてしまったような、そんななんだか寂しくて虚しい感じ。
「怪我しないでね。」
「うん。平気だよ。」
ふと視線を上に向ければ、視界には大きな窓があった。片方は綺麗に空を移しているけれど、もう片方はギザギザと無数の亀裂が入っていて、ナイフの切っ先のようにとげとげした穴があいている。穴からは静かに風が入り込んで、外界の光も、音も、空気も、温度もそのまま室内に送り込む。足元にはコロコロと小さな野球ボールが転がっている。窓にできたトゲトゲした穴からは、空に浮かんだ橙色の雲と空と、大きくて真っ赤な太陽が山の端に沈む様子が見えて、まるで化物が大口をあけたような、そんな感じ。目の前にすると、今にも食べられてしまうような感覚になる。外では野球部の騒ぐような声と、夕焼け小焼けの音楽が間遠に聞こえてくる。もう五時なんだ。心の中の声は口から漏れていたらしい。
「ごめん。すぐに終わらせるから、」
「ううん、ベルトルトのせいじゃないし、むしろ私がごめんね。」
「手、がけがしたら危ないから。」
「あとでコニーと野球部の顧問の先生によく言っておくから。」
そういえばふふ、とお互いに笑う。顧問の顧問であるキース先生に叱られて絞られる野球部のコニー達を想像して気の毒にも思えたけれど、後片付けを私たちに任せて部活を続ける彼らが悪いに決まってる。大会前だかなんだか知らないが、壊れた窓の破片集めは日直の仕事じゃないんだから。放課後の階段の踊り場は橙色に包まれて実に閑静だった。担任に任されて持っていくはずだったクラスメートたちのノートとプリント課題たちをおとなしく階段の上で待たせて、壊れた透明のパズルを集めつづける。時折袋の中のガラスたちが擦れる音がしてからからと涼しい音が聞こえた。開いた窓の穴からは逢魔刻の生暖かな風がゆるゆると吹いてスカートをかすかに揺らす。ようやく、最後の破片を袋に収めようと立ち上がって私が持ったゴミ袋へとぽい、と投下した。
刹那、「あ、」と彼は声を小さく上げた。
どうしたの、と言うよりも先に体が動いた。案の定彼の大きくて細長い人差し指からぷっくりとした綺麗な緋色が滲んでいる。平気だよ、と苦く笑う彼の手を握ると無意識に自分の口元へと運ぶ。苦いような鉄の味が舌先に転がる。ふと視線を上にすれば、先ほどの緋色と同じように頬を染めた彼を見て、私も一瞬どきりとする。まるで自分の弟にでもするような振る舞いは少し、いや、確実に失礼だったかもしれない。
「ごめん、無意識だった。」
「うん、いや。」
「これ捨てたら保健室行って消毒してもらおう?あ、その前にプリント出さなきゃだったね。」
「ううん、本当に平気だよ、本当に。」
目を泳がせて何やら動揺したように口早になる彼に首をかしげたが、かして、と言われて持っていたゴミ袋を素直に手渡す。
「は、早く行こうか。」
うん、そう言おうとした瞬間に窓のギザギザの窓から一陣の強い風が吹いたかと思えば、階段の上でおとなしくしていたはずのプリントたちが宙を舞って、踊り場に散っていった。私と彼は目を見合わせると、思わず苦笑して、それから二人して踊り場に落ちたプリントに達にに手を伸ばした。


2013.10.11.
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