短編 | ナノ
エレンが変態でフラグが立たない

「お、名前。」
「さよならー。」
「おいこら待て。」

ああ、あと数分、いや、あと数秒でも違ったならば合わなかったかもしれないのに。完全に閉まってしまった扉に思わず嘆きのため息を吐くと、ぐいと掴まれた右腕の力が余計に増した。こういう時に限って二人しかいないのだから本当に運命とは悪戯らしい。ギギギというぎおんがつきそうなほどの勢いで、ゆっくりと視線をあげれば可愛らしいつり目の大きなお目目とパチリとあった。彼は満足そうに私を見下ろすと、もう逃がすまいと満足そうに笑った。当然といえば当然、このエレベーターという密室では逃げたくとも逃げようがない。だが彼はすぐに視線をそらし冷や汗をかく私に不満を覚えたのか、眉を潜め唇を尖らせる。

「(てかなんでこういう時に限ってミカサいないわけ?ねえなんで?)」
「ミカサは今講義中なんだよ。」
「へーそうなんだあって勝手に人の心の中読むのやめようか、エレン君。」
「お前も食堂に行くんだろ、どうせなら俺とくおうぜ。」

うおい、人の話全然聞いてないにもほどあるし、いいだろうとか笑顔で言い放ってるあたりもう決定事項みたいになっていることに驚きである。たしかに私は少し遅めの昼食にありつこうと、大学内で一番高いビルの上階にある食堂へ向かおうとしてエレベーターに乗って今に至ったのだが、しかし彼と一緒では少々煩わしい。普通の友人だったならまだしも、この男は少々難儀な問題を抱えているのだ。

「なんだよ、まだこの間のこと怒ってるのか?」
「この間っつうか、完全に昨日の夜の出来事だけどね。最近だからね、タイムリーだからね。」
「悪かったって言ってるじゃねえか。俺だってわざとじゃねえよ。だって誰も思わねえだろ?まさか冗談半分で人んちの玄関の鍵ピッキングしてやろうとして針金カチャカチャしてたら本当に空いちゃうなんて。」

本当にびっくりしたぜ、なんて涼しい顔をしてははっと笑う横のかっこかわいい系男子をぶん殴る許可をいただきたい、是非とも。そう、何を隠そうこの男、私の家に侵入を試みて人んちの鍵をピッキングしてぶっ壊した挙句、私の家に侵入したのである。幸か不幸か、その時分は私はバイト先の先輩たちと飲んでいたので不在だったのだが、いざ帰宅し鍵穴に鍵を差し込んだ刹那、鍵の違和感に気づいたあの瞬間の違和感と恐怖は耐え難いものだった。恐る恐る自分の家の扉を開けた瞬間、盛大な「お帰りー」の声が私を出迎えた時は驚きのあまり心臓が凍えたが、その直後の有り余る殺意に私は自ずと背筋が凍えたのもしっかり覚えている。何しろ昨日のことなのだから。おまけに勝手に私の家に上がった挙句、勝手に寄せ鍋作ってつついていたのも怒りが増した原因であったろう。おまけに何故かみんな風呂上りの様子で、嗅ぎなれたツバキ(白)の香りがした。おそらく一番風呂を堪能したのであろう。割と歴史のあるマンションであるが、部屋はそう小さくなく、おそらく十人以上招いてもまあやっていけるほどの部屋である。とはいえ、丸テーブルを囲むようにガチムチでガタイの大きい外人の男どもばかりいては自慢の我が家も小さく見えるし何しろ暑苦しい。誰かが(おそらくあの例のマルコメ頭だろう)「ハーレム見たいだろー」なんてケタケタ笑いながら言ってた気がするが(殴りたい)、私にとってはハーレムどころかゴーレムの集まりにしか見えない。頼むからもうおうちに帰ってドラクエでもやってなさいよ、勇者に倒されなさいよ、そう言おうとした瞬間、「ピッキングメンバー(同罪人)」での一人であったジャンの「お前も食う?」という一言をきっかけに私はすかさず「ハイパーレスキュー(ミカサ)」を読んだのはほぼ同時であった。

「俺だけじゃないだろーが、最初にピッキングしたらあくんじゃないかって言ったのはコニーとジャンだ。」
「行動したのはあんたでしょうが。」

何を隠そうコイツは、エレン・イェーガーはこうと決めたらすぐの人間なのだ。このことは昨日の件も然り、今しがたの言動然りだ。とりあえず私の手には負えない行動の予測がつかない要注意人物であることは間違いないだろう。軽快な音と共に最上階へとたどり着いたエレベーターはスムーズに扉を開けた。エレンはスマートに先に私をすすめると次に自分が出て行きすぐさま食堂へと向かう。さりげなく右手をがっちりホールドすることも忘れずに。

「アー。トイレイキタイナ。」
「じゃあ、待ってやるよ。あ、大きい方でも構わねえからな。」
「……やっぱいいや。」

聞いた私がバカだった。聞いた私がバカだった。大事だから二回も言ったがもう一度言おう、聞いた私がバカだった。

「それにしても、いい匂いだなー。」

くるくると自身の髪を空いた方の手でまるで女の子のように弄びながら男はそう言うと、機嫌よさげに鼻歌なんてしている。彼の髪はその性格と同じで剛毛で癖があるが、触ってみると以外にも心地よさそうにも見えた。背丈の関係で(悔しいが)どうしても彼を見上げることとなるのだが、目があった途端に先ほどよりも嬉しそうな爽やかな笑顔を見せてくるので思わず心臓が脈打つ。悔しいことに変態であるがなまじ顔がいいので騙されそうになる。

「いいな、白ツバキ。名前と同じ匂いだ。」
「……は、」
「なんつうかさ、」

そう言ってまた私に視線を合わせるとさきほどとは打って変わってハイライトのない視線で私を見下ろす。そして一際低く掠れた声で「一日中、名前に抱きしめられてるみたいだ」、なんてのたまった。しかもそのあと、「あの場にいた奴らもそう思ってたりしてな!」なんて気持ちいいほどの爽やかな笑顔を向けてきた。ので、私は遠慮なくエレンの脛を蹴り上げた。苦悶の声が食堂に響くのと、私が逃げ出したのはほぼ同時。


「(ミカサたっけて!)」


2013.12.01.
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